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長実

ぎりぎりやで

 配役は見事だった。

 右側から回り込むような急加速の馬の突進。

 PCの若武者は回避の方向を限定させる役。

 そして、仕留めるのは、勿論、小笠原湖雪。

 この前衛後衛の役割分担をゲームの時から何十、何百と繰り返したのだろう。洗練されたという表現では足りないくらいの見事な動きであったが、貴志雛姫には少し遅すぎた。


 こいつの反射神経は光回線でも入っているのではないかと思えるほどの特別製だ。


 回避こそ、紙一重であったが、それゆえ最小限の回避になったので、馬の動きに合わせて、一つの反撃を仕掛けた。

 すれ違う馬の眼もとに手首のスナップを利かせて、手の甲を軽く叩きつける。

 ゲーム本来の仕様なら、大したダメージにもならない意味のない打撃。

 目打ちという、眼つぶしの打撃だ。

 眼つぶしというと、二本指を立てて眼球に突き入れる動きを思い浮かべやすいと思う。だが、あれは素人がやるには目標が小さいので難しいし、指を怪我しやすく、相手にも必要以上の怪我を負わせてしまう可能性もあるので使い辛い。

 それに比べるとこれは単純な動作で、当てやすく非常に効果的だ。

 俺も面倒事に巻き込まれたときにはわりとよく使う。

 痛みに耐えかねて、暴れる馬。

 馬上の人物は手綱を引き、立て直そうとするが、敵の射程内でやるには致命的な隙でしかなかった。

 貴志は飛び上がりつつ、鳩尾に強烈な打撃を叩き込む。

 ガントレットで固めた拳で強かに殴りつけられ、PCの体にスウェーバックが発生する。

 それによりあぶみから両足が外れ、馬から振り落とされた。

 余分な重みの無くなった馬は、なお一層、暴れだす。

 だが、貴志はそちらに目もくれず、着地の反動でステップを踏み、自分の吹き飛ばした相手に肉薄する。

 地面に落ちる直前、つま先を体の下に入れて蹴りあげる。

 ボールではないものではあるが、ゲームのステータスに補正された力で、相手の体は見事に真上に浮き上がる。

 そして、サッカー部にあるまじきことに、蹴り飛ばしたものを両手で胴体を捕まえた。

 更にはそのまま、肩に担いで、奥の小笠原湖雪の騎馬に突進する。それは危険な飛び道具を防ぐためのインスタントの盾代わりだ。


 灰褐色の瞳の姫武将も流石にそのまま、構えた矢を射ることもできず矢を戻す時間を惜しみ、投げ捨て回避に移る。

 それでも、弓は依然左手に持ったまま、空いた手で刀を抜いた。

 黒馬の脚が姿勢を変えるためにその場でととっと石段を鳴らした。



 それを見た貴志は、持っていた荷物を捨てて、後ろに飛びのいた。


「むっ、こないのか」


「冗談、早死にする趣味はないぞ」


 貴志は額をぬぐいながら、息を整える。

 そこまでのやり取りが終わるころ、投げ捨てられた荷物が息を吹き返す。


「……湖雪、お前、俺ごと斬るつもりだっただろ」


「そんなに下手ではない」


 体を避けて攻撃できる確信があったのだろう。

 そしてそれは、間違いなく達成されると感じたからこそ貴志は引いた。


 小笠原の姫武将はゆっくりとした動作で宝刀〈千代鶴〉を納刀する。


「あとな。助けてくれたのはありがたいが、湖雪、踏んでる。お前の馬めっちゃ俺、踏んでるだが」


「そうか、すまん」


 表情一つ変えずに、馬の足の裏をどけた。


「いってー、思いっきり兜が凹んだぞ、下手したら死んでるんだが」


 兜にはしっかりと蹄鉄の跡が付いていた。

 ちなみに女性キャラは殆どの兜が装備できない。女性のキャラの顔が隠れるのはあまり良くないからだ。

