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戦のあとの、また戦

 蝉の声もどこか遠く。湖も森の木々も平穏を取り戻そうとしていた。

 今日一日の馬鹿騒ぎを思い出すと、その当たり前の静けさもまるで祭りの帰り道のような寂しさにも思えてくる。

 まだ夕闇の訪れのは幾時も数えなければならない。

 初夏の日差しはそんな気分を持続させまいとでも意図するかように、今も強く、足元の影をいっそう濃く描いていた。


 さすがに少々草臥れた。

 余りにも計算違いが多すぎたからな。

 根本的な原因は、敵味方の情報の試算が甘かった所為だ。

 特に小笠原は軍としては呆れるほど酷かったが、パーティレベルとなると後衛攻撃職は出色物の人材の宝庫であった。

 兵種が偏りバランスを欠いていたものの、運用次第ではかなり強力な戦力になろう。

 家中の特色を生かすとしても、あのアンバランスさはちょっと不自然なほどであった。まるで戦場そのものに慣れてないかのようでもある。


 ずるりと体の力が抜ける。本当に疲れていることを自覚する。


 それにしても、人生とはなんとも思い描いた絵図通りに事は運ばないものだ。

 さも、ありなん。俺という人間の考えだけで世界は構成されているわけではない。

 人の数だけ思惑があり。混ざり合い、ぶつかりあい、複雑怪奇に絡み合うことで世界となる。そもそも人だけのものでもないしな。

 そんなものは、言うまでもなく自明のことではあるが、それゆえどうしても主観が判断の中心におかれる人間にとっては、いつだって忘却しがちなことでもある。

 人は誰しもこうなってほしいとかこうありたいとかの期待や希望という名の曇りメガネをかけたがる。


 そういえば、このMMOというものは人は独善や視野狭窄しがちなことを、顕著にあぶりだすツールであるかもしれない。

 俺もまた自省と自制を忘れないようにしないとな。

 

「じゃないと死ぬだけだ」


 何もかもが足りない。博打を打つにも早すぎた。

 取りこぼしは許されないのだから慎重に手を打っていかなくてはいけない。


 特に今回みたいな予定にない事故、つまりトラブルだとしても。

 人というものは一度ことが起こってしまったら、それに対していつだってなんだって後片付けくらいしか手の打ちようがないのだ。

 やはり大切なのはどんな状況でも対処できうる準備である。

 いかに素早く、そして望むほうに事態を収束させるかはこの準備に全てかかっている。

 

