朝焼けにて、月と妖精に会す
「村上方の堅城・砥石を落とす。ここさえ落とせば、すぐ北にある村上の本拠地である葛尾の喉元に匕首を突き付けられる」
おい、おっさん。脛に傷がありまくりな身としては大声では言えないけどな、その下の足元見るにしても限度があるぞ。
単なる城攻めでさえ、体力気力を根こそぎ奪う一大イベントだ。
籠城イベントから間を置かず攻城イベントとかクソゲーすぎる。
更に、砥石城というのが厄介だ。
その名の通り砥石のように滑りやすい急勾配の足場をもつ難攻の山城だ。
更に村上の喉元にあるということは、援軍が到着しやすいということでもある。
もし、落とそうとするならば、援軍の到着前に一気呵成に大兵力をもって落とすしかない。
事実、武田信玄はその手を取って――――
――――大敗した。
『砥石崩れ』
そう呼ばれる戦いは、史実において、小笠原に大勝した余勢をもって攻めたこの戦いで、武田信玄は先だって上田原で失った家老二人に匹敵する宿将をもう二人失うこととなった。
二十四将の最年長の横田高松。
そして、その葬儀に一万人が参列したとされる『投石』を得意とした小山田信有・彼は方面軍を任せることのできるほどの武将であり。彼を失ったことで、のちの武田四名臣や秋山虎繁が中枢を担うまで大きな痛手となった。
なお後年、武田の滅亡に小山田氏の裏切りが大きく係わったことから、このあと寵臣として手柄を立て続けたら歴史の潮流が変わったかもしれない、あまりにも大きな瑕であったのだ。
「更に、砥石を取ることで、村上と小笠原の連携を絶つことができる。信州一番の大手柄だ。どうだ、乗るなら悪い様にはしないぜ」
もともと、この戦いさえイレギュラーだったんだよ。あとはそっちで勝手にやってくれ。
「しかしながら、真田様。先立っての戦の被害は甚大で、諏訪の民は皆、精根尽き果て、拠り所となります社が3つも壊されまして修理のために人手がいくらあっても足りないのです」
いやー。あっちこっちから視線が痛いが、誰も戦で壊されたとは言ってないヨ。誰が壊したとも言ってない、俺は嘘ついてないヨ。
「とてもとても城攻めの兵力は出せません。しかしですね、勿論、代案がありまして――――」
真田のおっさんが、俺の目に前に真っすぐ手を伸ばし、俺の舌の回転を止められた。
「いやさ。必要なのはそなた等の只、尽力のみである」
「――――は?」
まさかここにいる人数だけで落とそうってのか。
『今孔明』竹中半兵衛重治であっても、あと10人くらいは必要だ。そんな自殺志願に付き合う趣味なんてないぞ。
「勘違いしなさんな。手勢は俺ら信濃先方衆と外様衆が受けもつ」
その外様衆ってのは、既存の大名勢力に仕えるプレーヤーの総称じゃないか。
「ですが、外様は大部分が暇を願い出たと聞きましたが」
近隣のフレンドから受け取った手紙によって、継ぎはぎだが日本の各勢力の情勢がおぼろげながらつかめてきていた。どこもかしこも想像以上の大混乱だ。幸い小競り合いは多少はあるようだが、最初の襲撃イベントを超えた後、多くの血を流す事態にはなってはいないようだ。
更には武田も大勢力候補とはいえ、土地のやせた好戦的な勢力に残るような、判断の甘い奴はそう多くないということらしい。
「流石に耳が早いな。その通りだ。御屋形様は小笠原征討の軍を編成している。こっちの村上に当たるのは、まぁ、良く言うなら残り物の寄せ集めだな」
主力抜いた残りは良く言っても残飯レベルかよ…。
そして、さすが武田、弱った者いじめに容赦ない。速きこと風の如し、機を見ること風見鶏の如し。
「でしたら、本隊が小笠原を破り信濃の中南部を抑えてからでも、村上に当たるのはいいのでは?」
「それでは遅い、敗れたといえ小笠原の本軍はほぼ無傷だ。此度の武田の出兵は先だっての敗戦で村上側に傾いた西諏訪の国人衆や高遠や藤沢ら豪族たちの手綱を引き締める意味合いが強い。これから時間をかけて磨り潰す」
そのすぐ旗色を変える豪族たちと敵をか。えげつないね。
「その間にできるだけ村上の鼻先を抑えるのが課せられた仕事だ」
「…城を落とす必要まではないのでは」
別に落としてしまっても構わんだろ的なあれか。智は信玄に勝るという逸話の原点がこの砥石を落としたことだからな。そういった落とさなくてはいけないルーチンでも働いてるのか。
「時間がないんだ。本当に問答する時間も惜しいんので正直に言うとだな。俺の城と領地が近いからだ!」
「…は?」
