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俺の嫁が百合に目覚めつつある件について

サービス回?はじまります。

 初夏の眩しい光に、俺は眼を覚ました。


 いまだ定まらない視界は、目の前細い指先を見る。白く繊細な手。見知らぬ手。ただ、なぜか俺の意思を反映して動くのだ。親指から順番に握ってみる。白魚が踊る様にゆっくりと拳のようなものを模った。

 それは、俺に忘却したい現実を否応なく伝えた。 


 デスゲーム二日目の朝がはじまったのだ。

 俺は、この頼りない手で、自分と大切な人を守れるだろうか。

 

「ところでよもぎさん」


 その大切な嫁が一心不乱に、俺の胸をもんでいた。もにゅもにゅ、としたあと、えへーっと蕩けた笑みを浮かべている。

 蓬さん顔のデッサン狂ってますよ。その笑顔は守りたくない。


 悪夢みたいな光景だな。なにより、現実な所が最悪である。


「何をしていらっしゃるのでしょうか」


 おそるおそる訊ねる。昨日のシリアスな空気はどこにおいきなさったんだろう。うららかな日差しは、暗い闇を欠片も残さず、消し去ってしまった。


「あ、おはようございます。ヨシさま。これすっごい、柔らかいんですよ」


 極力気にしないようにしていたんだけど、胸元には山が二つ。そこそこボリューミーな感じ。

 触られると違和感が凄い。猫じゃらしで神経を直接いじられるみたいな、妙なくすぐったさがある。


「…………」


「だめですよ、朝は、おはようございますですよ」


「……おはようございます」


 何か釈然としないものを感じながら、挨拶を返す。


 その間にも、別の生き物のように蓬さんの指は俺の胸をもてあそぶ。


「はふぅ、ここにはきっと、幸せが詰まっているんでしょうね」


 顔の二つの大きな菫青石きんせいせきがおかしな光を放っている。

 まだ見ぬ黄金郷に理想をはせる、マルコポーロもこんな顔をしていたんだろうな。


 俺は、しどけなく寝乱れていた襟をきつく正し、両手でディフェンスをする。


「あーわたしの、お胸ー!」


 と、抗議の声が上がるが気にしない。認めたくないが俺のです。尊厳がブロック崩しのごとく一個一個崩されていくのはこれ以上、見るに堪えない。


 うう、と人差し指を口にくわえ、うらみがましく見られた。じーっ。

 いや、そんな可愛い顔しても駄目ですからね。


「うらまやしいです。わたしの胸も早く膨らまないかなー」


 羨ましいのか、恨めしいのか、よくわかない言葉だな。

 あと、蓬さんの体型は、すとーんって感じです。風の抵抗を受けにくい、大胆なライン取りをしたシンプルな構造とかなんとか。


 俺は、今までで一番丁寧に、硝子細工を扱う時よりも柔らかく蓬さんの肩に手を置いた。


「え、なんでそんな優しい瞳で見つめられてるんでしょう」


「強く生きるんだぞ」


 どんな悲しい時にもエンディングまで泣くんじゃないと。なんか混ざったが気にしない。


「あれ、どうしてわたし励まされたんでしょうか」


 世の中には、どうにもならないことだってある。物干し竿で、天に輝く星は取れないんだ。

 まあ、ゲーム的に年齢は一定の所で止まる。老将キャラとかではない限り、その人の黄金期の姿のままである。蓬は1600年まで、10代後半の見た目だった。

 もしかしたら、時計の針がそこから動くなら、今後に期待が出来るかもしれない。


「まあ、そんなことより、ヨシさま。たまらない曲線してますよね。この肩、この胸、この腰つき」


 ぐへへ、と完全に自分のキャラを忘れてるよこの子。そして、それはモデルのアイドル様の手柄ですのでトランジスタグラマーというやつだね。


「びっくりしたのが、お尻が柔らかいんです。わたしのだと弾力があって弾く感じなんですが、ヨシさまのは、こう抵抗なく指が沈んでいく感じなんですよ。まるで綿花を押してるみたいな」


