幕間・倖せの棘
また、怒ってしまいました。いくら二人っきりだからといっても、場所を考えていただければと思います。
そうて手頂けたら、わたしも嫌ではないです。どちらかといえば、嬉しくなってしまうかもしれません。いえ、間違いなく、自然とにやけて嘉様にお見せできないだらしないし顔をしてまう危険があるほど嬉しいことです。
でも、それは、同時にとても恥ずかしいことでもあるのですからね、嘉様。
こうして、怒ったり恥ずかしがったりすると、踏み込むのをやめて、わたしの方から手を伸ばす時をお待ち頂いています。申し訳ない気持ちもありますが。
でも、そんなお嫁さんを見ているのも胸の辺りがあたたかになります。なんて、わたしは大切にされているのだと、たぶん、天にも昇る気持ちというのはこのことなのでしょう。
これもお伝えしたこともあります。どうです、ずるいでしょうと先ほどと同じように。なけなし勇気を時間かけてかき集められたらですけど。
そういうと、いつも嘉様は笑って下さいます。勿論、だいたいは困った嫁だと苦笑いですが、喜んでいただけますから。
いけないことだと知ってはいますが、それも、わたしは嬉しいのです。
だから、ずっと、何も考えなくなって、この優しさに溺れていられたらと思うんです。ああ、それがわたしにとって、一番幸せな事かもしれません。
それは素晴らしい日々でしょう。
嬉しいときはふたりで笑います。
とんでもないことしだしたらは叱りませんといけません。
辛いときは泣く前に縋りますし…はい、よく約束守れず失敗しますが。
可愛いなと思うときは心行くまで見ていたいです。いじめたくなるかもしれません。
好き嫌いも減らしてあげたいです。
御着替えの時はお手伝いしたいです。そのためのお洗濯も頑張ります。白い服お似合いですから。
何かにもたれかかって本を読んでいたら、横にいます。でもでも、いつかはお胸の上からわたしも、ぎゅーともたれかかってぼーっとしてみたいという野望もあります。それが、何も言われなくなるようないつもの当たり前になったらいいなって思います。
だから、先ほどのように恥ずかしいこともがんばって。あるがままにお伝えしているのです。しばらくは不可能でしょうが、もし、その場で伝えられるようになりましたら、もう一歩先にいけるのでしょう。
だから、毎日お伝えすることは、時間が足りないほど沢山あります。嘉様からも、同じようにいっぱいお話していただけます。
そういえば、このように何もかもを伝え合うことで、お互いを理解し、夫婦は一つになるという人もいらっしゃいましたが。
わたしは、どうも逆だと感じています。相手を、よく知ることは、理解できないと知ることでもあるからです。くんくんとか。あとくんくんとか。
わたしも、嘉様の首元、白くておいしそうですとお伝えしたら、本気で困っていました。すごく可愛かったです。
そういったのを重ねてお互いがどうも違う生き物であるという事がはっきりするのが、理解というのではないかと思います。
嘉様と流人様なんかいつも何かにつけて戦ってますが、分かりあっているからとても楽しそうです。
違うからこそ、隣にいたいと思える相手がいるというのは貴重な事ではないかと思います。
だからわたしは幸せなのでしょう。
チクリ、痛みが走る。
ああ、まただ。
そう、これはダメな感情。好き。嬉しい。幸せ。愛してます。そんな、正の気持ち常に付きまとう刺さる棘のようなもの。
わたしには、たったひとつだけ、嘉様にお伝えできないことがあるのです。
感情が正の方向に進むときにも、どこかで考えてしまうのです。
明るい方に進もうとするとき、足が影に絡めとられてしまいます。
先ほどの、『死』や『失う』ことへの恐れです。
このひと月程を除き、誰かの体温が側にあることなんて、はっきりと思い出せない記憶の遠くにあるだけです。
まだ咳の病を患う前の母様。そして、わたしの双子。
あとは飛騨の凍えるような毎日を一人で過ごした記憶だけです。
初めの夜より、恥ずかしいからと言い訳して、布団や着物に包まってごまかしていますが。
勿論、それは嘘偽りで張りません。
だけれども、もう一つ、心を塗り固める色があります。
たぶんわたしは怖いだけのです。
また、わたしの大切だった人がいなくなってしまうことが。そうなれば、今の気持ちはすべてが裏返ってしまいます。
だって、母様も嘉高も楓も、わたしの前にはもういません。わたしはそれを知っている。
だから、これ以上、嘉様に心も体も近づくのがどうしようもなく怖い。
ひと月にも満たない夜に、触れ合った温かさや柔らかさ。唇を愛おしい人の肌はわせた感覚を知った。どれもが大切で、忘れることなんてできません。ひとつでも失ったときに、わたしはきっと耐えらないのではないかと思います。近づけば近づくほどに裂かれた痛みは、わたしを殺すでしょう。
血塗れの黒い陣羽織、流人様と同じ銀の御髪。
先ほど感じた『死』の足音はきっとわたしを逃がさない。
忘れることもできない。
それでも、一時、忘れたふりをするためには、あの優しい腕の中に逃げ込むしかないのです。
それは、いつか、より一層私を苛む泥沼だと知っていても。
それを、心の底にしまい込んで、今の幸せを甘受する。笑いながら、喜びながら。これからずっと飲み続けるのです、甘い甘い毒と知りながら。
この時までは、いつも、心の隅でそう思っておりました。
だから、この夜の後。嘉様が見せて下さった黄金の朝焼けの思い出をわたしは一生忘れません。
わたしの嫁は、わたしが思う以上に素敵な方なのですよ。
やっぱこうするのが区切りがよい。
貴志雛姫くん、ちょっとステイ。
大枠は変わりませんが、一気に書いて見直ししてないので修正は入れると思います。
これにて幕間終了。
次は、これの解決編というか本編、黄金の朝焼けにて




