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俺の嫁、訂正しよう、俺が嫁



 蓬さんを嫁にもらいたい旨を懇切丁寧に伝えた俺。

 

 それを聞き終わると、にっかり、と満面の笑みを浮かべる熊男。

 ぬふぅ、と獣じみた呼気が歯の間から、時折漏れるのが正直怖いが、それでも、かつてないほど友好的だ。俺も釣られて笑顔を浮かべる。


 蓬は、いつもの如く口を挟まない。俺の横で綺麗な彫像になり、凛と背筋を伸ばし正座をしている。ただ、表情は、姿勢ほど平静ではなかったけれども。


 親熊は、笑顔のままで、俺の胸元をごっつい五本の指で掴んだ。万力の様な力でぎゅっと打ち掛けがホールドされる。

 あれ、逃げられなくね、と脳裏に警鐘が鳴った瞬間。親熊はそのまま、ゆっくりと立ち上がった。

 俺と親熊の体躯との身長差で、簡単に、二本の脚は宙に浮いた。

 相手は二メートル程もあるので、誰でもそうなるだろう。決して俺の身長に問題あるわけではない事は明記しておく。


 視線を合わせた巨熊のにっこりとつり上がった口角はプルプルと震えている。まるで、トンデモナイ衝動を無理やり押さえつける様。顔だけでなく全身に青筋が浮きでていた。

 なごやかなんてとんでもない。どう見ても激怒です。本当にありがとうございました。


「俺はなぁ、必ずしもよい父親じゃない。それでも、早くなくなったこいつの母親の分まで、俺なりには大切に大切に育てたつもりだ」


 眼を閉じて、それはもう穏やかに自分語りを始める。


「山での暮らしはキツイ。小さい子供にとってそれは想像もできないほどだろう。あいつの指を見たか、水仕事での皸や畑仕事のマメで酷いもんだ。俺はなそれを見るたび、こいつに謝りたくなるんだよ。着飾れば、どれほどの器量なるか考えねぇ事はない。それでも蓬はなぁ、文句ひとつ言う事もなく、毎日幸せって笑って暮らしてるんだよ。なあ、お嬢さん。こいつは俺の宝物なんだ」


 カッと目を開く、今にも血涙を流さんばかりに充血している。なにか、張りつめていたものが決壊する音を聞いた。


「何が悲しくて、女相手に大切な娘を嫁に出すか!おとといきやがれ!この変態がぁあああああ!!!」

 その時、雄たけびを上げる火山が確かに背後に見えた。


 そのまま、大きく振りかぶって、投げられました。



「うわあああああああっ!」


 人って水平に飛ぶんですね。と、いうのはずっと後の夫婦の笑い話。

 この時は蒼白になって、何か叫んでいる蓬が、流れる景色の中、眼の端に映っただけ。


 ガゴン!


