予期せぬはじまり
なんというか、ホントすみません。
戦には、時代時代に合わせた形というものがある。
鉄砲の普及してない戦国中期ならば、こうして対陣した後はまずは言葉合戦で正当の主張からの罵り合い。そして、戦国時代の死因ナンバーワンである弓矢での打ち合い。矢が尽きると、石つぶてを投げて、その後ようやく槍を合わせると言う訳だ。
このゲームとなると。術系を始め、また少し異なる要素も含まれるが大雑把にはこんな感じ。
ただ、ビジュアル的最も映えるであろう刀を抜いての零距離白兵戦は最後の最後になる選択肢なのは変わらない訳で。
はい、越後のお侍さまは、全部、逆走かましてくれやがりました。
こいつが平時なら単騎で戦場の真ん中にとも出すのは問題ないが(そう思ってしまうのもどうかと思う)、状態異常の二日酔いにかかって絶賛フラフラ中である。
酔い系のステータス異常はその性質上、かかってしまうパターンは限られるのが体力以外のステータスが半分になるという。意外に厄介な効果なのだ。
天下御免の軍神様といえども、数字だけで判断するなら普通の中堅プレーヤーくらいの能力値に落ち込んでしまっているのである。
なんとも扇で顔を覆うだけでは無く、別途に使う用の濡らした綿の耳詮を使用して現実から逃げたい気分だ。
「二日酔いというのは初めて見ましたです」
カリンがそうひとりごちる。貴志君の率いるところの家中は極めて体育会系だが、酒の飲み方はどうやら大人しいものらしい。
そもそも酔い関連のステータス異常は、元がゲームである故に真面目にやっている限りかかるケースが少ない。
在るとすれば、ひとつは慣れない海上移動を行う時、そしてもう一つが術力回復のアイテムが全て酒系で統一されているので、戦闘時の数字の管理を失敗しがちな新人が、毒性の強い下級品の安酒を分解しきれなくなり酔っぱらうぐらいである。
だから、ある意味レアな光景かもしれない。なにせ、対象がアレだ。
常時酔っぱらっている事がデフォルトな、酒と共に生き酒と共に死んだ武将。
「うんとこしょ、どっこいしょ」
そんな状況に追い込んだお方は、おおきなかぶの話を彷彿させるような声をあげながら柵に嵌って抜けない誰かさんの腰をぐいぐい引っ張っている。 てゆーか、良い感じに嵌ってマジ抜けねーんですが。
なんかそこはかとなく卑猥な光景なのですと、後ろからボソリと聞こえたが気にしない。一生懸命な俺の嫁の耳にもきっと届いていないはずだ。もし届いてしまっていたら恥ずかしさのあまり早く終わらそうと、こちらのダメージ度外視で引っ張り出されているはずである。
そんな不穏な未来予想図を思い浮かべてると、俺の死因発生源になりそうだった『青いの』は、戦場の状況の変化を告げる。
「あーあ、なのです」
大音声を発した白装束の御仁は、遂には諏訪の金にものを言わせたおもてなし、お高い料理にお高い酒を勢いよく逆噴射し始めた。
例えるなら、名前が虎だけにシンガポールのアレ状態である。マーってなっとる。マー。
武士の情けか、キラキラと七色に光るエフェクトになっているのが逆に超シュールだ。
しかし、今の俺の装備なら一式そろえられる程の饗宴だっただけに、勿体ない。
急ごしらえの宴会であれほどのものを用意し振舞ったり、突貫の工事で、とんずらするために人の目を少なくする狙いのあるカリンの無茶な図面通りに陣や土塁、馬防柵を完遂させてしまう、諏訪の資金力は実にぱない。
地理と経済の両面でまさに信濃の要であろう。
ここをめぐって導火線に火が付くのは歴史にしろゲームにしろ必然だったのかもな。
そうこうする間に、どこにも上昇することのできない雪国ロケットガールの噴射がおさまった。心なしか白い肌はいつもより余分に血の気が引いてしまっていた。
こちらからは表情は見えないが、げっそりしているのは間違いないだろう。
常には我が世とばかり地面を踏みならすその足元もどことなく不安定だ。
そして、その前にたどり着いたのは馬上から見下ろす屈強な騎馬武者。
先程の虎千代の叫びと同じくらいの音量で藤沢頼親が配下、大出何某と名乗っている。
藤沢勢は諏訪の分家で、先だっては武田の配下であり、小笠原の妹婿という、紐がこんがらがってるような立ち位置だ。今さっき裏切った西諏訪衆と同じくらい旗色を鮮明にしなきゃいけないポジションだから、虎千代の誘いに食いついてきたのだろう。
