武の頂
戦闘回は筆が重いのかも
4人の武者は半包囲の隊形を維持しながら、圧倒的な威力のスキルを放ち続けている。
地面を抉る何条もの轍が、諏訪の陣内に刻まれていく。どろりと融解した地面が焼け焦げた煙をあげる。
そこに湖雪が加わらないのは技力の消費を最小限に抑えるためだろう。
それでも、虎千代がかすかな隙を手繰り寄せ個別撃破に移ろうとすると、すかさず湖雪も技力の消費のない通常の射撃で足を止めていく。
虎千代は一瞬毎に最善手を判断し、即座に行動に移していく。
自称・神憑りの面目躍如な判断の早さに加え、振るう刀にも似た天性の勘の鋭さで秒単位に量産される死地を回避し続けていた。
そうして虎千代は先ほどのなりふり構わない連続回避をしながら後退を続けていく。
受けや弾きという防御手段をした瞬間には、遠距離にあるまじき大威力の射撃で消し炭になる。打つ手は回避のみというのは壊れ性能の彼女にとっても厳しく、初手で吹き飛ばされた袖はもとより草鞋の片方は脱げ肩口が大きく破れて、まるで襤褸雑巾のようになっていた。
それでも、ギリギリの処で致命傷を避け踏ん張っているのは、後退する方向、つまり諏訪の社の方からの射撃がないからである。
もちろん退路側に小笠原勢が騎馬で回りこむことは可能ではある。
だが、天神で受けた効果は借り物の力である。訓練はしているが、使いこなせているかといわれると不十分なので、万一の誤射を避けるために、射線上に味方を入れないようにユウキの指示で徹底しているのだった。
それに、陣のすぐ後ろは諏訪湖と小笠原の治める信濃府中とをつなぐ塩尻峠に最も近い春宮の傍らを流れる砥川である。
これを渡れば、諏訪大社の四つの宮の一番北である春宮は眼と鼻の先。
そのため、開戦前に諏訪側の手によってこの川に架かる橋は一つを残し、すべて落とされていた。今後に民にかかる負担を気にしないカリンのアイデアである。
それをユウキは把握していた。どこぞの残念伴侶はともかく、伊達に陣を明けてまで情報を収集していたわけではない。実際に見て確かめるのはゲーム時代うっかり参戦前に敵方の武将とはち合わせて戦闘不能になったこともある悪癖ではあるが、情報の正確さというアドバンテージには代えがたいとユウキは考える。
そして、事前に帷幕に伝えた諏訪勢の退却の経路および、目の前の虎千代が向うのは最後の一つ残した橋で間違いない。
更には、普段は腰辺りまでしかない砥川は連日の梅雨の長雨で濁流となっている。
とてもじゃないが、佐々木高綱の先陣や凶馬のエピソードの劉備のようなまねはできない。徒歩ならなおさらだ。服を着て泳ぎきるのはどんな水練の達人でも難しいだろう。
逃げ場のないそこに追い詰めあとは仕留めれるだけと、小笠原勢の全員が言わずとも共有することができていた。
「しかし、一兵も残っていないとは意外だな」
諏訪の指揮官が優れていたのか。魔法でも使ったように寄せ集めの兵達の退却のしっぽも踏むこともできなかった。
「大祭が行えなくなって万全ではないとはいえ、籠城先はもともと信仰を集める社だからな、加護は厚いゆえに、護りも堅い」
少しでも、兵力は削っておきたかったが仕方ない。
ゲーム中最強の武将を仕留められれば、この戦の後のシステムからの褒賞は破格のものであろう。ここはそれで十全だ。
「チェックメイトだ」
ユウキは、虎千代が橋に届くタイミングで弾丸よりも速い一矢で橋を落とした。
崩れた橋は川に飲まれ息つぎをする間もなく粉々に咀嚼された。
虎千代は消失した橋の手前で、あわててブレーキを踏む。草鞋の端が踏んだ崖の一部が、崩れ、濁流にのまれた。
「ちょっ、副将!何やってるんすか」
「厄介な体術ですが、左右の逃げ場がなくなればそれで十分仕留めるのは可能でしたが」
「お前ら手を止めるな」
三者三様に若武者たちは言いながらも、追い詰めた虎に対する追撃の手は決して緩めていなかった。
