Another viewpoint ・湖雪(漆)
ユウキはいつも通り、湖雪の後ろに回り、補佐のポジションに入る。
湖雪は一瞥もせず、右の指を三本掲げ配下の武者に合図を送る。
それを見た配下の三人が虎千代を遠巻きに半包囲する。
ここまで慎重なのは珍しいとユウキは思う。
良くも悪くも直線的な思考の湖雪が相手を警戒した珍しい布陣。特別な相手だからなと、一挙手一投足を見逃すまいと集中する。
例え最強の武将とはいえども、この面子でなら仕留められるとユウキは疑っていない。
三人のNPCの名はそれぞれ。
神田将監
草間肥前
泉石見
いずれも小笠原にその人ありと云われる若武者である。
その腕はゲーム内の弓馬兵の最上位である湖雪になんら劣るものではない。
家老の犬甘政徳、歩兵指揮の二木重高の二枚看板こそ欠くものの、湖雪を含めたこの5人はパーティレベルの戦闘で考えるなら小笠原の最大戦力である。
戦闘のみに限定するなら武田二十四将や徳川十六神将にだって劣るものではない。
じりじりと包囲を広げる緊張した時間は湖雪の右手がゆっくりと虎千代に向けて下ろされる。
まず先制の一撃は右手に陣取った草間肥前の一矢から。
最小限の動作で放たれたそれは、呪符のついた矢が虎千代の足元に刺さる。
矢はずぶりとそのまま地面に沈み込み、瞬時に水たまりが発生する。
〈符術〉と〈弓術〉のコンボ〈水儺〉
矢の射程距離内で指定したいずこかに移動力低下のゾーンを発生させる技だ。
あくまで軽い阻害なので、禁止などの重い効果のものと比較するとどんな敵にも通りやすい。
草間は現代でも水神として祭られているだけあって、使用する技は『水』属性のトリッキーなものが多く、中でも阻害を得意としている。
ずぶりといままさに踏み込もうとした虎千代の右足が沈もうとする。すかさず上体を後方に振って逆足に重心を戻し脱出しようとするが、水はあっという間に二十畳程に広がって脱出を許さない。
弓兵にとって足を止めてから仕留めるのは教科書通りの戦術だ。さらに弓馬兵はたたみかける速さがある。
草間を除くふたりの若武者が術式の罠に呑みこまれる虎千代に追い討ちをかけようとした時。
そのターゲットは右手の『山鳥一文字』を左に持ち替え、新たに、右手に刀を抜いた。
新たに表れたのはせせらぎを写し取ったかのような薄水色に透けた刀身を持つ美刀。ユウキも思わず一瞬目を奪われてしまう。
その刀は『波泳兼光』
逃げる際に川に飛び込もうとした敵兵の背中を切りつけた時に、あまりの切れ味に絶命したのを気づかずに敵兵は向こう岸まで泳ぎきってしまってという伝逸話を持つ一刀である。
この刀の特性を思い出し。ユウキは舌打ちをする。
「属性は『水』、特性は〈水流操作〉か」
刀の効力からか、虎千代の両足は薄い光を発して沈むことなく水面に立っていた。
虎千代は左の『波泳兼光』を天に向けてかざした。
刀の示した切っ先に釣られるように、即席の水の檻は柱となり天高く舞い上がる、地面に半球の膝下程の窪みだけが残る。
移動阻害は成功しなったが、その窪みだけで一瞬の隙は十分とばかりに左に展開した神田将監が渾身の一矢を放つ。神田は知恵が回り腕も立つが、性格と矢の軌道がへそ曲がりな武者だ。
神田の一矢は虎千代に向かう手前で砕け、散弾状になり白衣の軍神に襲いかかった。
〈小笠原弓馬術『箭雨』〉
弓術には少ない範囲攻撃技の一つだ。
虎千代が水流のコントロールに意識を割いている今、更に防御に手数を割かせることで隙を拡大しようとする。
そこに湖雪が必殺の一撃を撃つべく、弓を引き絞っている。
虎千代はにやりと笑うと右手の『波泳兼光』は天高くかざしたまま、左手の『山鳥一文字』を横薙ぎに一閃。
羽毛の散るエフェクトが矢弾に接触すると双方ともに霧散した。
その戦場には場違いな優美なエフェクトは任意で当たり判定が発生するようになっているのである。
その左の一振りに続けて虎千代は右手を振り下ろす。
上空で渦を巻いていた水流はウォーターカッターのように三条の刃になり大地に降り注いだ。
危険な一撃だが狙いは甘い。避けるまでもなくあさっての位置に撃ちこまれる。草間の全体に展開したインスタントの水属性の障壁は攻撃を受けることなく役目を終え、ヒーラーである泉石見も詠唱を破棄する。
ただ、巨人が鉈でも振るったように大地に線が刻まれる。
ぞっとするな威力だけは。ユウキは出鱈目にも程がある狙いにそんな感想を漏らす。
