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挿話・あの、あめのひ

 既に勝敗の決まった戦場の片隅、霧雨煙る空白に肩を寄せ合うように残った小勢。


 10にも満たない手勢の中心には、背丈の似た武者が二人。


 黒の鎧に黒の具足、黒の陣羽織。肩にかけた外套だけは白と黒。背中の一面に輝く金の二等辺三角形が三つ並ぶ『三つ鱗』が箔押しされている。周りの護衛もまた黒一色で統一され、数は少ないものの歴戦の雰囲気を纏っていた。


 ひときわ豪奢な品を身に着けた、真ん中の二人だが、よく見ると年齢はその品には似つかわしくないものだった。

 そして、同じ装いではあるが、その様子は対照的である。一人は静かに、一人は苛立たしげに床几しょうぎに腰を下し、時を待っていた。

 


注進ちゅうしん!」


 物見ものみが戻った。昨夜からの雨に濡れた泥濘でいねいに転がるように膝をつく。


「御味方、中入なかいり部隊壊滅!」


 齎されたのは凶報。

 その予想と些かも違わぬ結果に、ふたりは肩を落とした。

 敵本陣を狙った、万に一つの賭けはやはりともいうべき落着を迎えた。


 武者の片割れが立ち上がり、面頬の中のくぐもった声で物見に尋ねた。


「…父は」


 まだ少し、幼さの残る声は、この霧雨よりもひどく冷たく場に響く。

 物見は一瞬ためらった後に、唇を強く噛んだのち告げる。


「す、周防守様、御討死」


 懐から血に濡れた見覚えのある陣羽織と纏められた銀の遺髪を差し出す。

 立ち上がった若武者は、それを受け取ると、そうかと一言呟いた。その拳は手甲の上からでも震えてるのがわかる。


 その隣から不自然に大きなため息が聞こえた。


「ほーら、だから、あたし言ったじゃない。蛮勇を通り越して自殺志願だって。あーあ」


 同じ鎧具足の片割れが桶の底が抜けたように明るい声をだした。

 戦場の似合わぬ小柄な少女。母とよく似た唇から漏れるため息は父の癖。

 なのに、その己の父の死を軽く言う様子に、まわりの護衛がうろたえた。


「…かえで


 この少女の双子の兄である立ち上がった黒鎧がたしなめるように、その名を呟いた。


五月蠅うるさいわね、なによ」


「泣くな。涙で目の前が曇っては勝率が下がる」


「そんなの…あたしの勝手でしょ。ふん…馬鹿な、あにさま。いまさら、どこに勝ちの目が落ちてるとでも」


 気だるげに床几に下した身体を抱えるように、自身の血を分けた半身に問うた。


「無論、血路を開き、生きて戻るのみ」


 慣れた手つきで刀を抜く、大きな水滴が白刃を流れた。


「あんた、そればかりね」


「父上殿や其の方ほど器用な也ではない故」


 これを振るうことしかできぬと言うと、常人の目では見えぬ速度で露を払い納刀する。


「……ねえ、あにさま。あの人、やっぱり泣くかな」


「其の方の母だ。泣かぬわけがなかろう」


「じゃあ、やっぱやめない。どうも、堪えるのよね、あれが泣くの。見たくないわ」


「それもよいが、我らの知らぬところで落涙が増えるのみ」


「ですよねー」


 父の口癖をまねると、立ち上がり、床几を蹴っ飛ばし外套を捨てた。腰元から、総身が金属製の扇を抜く。


「気が進まないけど、幾らかはマシな方がいいかしらね」


「然り」


「ねえ、ととさまの事あんたが話しなさいよ、長男なんだし」


「御免被る。女人同士の方が善かろう」


 意見は決裂すると、そこで向き合い、にらみ合う。戦場にふさわしい剣呑な空気を向け合いながら、よっくりと合わせ鏡のように己の獲物に手をかける。

 またか。そんな声があたりから漏れる。


 だが、一触即発のその前に横やりが入った。


「いたぞ!東の残党だ!」


 そもそもここは敵中ど真ん中。

 視界の効かない霧雨の中、その声に呼ばれ雨後の筍のように軍勢が集まってきた。


 周りをよっくり取り囲まれて、退路が断たれ、槍先を向けられる中。

 意にも介さず、兄弟げんかを続ける二人。護衛は一層呆れる。


 無視された格好の敵軍より、しびれを切らしたた兵が一人きり掛ってきた。

 喧嘩を続けるふたりはそちらを一瞥もせず、そえぞれの獲物を振るう。

 その哀れな犠牲者は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。 


 そのあっけない幕切れを目撃することとなった、包囲する側は、動揺して穂先を揺らした。


「あたしの方が早かった。あんたが言いなさいよ」


「其の方の目は節穴もいいところだ」


「これはどうにも平行線ね」


「…ああ」


「致し方ないわ」


「より多く斬った方の勝ちだな」


「望むところよ」


 刀の峰と扇の腹を合わせる。背中合わせになるふたり。


高綱たかつなが裔。多目太郎嘉高ためたろうよしたか。その命、頂戴つかまつる」


「同じく、楓。私の舞を幽世への土産話にするとよくてよ」


 名乗りに合わせ護衛達も刀を抜く。負け戦の憤りをぶつけたいのはなにもこの双子だけではない。

 主や死んだ同僚たちの仇にするべき供物にかける容赦は少しも無く。

 

 こうして、黒備えの死神たちの退き口ではあったが、すぐに、意外な終わりを迎えることとなる。

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