 そんな衝撃と共に薄い戸板を突き破っても、勢いは止まらず、やがて流星の様に綺麗な尾を引いた。

 受け身を取る間もなく、そのままバスケットボールみたいに地面を何度もバウンドした。


 おそらく今日という日は俺の生涯で最も地面と仲良くなった日であろう。初めて、このふたりって、親子なんだなぁ、と納得した日でもある。


 最後にそんなどうでもいい事を思い、意識はブラックアウトした。







 そして、どれくらいたったのか、ふいに眼を覚ました。


 苦しくないようにだろうか、打ち掛けは脱がされて、胸元は緩められていた。

 代わりに、貴重品だろうに、綿の沢山入った布団に寝かされている。


 なんでねているんだっけ。


 まだ、薄ぼんやりとする頭からは解が出ない。身体の節々の痛みがそれ以上思い出すな酷い事になるぞ、と言っているのでそれに従う。


 どうも今は、それよりも俺の体を包んでいる青い林檎を煮詰めたような香りが気になった。


 なんだろう、凄くいい匂い。脳みそを溶かすガスでも含まれているのか。天気のいい草原で空を眺めているような気持ちになってくる。

 くんくん、と肺をすべてこの布団の幸せで満たすように、鳴らした。


 なんだろう。この気持ちは。

 このまま死ねたら最高だろうな、という結論に至る。


 ただ、そんな午睡に似た安寧は無慈悲に現実に押し流される。


「どうして、あんなひどい事が出来るの。言葉が通じる人とは、何があってもとことん話すんだぞって教えたのはおとうさんだよね!どうして暴力なんか振うの!?」


 やばい、気付いちゃいけない世界の扉をノックしていた。慌ててまわれ右をする。

 そして、蓬さん。あなたがそれ言いますか。実は一番痛む後頭部をさする。


「俺はなぁ、お前が進んで不幸を抱え込むの見逃せないんだ」


「わたしが不幸になるなんて誰がきめたの」


 てこでも動かないモードに入っている。普段は穏やかな水面みたいな瞳は、嵐に狂う海の様だ。


「いい加減にしろ蓬!」


 遂に痺れを切らしたのか、諭すような色が言葉尻から消えた。

 ドスンとハンマーみたいな拳が、床板を叩いた。親熊のやるせない気持ちが込められた動作。


「あいつは変態だぞ!一時の気の迷いで変態の元に嫁に行くために育てたんじゃねえぞ!」


 虎かライオンが獲物に吼えている様に似ている。でもそれはどこか悲しげで。


「たしかに、変態さんかもしれないけど、あんまり変態変態って言ったらダメなんだもん!」


 蓬さん、俺、あなたの言葉に一番ダメージを受けたんですが……。


 チャチャーチャーン ラララ~


『称号・変態を手に入れました』


 なんで、そんなのもあるんだよ!心の中で突っ込む。

 幸いNPCにはシステムメッセージやサウンドエフェクトが届かないので、まだ、俺が起きた事は気づかれていなかった。

 なんだかいい加減、空気の読めない事に定評のあるシステムメッセージに突っ込むのも慣れてきた。


 後で条件を確認すると、ゲーム中で変態と十回以上呼称された者が得る称号とあった。そうだね、イキテモドッタラ、ウンエイコロス。

 

『魅力が20さがりました。名声が20さがりました』


「って、唯一の取り柄の魅力が2になった!」


 名声に至ってはマイナスだ。ちなみに『魅力』も『名声』も、どちらかといえば戦闘よりは交渉ごとに関わってくる。高ければ高いほど成功率があがったり、条件がよくなったりとあればある程うれしい数字でした。

 いまは、やべ、声に出してしまったが、喧々轟々と言い合いをする白熱した親子には届いてなかった。


 チャチャーチャーン ラララ~


『称号・本意ほいなき者を手に入れました』


 これは知っている。名声値がマイナスになった奴がもらう称号。直訳すると『残念な人』。

 わーい、変態で残念とか。もう、どうにでもなーれ。

 システム的に貼られたレッテルだとしても、凹む。


 初期キャラでデスゲーム始まったのがどん底だとおもったが、何故どんどん、下がっていくのだろうか。俺はそこまでゲームの神に見放されるうな事をしてしまったのだろうか。

 

「絶対に嫁にださんぞ。死んだ家内に詫びる言葉がない。どうしてもというなら、俺を殺してからいけ」


 本気と書いてマジな光がその瞳に燃えていた。


 最初に駆け落ちした後は、見ていられないほど落ち込んでいた横顔を思い出す。

 俺はなんでぼうっとみているんだ。

 そこでようやく、綿で出来た幸せ発生装置を跳ね上げて、脱出するとふたりの間に飛びこもうとした。


「そんなことできるわけないでしょう!」


 悲嘆な声を上げる蓬。


「俺だってな、そんなこと許す事はできない!」


 どうして分からないんだと掌を上に向ける。


「……わかったわ、おとうさん」


 おれは、氷の様に固まった。え、いまなんて。俺と一緒にいる事を……諦めた?


「よ、蓬」


 対象的に雪解けの春の様な顔になる蓬父。 


「だったら、私が嫁にいくんじゃなくて、私が嫁に貰うわ!」


「「はい?」」


 疑問符が沢山家の中を舞った。


「わたしが、ヨシさまを、嫁にもらいます!」


 それなら、文句ないでしょう。蓬さん謎のドヤ顔。


「「ええええええええええええ!!!」」


 親父さんと綺麗にハモった。


 俺の嫁。訂正しよう、俺が嫁。


「あ、ヨシさま、お目覚めになられたんですね」


 のほほん、と何かやり切った極上の満足顔を向ける蓬さんであったとさ。

 って、言葉遊びじゃあるまいし。何も解決してませんよ。

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