表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/98

閑話・暮れゆく陽

別に閑話ではないけど閑話。今回の冒頭の一文でしたが思った以上に長くなって切りました。

 思い出すは夕暮れ。

 長く冬が降りる前のすすきの揺れる野山。

 越後えちごの短い秋の終わりの頃だった。


 寺社の鐘が遠く響き、間もなく訪れる夜を告げる。

 穏やかな風に揺られながら道端の岩に腰掛け、手にした柿を喰らう男がひとり。


「似合わねぇな」


 初老の男は、自嘲した。


 嗄れた声、額には深い皺。鋭い目つき。

 腕や足にはいくつもの矢傷や刀傷。

 未だ衰えを知らない鋼の筋肉は肉食獣のような独特の熱気を放っている。

 男は百の戦場を駆け抜け、千の敵をほふり、万のつわものを従えた猛将とよばれるそれであった。

 闘いの中に生き、死をくぐり抜け、そこにしか充足を見つけられないそんな生を歩んできた男。

 

 男の歩みの始まりは父が戦場で死んだ所からになる。

 そう言う時代だ、珍しくもない。

 ただ、男の事情は他人より僅かばかり複雑であった。

 それは一国のNo.2の守護代しゅごだいの跡取りだったことだ。

 家を継ぎ、主を支え、領民を守り、国を富ませる責任を若輩の内に持たねばならなかったのであるが。

 しかし、男は何一つその義務を果たそうとはしなかった。

 男の胸の内にあったものはひとつ。

 業火の如く荒れ狂う野望。

 長く続いた主家への奉公よりも、自らの才能を縦横無尽に振り回したいという欲求だ。

 程なく、男はその火の焦げ付きに動かされる。

 京よりの戦による荒廃を防ぐ立場を良しとせず、むしろ、その荒れ狂う時代の尻馬に進んで乗っかったのだ。


 力を持って覇道を切り開く。のちに侍と呼ばれる彼らのただひとつの行動原理にそって。

 国盗り。すなわちち、下剋上げこくじょうである。


 不義、不忠。主殺し。裏切り。策謀。そして戦場で振るう圧倒的暴力。

 騙し、奪い、殺す。男の生涯は一代の梟雄のそれであった。


 思うままに敵を作り、各地を転戦し、刀を振い、流れる血を求め続けた。


 勝ちもあれば負けもあった。

 全てを欲し、暴れ続けた。身一つには抱えられぬほどの物を得た事もあったし、鎧を捨て、馬を潰し、身一つで落ちのびる事もあった。

 それでも、あわや国を得る所まで昇りつめた。


 だが、そこまであった。


 強すぎる光輝はまた影も濃い。男は敵を持ちすぎた。

 高みに届くまでのあと一歩であったのに。

 最後の最後に昇るひづめを踏み外す。


 最後の敵は男が従えていた者の中より出た。

 己が力だけを頼りにした者はこうなるともろいものであった。男が一顧だにしなかった者たちの背後より伸ばされた手に引き落とされた。

 生涯をかけた築き上げたなにもかもを奪われた上での隠居に追い込まれてしまう。

 男は全てを失った。いや、全てでは無い。命だけは不思議と残ったのだ。


 自分が数多の相手にそうしてきたように、末路は戦場に屍をさらすのだと疑ってはいなかったが、どうやらそうはならないらしい。

 越後の政治の力学は不思議な平衡を保ち、男の生を繋げてしまった。


 それが、男にとっては空しい。


 誰よりも高い場所を目指して、戦場を駆け抜けた人生すべてを否定されたようにも感じる。

 この黄昏時に、その背中は行き場をなくした子供のようにしょぼくれて。つまらなそうに柿をかじり、種を吐く。


 是非も無し(しかたない)

 それでも時は川のように流れ続ける。それに反逆する気力は疾うにその身より過ぎ去ってしまった。

 近隣にあれほど恐れられた彼を誰ももう省みない。

 その勇名が巷間に流布される事もない。

 残した事跡もやがて泡沫のように消えてしまう。


 また一口、柿の実をかじる。がちりと一際大きな種に歯は音をたてた。


 ままならねぇ、と男は思う。人一人なんてちっぽけなものだ。百年、ニ百年たてば消えちまう汚れみてえな。

 負けて滅びるにしても源平の武者のように悪名を語り継がれたがったがな、それすら俺ぐれぇではどうにも業も狂気もが足りねぇらしい。

 英雄とも大悪人ともなれぬ半端者として何も遺せず消えていく、歴史の隅にも残りもしねぇ。なんとも、無様なもんだ。


 

