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混乱と困惑と叩頭

 不躾な視線から、思わず俺を隠そうとした蓬ではあったが。そもそも、色んな所が小さい体躯で隠しきれるはずもなく。見てる方は、気にも止めず遠慮なくじろじろ目線を送るが、それはどこか焦点の合ってないぼんやりとしたものであった。

 

「なに、一体、これどういうことよ。狐にでも化かされてるのかしら。いや、顔立ち的にはたぬき系ね。間違いないわ」


 こちらへの質問というよりは、ぶつぶつと口の中で自身の疑問を整理している。


「ふんっ」


 そして、楓は腕を組み、小ぶりの鼻を鳴らしこちらを見下ろす。

 時と場合により、別にあんたの事なんて以下略とか言い出しそうなある種の属性テンプレポーズだが、妙に様になっている。

 辺りを見て、この場にいる顔を確認した後。

 俺達に顔を向けなおし、今度は周りをぐるりぐるりと回りだした。

 具足がカチャカチャと無機質な音を立てるたびに、びくりびくりと蓬が身体をこわばらせる。

 

「な、なんでしょうか…」


 そんな蓬の声をさらりと黙殺し、俺達の目の前まで来た楓は、優美な動作で膝だけををすっと曲げ、こちらに目線を合わせた。


 俺の頭を抱えてる指先と触れ合うぐらい、透明感のある蒼さが印象的な目を近づけ、先ほど以上の眼力でじっと見つめてきた。

 幼いながらも戦化粧で、目鼻立ちがくっきりはっきり強調されてるので、強烈な目力と合わさりなかなかに迫力がある。

 事実、蓬さんがひるんだ。

 そしてその隙に、楓は蓬の着物の右袖を捲り、肘から手首までを露出させた。


「ひうっ!」


 突然の乱行らんぎょうに驚いた蓬は、さらに強く俺を抱え込んだ。

 ちょっ、蓬さん。自分の握力考えて。痛い、超痛い。

 でも、ほんのりやわらかななんだか良く分からないけど幸せな感触が頬に感じられて。とりあえず、我慢するのコマンドを選択する。ちくしょー、男には負けてははならない戦があるんだ。


 その間にも、楓は蓬の細くて白いが、微かにもちもちした前腕をさすったり摘まんだりしている。

 蓬は目を白黒させながら、されるがままになっていたが。

 続く行動により乱行はさらなる暴挙に出たことで、流石に大きな反応を起こした。


「ぴゃぁっ!」


 着物の襟元を指先でグイッと広げたのだ。勿論、肌着は着ているので、いきなり大変なことにはならないのだが。

 肌着の袷は上着よりもゆるく、つややかな鎖骨が外気に触れてしまう。

 それを目にした楓は母親譲りの形の良い眉をしかめ、はて? と首を傾げた。

 

「同じところに黒子ほくろがあるわね」


 そして、暴挙は凶行ともいうべきレベルになる。露わになった首回りに鼻を突っ込み、くんくんとにおいをかぎ始めたのだ。


「なんですか、なにをなさるのですか!」


 耳まで真っ赤にして身をよじるが、俺の頭から手を離そうとしないので抵抗もままならない。


「其方、何をやっているのだ」


 ネコの子をつまむように、奥襟をむんずとつかみ、双子の片割れが妹を止めた。


「そんなことより、あにさま。この子をどう見る?」


「この村娘か。戦場にいるべきではないな」


「違うから。誰かに似てないかって言っているのよ」


「む…そうだな。見たことあるような気がしないでもないな」


「剣の道だけしか目に入らないあにさまで、楓は幸せですわー」


「褒めても何もやらんぞ」


「…これ素なのよね。まぁ、いいわ。その物騒なの仕舞って平気よ」


「しかし…まぁ、其方が言うのならそうであろうな。それよりも、先ほどまで敵中であったのにここはどこなのだ」


 そのまま、身長の半分以上もありそうな抜き身の刀を慣れた手つきで納刀する。 


「それも含めての話になるけど。この子ね。たぶん、かかさま」


「はぁ、其方、何を言っておる。領地より離れた戦場に母上殿がいらっしゃるわけないであろう。どこか似ている気もするが、其方より幼い上に、髪の長さも異なるではないか。もしやとは思って居ったが、やはり気が触れていたか」