古今東西、裏切ったばかりの奴は戦場で潔白を示す為に前線に行かされるのが常道なので、被害は必然的に大きくなる。
ここで一騎打ちをしておけば名目がたち、似たような立場の残りの西諏訪衆が、兵と兵との先陣を切らなければいけなくなる。その計算の上で、この時代遅れの申し出に藤原頼親というトリックスターは乗っかった訳だ。
だが、大鎧の武者の名乗り聞いている肝心の人物は、二日酔いの耳元で大音声を受け足元を一層不安定に覚束なくしている。
ゲッ○ーロボの主題歌が頭の中にガンガンと流れ始めて、若い命が真っ赤に燃えているのが豆粒ほどにしか見えない遠目にもわかってしまう。
一通り向こうの名乗りが終わると声も出すのも億劫そうに、身ぶり手ぶりで。
…あー、今日はもう駄目じゃ、すまん無かった事にしてくれ、御苦労、そのような事を伝えている。
自分から吹っ掛けた喧嘩なのに、エゴイスティックすぎる。
そして、くるりと、背中を向けてしまう。
そのまま、こちらの陣に歩きだそうとして、よろけた。その生きざまから考えられないほど、足取りはひどく弱々しい。
そこに狙ったように怒れる馬上の武者が、槍を突き出す。
間違いなく、胸を貫き一命に足りる速さと角度であった。
だが、失われるべき体は、その穂先よりも速く後方宙返りして、こちらを向いたまま突きだされたエッジの上に左のつま先から着地する。
「やめじゃと言うのに」
こちらから口元が見える様になったので、カリンが読唇術を行い、白の軍神の言葉を俺やまわりの守矢娘に分かるように伝える。
騎馬武者は慌てて、振り落とそうと槍を引く瞬間、再度虎千代は鞠のようにより大きく跳躍。
頭上を飛び越える瞬間。
ごろり。
重そうな兜が中身ごと地面に落ちる。
続いて、鐙から外れた体も後に続いた、だが、その大小二つの塊はもう元のように一つにはならないのだろう。
軽快な電子音とともに手元にシステムウインドウが開く。勝利条件のひとつである兜首10の数字がロールし、9にその数字を減らす。
薄く透過するウインドウ越しに、白衣の死神が空馬となった鞍の後ろに、今度は反対のつま先から音もなく降り立つのが見えた。
が、軽くなった己の背に驚いたのか、馬がその場で暴れ始める。着地をしようとしていた虎千代は油が塗られていた馬の背に足を滑らした。
跳びはねた勢いは殺していたものの、身体能力を減衰された虎千代は為す術もなく後頭部から、それはもう無様に落ちた。
そのまま、ピクリとも動かない。電池の切れたおもちゃのように両軍の真ん中で仰向けに倒れ、どこまでも青い天井を見上げているだけ。
ふいに、俺の腰から引っ張る力が消えた。
瞬間的にその理由が思い当り、俺は舌うち一つ、行動を阻もうと左右の手を伸ばす。
結果として、その動きは何の役にも立たず。
俺の挟まったすぐ横の隙間から、何の抵抗もなく蓬さんが飛び出した。
今度は袖口を掴むことには成功するが。柵に咥えこまれた体勢はどうにも力比べをするには不向きで振り払われてしまう。
遠ざかる背中はもう十歩の先の距離を全速力で踏みしめていた。
「カリンっ!」
幼なじみが大切にしてる部下に無茶な命令を下す。
「承知なのです」
それに続き二人三人と、諏訪の民が後に続けとばかりに駆けていく。いつか、統制のとれない大きな流れが生まれていた。
しかし、武者を殺された敵陣の動きの方が早かった。
カリン達よりも早く、バラバラと、倒れた白の少女に殺到しはじめていた。
その重なる鬨の声に、驚き主を失った大駒がこちらの柵に向かい駆けてくる。
走り始めた馬の前足にぶつかりそうになりながら、蓬さんは戦場の真ん中に取り残された少女にたどり着く。
それが、戦の教科書とは正反対の、時計を逆回しにしたかのような戦の始まり。
小柄な体で懸命に一回り大きな年下の少女を担ぎあげようとする。
普段は、大きな水甕を平気で運んだり、重く弦を張られた弓を引いたり、鉄の塊ごと俺を持ち上げるその膂力でも。焦りと意識のない人間をもちあげるという難業で酷くもたつく。
ようやく担ぎ上げる事に成功し歩きだそうと背に、抜き身の刀が迫る。喉よ破けよとその名を叫ぶ。
「蓬ぃいいいいいいいいい!!!!!!」
収縮する瞳孔が捉えたのはそこまで。
ぶつかり合う両軍の人の波にのまれ、無残に描き消える小さな影は、もうどこにも見えなかった。
さすがに切る所があれなので次は早めに上げたいです。




