閑話・三条さんと晴信くん
閑話になりました。
甲府・躑躅ヶ崎館にて。
いままで名前だけ出てきていた武田晴信とその正室・三条夫人のセリフだけの話。
「おや、こんなところに不細工な置物が転がっていると思ったら、我が君ではないか」
「うるさい。黙れ」
「もしや原因は彼女か?…おや、その顔は正解か。いい加減素直になれば良いものを、別の女の寝所に逃げ込んでくるとは、なんとも誠実な男だな」
「黙れと言った」
「まぁ、女に振り回されてみるのもまた甲斐性だ。少年」
「…馬鹿にするな。お前とは同い年だろ」
「なに、私の方が数カ月生まれが早い。暦を逆さに振ろうとそれは変わらぬ理だ。お前はいつまでも私の後背を追うのだよ、少年」
「…お前、急に筆を取りだして、何を書いている」
「断りの歌だ、ようやく口説き落としたのに。誰かさん 逃げ込んできて おじゃんだな…いとあわれ。事に及ぶのが我が夫の前では流石に具合が悪かろう。どんな変態だ」
「掛け値なしの変態だろ、お前は」
「ああ、私はその通りだな。だが、彼女はまだ初雛だ。ふむ、これからこなれた頃にはありだとしても。ことの『いろは』はそれではいかん。思い出は何事も美しく化粧されるが、限度もある」
「…お前、今度は一体どこに手を出した?」
「春先に甘利の傍流から私付きになった侍女がいたろう、やっとやっとで口説き落としてな」
「ああ、あの色の白い」
「ははは、さすがに女の事は良く見ているな。お前はあれだ、むっつりだな」
「……」
「へもっ…無言の手刀で女を叩くな」
「お前をソレとみなした事はない。化生か女怪の一種だろうからな」
「なんだと、太郎義信産んでやったじゃないか、木石で無いのはお前がよく知っているだろう」
「…ぐっ」
「ははは、赤くなって可愛い奴だな、何を思い出した。私が男なら放っておかない所だ…むっ!無言で硯を投げるな」
「自分の基準で人を計るな。…なぜこれが俺の室なんだ、俺が何をしたというのだ」
「何を今さら、お前の父上殿が色々無茶やった結果だ。それをお前が責を取る、正しいじゃないか」
「あの糞親父が。どうせならもっと吟味しておけ。他にもいただろ、お前の姉妹とか」
「そうだな、だが、姉はすでに嫁いでいたぞ。むっ、そう言うのが趣味だったか…ん、なに、違う?残念だ。では、妹か。あいつは金柑の様に丸めた頭を愛でるのが好きでな、その道の大家だ」
「おい、どんな道だ」
「あれは三つ四つの頃だったな、父の頭を丸めてしまって大変だったな。出家すると俗世との関わりは持てなくなる。朝廷に出仕出来なくて、対外的には明日をも知れぬ重病に伏せっていると触れ、大慌てでヅラを用意したものだ。あやうく一家全員路頭に迷う所であった、はっはっは」
「公家に対する価値観とか観念が崩れそうだ」
「おや、驚いたぞ少年。そんなもの既に崩れていることをしらなんだか。我らが世を春と謳歌していたのは今は昔、語られる栄華は物語の中だけだ。貴族とは名ばかりの貧乏人の寄り合いだからな、偉い御方でさえ、その足で全国津々浦々を回って寄進を取り付ける貧困具合だ」
「ああ、毎年毎年やってくる、随分律儀な大臣とは思ってはいたが、朝廷は想像以上の懐具合だったわけか」
「この身に流れるのは虚飾の血。疾うに時代遅れの死にぞこないのな。それでも、我ら貴族は貴族以外にはなれない。生け簀の魚が大海で泳げぬように。名ばかりで中身がない故、また意気地もないのだ」
「だからここに来たのか?」
「そうさな。私はな、滅ぶにしても精一杯、無様をさらしたいのさ。閉塞しているよりは幾分は愉快だ。だからな、こんな田舎に嫁ごうなんて物好き私だけだ。つまり、先の答えは、諦めろ、だ。それと、流石に京では私の所業が出回っていてな、狭い世間で嫁ぎ先がなかったのだ、まさに相互に渡りに船…というのは冗談だ。ぎょっとするな、そんなへまなぞしてはいない。私を誰だと思っている」
