虎と鷹
ちょっとこの話の次にくるシーンが難しくて筆が止まりました、さてどうしたものか。
「ふむ、重い。其方いい士じゃ」
絶命に至るその一撃を、白の少女がニ本の刀を交差して受け止めている。
ただし、カッコつけてはいるが後頭部にはマンガでも見られないような、大きなコブがあるのでイマイチしまらない。先程の顔色がデス&リバースによる俺の嫁がダイハードだったことを考えると、素直に助かりましたと感涙でもしながらお礼をのべることはどうにも難しい。
それでも、死神の鎌がそっと俺の首筋をなでたのは確かなので、ぐ・ん・し・ん!ぐ・ん・し・ん!と心の中でエールを送ることでこれらの貸借は終えるとしよう。
馬上からの一撃を支えた右手は先程振るっていた『山鳥毛一文字』
優美な雉の尾が舞ったような刃紋を持つ極めて高い攻撃力を持つ名刀。
謙信好みの鍔の無い独特の拵えも特徴だ。
左手のもう一本は、昔、一ゲーム目でこいつに使えてた頃、俺が拝領した『竹俣兼光』
雷神を二度斬ったとされる、立花道雪所有の『雷切』の上位刀だ。
別名『一両筒』。構えていた火縄銃ごと敵兵を真っ二つにした逸話から、武器破壊にボーナスが付く。あとかなり低めだが、斬った相手を麻痺にすることもある多重効果を持つ便利ウェポン。
刀身に小さな穴が開いており、そこより刀身全体に雷を帯びさせている。そのため握りや鍔には伝導率の低い漆がこれでもかと塗りたくられている。使用感はそれでも割とピリピリする感じ。
レア武器を二つも携える小笠原の大将に対抗したのか、虎千代はあちらと同じく上から二つ目と三つ目のレアリティの刀を抜いている。
虎千代こと上杉謙信はこのゲームにおいてスキルに〈刀剣鑑定〉を持つほどの刀マニアである。
領内で金山銀山ザックザクな事も相まって、山ほどこれでもかと名刀・宝刀を所有している。
当たり前ではあるが時は戦国なので、それらは美術品として飾るためではなく実用品である。けれども、他の大名家だと高額の刀は基本的には恩賞用・贈答用が主な使い道である。勿論、上杉もそうした用途に使うが、自身が振るうために収集するという意味合いが強い。金が腐るほどあるので、大名の特性を考えると有用な使い道である。
ただし、問題がひとつある。その良く切れる名刀たちは戦場の敵に大体は向けられる。だが、たまに配下だったり領民だったりが、その斬れ味の恩恵を受けているのだ。色々な意味で良く切れる御方なのである。
今に残る軍神様の逸話はやや血なまぐさい。酒呑んでいる話以外はだいたい激おこである。酒呑むと乱心する福島正則な人とどちらがマシだろうか。 あと、信玄を誉めたり、こき下ろしたり忙しい。
よくよく見ると先程もそうであったが、佩刀していたのは黄金の鍔が特徴の大太刀のはずだが、どちらとも黒を基調とした握りの明らかにそれとは異なる刀だ。そもそも、二刀なのもおかしい、プレイヤーでもないのに装備していなかった武器を使用している。
そう、初めて見た時は俺も狐にも化かされたようだった。
そのからくりは実は鞘の方にある。
アーサー王や青いお猿の鞘の例を出すまでもなく真の宝は鞘の方なのだ。
虎千代の鞘はプレイヤーのアイテムストレージに似た機能を、刀に限り有しているのである。
種類が限定される分プレイヤーのように重量制限もない。ちなみに蘇芳の腰の袋は一個に付き素早さにかなりの制限がかかっているがそんな効果もない、純粋に持っているものがそのまま無尽蔵の戦力になる。
とは言いたいが所詮、人間の腕の数はニ本。例えキシリトール的な物で無茶なパワーアップしたとしても三本が限界、誰が持ってもあまり有用性はない、勿論、目の前の持ち主の奥の手を除いての話だ。
体格の違う少女の細腕だが、見た目とは裏腹のステータスでボスクラスの攻撃を支える、その姿は壁役として申し分ない。
「どうじゃ、娘。カッコイイじゃろ」