「諏訪の陣立てを見ただろ、骨組みを崩せば背の高い檜も杉もより取り見取りだ、金持ちめ。あれを仕留めてから文句の続きを聞く」
僻みを交えつつ、じゃあな、と退路を断たれた虎に、配下の3将とどめの一撃を見舞う。
ひときわ強力な3条の光で虎千代の視界は一瞬にして塗りつぶされた。
回避するすべはない。無理に避けて濁流でおぼれ死ぬか、受けるか弾くかでその隙をユウキの追撃の一矢で死ぬしかない。
自らの終わりを告げる併せ矢を、虎千代は満面の笑顔で迎える。
観念するように優雅に腰を落とし、片膝をついた。
眼だけは煌々と猛獣の覇気に輝いたまま。
「出よ『小豆長光』」
黄金造りの鞘。その握りの部分が荒縄を巻いた柄に代わる。実用のみに特化した無骨な太刀。
そのままの姿勢で左手を鞘にかけ、右手を柄に添え目を閉じる。
「〈一閃〉」
納刀状態から、一息に引き抜く。
居合抜き。旋風のごとく横薙ぎに振るわれた白刃は空間ごと切り裂いたかのように光線状になった矢を完全に両断した。
〈小豆長光〉
一説には川中島における武田信玄と一騎打ちの際、軍配を三度切りつけ七つの傷をつけた刀とされる。
もともと小豆売りが持っていたものを謙信が買い上げた刀。あまりの切れ味に納刀した鞘と小豆袋を切り裂き、落ちていく小豆の粒を左右に切り分け続けたという微妙な逸話もある。
属性は〈金〉。本来、〈金〉の武器は性能は高いが多いが特殊能力に欠けるものが多いとされる。
だが、この〈小豆長光〉は世に名高い一騎打ちで使われたとされるため、知られてる刀の中でも破格の特殊能力を持つ。その力は〈切断〉。
刀のランク以下の判定の攻撃や防御を切り捨てる。
人も装備も術も地形も、何であろうと二つに分ける。攻防一体の魔剣。『戦国online』における謙信の象徴のようなものである。
それでも、直撃は防いだだけで、至近で受ける〈天神〉ブーストされたスキルの余波により、体力ゲージは半分以上ごっそり削られてゆく。
力任せな防御で無理に一撃は凌いだものの、虎千代の態勢は崩されたまま立て直せていなかった。
ならば、それを逃すユウキではなかった。
だが、ユウキがそこに放ったもう一矢は、的の大きい胴を狙ったものではあったが、結局、残った片袖を削るだけに留まった。
「姉上に作って頂いた長実と揃いの衣じゃったのに」
そこから、カランと破れた袖から龍の髪飾りが落ちる。美しいぬばたまの前髪が切れ長の目にかかる。
自身の象徴である伝説の獣をかたどった。強力な兜にも匹敵する頭部防具を一瞬の盾代わりに利用した。仕込んでおいたお気に入りの長衣はさらなる無残になったが、その犠牲で虎千代はようやく一瞬の余裕を作る事に成功したのだ。
サービス開始時より続けてきたユウキの持つ弓はかなり高いランクの〈重籐弓〉とうものではあるが、最強の弓の一つである〈一張弓〉と比するとさすがに1歩も2歩も譲る。配下たちのもまた同じだ。ならば、耐えられる虎千代は賭けに勝った。
にやりと笑う。
虎千代は決意する。こうなっては仕方ない。もう一着の方を後ではぎとる…もとい、交換してあげようと。戦もそれも彼女は常に大真面目だった。
そして、作り上げた、瞬きより短い一瞬の間。懐より、過剰に装飾された竹筒を取り出し辺りに撒く。中身は〈花水〉とよばれる特殊な手順で清めた聖水だ。
その足元に凡字が現れ、虎千代を包むように拡散する。
「愉しいのう、ほんに愉しいのう!」
眼も眩むほどの荘厳な光に包まれ、ケタケタと触れてしまったような笑い声をあげる。至近で必殺の射撃を迎撃したため、肌はひりつき、髪の一部は焦げ、胸焼けするような独特の匂いをあげていた。
それはぞっとするほど美しい。その顔は神ではなく鬼にも似ていた。ひどく禍々しく美しい鬼に。
さらなる一矢を忘れ4人の武者はぞくりとしたものを感じずにはいられなかった。
