俺の勝利条件
実際の所、ふたりの実力はそう変わらないと言いたいところであるが、湖雪の方が大分上であった。
ではなぜ、こうもあっさりと決着しかも長実の勝利に至ったのだろうか。
一人獅子奮迅の活躍をした小笠原湖雪の疲労の関係もあった。
だが、根本的な決着に至る要因は、あとで上杉の主従に聞いて判明することになる。
さすが、悪鬼羅刹たちの住む国だと呆れて頭を抱える事実であった。まぁ、この場では関係ないので割愛することにしよう。
「湖雪!」
地にたたきつけられた己の伴侶の体を助け起こし支える。
「大事ない」
胸を抑え、数度せき込む姫大名。それをかばうように若武者が肩を貸し立ち上がる。愛馬の黒駒もこちらとの間に入り壁となる。
「馬鹿野郎、そんなわけないだろ!」
「…私は野郎では…ない」
「減らず口叩くな、だまってろナス頭!」
「貴様っ!言うに…言欠き――――もが」
漫才を続けるのに飽きたのか。薬草を投げ入れられ言葉を発すべき口を塞がれた。
ナス頭、もとい紫髪の武将の徐々に体力のゲージが回復していくが、元々の基礎値が高い分その歩みが遅い。瞬間的な回復は高位の術に限定される。
ただ、時間は有限であるので交渉に入るとしよう。
「さて、まだやるか」
表現しがたい味に定評のある薬草を嚥下するのに忙しいトップの代わりに、参謀役が答える。
「いいや、精々逃げるので一杯だな。だが、多少人より重いものだが担いで逃げるくらいなら、容易いぞ」
重いと言われたのが気に入らなかったが、肩に乗っかっている主人が殺しそうな視線で見ている。夜中に見たら走って逃げるくらいにはこわい。
「まぁ、そうだろうな」
既に長実は下馬し、なんと鞍まで外す作業中だ。もっとも技術に長けているであろう長実の馬でさえそうなのだ、あとは推して知るべしだな。
ちらりと麓を見ても〈遠見〉のスキルを持ってなくても分かる。馬は全て、限界まで運用したせいで、性も根も尽き果てている。
予備兵力ぐらい残しとけと思うが、そんな余裕はもともとなかったし、まず目の前の敵を倒すことを第一とする近視眼的な越後のやり方でもない。
それに、たとえ万全の態勢で追っかけたとしても、あちらの兵力が上なので、追撃戦は再編成された軍により間違いなく痛い目にあう。
相手の弱点を看破する武将特性〈鷹の瞳〉は厄介なことこの上ない。
そこは諦めよう。でもな。
「忘れているんじゃないか、今回の勝利条件に限って言えば、二か所の負傷で勝利条件は満たせる。万全じゃない武将に対して後一ヵ所を傷つける程度なら何とでもなる」
諏訪側の一次資料に小笠原長時が二か所の手傷をおって撤退したという記述がある事から設定された条件だ。
「いや、うちはもともと弱小だ。負けには慣れている。問題はない」
無いわけない、戦をする意味がなくなるからだ。そちらのプランも考えているというのは本当だろう。勝つことしか考えてない輩とは違う。
あと例え、首を取ったところで、復讐戦の的になるからな。諏訪が荒れるだけだ、追い返すとだけ、守矢親子にも話してある。
こっちがやられていた嫌なことは向こうだって分かっている。
それにプレイヤーを殺すことに躊躇いはなくはないが、いざという時には問題なくできるだろう。やられる前にやれは、身上の経験で得た俺の信条の一つでもあるからだ。そうしなければならない時は、いつかどこかで生き残るためには避けられないものだろう。
ただ、その後どのような影響が出るかは大体想像がつく。それがプラスにはならないのは間違いない。
だから、逆に現時点では、おそらくお互いに殺すまでやろうという選択肢はないはずだ。
ただし、それはプレイヤーでは無い方の首、小笠原湖雪をかけてとなったら話は別になる。条件で触れることさえやめておいた方がいい。なぜなら、俺がそちらの立場だったら、決して許すことはできないからだ。
いかん、想像しただけで目の奥がチカチカした。深く暗いものにはしっかり落とし蓋をしよう。そちらの案も当然却下だ。
最初に諏訪の民をあおった時に言ったように、追い返す。今回の戦はそれで十分お釣りがくるのだ。
武田に有用性は示した。だから、次に小笠原が軍をまとめ直し再び攻めてきたときには諏訪はおまけ、武田の本軍が相手となる。
あちらの小笠原側としても此処で敗北のペナルティをもらわなければ、混乱期故にまだ立て直しは十分に可能。捲土重来を望める。双方に利があるのだ。
それに、そもそも諏訪の勝利は俺には必要ないものだ。
俺は自分の希望を通すための戦をしたのだからな。
なら、そこを押えれば、まぁなんだっていい。さすがに疲れたし、あとは早めにけりをつけよう。またイレギュラーが起きててんやわんやは勘弁だしな。
「じゃあ、勝利の値段にいくらつける」
実に見事な足元の見かたなのですー、と尊敬のまなざしを受けた。ヨシサイテーと反対の視線も頂戴したが。此処までパーソナリィティ違うのに良くこいつの家中は回っているよな。
「そうだな、小笠原伝来の宝重〈一張弓〉これで文句ないな」
おおっ、ぐうの音も出ないほどのえさを差し出した。背中の相方が暴れ始めたが薬草をどんどん押しこんで黙らせた。ひどいことをする。
勝利で得るものより明らかにお釣りと出るものであるが、それよりもやってもらわなければいけないことがある。
「勿論だ――――と言いたいところだが、その前に1つ」
小さな手を取って、ずいと嫁を前に出す。
「こいつは蓬。俺の大切な嫁だ。どんくらい大切かは、あんたらにも通じるはずだ」
命をかけて、その立場の存在を守ろうとする意志のはどうやら一緒みたいだからな。
「以前、そっちの大名に俺の嫁が筆舌に尽くしがたい侮辱を受けた。それを取り消し詫びろ、それで手を打つ」
後で聞いたのだが、そこまでものだったなのですかと、言いかけたカリンの口をその上司がインターセプトしていたらしい。ダメゼッタイ、目がああなった時は冬眠明けのクマと一緒だぞ、見ない触れない話しかけない視界に入らない用法用量を守って正しく以下略のような話をしていたらしい。
そんな危険人物みたいな扱いとか、全くもって心外である。
こうして由緒正しき信濃守護の当主にゲザーをさせて、ちょっと前の流行りで言うところの十倍返しを達成した。
だがしかし、なぜか後で俺も正座させられて、目の前で同じように蓬さんも正座してじっと無言でこっちを見てくるという、懲罰かご褒美かよくわからない何かを受けるはめになった。わけがわからない。
まぁ、当初の目的は達成された。
ついでに上から二番目のレアリティの〈古代遺物〉級の武器と、地獄のような足の痺れを手に入れたのは差し引き一応、正の方向かと思われる。
後は戦後処理と湖雪達の話。最後に、番外編になりますかね。
某○沢のように本当に嫌な悪役に強いたなら達成感爽快感ありますが、彼らは立場が違うだけのものなので、そうしたのは生まれませんね。狙ってもいませんので描写は省略です。この章の目的は、違うところにあります。
筆舌に尽くしがたいのは、蓬さんの伴侶を見つめるしかない心情なのは間違いありません。
悪や悪役、つまるところ意志を持って倒すべき者はこの次の章からとなります。




