車懸
四日目の更新に相成ります
4月16日。ちょっと文章が荒れているので、一拍置いて見直しタイムにします。続きは明日に。
とりあえず、片手でとびかかろうとした某軍神様を蓬さんに担いでもらい、門の近くの最後方まで下がる。
つまらん、つまらんと9歳児は年相応に手足をバタつかせぐずる。傷口開いちゃうからめーなのよ的な漫才だかお叱りだかわからんものをしている嫁たちを後目に、俺だけは真面目にと、戦局を見つめようとする。
さて、彼ら三人がここまで来るのが早いか。それとも、下の決着のつくのが早いかだが。
さて、そちらの趨勢に目を向けよう。
戦国屈指の指揮官(の影武者)に率いられた騎馬隊は数で勝る敵を一方的に蹂躙していた。
瞬きを数える間にも、敵が崩れていくのが分かる。
あり得ない方向から不意を打たれた仁科軍は、龍の顎に咀嚼されるように、三つ、四つと軍を割られ、擂り潰され。間もなく完全に瓦解した。
『一行の一員・【ルート】が仁科家当主【仁科盛能】を討ち取りました』
おお、なんか大名クラスを仕留めてるぞ。あとで褒めて使わそう。
そんな取り返しのつかない状況になって、漸く、中央で部隊の再編を終えた小笠原の本軍である歩兵部隊が、長実率いる騎馬隊の脇腹を押えにかかる。
既に乱戦の最中のため得意の弓は使えない。仕方なく白兵戦に持ち込もうとしているようだ。
上原城の騎馬隊は側面に圧力をかけられ、ここまで披露した破壊的な脚も流石に鈍ってしまう。
騎馬というものは、もちろん歩兵よりは小回りが利かない。
こうなってしまっては、その場で向きを変え、足を止めつつ馬を降り、側面の敵に対処するしかないはずなのだが。
先頭を走っていた眩しいまでに鮮やかな白装束の馬の脚は、已然止まらない。
彼女は騎馬隊の首を伸ばすように更に前方に抜け出すと、狭い敵陣の内に大きなカーブを描き、脇腹に食いついた小笠原のさらに側面を突いていく。
後続もなんとかそれに続いて、相手の軍を真っ只中を突っ切り、大きく2つに分断していく。
そして、脇腹に食いついていた側の敵兵の塊に嘴を突っ込むように、一気に突入し蹴散らしていく。
おいおい。限られたスペースを巧みに使い、むりやり機動戦にもっていきやがったぞ。
驚愕すべきことだ。この狭い陣内でできるような用兵ではない。わずか一日調練したにすぎない手足。しかも、長実は見ていただけの部隊を手足のように使いこなしている。
「むぅ、脚が重く、突撃が遅く、列も乱れておるのじゃ。さすがに付け焼刃だと自在にはいかぬのう」
軍神評は以上。
えー、あれで駄目なの。素人目には全然わからん。
ライトユーザーには至極難しい世界だ。
「ほら、止まってしまったのじゃ」
そこに反対側の藤沢軍が到着し、突き崩されてない小笠原の残り半分に加わり、新雪を掌で潰すように、半包囲の軍を狭め、上原の騎馬隊への圧力を強める。
突入した側とは反対の軍勢も完全に崩れ切ってなかったため、そちらもなんとか持ち直し、騎馬隊は左右を完全に囲まれてしまい、隊列は徐々に細く長く厚みを無くしていく。
騎馬は数で劣る分、その長所である機動力を失ってしまったらどうにもならない。
たまらず、騎馬の群れは身を寄せ、縮こまり防御を固めようとするように見えた。だが、先頭を走る長実の武力が下手に高い為か、彼女の突撃は止まらなかった。
それでも、数の圧力には逆らえないのか突破力が最大限に発揮される真っすぐではなく、その通った後の軌跡は再突入した時と同じような不自然な大きなカーブを描いたままだ。
もはや、シャチに囲まれたはぐれ鯨がのたうち回って、最後の抵抗をしているようにしか見えない。何倍もの数の敵に包囲されてしまえば死期を延すだけで精一杯なのだろう。
それでも囲まれたまま、続く騎馬を引き連れ、突撃を終わらせず、周縁部の敵を削っていく長実は最強上杉たる面目躍如である。