ただ一人、湖雪を除いて。
仕留めれば〈神降ろし〉を維持する必要もない。無防備な龍の娘に、鷹の乙女は殺戮の爪をかける。
だが、虎千代を隠すように、長く太い棒状のものが差し出された。湖雪の矢はそれをわずかにえぐるだけに留まった。
大人の人の胴程もあるそれは紛れもなく〈金剛棒〉。サイズはあまりにも間違っていたが。
「かかっ、もっと、もっとじゃ。楽しもうぞ、よき士どもよ」
人の操れる大きさをはるかに超えたそれを野太い半透明に輝く野太い腕が掴んでいた。
虎千代の背後、濁流の上に巨大な御堂が浮かび、備えつけられた大きな門がわずかに開いている。筋骨隆々とした腕はその隙間より虎千代を抱えるように守っておいた。
「さぁ、〈顕現〉せよ。〈刀八毘沙門〉」
ズシンという地響きとともに、腕よりも分厚い丸太のような足がふたつ飛び出してきた。
怒りの表情と共に飛び出てきたのは三面八臂の甲冑姿の異形の仏である。
元となった仏法を守護する四天王の一人〈多聞天〉の亜種である〈兜跋毘沙門天〉のさらに亜種。
戦いをつかさどる鬼神である。
身長の倍はある半透明の巨像が虎千代に重なるように顕現する。
そして三つのしかめっ面で敵を捉え、虎千代の自前を合わせて八つ目は今までつけこめた隙を白湯に近いほどに薄めていく。
この異形の〈毘沙門天〉は戦場に立つ武将に信仰されることが多い。後世にも影響があり、イラクに駐屯した自衛隊の装甲車にも〈毘〉の一文字がペイントされていたほどだ。
虎千代の長尾家でも毘沙門堂に必勝を祈願して戦に臨むというしきたりがあった。
上杉謙信は人を多く殺した。命令を下すことはもとより、自らの手を振るうことで。
それの反動であろうか、神仏に純粋なほど、深く帰依していた。
日中から、御堂に引きこもって酒を呑み祈る。そんな不真面目な半引きこもりであるがそれも信仰の形には違いない。
そして、ある時謙信は敵軍の奇襲を受ける。毘沙門堂に立ち寄り全軍で祈願をするの暇を惜しんだときこんなことを言った。
これだけ拝んでいるのだから、向こうの毘沙門天も一度や二度拝み返しているだろう。
ならば我の前で勝利を起草すればよいと。
その後、謎飛躍によって、我、毘沙門天の化身なりとなってしまったのはまた別の話。
故に、この日この刻の彼女。虎千代も高らかに宣言する。
「我、毘沙門天の生まれ変わりなり」
のちの中二病である。
〈神降ろし・刀八毘沙門天〉それは軍を率いる立場であり、もともと強キャラの虎千代の文字通り奥の手。
この状況は巫女もどきの画策で賽の目がとんでもない方に転がされていたとはいえ。ここまで追い詰めたユウキたちはもろ手をあげて快挙と言っていい程の戦果であった。
数多の軍が上杉に挑み、龍が誇る精鋭である『牙』も左右の『爪』も掻い潜り、ここまで辿り着いたものは片手に満たない。その情報も電脳の海には流れていない。そんな眠る子を起こしてしまった事は良かったかどうかはわからない。
黄金の鞘より8本の刀が飛び出す。
彼女の持つ宝重もまた毘沙門天のモデルとなったインド神話の財宝神「クーベラ」に由来する。普く財をため込んだ魔法の箱。謙信のアイデンティティーである『戦』と交わりこういう形にデザインされたのであろう。
2本は虎千代の両手に、6本は〈金剛棒〉を握った2つを除く太い手に縮尺を変えておさまった。
〈山鳥毛一文字〉
〈小豆長光〉
〈波泳兼光〉
〈天国〉
〈竹俣兼光〉
〈備前三郎国宗〉
〈七星の剣〉
〈塩留めの太刀〉
最強の武士にして鉱山大国の越後の主、そして、刀剣のコレクターである彼女の持つ全てが世にたぐい稀な一振りの決戦兵器である。
彼女にとってはまだ発展途上の道半ば、されどここが、このゲームにおける最強という武の頂であった。
最後のルビは今度。マイ設定資料に書いてない罠。