「そこじゃねえよ!他の所だ!」
「飾り立てられるのは我らが義務なのだ。それでも、私は心くらいは正直者でありたいんだ、そう、全裸に…睨むな、ぞくぞくする」
「いい加減、京宛に、のしつけて強制送還してもよいか」
「冗談だ。本気になるな少年。まぁ、なんだ京は堅苦しくて好かんのだ。息をするにも作法があるのだぞ。指先まで埃と湿気でかびてしまう。折り重なった永いだけの歴史の澱でできた檻の中さ。貴ばれる程には有り難く、私にとっては在り難い、そんな所だ。誰も彼もが四角張っていて詰まらん。その点お前の父上殿は積み重ねた権威を棚の飾り程度にしか思っていない、なかなか愉しい男だったからな」
「誰に憚ることなく思うままに生きていていればさぞ愉快だろう、本人だけはな」
「ふっ、そう嫌うな。私もこの男の息子なら退屈しないだろうなと思ったのだぞ。初めは糞真面目なつまらん奴とは思ったが、どうして古今東西比類なき大馬鹿だ。我ながらこの慧眼を褒めてやりたい」
「俺にはとんだ災難だ」
「……ふん、どうしてもというなら、摂関家は無理だが、清華家までだったら紹介するぞ。久我の権大納言の忘れ形見なんて古式ゆかしい姫君でな。涎たらさんばかりの美少女だぞ、おすすめだ…あ、そういえばこの前、婚姻が嫌で家出したということだったな、捜索願いが来ていたな」
「…結局、公家とはそんな奴らの集まりか…お前でいい、面倒事を増やそうとするな」
「おやおや、なんとも殺し文句だな。では、逃げ回るのではなくそれを諏訪の姫に言ってやれ」
「……あいつは俺を嫌っている」
「なぜそう思う?」
「お前は馬鹿か、決まっている。俺があいつの親や故郷の仇だからだ」
「何を言うかと思えばいまさら。その背徳感と罪の意識があるからこそ、裏腹に一層心は燃えあがるじゃないか」
「お前の尺度で計るなと云った」
「ははは、手厳しい。だがな、寝っ転がって凄んでも情けないだけだぞ。全てに背を向ける事を分かった上で彼女はお前だけを選んだのだ。肝心要の攫った相手がそれでは興ざめも甚だしい。世界より切り離された心細さというものをお前は知っているか、少年。周りに味方は一人もいない。だから、お前だけは、彼女の全てを肯定してやらねばならないのにどうしたことだ。逃げ場所が逃げるな」
「味方がないとわかっているなら、お前も少しは手伝え」
「よいのかっ!必要以上に仲良くするぞ、私は。それこそおやすみからおはようまで、腕の中で夢の中だ」
「前言撤回だ。そのまま死ね」
「ははは、それでいい調子が戻ってきたではないか。国を一つ預かる者がたかが、自分に惚れている女一人でうろたえるな」
「…俺は女は苦手だ」
「なんと!冗談にしてもあまりにも面白くないぞ少年。みんなふわふわで可愛いじゃないか。なにが気にいらんというのか」
「…泣くから」
「そうだな、だがそれがよいのではないか。ほら、あの時くらいはわたしだって可愛かったろう、お前に組み敷かれ泣かされた時だ…いや漢字が違うか」
「茶化すな」
「ははは、わかった、わかった。お詫びにお姉さんが相談に乗ってやろう。諏訪の姫とは幼い頃からの付き合いなんだろう」
「ああ、姉と交換で人質として長く此処にいた」
「今さら気まずい仲でもあるまい。姉はむこうに嫁いだなら、元々、お前の嫁として宛がわれたのではないか。やっちゃえ、やっちゃえ、据え膳くっちぇ、晴信君ヒューヒュー!」
「はやし立てるな、阿呆っ。あいつは…俺にとっては妹みたいなものだから」
「なんだと、それはまずいな…最高に燃えるじゃないか…あいたっ、それは私が摂津(大阪あたり)の商人から買ったハリセンじゃないか」