だが、最早それも個人の蛮勇の発露でしかないのかもしれない。
やはり、こいつが指揮を取っていなきゃだめなのか。
傍らの、万年雪のような肌を持つ冬の少女を睨む。
いやそもそも、直属の騎馬隊でなければ機能しないのか、と考えたところだった。
「いや、違う。これは」
大きなカーブを描きながら、一人また一人と進行方向上の敵を撫でるように削っているだけと思った長実の行く手には、最後尾の騎馬。
足が止まりかけたそこにたどり着いた長実は派手なエフェクトと共に太刀を縦横無尽に振り回し、小笠原の歩兵を吹き飛ばしていく。
そうして、重りの取れた最後尾の騎馬たちはまた軽快に走り出していく。その行く手は長実の通ってきた道であり、長実はその最後尾を追い立てるように馬を走らせ続ける。
その機動の結んでいれば、それはまるで満月のような円。
いつの間にか、長実の突撃には続くすべての騎兵、一番最後尾まで余さず加わっていた。
俯瞰しているこの場から見ると、もし特徴的な白装束がなければ、先頭も最後尾も区別がつかくなっていた。
荒れ狂う嵐のような、それはまるで終わりのない無限の突撃。
回転する陣は、チェーンソーのように周辺の敵軍を触れた傍からごっそりと削りとっていく。
円の回転は、どんどん激しさを増し、敵の只中より、内臓を内側から食い破るがごとく、遠目にもわかる大きな穴を穿っていく。
敵兵は逃げようにも受けようにも、烈風のような回転は、細やかな抵抗も許さない。
その場より描いた円陣は移動しつつ、触れた傍から敵兵を次々に飲み込んでいく。
「これぞ、〈車懸の陣〉じゃ。少々、数は少ないし足は遅いがのぅ」
上杉謙信の代名詞ともいうべき、必殺の陣形。ゲームの時に参加したことはあったが、こうして俯瞰してみるのは初めてだ。
中に組み込まれていたときは必死だったので、何が起こっているか分からなかったが。これ程とんでもないものとは。
一撃を加えて離脱するだけの効果の薄い戦術である螺旋を意味する『カラコール』の白兵戦版かと思っていたが、そんな生易しいものじゃない。
同じ練達の陣形を多用する武田の【風林火山】が相手に合わせて千変万化する究極の受けの陣形であるなら。
この上杉の伝家の宝刀は、どんな状況だろうと騎馬の突破力と機動力を最大限に発揮する形に、相手の了解なしに無理やりに持ち込んでしまう確殺の陣というべき代物だ。
主の代わりをできてこその影という言葉を受け止めつつも、所詮はデットコピーだと思っていた。
しかしながら、先ほどの龍の娘の言葉は本気も本気のセリフだった。
嵐を纏う龍の顎はすべてを蹂躙する。
かつて、伝説の生き物たる龍、その精強さに例えられた大英雄がこの日の本にいた。
その越後の龍はふたつ。勿論、ウロボロスではない、同等の力を持つ双頭の龍であったのだ。
神速にして神出鬼没、そんな上杉の力の源泉の一端がここにあった。
戦場に嵐を撒き散らした綺麗な新円は時間と共にぐにゃりと歪む。
やがて楕円となり、時と共に月が欠けていくように崩れ、回転を止めた。
あとに残ったものは、なにもかも惨憺たる有様。
円陣を構成してた騎兵は力尽きたように馬から落ちる者が続出した、騎馬もまた限界を超え走り切ったと膝から崩れるのは1頭や2頭ではない、150の塊はどちらか、あるいは両方ともそのような状態になり、ほぼ全ての騎馬は戦闘するための機能を停止した。
だが、それ以上に、彼らの食い散らかした戦場は悲惨である。
打ち倒され踏み荒らされた敵が山と積まれていた。
半数以上は逃散したのだろうが、殆ど立ち上がるもののいない無人の荒野と化していた。
敵も味方も、一切の容赦なし、ただ恐るべき指揮者の奏でた円舞曲のフィナーレである。
「情けないのう。錬度も体力も人馬ともに足りんのじゃ」
かかっと、おかしげに笑う龍少女。
いや、全く笑えないのですが。
こうして、一つの決着はつき、最終局面を残すのみとなった。