 ほうほう。そっちはどうでもいので、主に蓬さんの持ち物の方の学術的見解を聞きたいデス。てゆうか、眠っている俺に何をした。


 鼻息荒く、指で曲線を表現する俺の嫁。そろそろ留めないと、危険な気がします。

 話を逸らそう可及的速やかに。


「そういえば、蓬、見事に不細工になっているな。せっかくの可愛い顔が台無しだな」


 眼のまわりも、鼻も真っ赤である。


 ガーンというオノマトペが見えた。


「あわわ、初めての夜の後に、酷い事言われました!」


 それは語弊がある。昨夜はいたって紳士的に中世の『courtly love』を遂行しただけですよ。騎士としての役目しか果たしてないと自負している。


「ふんだ。どうせ、ヨシさまの方が美人さんですよーだ」


 いじいじ。掛け布団を頭からかぶり、眼だけで不満だか憤懣だかを訴えてくる。あーもう、このいちいち可愛い生き物はなんなんだ。


「わたし傷つきました。謝罪行動を要求します。そのお胸でわたしを慰めて下さい」


 可愛い生き物はなんと変態さんだった。


 今度は俺の両脇の下に腕をまわし、体ごとコアラみたいに、しがみついてくる。


「えへー」


 すごく柔らかくて、いい匂い。

 こんな、謝罪要求ならむしろ大歓迎である。


「よかった。だいぶ余裕あるな」


 空元気も元気のうちかな。


「約束しましたから、笑顔でいるって」

 昨夜できなかった強さでギュッと抱き返す。まだ、真新しい彼女の傷を塞ぐように。


「でも、これからその顔の隣で比べられるかと思うと、なんだか胃が痛くなってきました」


 唇を尖らせて耳元で囁く。


「何言っているんだ。蓬は世界一可愛いだろ」


 どこぞのアイドルなんか目じゃない。


 俺の言葉に嘘偽りがない色を見てとって。


「ふえぇええ」


 短い髪をピンと逆立てて、慄く蓬さん。


「夏がよく似合う髪に、大きな目、細い首筋、誰よりも可愛い俺の宝物だよ」


 その様子に、にやにや。


「あわわわ、よよよヨシさまが新妻を殺そうとしています。いま、まさにわたし殺し勃発中です」


 富と土地、地位名誉、ステータス。損得と打算と権謀術数。そういった、結びつきが殆どのこの世界において、なんて俺の幸せな事。


「なんでだ、俺は当たり前のこと言っただけだから、俺の嫁は最高」


「わー、わー、もういっそ。息の根とめて下さい」


 ぎゅっと眼をつむり、最期の一刺しを望む姫君。顎を上げその時を待つ。


 その希望を叶えるために、頬に手を添えゆっくりと初めての―――



「ゴッホン!そろそろ家はいっていいか」


 空き樽を転がしながら、濁声の家主が帰ってきた。

 


「「ぎゃああ!!」」


 布団にくるまったまま俺たちはアルマジロになった。



 ◆



 その後、気まずい空気の中、気まずく朝食を用意して、三人で気まずくそれを食べた後の事。



ヨシさま。これからどうなされるんでしょう」


 ああ、この世界空腹感あるんだなぁとかんとか。これから大変だと。と考えていたいうときに蓬から放たれた一言。


「……そうだな」


 まずは嫁。で思考停止していたので、これを機会に、そのあたりから整理しなおそう。

 たしか、デスゲームだった気がする。

 

 大目標は生き残る事。当然だな。


 生きて元の世界に、帰る事。まあ、こちらはちょっと気になる点があるが、これを目指していくことにはなる。


 じゃあ、そのために達成するものがわからない。概してこういうものの場合、このデスゲームは倒すべき魔王、達成するべき目標がないのだ。

 正確には、現時点では分からない。が正解か。


 自由度の高さに定評があったが、そこまで丸なげとか、まったくもって意味が分からない。

 まあ、おそらくは元のゲームの最大目標であることの『天下統一』およびそれから派生する何かってところか。


 根拠は短いシステムメッセージだ。


 あの時の、どこか無機質なメッセージを思い出す。前半はデスゲームが始まった事ログアウトが出来ない事の説明だったので今は気にしない。


 問題は後半の所。


『蓄えた財宝。鍛え上げた家臣。育てたスキル。全能力を持って、生き残りたまえ。真の英雄の誕生を我らは心待ちにしている』


 これからそれなりの事がわかる。

 これは、偶発的な事故ではない。悪意を持った実行犯(ゲームマスター)は確かにいる。しかも複数だ。

 彼らは強者を待ち望んでいる事。そして、その強者に何かをさせたがっている事。


 そして、最も問題なのが、おそらくプレーヤー側に戦を行わさせる意図を前提としている。


 実は、もう絶対に生き残るためのプランはある。この百年の戦の時代を生き残るには。


 戦わなければいい・・・・・・・・


 それはこの『戦国Online』の華ともいうべき戦をしない事。俺だけでなく、すべてのプレーヤーが戦いを起こさないという意思の元、ゲームを行うこと。


 戦いは数である。大多数の勢力を攻撃しようとする。人類の歴史は数できまってきた。ただし、意思決定が誰の元だかというのは別の話だが、それでも独裁から、多頭政治になり、最終的には数が全てを決めるという流れは不可逆で絶対だ。