「ふざけたら、次からはこれでしばく」
「もうしばいているではないか。うっ、目が本気だな。わかった大人しく聞こうではないか。うーん、しかし自分にだけに心開いている女の子なんて、男冥利とやらに尽きるのでは」
「お前の目にする世というのは俺のものとはきっと異なるな」
「いや、どうだろうな。この場合は我が夫が鈍感なのだよ。恋心と罪の意識に揺れる乙女。なんともよいではないか。あー、ムラムラするな」
「…おい、やめろ」
「なに、少しくらい味見してもよいではないか…むっ、やはり駄目か。そう睨むな」
「普通に仲良くしてやれ」
「と言ってもな。向こうが私に憚っているのだ。まぁ。夫を寝とろうとする立ち位置だ普通なら当然だ」
「普通ならな」
「ああ、相手が私だからな。こんな筋っぽくて固い肉なぞ、のしに包んでいくらでもくれてやるのにな」
「だったら、それを言ってやれ」
「いや、なに。あの申し訳なさそうな目で見られるのも中々快感でな…冗談だ。こんなにことにいまさらぐちぐち悩むくらい、大切なのだろう。優しくしてやればいいではないか」
「……俺には誰かを幸せには出来ない」
「よいしょ」
「…人の頭になんのまねだ」
「ん?知らんか。これは膝枕というものだ。落ち込んでいる男を励ます効能があると伝え聞く」
「…どういう風の吹きまわしだと聞いている」
「夫婦らしい事をしてみるのも面白いと思ってな。お前の正妻は私だと思ったが、勘違いか」
「…いや」
「私はお前を愛してやれないが、友として、同盟者としてはそれなりには好いてはいるんだぞ。この可愛げのない顔も、クソ真面目な石頭も慣れると味がある」
「お前、貴族とは思えない口の悪さだな」
「ああ、それは夫の影響だな。くくく、しかし追い出されても文句言えないな。こんな勝手を許してくれるお前は甘くて良い男だ。私なりに感謝はしている、大切にも思っている。それでも余り邪険にされたり他の者がよかったなんて言われると、腹が立つし、弄りたくもなるものだ」
「…すまない。お前の伝手は助かっている」
「む、それだけか」
「お前の知恵も頼りにしている」
「それでよし。女とは褒められ愛でられるからこそ花咲くものだ。過剰なくらい愛でるのがちょうどいい。どうするのが彼女にとって幸いかはわからないが、慰めにはなるさ。お前は彼女を娶った、それは覆せない。世間の誰から見ても悪だ。ただ、風評は風評でしかなく、お前とあの子の心の中までは塗り替える事もまた出来ない。あの子は選び、お前も認めた。あとはその中で存分にあがけばいいさ。どうなれど、骨くらいは拾ってやるさ」
「…………」
「人は誰彼も嫌われるのは嫌だが、お前は好きな者から嫌われることだけは極端に恐れるな。安心しろ、私は隣にいてやれない代わりに、いつでも背中は守ってやる。いつでもだ」
「ああ、任せる」
「よろしい、私の太ももで元気が出たら、他の女の尻を追い掛けるのだぞ、少年」
三条夫人は、いつか見つかると良いな。守るものでも守られるものでもなく、困難な道を肩を並べ共に歩いていける者が、と心に祈り、最後に鋼色の髪を一撫でした。
百合ものといいつつ、主人公がアレな設定なので、そういった気配があるようでなかったのですが、ガチな方お一人目。でも、書き手的にはときめかないタイプでしょんぼり。
チラシの裏の注意書きとしては、この人達も十歳ほどサバを読んでいます。
お二人の間には史実では子だくさんですがこのゲームの設定ですと、義務で長男を産んだだけとなってます。
勝頼の誕生は1546年なのですがそれもあおりを受けています。
あと、信玄こと晴信君は女運とかがびっくりするぐらい悪い設定。