「まぁ、ぼちぼち手をつけていかないとな。幸いなことに、第一の布石は手が届くところまで来たしな。ならば善し」


 嫁の希望と、俺の展望の重なるところ。冒したリスク分のものは回収した、首尾には不満ないものぞ。


 そういえば、後片付けと言えば、通ってきた境内はあちらもこちらもひっちゃかめっちゃかだったな。

 負傷者の手当てやら、若干出てしまった死者の埋葬。武田への戦勝の報告。攻撃こそ受けなかったが、壊してしまった社の修理。街道周辺の民家にもそれなりの被害が出ている。

 守矢親子は馬車馬のように働いていた。報告を受けては指示を出し、盆と正月と冠婚葬祭全てがいっしょくたに押し寄せたような混乱をなんとか秩序を回復せんと努めている。

 起こったことが大きいと、後片付けの規模もシャレにならん。


 軍というには大雑把だが、守矢の本性である宗教組織も含め、こうした組織は結局大きな経済動物であり、官僚組織でもある。

 戦争とは実際の所、上の方は矛を交えてない時の方が忙しいものだ。


 そうした煩わしいだけの喧騒を逃れ、俺は今、境内すみっこ奥の小さな祠だが社だかの階段に腰を下ろしている。


 疲労を自覚すると、まるで待っていたかのように眠気の波がゆっくりとこちらの意識を彼岸へと運ぼうと指でそっとまつ毛を撫でる。

 どこの御魂か存じ上げませぬが場所をお借りしますと一礼をして、寝そべろうとした時だった。


「あ、こんなところにいたぞ」


 本格的な夏に向けて一層、緑を濃くしようと背を伸ばす木々の合間から、リスのように顔を出したのは幼馴染。


「ヨシ、戦果の発表出たみたいだぞ」


 別に言われなくても参加したプレーヤー全員に結果報告が来るので分かるが、取りあえずホウレンソウはしろしろしろ教育してあるので、分かったと首肯する。


「ん、お前戦果ポイント1位じゃないか」


 その言葉に対してえへんと胸を張る。もっとほめろーと顔に書いてなくてもわかる。

 頬が苦笑するのを自覚してから、こいこいと手招きする。

 わっ、と見えないしっぽを大きく揺らしながら弾むようにこちらの懐に飛び込んできた。

 そして、階段に腰掛ける俺の脚の上に細い顎を乗せる。すっかり結い上げた髪を戻した頭を撫でる。眠りを邪魔されので若干乱暴な手つきだったが、それでも食事時の犬のようにだらしない表情でされるがままになる。


「ふぁ、なーんで人に頭を撫でられうとこんにゃに幸せしぇなんだろう」

 