「借り物の力とはままならんのじゃ」
虎千代はなにやら試すように2、3度手首を返しながら刀を振って、いまの攻撃の感触を確かめた。
「…次はたぶんいけるかのう」
冗談じゃねえよ。ユウキはそう毒づくと、草間に水そのものが発生する攻撃を行わないように呼びかける。
虎千代は右手の『波泳』の剣先を下に向けた後と、素早い動作で真上に放り出す、数度空中で回転したそれは粒子となり再び黄金造りの鞘に還っていく。
こちとら元々持っている固有のレア武器なんて湖雪の『一張弓』や『姫鶴一文字』だけだっていうのに、次から次へこれ見よがしに使いやがって。
「さすが、大大名十二家の当主、理不尽極まりねェ」
足利。織田。今川。上杉大友。真田。島津。武田。伊達。長宗我部。徳川豊臣。毛利。
やつら有名・人気大名家は優遇されているのだ。殆どのゲームで滅びの道をたどる零細大名所属のユウキはそれが気に食わない。
上杉・武田に挟まれた小笠原は人も物資も依るべき土地さえも失っていくだけだ。
有力なNPCはいない。PCも十人を少し超えるだけ。偶に入ってくるプレーヤー達は誰もが愛想笑いを残して去っていく。デスゲーム化した時にINしていたのはなんと3人だけだ。その貴重な戦友たちも、すぐ家中を辞した。死がかかっている以上留まることは得策ではないのはどんな馬鹿でも分かる。
こらから今まで以上に格差は広がるだろう。
「デスゲーム…たかがそれだけだろ」
そんなもので曲がる様なら、この馬鹿君主にはじめから付き合ってなどいられない。君主としての才能は贔屓目に見ても皆無だ、臣下に嫌われ、民に蔑まれる。それでも愚直に受け継いだものを不器用に守ろうと『武田』に身一つで挑むその姿。
思い出すと初めは、ユウキはうすら笑ったものだ。もっと、楽な道もあると。諦めればいいじゃないかと。
幼い頃からユウキの生き方は何事も要領よく、力を抜いたものだった。
全力を出した事はない、それでいて、うまく行かない事は何もなかった。
だからこそ退屈した人生を送っていた。
こんなたかが『ネットゲーム|(暇つぶし)』でしかなかった物の中で、はじめて見つけた、生きがいとでもいうべきものだった。
「見捨てられるか」
短慮で口下手で自分勝手で単純。脳みそが入っているとはとても思えない呆れた生き物だ。
ただ、馬に乗る事と弓を射ることしかできない彼女を、それでも、美しいと思った。
それから五年、脳みそが焼き切れるような全力で湖雪と駆け抜けた。無茶無謀をひっくり返そうと戦い続けた。ユウキも馬鹿になったのだ。
誰もが得ようとして見つからないもの。生きる意味のひとつを間違いなく見つけたんだと思う。
たかがゲーム。ユウキにはそれでも一命を賭す価値は確かにある。
化物がこの戦場に出てきた事はふざけた冗談だと思ったが、考えてみるとここを切り抜ければ最悪の目は最良に転じさせることができる。
上杉謙信を仕留めたとなれば利にさといプレーヤーは確実やってくる。そうすれば、あの武田にだって勝てる。向こうは小笠原を石ころとしか思っていなかろうが、こちらは何年も時間をかけて武田の切り崩し方を考えてきたのだ。
ユウキ達は分水嶺に立っている。勝利の女神の前髪は確かにこの先に存在する。
「その細首ありがたく貰い受ける」
各地で放浪生活を行い上杉、三好、蘆名などの大名の客将として転戦する中で培った巧みな連携で文字通り矢継ぎ早に多彩な攻撃を仕掛ける。
虎千代は脳筋の国の元締めらしく、術は持たない正統派のアタッカーである。だが、神がかり的な勘の良さと多彩な特性を持つ刀を使い分け、なんとも器用にユウキ達の攻撃をいなしてく。
「相手が一人と思うな、弾幕を張れ、呼吸の暇を与えるな、手数で鏖殺しろ!」
ユウキは矢を射かけつつ、周りに呼びかけた。
「またしばらく芋生活だな」
考えられる多量の矢の消費に、ぼそりと湖雪が呟く。
ぼそぼその食感とエンドレスに続く緩慢な地獄を思い出し、食い盛りの若武者たちが三者三様にうなだれた。
「おい、湖雪。的確に皆の士気を下げるな」
何て残念な子だと、ユウキは頭抱える。それでも惚れた弱みだ。
絶対見捨ててなるものか。
「湖雪、奥の手を使う…勝つぞ」
相手は軍神。神には神だ。
天神が大地に舞い降り。
中々時間が取れなくて申し訳ない。なんとかあと一回おわれば、主人公ズのターンにたどり着けます。今度こそ早いうちに。




