幕間・それがわたしにはなぜか嬉しいのです
お祭りの弾むような空気に静かな場所なんて思いつかず、わたしは境内をさ迷い歩いていました。人も、その話す楽しげな声も溢れかえっていますのに、一人、暗い山道を歩いているような頼りない気持ちになってきてしまいます。
立ち止まり、誰もいない右隣りを見てみてみますと、最近はいつもそこにあった顔がありません。
「ちょっと前までは一人なんて当たり前でしたのに」
お父さんが遠出するときには、わたしは一人でした。誰も帰らない家と畑を何日も往復するだけ。
なぜでしょう、それが、寂しいと思ったことなんて、ほんの小さい頃の話でしかなかったはずですのに。いまは、考えるだけでも辛い。
背負っている果物がたくさん入った三尺手拭いの結び目をぎゅっと握る。
それでも、心細さが和らぐことはありません。
たぶんそれは、嘉さまや流人さまたちと一緒にいた毎日が楽しすぎた所為でしょう。
考えてみますと、あの小さな村には同じ年頃の子供もいなく。幼いころから、母の代わりにわたしなりにひとり家を守ってきただけでした。それが、悲しいことだと知ってしまった、いまには。もうきっと耐えられないでしょう。
そうして、当てもなく歩くわたしはいつの間にか、大社の本殿にたどり着いていました。
神の降りてくる場所、儀式の時のみに用いられるここには、さすがにどなたもいらっしゃいません。宴の昂揚も遠く。神社としての正しいあり方がこの一角にだけ残されていました。
月終わりに大祓があり。それに向けての準備は、今回のことで中断されてしまったため、あたりにはいろいろなものが雑多に投げ出されています。それでも、強く神聖なものを感じられるのは積み重ねたものの重さでしょうか。
扉は固く閉ざされたまま、刻を止められたかのように静かです。それはまるで、世界に見捨てられてしまったかのように。
いまのわたしのように、いえ、もっと触れてはならない思い。嫌でも、心の奥に沈めた手を伸ばしても届かないものをわたしに思い出させようとしているみたいに。
「…嘉さま、助けてください」
泣かないと約束したのに、泣かせないと約束してくれたのに。なんでいてくれないのでしょう、そんなひどく身勝手なやつあたり。いやだ。黒い思いに塗りつぶされてしまいそう。
勿論、その言葉には返事する方はいませんでした。嘉さまはもちろん、あたりには誰もいないのですから。
その時、ふと思い至ったことがありました。
その可能性を振り払います。静かなところにいると流ひとさまはおっしゃられていましたが、まさかこの中にいらっしゃるのではという疑念です。
「いくら、あの方でもそんな…」
わたしの奥さんがそんなに罰当たりなわけがない、と否定できない一抹の不安があります。
恐る恐る扉の隙間から中を見てみますと、わずかな月明かりに照らされた室内は、あまりに厳かで、わたしにはとても畏れ多いのですが。
ため息をつきます。
「なんというか畏れを知りません」
細く蒼い月明かりに照らされて寝入っているみたいです。こういう形の彫像ですよとでもいわんばかりに、当たり前のように神殿の一部になっている方が。
「本当に仕方のない方です」
でも、それがわたしにはなぜか嬉しいのです。