「日本語は正しく使いなさい」


 犬属性が猫みたいになってるじゃないか。あと喋るたびに太ももがこそばゆい。


「ふぁ~い~」


 あかん、駄目だ。

 手櫛を入れるたび、髪は女子にあるまじぼさぼさになってくい。ただ、本人は気にせず、額をこちらの腹にぐりぐり押しつけてくる。


「あと、約束のご褒美~」


「ああ、2回分だったな、此処は狭いだろ、またあとでな」


「むー、まぁ今はいいや。絶対だぞ」


「はいはい。ところで俺の名前がないな」


 左手を動かしながら、クリックしつつ戦果ランキングのページをめくる。


「下の方の田吾作さんと与平さんの間」


「ああ、そう言えば桜だったな名前が…」


 元々の名前で探していたぜ。

 しかし、うわっ、わたしの順位低すぎってなっている。まさか、田吾作なんて名前のやつよりも下とか。むしろドべから数えた方が早い。

 あれー?わりと大変だったんだけどな…。しかし考えてみると、俺自身はあーだこーだ指示しているだけだった。

 しかもほぼカリンが代行してたし、世知辛いな世の中。


「まぁ、弓が手に入れていたから戦果としては数字以上だよね」


「弓?ああ、あれか。あれはもう売っ払ったぞ」


「ふえっ!なんで!?」


 がばっと顔をあげる。


「なんでって、纏まった金になるから」


「ええっ、いつ!?」


「さっき」


「どこで!?」


「表の社務所の横の売店」


「なんで!?」


「金がいるから…って、ループしているぞ」


「だって、勿体ないぞ」


「阿呆か。装備でもしてみろ。全プレーヤーに名前入りで所有者がアナウンスされるぞ」


 しかも、物が物だけに居場所もばればれだ。


「でもボクらが装備したら三位以上のレアリティの物はロックかかるよね」


「おい、〈弓術〉使っているのは誰だ」


「…あっ!」


「そういうことだ」


 それ以上は可能性を考えるだけでも、脳髄が焦げついてしまうだろう。

 自分の得になるなら何をやっていいという奴は何処にでもいる。NPCを物以下としか考えないやつも。目先の利益にしか目がいかず、後先考えて動かないやつもまたいる。

 惜しくないと言えば嘘になるが、固有の武力をもたない状態で持つにはあまりにリスクが高い。何より今は金の方が何倍も必要なのだ。


「ヨシ…ごめんね」


 しょんぼり眉をおとす妹分。


「別に悪気があったわけじゃないだろ。お前がただのアホの子なだけというのは百も承知しているからな」


 俺は怒ってないよと優しく頭皮をマッサージしてやる。つやつやで毛先のくるっとした髪の指をなぞっていく。


「本来ならボクの方こそおこらなきゃいけないとこだけど、気持ちいからまあいいや」


 人間の構造上、寝そべった態勢で怒るのはなかなか難しいのである。人の膝の上からはみ出しつつ丸まっている状態ならそれは尚更。


「大体、勿体ないって言うけどな、お前はこの1位の褒賞はどうしたんだよ」


 そこそこ有用な装備や、結構な額の褒賞が出てる。

 それは、聞くまでもなく予想のつくことであるが、一応聞いておく。


「え、蘇芳とカリンで分けてもらったよ。ふたりとも頑張っていたからね」


 さて、俺と何が違うのやら。


 こいつの家臣は面倒な面々が揃っているが、曲者の家老のもとに一枚岩になっている。

 持ち前の能天気もとい明るさで、近所のお年寄りや子供たちのアイドルという人間性もさることながら。色々な物への執着が薄いのも大きい。

 人間働きを誰かに認められる評価されることや褒められることは好きだし。それ以上に、気前のいい主君は好かれるものだ。


「でも、ボクは家臣にあげたから、それとこれとは違うぞ」


「お前な、またお金の大事さについての勉強会開くぞ」


「やだよ、ヤンなんとかさんの親父さんの教訓の暗唱からやるんでしょ。お金があれば嫌な奴の言うことを聞かなくてすむし、生活のために節を曲げることもってやつ」


「そうだ、覚えているならいい」


 金の使い方を誤っているわけでもないしな。人類の最も偉大な発明のひとつにして、最も多くの人間の運命を宗教と同じくらい捻じ曲げたものの一つ。正しく用いられないと害になるのは、なんだ、そういえば軍隊とかと似ているかもな。


 そこからさらに手を伸ばそうとしたところで思考の糸はぷっつり切れた。


「宴の準備が整ったのじゃ!」


 背中に山ほど紐の付いた壺を束ねた少女が細い道を駆けてくる。

 酒と戦の申し子、長尾虎千代ながおとらちよである。


「のう、其方の嫁御はどこじゃ?」


 なんですかその壺はと聞く前に向こうの方から質問があった。


「その宴の準備を手伝っておりますよ、台所ではないでしょうか」


 戦の最中はタメ語になってたたが、流石に今は改めて話す。キレる十代ならず、キレるひと桁だからな。


「あー、それでヨシはこんな隅っこで拗ねてたのか――――いたいいたい、グリグリしないでそこ凄いいたい」


 百絵という頭蓋の天辺の急所丸出しにしながら、そんなこと言うとはさすがドMだな。

 そんな、お仕置きをしつつ、こちらにも釘を刺す。


「ところで、私の・・蓬に御用ですか」


 そういえば、連れて帰るとか帰らないとかとんでもない話をしていたからな。略取も誘拐もダメゼッタイ。作物のとれにくい北国なんかにいったらでひもじい思いをさせてしまう。


 それに対して、虎千代は、二日酔いのため戦の時でも殆どなかった戦意というものを剥き出しにこちらに視線を送る。

 ふっふっふと噛み殺しきれてない笑いを口元に浮かべながら、背中の壺をどすんとこちらの足元に置いた。

 それには達筆でこう書かれていた。


『酒』


 山と背負ってあるのは大小、形状違えども、それの親戚であろう。


「昨日の雪辱戦じゃ」


 件の二日酔いの原因を思い出した。

 そういえば、昨日、うちの酒豪という単語に可愛らしいというなかなか、その名詞には形容しがたい形容詞がくっついた方にノックアウトされたんだっけか。

 しかし、二日酔いとは人の愚かさを顧みさせるために神の定めた大いなる苦難とかなんとか誰ぞより聞いていたが。

 それを味わったものは大きな後悔と共に大いなる反省をするだろうというのは嘘だったのか。

 どうにも、世の中には懲りない人もいるものだ。


人間はのど元過ぎると忘れるから。


世にも稀な弓を操り、最愛の嫁を守ます。そんな蓬さんが活躍している世界線もきっとあるはず。いまは宝重よりも包丁を巧みに使っているはずです。

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