「後で個人的にあにさまとは、長いお話がありますが、話が進まないのでそれは一度脇におくとするわ」


 完全に座った目と冷たい口調で宣告する。


「この子、間違いなくかかさまよ。ほら、この爪をよく見て御覧なさい。荒れてはいるけれど、かかさまと同じでしょ」


 ふふんと、きっぱりはっきり物申す。


「いや、爪なんぞ見ても分からぬぞ」


 え、分かるだろ。こんなにかわいらしい爪の形は世界で蓬さん一人だろ。


「こんなにかわいらしい爪の形は天下にかかさま一人よ。じゃあ、匂いを嗅いで見なさいよ。匂いも同じよ」


 ひっと蓬は怯え、ついでに頭部についた万力のレベルがひとつ上がる。あ、なんか意識が掠れてきたかもね。


「それで、人の区別がつけられる変た…げふん、能力を持っているのは其方と父上殿だけだ」


「じゃあ、第三者がこんなにもいることですし、聞いてみるとよいわ」


「そうだな。叔母上殿、この女童は何者であるか?」


「だーかーら、オバウエ違うぞ、タカ坊」


「すまない、叔母上。それでどうなのだ?」


「あーもー、誰かさんそっくりで人の話聞かないぞ。あと、そこのいるのは蓬ちゃんで間違いないぞ」


「ほら、みなさいな。ふふん」


「むむむ、叔母上殿がそう言うならば。


「なにその差別、ちょっと納得いかないから、この後のお話事項増やしておくわ」


「さすれば、どうしたことだ、ここはどこで、皆はどこぞ。なぜ、母上殿はお小さくあらせられるのだ」


「元々、小さかったじゃない」


「いや、そうではあるが、雰囲気が稚いと申すか、なにか異なる気がする。ええい、何がなにやらわからぬ」


「そうね。一応、推論はあるけど。その前に、かかさまにお会いしたのなら、いの一番にあたしたちはやるべきことがあるじゃない。わかっているわよね、あにさま」


「…ああ」


 そういって、二人はこちらに向き肩をそろえる。先ほどまでの軽口を叩いていたことが嘘のように、真剣な表情になる。

 そうして、双子らしく同じスライドで一歩こちらに踏み出す。

 妙な迫力に恐れおののいたのは蓬。


「ふぇええ」


 俺を抱えたまま、ふたりから、一歩飛びずさる。蓬は先ほどの完全フリーズから立ち直り、今度は脅威からは逃げることを思い出せたようだ。

 双子は仕方なく、離れた分だけ、また一歩近寄る。


 すると、蓬さんはまた、一歩飛び退る。

 二、三度そんなことを繰り返したところで、東の空に昇った下弦の三日月のごとく、楓の左右の口角が吊り上がった。


「あらあら、どこにいこうというのかしら」


 瞳にはこう書いてある。あらやだ、これ面白いわ。

 はい、蓬さんの娘さんなのでドSです、本当にありがとうございます。


 完全にパニクって怯える、涙目の蓬さんをからかうためにさらなる追撃に出ようとしたところ。こつんと横の兄から頭をたたかれる。


「調子に乗るな」


 不満そうに、頬を膨らませたが、肩に手を置かれそのまま、その場で二人とも片膝をついた。

 嘉高は続いて、黒い当世具足の隙間から、手のひらほどの大きさの桔梗の図柄の布袋を取り出し、両手でそっと、目の前の地面に置く。


「母上殿、遺髪にござる」


「ははうえ? い、いは? 」


 何のことやら、分からないと蓬さんはその言葉を正確に理解できなかった。


「父、多目嘉人、敵陣中に突入し奮戦するも討死。こちら、お納めくだされ」


「…え」


 あ、やべ。なんか前シーズンの最後に生きて帰るって約束して沖ながら、さっぱりそれを守れなかった俺の不義理さが暴露されたっぽい。


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