ふふんと後ろの俺達にドヤっと流し目を送る。いや、相手ボスそのままふたり纏めてぶった切ろうとしているんですけど。
刀のかみ合わせがズレる音が不気味にカチカチと現在進行形で鳴っています。
「はひっ!」
俺の代わりに蓬さんが返事をする、ちょっといらっとした。
合わせて改めて、化物相手に妙な余裕を見せるほどの余裕、絶対の自信を裏打ちするその才にぞくりとする。
視線を向けずとも絶妙な体重移動だけで鍔迫り合いを保持している。驚異というしかない。先程のヨロヨロしていたのとは別人のようだ。
そういえば。
「あの二日酔いは?」
目を凝らしてみてみると、ステータスの異常を示すアイコンが名前の表示の上から消えている。
「おお、まるで生まれ変わった様じゃな、先程までは太陽が緑じゃった。余りにも頭が痛うてのう、そんな世などみんなみんな滅んでしまえと思った」
こういう大人にはなってはいけないなぁと思ってしまうが九歳児である
「しかし、中身はすっきりしたのじゃが、代わりに、後頭部が痛いのじゃ。はてどうしたものか?」
若干記憶がフライアウェイしてしまっている半分は自業自得だが、もう半分はというと。
犯人の『青いの』は、あさってを向いて口笛を吹いている。虎千代は白くて白々しいという資格がある。
あとで、守矢娘が後退した、下社の春宮に詰めてもらっているヒーラー役の巫女さんたちに治癒してもらおう。
ちなみに、下社は諏訪湖の北側で、上社は湖を挟んで南側である。さらに、下社は春宮、秋宮とあり、上社は前宮、本宮と別れている。守矢娘が最前線の春宮で、後方支援の守矢父が物資と共に本宮に詰めている。
押しきれないと思ったのか小笠原湖雪は馬の腹を二度足で叩くと、飛び越えてきた馬防柵の際まで一息で後ずさった。
「なんじゃ、器用なまねをしおって、再度打ちかかる為に刀を引いたらそのまま馬ごと真っ二つじゃったのにのう」
どこの武蔵の〈ニ天一流〉だ、それ。戦闘中のため突っ込みを入れるにいられない俺の袖を誰かが引っ張った。誰かというと勿論、嫁である。
「ああ、嘉様、お可哀そうに。折角のお召ものがこんなに泥で汚れてしまって、直ぐにお洗濯して上げますから」
え、そこは御怪我をないのですか的なあれじゃないのかと、肩をわなわなと震わすハニーに視線で疑問を投げかける。確かに土と油で酷い有様だけど。
とんでもなく怖い目に会って混乱した結果だと思いたい。
「とにかく蓬が無事でよかったよ、流石に怖かった。あと、折角綺麗にしてもらったのにな、ごめんな」
アイロンまで当ててもらったのに半日持たなかったのは確かに申し訳ない。
「御心配かけて申し訳ありません。もう大丈夫ですからね、私がしっかり守ってあげますから、では弓を頂けますか」
いや、怖かったってそういう意味じゃないのだが。迷子な子供か俺は、キミの心配ですから。だが、言いだそうにも鼻息荒くなっているその姿に何も言えなかった。真っ青になっているよりもいくらか健全だ。そんな事をおも言いつつ頭陀袋から大きな弓を取り出す。
そうこうしているうちに距離を取っていた、馬上の主は、押し返された刀をじっとみてから、こちらに向かって口角を釣り上げる。
「次は本気で行く、小さな侍。死を厭うのなら下がれ、命は助けよう」
狙いは俺だけと、じっとこちらの方を見つめてくる。
先程まで灰褐色だった瞳が蒼い炎を宿す、虹彩がゆらゆらと揺れる。
戦場の空気が刃をはらんだように、肌がひりつく。
「それは出来ぬ。約束は違えてはならぬと教わっておる故――――ましてや、本気で剣を振るう機会は希少じゃからな」
それはとてもとても楽しそうな満面の笑み。
そして、台詞と共に地面を蹴って跳躍。猛禽と猛虎、世にも稀な大名同士の一騎打ちがこうして始まった。
虎千代さんたちに暴れてもらうことで、ちょっと間を稼ぎます。