砥石城所在地は、真田の故郷、上田駅より、車で20分。真田本城と砥石城はご近所さんである。もともと、村上義清の本拠地は小県郡であり、真田幸綱はその小県の覇権を争って滅んだ海野棟綱の家臣というか娘婿だったからだ。
「正直、調略は終わってるから旧領に戻ってもいいのだが、あの鬼神のような村上にいつ攻め込まれてもおかしくない位置なんだ。それと早く家に帰りたいと、頑張って甲斐で近侍していたら、身重の妻に浮気を疑われるわ。忠勤者と御屋形様に勘違いされ評価された挙句、同僚の妬心を刺激しまくって嫌がらせを受けるわ。もう、八方ふさがりなんだよ。俺の人生!」
「お、おう」
「女の嫉妬も男の嫉妬も等しく最悪。しかも、冤罪だぞ。だが、もうやるしかない、もうこの状況を打開するためには、誰も文句の言えない大手柄を上げるしかないんだよ!」
うわ…超私情だ。こちらを見透かすような深く昏い鋭さはどこに消えたのだろうか。
「だから、枕を高く積むための千載一遇のこの機会を逃せない、一刻だって惜しいのだ」
「…………」
もうなんだか尚更、助勢しなくてもいい気がしてきた。
「そして、正確にいうとだな。必要な助勢というのはあれだ」
おっさんがこちらの背後を指さす。
そこには、白い衣装に負けじと顔色を青白くしたゾンビっぽい感じに蠢く少女がいた。
朝焼けの中、昨日の酒を大地に返しているようだが朝日の光で温泉回のように謎の規制が入ったようでよくわからないのがありがたい。決してみたい光景ではないのだ。
ただ、介抱していたいた双子よりも似た感じの少女もそれを見て、なんというか貰ってしまったようだが仔細は伏せておこう。
ああ、それを見た俺の嫁が駆けていってしまった…あんなん自業自得だから放っておけばよろしいんだけどな。
「…それで、欲しいのは彼女の武力でしょうか?」
お勧めできないな。いろんな意味で。特に周りに被害を必要以上に拡大させる所とかもうこりごりだ。二次被害はそこのトラブルシスターズの比じゃない。
「いや、そのお役目はこの諏訪で終わっただろう。子供は遊び終わったのならあとは家に帰るだけじゃないか…よその子供ならなおさらだ」
「え…ああ、そういうことですか」
ようやくそこで得心が言った。
「遠方ですからそれ相応のあれが必要ですね。ふふ、根回しはお済でしょうか」
「くく、抜かりないさ」
わー、悪そうな笑いをして分かり合ったみたいだぞ、とかなんとか空耳が聞こえた気がした。
「ところで、先ほどの無駄な前置きは必要だったのでしょうか」
「それは勿論、思う存分、愚痴をこぼしたかっただけだ!」
だめだ、このおっさん。はやくなんとかしないと。俺が何とかするのは御免被るが。
「というわけでそちらは、確実に頼んだぜ、先ほど言ったように礼は弾む」
「それくらいでしたら、お引き受けいたしましょう」
「じゃあ、適当な場所で仮眠とるわ、夜通し駆けてきて流石に限界なんだよな。ここのところ無理がきかなくなってきてな」
どうでもいいことをこぼすのは癖なのかなんなのか。疲れも相まって本音がこぼれてしまっているのだろうか。いずれにせよ、近頃は交渉事からはとんと離れたところに事態は落ちつくな。
そして、ここからがある意味本題だ。その交渉ごとにならなかった近頃で一番記憶に残っているこいつ。
「で、お前なんなんだ」
生活苦に喘ぐおっさんと一緒に現われて、あたり前のようにこの場に残ったその人物。
いつかの夕焼け時の黄金の妖精。
朝焼けより眩しい幽玄の美姫。
首が平行になりそうな程曲げた後、突然垂直に戻り、なるほど了解したといったように手を打った。昭和のホームドラマのような無駄なオーバーアクション。人間をまねようとしているのには不気味さを感じるのが正しいと思うのだが、非実在的な容姿の所為で神聖な行いにも見えてしまうのが厄介だ。
「この娘のこと?…ちよ、呼んでる」
「は?」
どこにいたのか、突然むんずと小さな女の子の襟首をつかみ、こっちの鼻先に突き出した。おい、マジでどこにいた。気配というか存在を感じていなかったぞ。
「ちげーよ。お前だよ…って、そのチビどっからだしたし」
栗色の髪をしたちっちゃい生き物はこっちをものすごい目で睨んでいるじゃないか。
俺の所為じゃないって、そうこうしているうちに一層、目は鋭く、刃先のようにこっちに突き刺さるほどの鋭さになっていく。
「…うっ」
気おされて一歩後ずさる。
うなるような重低音の声が朝焼けに眩しいここら一帯に響いた。
「…ぐー」
蓬さんより一回り小さい少女は薄目を開けて寝ていた。
もう、誰か、収集つけてくれ、この状況。




