第3章 Ⅰ幕 悪意と真実
二人と一匹の探索は続いていた。
だがあの結界以降は特に目新しい物もなく、ただただ同じ壁と同じ石像達を眺め右に曲がり左に曲がりテクテクフワフワと歩みを進めていた。
そんな状態にクレンはいい加減うんざりしていた。
イデアは後ろで時折ブツブツ言っており、アウラはこちらが話しかけないとあまり喋らない。
だが特に思いつく事も無く、段々とクレンの口数は減ってきていた。
何度曲がったか分からない曲がり角を曲がった時後ろから声がした。
「クレン、少し宜しいかしら?」
しばらく口を閉ざしていたイデアがクレンを呼びとめた。
「何?」
呼びとめられたクレンが振り向く。
「先ほどから同じ風景が続いていますが、この事について何も疑問をお持ちにならないのですか?」
何か言いたげにクレンに問いかけるイデア。
「迷ったって言わせたいの?」
それに対してやや強い口調で切り返すクレンだった。
「違いますわ。ここはクレンも未知の場所、迷うのは当たり前でございます。そうでは無くて何か意図的なモノが感じられませんか? と問うておるのです」
「意図的なもの……?」
「えぇ、その証拠にほら。こちらの壁を見て御覧なさい」
そう言ってイデアが指差した場所には黒いシミのような物がいくつか出来ていた。
「このシミが何なのさ?」
何が言いたいんだとクレンはイデアとシミを交互に見る。
「これは私が付けた焼印でございます。この場所を通る度に印をしておりました」
「それってどういう……」
若干顔を引きつらせながらクレンは聞いた。
「どなたかの意図で私たちは同じ所をグルグルと回り続けているのですよ」
そう言うとイデアは指先に小さな炎を灯しそれを壁に押しつける。
シュウゥと石が焼ける音がした後、イデアが壁から指を離すと他と同じシミが出来ていた。
「そんな……一体誰が……」
クレンは完全に顔を引きつらせながら独り言のように呻いた。
「一体何が……のほうが正しいかも知れませんわね」
どうやらイデアには思う所があるようだった。
「イデアは何か知っているの? それとも心当たりがあるとか……?」
イデアはその言葉には答えなかった。
返答の代わりにただ遠くを見ていた。
見えない何かを探しているようだった。
そしてゆっくりと視線をクレンへ戻し口を開く。
「これは推測なのですが聞いて頂けますか?」
その目は少し悲しそうにクレンを見ていた。
「恐らくこれも先ほどの結界と同じく古代の遺物なのでしょう。不審者を通さないようにする、この先にある何かに近づけさせない。そんな防衛魔術の組みこまれた結界なのだと思われます、私達はそこに迷い込んでしまった」
恐ろしい事をさらりと言ってのけるイデア。
悲しそうな目をしていたのはここから出られないかもしれないという悲しみなのか。
それとも結界を必要としていた者達が居なくなってもなお稼働し続けるこの魔法に対しての悲しみなのかクレンには分からなかった。
「それで、ボク達はどうやってここから脱出すればいいの? また魔法使うの?」
意外な事にクレンは冷静だった。
少し前のクレンであればこれだけで取り乱していた事だろう。
「強くなりましたわね。ほんの少しですけれど……」
小さな声でぽつりと呟くイデア、彼女はクレンが成長している事が嬉しかった。
最初は自分の事を受け入れてくれるか心配していたが今では仲間として頼ってくれている。
普通ならイデアの話は到底受け入れられる事ではないだろう。
しかしクレンは怪しみながらも信じてくれた。
イデアはずっとこのままではいられないだろう、それがいつかは分からないけれど終わりは来るのだ。
それまでは何があっても、気弱だが心優しいこの子を守ろう、例えその身がどうなろうとも。
イデアはクレンの事を見ながら心の中でひっそりと決意していた。
「どうしたのー? イデア聞いてるー? もしもーし、寝てるのかな?」
しかし当の本人はそんな事分かるはずもなくイデアの目の前で手をふりふりさせていたりする。
「寝ているわけが無いでしょう!? まったく、少しは緊張感と言う物をお持ちになったほうがよろしいのではなくて?」
ふぅ、とため息交じりにイデアは答えた。
「だって何か上の空なのですわよもの、アウラは答えて頂きませんし。私不安で仕方ありませんわ」
おどけたようにイデアの口調を真似しながらクレンは答えた。
「私の真似をしてどうするのですっ。それに何か変な喋り方になっておりますわ!」
おやめなさい、とクレンをたしなめてからイデアは続けた。
「脱出方法は簡単ですわ。おそらくこの術式は先に進ませない為の物です、出られなくするといった類ではないので何度か来た道を戻れば出る事が可能ですわ」
顔の前に人差し指をピンと立てて説明するイデア。
「なんだ! ならすぐ戻ろうよ!」
言いながらクルリと向きを変えて進もうとするクレン。
「あれ……でも戻っちゃったら先に進めないよ?」
またクルリとイデアに向き直るクレン。
「それなら大丈夫です。違う道を進めば良いのですからね」
こちらを向いたクレンに当たり前でしょう、という顔をしてイデアはクレンの横を通り過ぎた。
「まってよ! 行くよアウラ」
ふよふよと漂うアウラを連れ、元来た道へと引き返して行ったのだった。