 そんなセリフを湖雪は一向に意に介さず。


「寝ている方が悪い。弱いから前に出るな」


「いや、出るなって、俺しか味方いないじゃないか」


「そなたが危ないほうが、心臓に負担がかかって勝率が下がる」


 彼女にしては長ゼリフ。目元も心なしか柔らかい。


「そもそも、一人で十分だ」


 先ほどと同じものとは思えない、糸のように細く形を変えた月を思わせる鋭さで灰色の目が、殺気で青く輝いた。

 それだけで目に見える戦場すべてを掌握したかように、彼女を中心に氷点下まで空気が凍りついた。

 氷を得意とするカリンまでがぶるっとその背中を震わせた。

 纏った気配の剣呑さは、その将器を底が見えないほどに、深く重いことを告げる。


「まずはそなたからだ」


 貴志の方に、弓を向ける。


「やだよーだ、まともにやったらキミはボクより強いからね。馬から降りて、弓から手を離したら戦ってもいいぞ」


「笑止」


 近距離では貴志に分があるのがわかるのだろう。距離を決して詰めようとしない。


「そうだよね、そうしたらボクの勝ちだからね。だから、いやでもそうさせてもらうぞ、強制的にね。悪いけど、二人がかりだ。カリン!」


「はい、なのです」


 呼ばれた、青髪赤目の家臣は氷で作られた投剣を何本も指にはさみつつ、小笠原湖雪を中心に、貴志雛姫の対角線に位置取りをする。

 一騎当千の武者でも、ひとりはひとり。同じく少数でいくつもの戦場を抜けた百戦錬磨の二人ならどうだろうか。


 だが、その戦いは実現する前に時を失った。


「いいえ、その必要はありませんよっ」


 貴志が登ってきた以上の勢いで、最後の役者が舞台に現れる。

 新雪の白さを持つ、もう一人の麗しの少女。


 荒川伊豆守長実あらかわいずのかみながざね

 万雷の称賛を受ける栄誉をもったまま一幕を終えた名優の登場だった。

 

 少女は、いつものようにため息をひとつ。淡く色づく唇よりこぼした。


「もう、何をやってるのですか、姫さま…」


 利き腕を吊るす、己が似姿に向けて眉を寄せる。


「いや、想像以上に強くてのう、不覚を取ったのじゃ」


 何とも愉快そうに主はいらう。


「どうせ、お戯れが過ぎたのでしょう」


「さて、どうかのう」

 

 図星だったのだろう、そんなセリフではぐらかす。

 自分の負傷さえ楽しげに笑う稚気には空恐ろしいものがる。


「そんなことはどうでもいいのじゃ、客人がお待ちかねじゃ」


「宜しいのですか?」


 今更な確認をするのは形式を貴ぶ古い家だからであろうか。


「構わん、また機会があるじゃろ」


「わかりましたっ――――では、おまたせしました。故あって名乗れませんが、お相手致しましょう」


 二人の間でしか通じないやり取りを主従は終える。それを待っていたのは、伴侶が戦場の真っただ中より抜け出す機会を得られるからだ。


「終わりか。では、三人で来い」


「ですから、その必要はないと最初に申し上げましたよっ」


「…そうか」


「いえ、本来はそうしたら楽なのでしょうが。こうも場が整ってしまったら、私の厳しい主はそれを許してくれません。こうみえて、わたしも平氏のかなり端くれなんですっ、一騎打ちという誉れの場は逃げられません」


 中世の源平合戦で有名な平家と一般的な平氏は割と関係がないのに歴史がある家も大変だな。

 だが、名乗らないと言ったばかりなのに、若干個人情報漏れてるがいいのか。まぁ、向うにもPCいたし、俺が一目でわかるようにこいつの主を知らないわけがないが。本人たちもそれも承知しているのだろう。

