Another viewpoint ・湖雪(肆)
怒号と剣戟の野太い音が眼前一帯に木霊している。
「あのさー。さっきカッコつけたばっかりで言うのなんだけどな、こりゃ出来る事ないわ」
ユウキは傍らの湖雪におそるおそる前言を撤回する。
そんなものがあったかも定かでない史実はさておき。
このゲームにおけるユウキの考える軍師とは、状況に見合った作戦を考え運用する者の事である。
有利な状況を作る為に、政略、戦略、戦術をこねくりまわして、出来る限り被害を押さえ目的を達成する事を生業とする訳だ。
意図のないぶつかり合いによる兵の損失を未然に防ぐ事はその最たる仕事といってもいい。
「なのに、どうしてこうなった」
戦場では血飛沫飛び交うどんちゃん騒ぎである。
前述の方針に沿い、小笠原が諏訪攻略の作戦で行ったのは多兵の圧力による勧告であった。
デスゲームとなった事で、予想通り致死率の高い戦イベントを避けることにしたプレイヤー間の横やりもなく、過去最高に上手く事が運んでいたのだ、つい先程までは。
白装束の酔っ払いが名乗りを上げたと思ったら、いつの間にか全軍入り乱れての零距離の最接近戦である。
こうなってしまうと軍師とやらに出来る事は、後片付けぐらいなものである。
「しかも、地味に押されているし」
西諏訪の裏切り者を糾弾する怒りと、アイデンティティでもある祭りを邪魔された恨み、藤沢勢の武将を討ち取った勢いなどなどが油となっている。
彼我の人数差がまるでないかのようにじりじりと戦線はこちら側に押され始めていた。
悲しい事に、もともとこちらの武装した歩兵の質が、荒くれぞろいの諏訪の町民と同程度なのだ。
統制の取れてない混勢力というのが勿論最大の理由であるが、小笠原の最大戦力は弓騎馬というのも影響が大きい。
此度の遠征にひきつれた歩兵の数は500。小笠原のみの構成だと歩兵と同程度騎馬が存在するという変なバランスになっている。従属している仁科を歩兵の不足の穴埋めとしているが、やや能力的にもユウキには不満だ。
これは、諏訪側の初期配置の騎馬兵300に対する押さえとしての役割で騎馬の500もどうしても必要な数である。
牛は粗食に耐えるが馬はそうもいかない。六月の収穫前の影響もあり出兵で歩兵は削るしかなかった。
だが、そのかわり戦力としては強力だ。固有兵種『安曇野武士』の騎射の能力に特化した職を中心にこの道では全国でも間違いなくトップである。
機動力を生かした遠距離攻撃は型にはまると戦場に大きな影響力を発揮する。
反面、山野の多い戦場では扱いづらく、馬は臆病な生き物なので戦場にならすのにも時間がかかる。馬関連の出費が財政を圧迫し、兵や産業を増やせず小笠原の最大のストロングポイントは勢力の拡大を妨げる要因でもある。
常にユウキも費用対効果を考えて雑兵育てろよと思わなくもない。だが、その意見は通る事はなかった。
小笠原の民は基本的に馬が好きなのだ。マニアなのだ。オタクなのだ。ナードなのだ。湖雪も月に二度三度は厩で寝起きしているし、毎日のブラッシングは怠らない、例え病気で寝込んでいても無理を通すはず、実際は風邪引かないタイプなので分からないが。この時期、遠乗りが出来ないと、日増しに眉間に皺が刻まれていく程である。
昔、馬とユウキとどちらが大切かそれとなく遠まわしに訊ねた事があった、にやりと不気味に口元を動かし、きっぱりはっきり馬を差したのは軽く彼のトラウマである。ちなみのこの不吉な笑いは、ユウキが数えるほどしか見たことない、他人の感情表現でいう所の満面の笑みである事も添えておく。
それ故、馬削減を議題に乗せると、馬大好きな主君や他のNPC武将が、お前らいつもの軋轢はどうしたと言いたくなるように、一様に悲しい顔でじっと無言の抗議をしてくるのだ。お前ら本当は仲良いんじゃねぇ?とユウキは常々言いたい。
そうして、ユウキも強くでれないまま、結局、5年超、このわけがわからん兵種の割合で、やりくりしてきてしまったのだ。
「そなたが口だけなのはいつもの事だ」
傍から見ると不機嫌そうに口を曲げているとしか見えない。他人には皮肉を言っている様にしか聞こえない。だが、本人は、気にするなそなたがわるいわけではないと言いたいらしい。
「あとは、そこで見ているがいい」
あとは、安心してわたしに任せろ、と本人は言いたいらしい。
原因は何であれ、こうなっては遅い行軍を発案したユウキの失策にあたる、このまま終わってはユウキが自分の臣下にも同盟者にも何を言われるのかわからない。自分が悪く言われるのは慣れたが、伴侶が悪く言われるのだけは湖雪には我慢ならなかった。
「何を――――」
ユウキの言葉が終わる前に、お留守番に飽き飽きしていた25歳児の馬は走り出していた。
すぐに手を伸ばすが、戦場に躍り出る気満々な主君を捕まえる事に失敗する。
そもそも、思い立った湖雪を押しとどめる事が巧く行った試しはない、脳みそが運動神経や筋肉に直結しているのである。ユウキにできるのはこれから湖雪がする事の後片付けだけであろう。まさしく軍師の仕事である。
阿呆。という声だけが湖雪の背後に響く。
「神田、草間、泉、出る」
数少ない腹心の武将に声を掛けながら、湖雪を乗せた馬は速度を際限なく上げていく。
驚く兵と兵の間を風のように器用にすり抜け、戦場のただ中へと、もう一方の気ままなJOKERが舞い降りる。
しばらく細かいのが続くので更新は早めにしていきたいです。




