表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/98

 アラートと共にウィンドウが展開。時の到来を告げる。


『警告;戦イベント発生。〈塩尻峠しおじりとうげの戦い・前哨戦〉』


『10分後に戦闘が開始されます。プレーヤーの皆さまは準備を開始してください』


『達成条件;所属勢力・諏訪すわの勝利 敗北条件;所属勢力・諏訪の敗北』


 その下に表示されている細かい内容を確認する。勝利条件は敵兵力の撤退および大将首のいずれか。敗北条件は前線基地である大社の春宮の陥落および守矢信真もりやのぶざねの死亡。

 無視されている神長官守矢じんちょうかんもりや親涙目。

 後方担当だし仕方ない。兵糧の管理とか避難の誘導とか大工の割り振りとか重要すぎるポジションなんだけどな。


 史実の決着に則った特殊達成条件というものがある。史実ベースの戦では歴史通りの決着に持ち込むと色々特典が付くのだが。達成が困難な時もあれば、逆に楽な時もある。講和決着とかになっている時のが狙い目だ。

 今回はそれが結構緩いか厳しいのかが微妙なところだ。

 小笠原湖雪おがさわらこせつの二か所の負傷、および敵の侍を10人討ち取る事。

 大将ととことんやり合わずに済むのは魅力だが、中ボス10人仕留めるのは手持ちの戦力では少々きつい。真っ向からぶつかれる戦力があれば楽なのだが、手が足りない。


『なお、5分後にイベント終了までの当該勢力の支配地域での体力(HP)のロックが解除されます』


『対象となる勢力は――――』

 そこでウィンドウを操作し閉じた。さてと、


 寄りかかっている杉の木からカリンが飛びおりてくる。

 地面までは10メートルほどもあったが音もなく着地。相変わらずの芸達者だ。


「軍の展開は?」


「ほぼ、ほぼ、終わりかと思いますです。目視で数はおおよそ2000ほどなのです」


遠見とおみ〉技能持ちのカリンに訊ねる。境内の中心に位置する杉の樹齢は百年ほど、あまり大きくはないが、境内を取り囲むものは陣の材料になったのと、もともと境内は小山になっているのでそこそこ見渡せる。