 名乗りさえしなければ、後は、知らぬ存ぜんぬでいいだろ的なアバウトさを感じる。脳筋の国って楽でいいな。


「でも、そもそもがなんだか知らないうちに勝手に一門の末席に加えられただけなんですけど、頂いてしまった以上、責任が存在するんです」


 でもわりと責任と言った口調はぞんざいだ。不満たらたらしかなくが愚痴にも似た感じのボヤキを言わずには居れないみたいな、投げやりさがある。

 それはなぜか、この後に訳を聞いて納得した。

 それが、たとえ臣下同士の係争地を面倒だからって、禄として押しつけられただけにしても。御恩は御恩なのですよ。

 きりっとした表情は、打ち上げられた魚のような白目だった。

 これはひどい。


 傍らの主の方の白いのをみる。

 こいつ、なんと酷い事しやがるんだ、血も涙もねえ。

 争う家臣のその矛先が長実に向かうようにしやがったんだ。

 面倒事を丸投げしただけじゃねえか、恨みつらみ油多目、殺意ましましで。

 サケウマーって、杯を傾けているけど、他人事じゃないからな。

 

「それに、主に傷をつけたものをただで逃がすことはできません。そうしたら、今度こそおうちに帰れませんからっ」


 勿論、後半が本音だろうが、前半も一応、本気かなと思う。彼女なりの忠誠心なのだろう。

 なぜ、コレ相手にそんなものを持つことができるのだろうかは、知らん。

 恐怖政治か何かか、よくわからん。


「わかった。だが、馬を変えるか」


 肩で息をしている相手の乗馬をみてそういう。いや、どこが肩だかわからんが。長実はそっと首筋をなでる。


「いいえ、あと一息くらいは頑張ると言っています。弓は使わなくてよろしいのですか」


「矢が惜しい、お前の後もあるからな」


「そうですか、では参りますよっ」


 大将と大将の代理になるが、一騎打ちで始まった戦は、一騎打ちで締めくくるのが正解なのかもしれない。

 常道を外れた戦は、また終る時もそうするのが正しいのだろう。


 問題は、勝ちで終われるかどうかだ。傍らの人物に、投げやりがちになってしまった口調を改め訊ねる。


「先ほど、影は主の代わりをできてこその影だって言っていましたが、軍の指揮以外でも虎千代様に匹敵するのでしょうか」


 虎千代はその言葉に心底驚いた顔でこう言った。


「そんなわけないじゃろう」


 ですよねー。指揮が匹敵するだけでも驚愕なのに、こんな人外に他の武の面で同じ奴がいたら、嫌すぎる。もし、勢力として相対したときの対応を一から練り直す必要が出てきてしまう。


長実ながみの2歳年長なのじゃ。近侍として毎日、同じ行をこしたならば、私より強い(・・・・・)のが道理じゃろうて」


 くやしいけどのぅと歯ぎしりをしながら言う。ほんのちょっぴりじゃぞ、小指の先ほどの、そのうち追いつくし、と負け惜しみらしきものも何個も付け加えるのを見ていやいやながら本当のことなんだろうなと思うしかなかった。

 この大人げない負けず嫌いの9歳児、いまだ完成品には遠いのだ。


 だが、心情的には納得できない、ふざけんな。理屈的には正しいけど、絶対おかしい。お前という基準がおかしいんだと叫びたかった。だが、その追求をする機会は残念ながら失われてしまった。


 決着は一刀だった。世に稀な宝刀同士は、一合も刀を合わせることなく、一方は馬上より叩き落された。


 残ったものは黄金造りの鞘に虹色に光る刀を納め、全てを終えた右手は間違いなく、戦場で最も頑張った馬の首を撫でる。

 結局、最初に掛け違えたボタンは直せないまま、当初の目的だけを間違わずに達成したのだった。

終わりよければ全て良しなんて誰の言葉だろうか、是非知りたい――――そんな訳ねぇだろと一言文句を言うために。


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