参道の戦い
あれ。二月がいつの間にかスキップされた。
湖の沿岸部まで街道の封鎖を伸ばし、完全に此処の社のみを周囲から孤立させた小笠原勢は、教科書通り雑兵による人数をかけた力攻めを開始した。
10人は横並びできる参道を閧の声をあげながらゴールである山門めがけ、殺到してくる。勿論、神仏へのお参りとは対極の行いを為すために。
先頭は大きな盾を担いだ体格の良い兵。後ろのものが押し上げるようにひと塊になってぐんぐん急勾配を登ってくる。
山門前のバリケードの裏から町民たちは矢を射かけるが、本職の兵ではないため、効果は全く手言っていいほどない。大盾の傷を増やすくらいが関の山だ。
「それでよいのです。牽制以上の意味は必要ありませんです」
狩人など、弓を上手く使うものはカリンの周りにひと塊になっている。散発的に射られる他の町民とは違い一射も放っていない。
いつでも打てるように準備するのですと声の届く位置に直接指示を出しているからだ。門の裏正座して手持ち無沙汰にしている虎千代の横ででそんな言葉を聞いていると。
「はい、わかりました!」
おう、とかへぃとい言った野太い声の中に、なんだかものすごく聞き覚えのありまくるよく通る声が聞こえてくる。
俺がこの声を聞き間違えることは絶対にない。慌てて門外に飛び出した。
でっかい鉄弓を持って、当たり前にそこに加わっている俺の嫁。むすーと鼻息荒く肩を怒らせている。あちゃー。
「あのーですね。町の人で女性や子供はみんな後方の支援だから蓬さんもそっちに」
ここ凄く危ない。絶対有利な高低差だが、あのビームをみると必ずしも安全とはいえない。
そのため周りにいるのはカリンを除けば男衆だけだ。
後ろは後ろで、負傷者の手当て、あれこれの運搬などやる事は山のようにある。そちらはそちらで人は足りないのだ。
「いえ、それはできません。決めたんです、ヨシさまと共にあるためにわたしはここにいなきゃいけないんです。それに、あそこまでのことを皆さんに強いてしまったのですから」
「お、おう」
なんだか、妙な引っかかりを覚えたが、よくわからない気迫に押されてしまう。
それに後半の蓬の言うことについては確かに俺のせいでもある。初戦で人数に劣る町人が大名の直属の軍を押しこむほどに士気が無駄に高くなったのには原因がある。
言葉の表層をとるなら、やらせたの俺だけど、責をとるのは一蓮托生と言いたいのだろう。
「…うーん、さっきみたいに飛び出すのは今後、二度とやらないって約束してくれるなら」
不承不承という感じで認めるしかない。ついカッとなって私怨で戦に介入した手前。強く言えない。そういえば、こういった戦事について彼女はどういったとらえ方をしているのだろうか。もはや、困っている人を助けるレベルの話ではなくなってしまっているからな。ゲーム時代を含めて、そういった話をしてみたことはなかった。そもそも、そこそこ武芸を嗜んでいる事すら知らなかったしな。
その辺はまた今度でいいか。現状、いざというときは盾になればそれでいい。
横にちょこんと腰を下ろし、蓬さんの袖を捲りあげている襷の左側をしっかり掴む。今度は逃がすまいと。
できれば普段隠されていた素敵な二の腕をさわさわしたいが、夢中になってろくなことにならなさそうなので自重する。太陽の光に負けないぐらい白くてやわらかそうだなって、全く自重できていないな、コレ。
「他のものは、まずは、加工前の丸太からです。石段の中腹を超えたら敵中央をめがけて転がすです」
胸当てだけで、ろくな鎧も装備していないゴシカルフリルなカリン嬢だが、その指揮をとる姿は堂に入ったものだ。
「いまなのです」
ピンと張った指先を振りおろし合図を送る。一瞬遅れて太鼓が響き、一斉に諏訪の荒くれが落とす。
傾斜のきついゲーム仕様の石畳を勢いよく転がり始める。
見た事ないほどに勢いがあるのは、祭りの関係上、日本一丸太を転がすのは得意だからだろう。
だが、敵兵もさる者たちだ。丸太の群れは先頭に大きな音を立てて直撃するものの、盾を並べ、ひるまずよく耐える。
それを見届けたカリンは腰の短弓を構え。水の法術で作り出した氷の矢を、連続して放った。
狙い違わずわずかにある盾の間に吸い込まれていく。幾人かが盾を取り落とし、密集した陣形に隙間ができる。
「弓矢班、一斉に打ち込むのです」
カリンほどの正確性はないが、日常的に狩りをする者たちの矢は広がった隙間には十分な威力を持っていた。蓬さんも、弦の引き絞り何本か放つ。流石にそのときには邪魔にならないように両手は腰に添える。すごく柔らかいです。
しかし、蓬さんの矢は、高いところから下に放った経験は少ないのか。狙いは逸れ石畳に突き刺ささる。やはりステータスは嘘つかない〈棒術〉に比べると練度は低いようだ。
敵兵たちは崩れかけたかに見えたが、後続のものが素早く、盾を拾い再度、密集陣を立て直してしまう。矢の雨をものともせず再度前進を開始する。