 つまり、全プレーヤーが結託して、一つの意思のもと全ての戦を放棄する事。犠牲者もなく、クリアできる最善の策(パーフェクトプラン)にほかならない。


 しかし。

 

「できないよなぁ」


 システム的に、通信網が弱いので意思統一が難しい。はじめから、そのつもりだったんじゃねえ? と今から考えると思ってしまうほどである。

 それに、人間はふたりそろえば、二つの意見が生まれる。その場合は、少しでも自分の利さやが増えるように動くものだ。さらに、数を集めたとしても、汲み取りまとめる機構がそもそも存在しない。

 まあここまでは、時間をかければ調整がつく部類のものだ。根気よく取り組めば、最良の形とはいかないが妥協点は見えるだろう。生き残りたくない奴はいないからな。


 問題なのは、手っ取り早く意見を通す手段がありそれを実行できる場合である。人間は間違いなくそちらを選ぶ。

 ここは『戦国Online』武を持って覇を唱えるという規範ルールがまかり通るどころか常識として存在する。俺の様な初期プレーヤー以外、大多数に意を押し通す力があり、しかもそれは著しく不均衡な事だ。


 なによりも、目の前に脅威がある場合、武力を放棄するというのは、愚かな選択肢となってしまう。

 絶対的な休戦が徹底できない以上、武力は各自が手放せない。

 アパートの隣の部屋で、銃を持った自分を嫌っている隣人が住んでいるとしよう、それでも、隣人の良識と家のセキリティだけを頼りにするようなもんだ。俺は出来ないね。

 これ以上踏み込むと、政治的な話になりそうなので勘弁。

 

 あと、忘れていけないのは、NPCだって十分に脅威なのだ。かれらは戦国の世を戦ってきたものなのだ。勝つ目が出るまで賽を振る奴がごまんといる。第4ゲーム目を制したのはあの『織田信長おだのぶなが』だしな。


 逆に一つの意思のもと、武力を行使するパターンも考えられる。

 英雄的プレーヤーが出てきて、全てを一つにまとめる事。正義とか胡散臭い概念に安全保障を丸なげである。

 もちろん、もしも英雄が独裁者になったら終わるけどな。

 例えば戦国時代でも、秀吉さんとかぱねぇし。権力固めた後は意に沿わない者は、断罪がデフォルトだしな。


 そんな積極的な勇者クンは出ない事を祈りたい。特に二人以上出てしまったら、全てが地獄絵図一直線になって終わる。


 まあ、戦う相手が魔王ではなく、自分たち自身というのはさすがに誰でもわかるだろうし。そんなアホはいないだろう。


 今後は、ある程度固まった勢力が話し合いで、より大きな塊へと合流していくことの繰り返しになるだはずだ。ある程度大きくなったら、平和的な組織を選んでそこに乗っかるのが良いだろう。

   

 なにはともあれ、自己防衛にしろ、交渉するにせよ、前提として必要なのは戦力強化だ。

 無力な羊は餌以外の何物でもないからな。


 俺のすべき事もそこから。具体的には、ゼロからできることは三点。

 自身のステータスの強化、仲間との連絡。そしてできれば、家臣団の組織。


 まあ、まずは前の二つだな。三つ目は面倒なシステムもかかわってくるので追々。


 それでは長考から、出した結論を蓬に伝える。


「とりあえず、村の施設を回るよ。知り合いに連絡取ってみる」


 キャラ名が分かれば、専用の施設や、共同体の長からそのプレーヤーホームに『文』を送る事が出来る。通信網の質によって、スピードが違ったり、届かなかったりするが、片っ端から、試してみるべきだろう。

 もしかしたら、現PCの『桜姫さくらひめ』宛てではなく『ヨシ』には来ている可能性もある。IDは共通なので、閲覧は可能なはずである。

 幼なじみの貴志も『戦国Online』のプレーヤーなので、INしてれば間違いなく連絡を取ろうとしてくるはずだし。それはあいつにとっての不幸でしかないので、出来れば、あいつだけは無事であってほしい。


 蓬さんは俺の突然の長考にもなれたもので、しっかりと話についてくる。


「では、わたしが案内しますね」


 にこー。

 この村をプレイヤーホームに使っていた事もあるし、その少しも必要はないのだが。


「お願いするよ」


 一緒にいたいなぁ、と思った、俺を誰が責められよう。


 わーいデートだ。というわけで、本来の目的の優先度が下がりました。

 デスゲームって分かってるよ。本当だよ。


書くべき個所まで行かなかったです。前半が止まらなくて、お前ら、いい加減にしろと、セルフ突っ込みが入りました。ゲームらしいことがちっとも始まらない。


怠け者ですが、ここまで頑張れるのは皆様の眼のお陰です。ありがとうございます。


後半の言葉足りずを修正。

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