「小笠原勢はどこだ?」


「おそらく中央よりなのです。装備が他より整っていますのがわかりますです。旗印から左より、西諏訪衆、藤沢、小笠原、仁科。陣形は…ごちゃごちゃしていますです」


 寄せ集め出しな。しかも陣形なんて綺麗に組んでくる優等生は甲州流兵法の武田と後期徳川くらいだろう。


「でも、よかったのですか?」


「なにが?」


「騎馬隊を丸ごと別に動かしてしまいましてです」


 俺たちの中核となる戦力。白装束の指揮官と共に、まだ夜が明けないうちに闇にまぎれて立つのを蓬と一緒に見送った。

マフラーを口元まで引き上げ、磨いだ刃物のように細く瞳を伏せる。

ビリビリするような剣気を纏ったそれは酒盛りまでとはまるで別人の様なシリアスモードだった。


 貴志も移動の為に馬術系の複合スキルである〈早駆はやがけ〉を持っているのでそちらに付けた。

 ひとじちは置いていくみたいだ。ハッキリ言ってこの闘いにはついていけない…とかなんとか、〈馬術〉系技能ないですからね。

 家畜は平野の少ないこの国では維持だけでも大変な超貴重品だ。

 そんな主の代わりに長実が監視役としてこっちつきになる。


「騎馬隊の指揮は、俺もお前の主も専門外だ、賽を預けるしかない」


 俺も馬のれないし。蓬さんと仲良し。

 そして、これの所為で徒歩かちの旅になった事は気にしない方向で。


「数は武装した兵のみで2000強」


 古来より城攻めには6倍の兵力が必要ということだが、騎兵300のこちらに対して条件は満たしているわけだな。いや…開戦前に既に150に減ったっけか。


「蘇芳の準備は?」


「本人やる気満々です、最近色々鬱屈してましたので。ただ突貫作成ですし、あくまで牽制くらいの運用が限界かと思いますです」


 わたしはいらない子なのだーとか地面と会話してたからな、少々心が痛いな。


「うーん、張り切ると空回りしそうだな」


「間違いなく空回りまくりなのです」


 相棒が保証したから間違いない、効果は六割くらい想定かなとか考えていると。

 そのとき社つきの母屋より人影が三つ。蓬と荒川長実と守矢信真。


「おはようございます」


 目の下の隈がすごい。

 守矢娘。緑色の髪の毛がどどめ色に見えてくる程纏った空気が重い。

 

 傍らの長実は眩しそうに目を細めながら、淑女らしくない大あくび。

 月が傾くまでこいつの主の酒に付き合わされたからな。11歳の育ち盛りには辛かろう。

 蓬さんに軍神さまと一騎打ちしてもらわなかったら、下手したら徹夜だったかもしれない。

 これ以上戦闘不能が増える前の処置だった。越後は体育会系だと記す事のみで仔細は省く。


「あ、あの、ヨシ様、ちょっと困ったことが」


 黝い柔らかい髪が、朝日に眩しい。

 そこで少しの違和感。礼節にうるさいマイハニーが朝の挨拶もなく開口一番にそんな一言。明日は雪でも降るのだろうか。

 傍らでは猫ならず龍の影が顔や瞼を眠たげに擦っている。蓬がそちらをちらりちらりと見ている。


「いやー、よく寝たのじゃ」


 …あれ?語尾がじゃ、ですと。


「いい朝なのじゃ」


 聞き間違えでは断じて無い。


「ちょっとまて、さっき出撃しましたよね」


 言葉遣いが動揺で混ざった。


「む、楽しい酒じゃったからな。久しぶりの熟睡じゃ。気を利かせて長実が代わり行ったのじゃろう。長実は良い子じゃ」


 ムンクの叫びin戦国時代。

 ちょっと前を思い出してみると、別人の様なシリアスモードとか感想。

 節子、それ別人の様なやない、別人や。


「なななななな」


 なんちゅうことを。声にならに悲鳴。


「しかし、朝稽古をしてないから、節々の調子が悪いのう。あと、なぜか頭が割れるように痛い」


 それは二日酔いだ。俺の嫁、酒TSUYOSUGIIIIIIIIIIi!!!


「今日はもう何もしたくないのじゃ…長実、酒を持て」


 まだ何もしてませんから!あとその人いません自分で言ってただろ!あと水じゃないんかい!