 水面の上の木の葉のように、ゆるやかにその終わりに向かうだけの身ひとつ。

 この何も無い、穏やかな景色は、彼の人生に木枯らしが吹きぬける前に残ったほんの一間であった。


 薄の穂が激しく揺れる。

 がさがさと音を立て、その波間から、小さな少女が転がり出てきた。

 ふたつ、みっつばかりの少女。


 そのまま勢い余り、あぜ道に足を取られたようだ。地面を転がり続け男の目の前にたどり着く。

 転んでもその手の弓矢は手放さない。そして、肘や膝にすり傷をつくるが気にした様子もない。

 乱暴に着物に付いた汚れを払うと、何事もなかったように立ち上がる。


 男によく似た鋭い眼差し。


 少女は無言で、ぐっと、獲物を突き出す。冬籠り前の哀れな狐だった。

 褒めろとでも要求する様な直立不動の不遜な姿勢に、男は苦笑する。


 この少女の外面は雛人形のように美しいが、裏腹に、内面は火車鬼のように荒ぶっている。

 その気性を案じた母により、行儀作法を学ぶ為に寺に叩きこまれたが、年上の者を剣や相撲で屈服させ、座禅や経も読まず戦術や戦闘の技術ばかりを学ぶことに熱心だった。まるで、牛若の故事のように。

 それを面白がり助長した変わり者の和尚もまた原因だったが、少女の性根は間違いなく誰かに似た故の必然だった。


 男にとって家族とは通り過ぎるだけのものであり、何も与えず、何も求めない。いわば、路傍の石と同じものだった。


 病弱な嫡男をはじめ、その誰もが牙を持たない価値の無きものばかりだったはずだが、それがどうしたことだ、どうやら最後に、しかも女の身に紅蓮の炎は宿ったらしい。


 じっと、男を見つめる少女。

 褒めようにも、呼びかけるその名前も男には怪しかった。

 代わりにごつごつした手のひらで少女の頭を撫でてやる。

 歴戦を示す傷だらけの手。慣れない行動に、力加減が分からず細い首ごと乱暴にこねくり回してしまう。

 そういえば、自分の子供を撫でたのは初めてかもしれない。

 これでは幼子であれば泣き叫んでしまうだろう、しまったと男は思った。


 だが、少女は口をへの字に曲げ、じっとこちらを見るばかり。気にした様子もない。

 男は、少し笑った。


「なぁ、おい」


 そして、少女へというより、彼女を通して何か別なものに語りかける。


「人は一人ではな、歩いて行けねぇんだよ」

 

 己が力だけを頼みにした男は、進むばかりで、一度も後ろを振り返らなかった。

 ついてくるものは誰もない孤独な群れの王だった。そうして最後はその群れに見放された。強さだけが全てでは無い。その意味が分かった時にはもう掌に必要な時間は残されていなかった。

 この似姿の娘もそんな覇道を行くだろう、眼を見ればどんな馬鹿でもそれが分かる。

 だったら、しるべくらいになればいい。


 男の言葉に、分かった様な、分からない様な顔で白い肌の少女は目を細めた。


「いつか思い出せばいい」


 少女は小さく頷く。

 そうして、興味を失ったように狐を放ると、また薄の波間に慌ただしく消えていった。

 やれやれ、せっかちな娘だ。誰に似たのやら。

 少女が果たしてどういう道をすすみ、どこまでたどり着くのか、男には知る術はない。山際に沈みゆく陽を見ながら、ぼんやりと男は考える。


 着物の懐より、二つ目の柿を取り出し、かじる。


「…まぁ、悪くねぇな」


 今年の柿は、彼の知る限り最も甘い。

 それだけで、きっと、彼の人生は満足いくものであったのだろう。


長尾為景。今の世に語られる言葉、物語での役割はおおよそ一つ。あの上杉謙信の父親。もし、彼がそれをみたとすると笑うだろうか、怒るだろうか、はてさて。


現在、猛烈な弓矢も雨あられに追い立てられ半べそであろう虎千代の走馬灯的なものの予定が、そんな親父殿の述懐になってしまった。ほんのニ、三行だったのに。

本人は「お前ら、まじ洒落にならんのじゃー」と叫びながら爆走している所でしょう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