札の切り方
ズンと腹の底を槌で叩くような重い音と振動を残し、拳ほどの厚みのある鉄扉が閉じられた。
源は濁流の上に現れた毘沙門堂。
本尊が罷り出で、その役目を終えても、ゆらりゆらりとその場の中空に漂い続けている。
だがそんな虎千代の背後の様子を気にするものはその場に一人もいなかった。
残された皮よりも、中身があまりにも問題だからだ。
そこから現れた背丈は虎千代を倍する巨人。
初期からこのゲームをプレイするユウキにとってはボスモンスターとしてこれよりも何倍も大きなデザインをされた龍や鬼などと対峙した経験は両手に余る。いずれも足がすくみそうな強烈な存在を持ったクリーチャーだった。
だが、この人によく似た、それでいて人と異なるものはより力をぎゅっと圧縮したような重厚な威圧感を秘めている。
巨大な立像は仏法の守護者とは名ばかりのような、主同様の暴力の気配を色濃く纏っている。
仏像はゆったりと両足のスタンスを幅広く取り、前方何処からの攻撃も漏らすまいとギロリとユウキたちを睨みつけた。
「的が大きくなった」
怜悧な姫武者がぼそりと言を溢す。
威圧感に飲まれかけてたユウキを含めた一行がはっとなった。
落ちかけた指揮を立て直そうとかいう器用なことはできないので、ただ感想を言っただけだろうと彼女の伴侶は思いつつ、その機を生かす事は忘れない。
「そうさな、結構なことだ。ちとばかし大きくなったが袋の鼠は変わらない。ならば、針鼠に変えてやればいい」
強気なセリフと気圧されまいという心持で、より一層強く弦を引く。
驟雨のように打ちつけよとばかりに、極限の速さと破壊力を持った弾幕を四人の武者は連続してたたきつける。
降り注ぐ光のシャワーを見上げながら虎の嗤いを持つ少女は、自らの移しみに一つ下知を告げる。
「〈小豆長光〉」
脳髄を容易く両断した事から名を得たともいわれるその刀。
少女の呟きに呼応し、毘沙門天の持つ刀が六つの姿を捨て全て同一になる。
光の雨に、丸太ほどもある腕を力任せに振るう仏像。
巨躯に似合わぬ俊敏さをもって空間ごと抉り切る如く。
〈切断〉の能力を持って全ての矢を消し飛ばした。
それどころか剣閃は勢い余り、目の前の地面をもズタズタに引き裂いた。
防御というにはひどく大雑把。一つ一つ識別して迎撃する手間を惜しみ、代わりに力を持って空間ごと降伏したとも言わんばかり。
あっけにとられる小笠原勢。
その様子に満足げに三面の顔の口元が得意げに上がったかのようにも見えた。
「さて、次はこちらの手番じゃな」
少女が身に纏う獣の気配が鬼気といってもいいほどに膨れ上がった。
虎千代を囲んでいた武者たちは例外なく肌を粟立てた。
そして、そこで初めて、自分たちが相手の懐深くまで入りすぎていたと気づき距離をとる。
虎千代はそれを見届けくるりと後方宙返りをして、背後の巨人が構える金剛棒の先っぽに跳び乗った。白い燕のように優美な跳躍である。
人一人の重みを受けた毘沙門天の肩の筋肉がギュッと膨れ上がる。
そのまま右足を川縁にかけ、左足を大きく踏み出す。虎千代を落とさぬよう、器用に上腕二つを回し、反対側の後方の川に棒の頭を向け大上段に掲げ持った。
虎千代は腰を落とし、眼下の武者五人に刀の切っ先を向ける。
〈七星の剣〉
梵字と七星が金銀で象嵌された短めの両刃の剣。
銘はない。室町時代に作られた上杉神社に奉納されている現存する数少ない七星剣のひとつ。
46字の梵字は不動明王由来のもので属性は〈火〉。特殊能力は破邪調伏、霊体系の敵や妖に対してボーナスがつく。
珍しい両切刃造で貫通力が高く設定されている。両刃の剣は基本的にそういう設定をされており、この場合は突撃の攻撃力増加を期待した選択だということが誰の目にも分かった。
弓の間合いに苦慮していた虎千代は自身を大砲のように打ちだすことで開いた間合いを潰そうとでもいうのか。
明らかに狙いを分からせる意図のあるそれは、強者の余裕か先ほどの意趣返しか。
「来るぞ」
いずれにせよやることは変わらないと、湖雪は短く告げる。
髪飾りはもうない。逆に額に打ち込んでやるとばかり、湖雪は矢を番えた。
湖雪の〈鷹の眼〉が爛々と青く輝き。一瞬よりも短いその時を待つ。
配下の武者もそれに倣い、馬上にて構えをとる。
針の先を削るような張りつめた緊張の中、勝敗を分けるその時を待つ。
巨人が動く。
渾身の力で大上段より金剛棒を叩きつける。百人の武者を束ねたような剛力で突風が巻き起こった。
それとともに縦横無尽に刀傷の刻まれていた地面は、その一撃で爆発でも起こしたように大量の土埃を舞いあげた。
吹き荒れる土埃は、細まで見逃さぬように目を見開いていた小笠原勢に襲いかかる。
視界を奪われたユウキたちは迎撃を諦めすぐさま回避行動に移る。
だが、湖雪だけは眼を閉じたまま、その場でゆっくりと〈一張弓〉を下ろした。いつも通りの無表情がどこか不満げに見える。
土埃がユウキたちの脇を通り過ぎ、地面に棒を叩きつけた虚像の姿のみがそこにあった。
虎千代は小笠原の懐に飛び込まず、代わりに川の上に浮かぶ御堂の上に飛び乗っていた。
「実に楽しかったのじゃ。次は是非、お互い何の条件もなく心行くまでやろうぞ」
晴れやかな笑顔でそう言い残し、御堂の上を疾走し対岸に跳躍する。
マフラーと、髪留めを外した黒髪が優美に舞うが、片方の草鞋をなくしていたため少々不格好な着地になる。
そして、剣を納刀すると、御堂も毘沙門天も煙のように姿を消した。
呆気にとられるユウキたちに向かって虎千代は元気に手を振ると林の隙間に消えていった。
虎千代が必要としたのは、派手な中身ではなく、中空にたゆとう側の皮の方であった。濁流を越えるための橋代わりの足場としてそれを使ったのである。
「あ、やべ…逃げられた」
あとには労苦の割に得たものが少ない狩人たちだけが残された。
やっとこさおわったー。というか終らせました。このシーン三倍くらい書きましたが没で、おなかいっぱいなのです。
メインの籠城戦に移ります。
カメラ担当は章終わりの番外編までもう変わることはありません。




