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乱れし戦

 

 自分の血液の温度が下がるのが分かる。

 意識を凝らし、パーティメンバーの体力バーを確認しようとするが、どうしてもうまくいかない。

 集中しよう、落ち着こうと深呼吸を試みるも、どうやら肺に酸素を入れるやり方さえ忘れてしまったようだ。

 自分の心臓が不気味に早くなっていくのが酷く煩い。


「…くそ」


 この方法での確認を諦め、他の手段をとる事にした。

 べったりと冷汗で湿った手で中空に花押を描き、ステータスウィンドウを開こうとする。

 それも二度ほど失敗して、ようやく俺はパーティメンバーの名前を確認する。


「…ある」


 蓬の名前に欠落はない。薄ぼんやりと輝くウィンドウの中に白字でその名前は確かに存在していた。  どっと、肩口に疲労が乗っかる。取り戻した体温で背中が濡れるのが分かった。

 緊張から解放された耳の奥がズキズキと痛い。


 1割いや2割程か、さすがに、体力の減少はあるが、危機的な数字には程遠い。

 さすが、カリン、しっかり間にあわせてくれた。

 カリンの術力が半分以下になっているのを確認する。

 出しおしみなくその力を振るっているに違いない。その証拠に、台風の目となった空間はやけに静かだ。

 貴志家臣団は草刈り場になりやすい今川の特性上、拠点守備に強い。 突っ込みがちな当主の護衛に食わせものの家老から選ばれるだけあってその辺りのケアにも定評がある。

 後、地味に二日酔いから気絶にステータス異常が変化している輩がいるのが確認できた。使えねー!全くもって使えねー!


 蓬が巻き込まれた地点を中心に争いは加速していく。

 陣をお互いに整えあっていたのも今は昔、秩序の取りようのない乱戦だ。

 こうなってしまうと梅雨時の急流のようなもので、どんな名将も軍師もお手上げの状況である。

 当然、客将の木っ端の影響力は皆無。コントロールを離れた戦は必要以上の血をすって転がっていくものだ。

 蓬たちの無事は無事でも今はという但し書きがついているだけでしかないのだ。

 何を自分の大事な大事な嫁を他人に任せにして安心しているのか。アホか俺は。


 柵嵌ってる場合じゃねえ。


 いや、それが許される場合というのはこの世のどこにもないだろうが。


 両足を踏ん張り柵に手をかけ、強引に脱出しようとする。


「ぎぎぎっ」


 しかし、数字以上の力が発揮できるわけもない。感情でシステムは超えられないんだ。

 実体はもやしで、仮託したのは百合の花。非力なこの身が世界に対して無力なのは変わらない。

 金色の妖精姫が言及していた特別の力とやら、そのからくりが分からない以上、都合よくoverlapとやらが発動するわけもなく。

 だから、ないない尽くしのこの俺はいつだって在り合わせの物をより合わせて何とかするだけだろう。


「…よし」


 ストレージを開き。一抱えもある壺を取り出す。


 蓬家の床下の保存庫からから拝借し、中ボス戦で使う予定だったのだが、すっかりその回収を忘れてしまっていたいわくつきの代物だ。

 油壺を柵に叩きつけ割り、体と木枠の摩擦を減らそうとする。

 融通は効かない代わりに、大雑把なやり方でもなんらかの行為が数値の変動を起こす時の再現性が均一なのはゲームのいい所だ。


「ぐぎぎぎ」


 効果はあったみたいで俺の非力でも少しずつ抜けていくのが分かる。

 それでも、なかなか思うようにはいかず、

上体をひねったりして何とか抜け出そうと奮闘する。

 地面を蹴り上げ、瞬間的な大きな力を加える。

 何度も繰り返すと、ふと、突っかかりが外れ、肩口から頭にかけて強かに地面に叩きつけられる。


「いっ…てぇ」


 頬が束子で乱暴にこすられたみたいにズキズキとする。

 油と土埃で昨夜折角、蓬さんが整えてくれた麻の装束は目にも酷い状態だ。

 後で絶対に謝ってやる、謝ってやるからな。

 

「どうしても、カッコつかねぇな」


 だが、先程のアホな状態よりはいくらかましだった。


「信真殿、残りの兵を動かします」


 こうしている間にも中央の塊にわらわらと敵の後続が群がってきている。

 駆け出したいところだが、要救助者が一名増えるだけなので、使える手段を選ぶ。

 言葉静かに、頭の中で策を練る。


「しかし、乱戦が一層混乱するのでは?一度、兵を引いて陣を整えるべきかと」


 まぁ、それが正着である。被害が少ないうちに烏合の群れとなってしまった軍の指揮系統を回復させるはいの一番にやるべき事。

 だが、それはできない。蓬たちがいるのは最前線だ、後退するにしても背中を真っ先に狙われてしまう。頼みのカリンも荷物を二つ抱えて術力も半分も残っていない。これ以上の負荷をかけるわけにはいけない。


「こうなってしまっては指揮官が出来る事は無いですから、速やかに兵を」


 引くべきという言葉を、白木の扇子を開いて遮る。


 折角作った唯一のアドバンテージである陣から出る意味はないし、救助のためにこちらの予備兵力を入れても二千に対し千に満たないしかも町民。いいとこ、少しばかり押し返すのが精いっぱいだろう、その後、全く兵を動かそうとしない小笠原が加われば地力で負けるのは明白だ。

 戦略面で後れをとり、数が揃えられないのなら、戦術面は奇策を持って当たるしかない、今の様な乱戦ではそれが難しい。


 状況は悪い。だから、満月のように笑う。


「御安心ください、これは狙いどおりですよ。戦場の混乱や恐慌は治めるものでは無く加速させるものなのです。折角なので、後学の為にも信真様にもそれをご覧いただきましょう」


 違う用途だったが仕方がない。いささか早いが、蘇芳にご登場願おう。

 いい加減、出番が欲しいだろうしな。


視点が小笠原に移るので、少々短いですが区切ります。次こそ早く。

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