001 【人物】乞食、【属性】清浄
駅前広場を、糊の効いたシャツの勤め人やブランド品のバッグを小脇に抱えた女性が行き来する。三階建ての駅舎に取り付けられたいくつもの蛍光灯が、彼ら彼女らを照らしていた。光は、鏡のように磨き上げられたタイルをも、煌めかせていた。
乞食はベンチに腰掛け、雑踏をぼんやりと眺めていた。見向きもせずに通過する人もいれば、眉根を寄せて凝視してくる人もいた。時折くしゃくしゃの髪を掻いて、その度にフケが継ぎ接ぎだらけの服に零れおちた。
「おい、負け犬!」
側頭に柔らかいものがぶつけられた。包装されたままのアンパンだった。押し潰されたためか、中身が少し漏れ出ていた。
「恵んでやるよ、感謝しときな!」
高笑いに視線を移した。紫色のスーツの後ろ姿が駅に向かっていくのが見えた。歩きながら盛大にむせて、その拍子に火が点いたままの煙草を手放したが、それに気付いた様子はなかった。
乞食はアンパンの袋を開けた。餡が落ちないよう、そっと取り出す。裂けた箇所に鼻を近づけ、目を閉じた。しばらくそうしてから、齧りついた。一呼吸に一回のペースで咀嚼した。頬が少し膨らんだ。
「よう」
清掃員の男性に声をかけられた。ゴミ袋とトングを持っていた。急いで飲み込もうとすると、手の平で制せられた。
「急かしに来たんじゃない、ゆっくり食べな」
隣に座ってきた。男性は空を見上げながら、汚れの染みついた袖で、額の汗を拭った。軽く頭を下げ、食事を再開した。
最後の一切れを嚥下するまで、互いに何も喋らなかった。
「ま、あんま気にするな。それだけだ」
清掃員は空の包装袋をゴミ袋に入れながら、立ち去ろうとした。その背中を、乞食は呼びとめた。
「ちょっと待っててくれ」
「何だ?」
返事はせず、人混みの中へ入っていった。しかめっ面に晒される中、一直線に歩く。駅の入り口の少し手前で止まった。足元に吸殻が落ちていた。それを拾い、ベンチに戻った。
「さっき、ポイ捨てしてるの見たから」
ゴミ袋に放り込む。清掃員は乞食の顔をまじまじと見つめてから、溜息をついた。
「まったく。なんでお前さんみたいな奴が、って思っちまうよ」
「さあ」
素っ気なく返してから、付けくわえた。
「こんなんだから、こうなったんだろうな」