「射撃班、打ち方やめです。丸太班、今度は岩石班もです。再度転がすです」
今度は太鼓が二度なり、バリケードは攻撃武器に早変わりし陣容の厚みの減った敵兵に次々と突っ込んでいく。
屈強な先頭を減らされた兵たちは、先ほどのようにひと塊りになってこらえることができず、バラバラと崩れた。
その時、俺のシステムウインドウが開いた。勝利条件の人数が虎千代が討ち取った武者に続きまた一人減った。どうやら先頭のすぐ後ろに、兜首がいたらしい。山門まで到達してからの切り込みの先導役だったのだろう。そいつが戦闘継続不能の判定となったようだ。
討ち取るとあったが、どうやら戦闘不能もありということだ。となると、勿論捕縛も可である。ゲーム時代と変化はないならそういうことだろう。
戦闘不能は死亡判定と違い、治療期間が終われば先頭に復帰できるが、翌日のログイン時までは戻ってこれなかったので。今の時間の流れでもこの戦闘に参加するのは不可能だ。
「よし、このまま押し切れるかな」
と、俺が口に出したのがいけなかったのか。
ひときわ大きな丸太が崩れ始めた前列に直撃する瞬間。
丸太は轟音を立てて四散した。
「小笠原宿将・泉石見」
鎧の上からでもわかる鍛え上げられた逆三角形のシルエット。馬上の武者がそこにいた。
弓の先で足ものに転がった大盾の一つを跳ね上げる。上空で回転したそれは武者の手の中に納まった。
「敵将、その首いただくぞ」
名乗りを上げると己の騎馬を駆り、カリンだけを見据え一直線に突っ込んできた。
主だけではなく配下にも突っ込み癖があるのかこの軍は。
騎馬の速さに初速の遅い丸太は間に合わないと判断したカリンはすぐさま周りの弓矢班に声をかけ、自分と一緒に馬体を狙うように指示をするが。敵将は大盾を器用に使いまわし、一矢とて自らの愛馬に触れさせない。
あっという間にカリンの目の前の小山となった岩石や丸太のストックの上にヒズメをかけた。
「ひっ」
頭をかかえて蹲るカリン。
「あわわ…命だけは――――なんちゃってなのです」
舌を出して笑う。蹲るふりをして石畳に右手を触れさせたのだ。その指先は複雑な梵字や模様のかかれた陣が回りながら光を放っている。
その瞬間。
敵将が足場にしてしていたバリケードを粉砕して、間欠泉が火山になったかのような猛烈な勢いで大量の水が噴きあがった。
逃れるすべもなく岩や木材などとともに打ち上げられる。麓側に斜めに噴き出したので、岩石や丸太が敵将ごと、立て直しかけた軍に驟雨のように降り注いだ。それと同時に水流が蹲る兵たちや降ってきた障害物ごと麓まで押し流す。
それと同時に、またウィンドウが起動する。先ほどの将も戦闘不能。
「さすが、諏訪湖を御神体とした社だ。固有〈水〉属性の罠が必要以上に大威力だ」
人を打ち出すほどの勢いはなくなったものの、未だ水はあふれかえり、ごうごうと流れ出し続け、参道を踝くらいの深さの川のように変えてしまった。
「55点なのです」
有能な敵将を討ち取れたのはともかくやはり、借り物の加護は使い慣れてないだけに、こちらの陣立てにも余計な被害をもたらしてしまった。
カリンの後ろや道の脇にあるもの以外バリケードはきれいさっぱり流されてしまっていた。
参道には多数の流され残った障害物の他には……背筋に悪寒が走る。
猛禽の瞳が、さえぎる物のなくなったこちらを見上げている。
そして王者の更新のように共に先ほどの泉石見を除いた、野戦で陣に飛び込んできた四騎を引き連れて、生まれたての小川の上流まで馬を歩ませる。
「なかなかやるようだが此処までだ」
敵大将、小笠原湖雪の隣に侍る優男が声高らかに宣言する。
それを合図にしたかのように湖雪は矢を番える。
「さぁ、とくとご覧じろと言いたいところだが。これは虎の子の一発でな、できれば残しておきたい」
なに、虎じゃと、と門の裏側で反応があったが気にしない。
「そこの巫女。プレーヤーだろ。殺すのにためらいはないが、余計な恨みを買うのは避けたいんでな。できれば、投降してくれると助かる」
矢を番えた湖雪の前に武者が三人並ぶ。こちらの攻撃を警戒してのことだろう。
「余計な遮蔽物も無くなった。これまで三度その門ごと神殿を打ち抜いた実績がある。祭りを行えず加護の低下した守りなら半分の威力でもおつりがくることは実験済みだ」
カリンに兵をどける指示を出させて、虎千代にも門から皆を離れさせるよう声をかける。
「さて、返事はいかに」
ある程度の退避が完了するのを確認する。
「蓬さん」
嫁に目で合図をする。
素早く弓弦を引くと、矢を打ち出す。が、やはり、離れた石畳に突き刺さる。
「なかなかの豪弓だが、当たらなければ意味がないぞ。では、交渉決裂だな」
やれ、湖雪と若武者の遠目に口が動いたのを確認する。
一際、大きい光の渦が全てを呑みこむように天へ昇ってゆく。
雪の所為で土日がつぶれまくりました。おかげで今月中にこの章を終わらすという野望が。三月中に此処の決着はつくかと、来週中には次あげます。