 言葉にできない突っ込みが溢れだす。


 なんか最近ヨシのやることなす事裏目に出るぞーとここにはいない幼なじみの声がする。

 くれぐれも生きて戻ってこいよー。


「諏訪の住人だけでは、この社の守りがやはりしんぱいですからね」


 四方八方に言い訳してみる。


「では今後の状況把握のために、一行パーティ登録をしましょう」


 貴志だけではなく、長実ともやってば良かったと後悔と共に、空中に花押を描く。カーソルを操作し守矢娘を含めた三人に勧誘を掛けた。


「は、はい」「ええ」「わかったのじゃ」そう各自ステータスウィンドウを操作し承認する。


「あれ?数値が見える」


 自分の家中以外のキャラもステータスが確認できる仕様になっている。試しに虎千代の方を見てみると。


 名前 長尾虎千代

 職業 大名


 出自・越後府中長尾家

 称号・軍神

 属性・風

 守護霊・刀八毘沙門天


 体力 156730/156730 状態異常・二日酔い

 技力 21560/21560


 腕力  1708

 術力  560

 器用さ 1029

 素早さ 1761

 丈夫さ 823

 幸運  2130

 魅力  722


「な、なんだこれ」


 初めて見たけど、一言だけ感想言うならプレーヤーのカンスト1000なんですけどどうなっているのですか。

 道理でクリティカル率が異常に高いわけだ。

 幸運値がカンストとしてる奴なんて聞いた事もないのに、その倍とか。


「弐頁目がさらにひどいですぅ」


 俺と同じようにステータスを見ていたカリンが悲鳴にならない悲鳴をあげる。

 そうです、未だ出てないけど2ぺージ目もあるんです。

 ちなみにNPCも自分のウィンドウを持っていて、PCとはデザインや機能がいくつかことなる。


「最大兵力が18000…ってなんだこれ」


 その続きの技能で絶句する。


 〈固有技能・軍神の加護〉以下のスキルを擁する。軍神。騎馬武者Lv80。早駆Lv80。奇襲Lv80。カリスマ。天才。以下の効果を擁す全軍の戦意高揚。配下の兵の能力値10%アップ


 〈固有技能・神速戦術〉騎馬隊の全ての戦術が使用可能。騎馬隊の移動速度20%アップ


 〈固有技能・全剣技〉固有奥義以外の全ての剣技が使用可能


 〈車懸くるまがかりの陣Lv65〉騎馬隊の攻撃力30%アップ 効果終了時戦闘終了まで配下の体力10%ダウン 効果時間はレベル依存


 〈刀剣鑑定A〉 古代遺物級までの武器を正確に鑑定する 


「真面目に生きてきたのが馬鹿みたいなのです」


 カリンは涙を浮かべた虚ろな目で技能枠がたっ5枠しかないなのですとかぶつぶつ言い始めた。ちゃんちゃらおかしいですとか、自分のアイデンティティを守るのに必死だ。

 〈全剣技〉ってそんなチートの代名詞の技能存在するんかい。

 ちなみに個人的に中ニの代名詞は神夢想林崎流しんむそうはやしざきりゅうだと思う。

 いかんなぁ、思考が既にどこかに逃げ始めている。


 そんな胡乱な頭を叩き起こそうとでも言うのか覚ますか鬨の声が上がった。

 2000の軍勢の実にまとまりのない怒号。

 俺たちとしては実に慣れたものだ。

 だが、経験値の無い守備に就いた町の住人達にはどのような影響を与えたのだろうか。

 

 ナイフで鉛筆を削る時の様に、大気がじわりと鋭い熱を持ってくる。


「この緊張感いいのう…癒されるのじゃ」


 そんな不思議人間この世でお前だけだ。呆れまじりに傍らのそんな声に振り返る。


 だが言葉とは裏腹に少女の眠たげだったその目は既に覚醒していた。

 燃えさかる輝きがその虹彩に宿っている。

 どうしようもなくダメ人間で、フリーダム、酒と倦怠と信仰の海に腰までつかり常人と理にそぐわないことばっかり行う白の少女。

 それもそのはず、日常の彼女は謂わば死に体。

 剣戟と血泥の狭間にのみ人生がある。

 戦の申し子、彼女の本性が今ここに。


 俺は肺にこもる夏の大気を、不安と共に吐きだす。

 まぁ、こいつの力を信じて全てを任せたわけだし、慌てず騒がず泰然としますか。

 あー、胃がむかむかするのじゃ…とか言っているのは全く気にしない方向で。


「さあ、行きましょう」

 

 千早を翻すその背中。白妙が朝に眩しい。


 戦場に続く石段に守矢娘が歩みを進める――――さあさ、皆さまお立会い、これが俺の初陣だ。


 一番好きなラノベの新刊がでました実にシリーズとしては9年ぶり。本当に出るとは、夢の様。こんなに嬉しい事はない。チラシの裏としては蓬さんの髪の色はこのヒロインより貰っています。


追記:虎千代氏の職業忘れてました。大名は勢力固有兵種(職)の上位互換となります。この時点では大名じゃありませんけどゲーム的な融通の効かなさで。ちなみに越後の固有兵種は軽装騎馬武者。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