影のおしごと
諏訪に行ってきました。
厳かな大社で兵力配置とか考えている不届きものは前代未聞だった事でしょう。
タケミナカタ様ごめんなさい。
色々イマジンできましたが、状況描写は出来るだけ削る方針なので、それが生かせるかどうかはまた別の話。頑張ります。
目尻は物騒につり上がり、主とまるで見分けがつかないその姿。
なぜ、長実の方か判別できたかというと、虎千代の方は先程の調練で衣装や切りそろえた髪が土埃で汚れていたのを知っていたからだ。
「どうやら、あなただけはそれなりには使えるようですね」
純白の影は、俺ら二人を隠すように間に入った貴志に鼻を鳴らし一瞥する。
「いったい、いつのまに、全然わからなかったぞ」
ちょっとした動物並みの感覚がある貴志に気配すら感じさせなかった長実。
「私は影ですから。〈隠形〉(おんぎょう)の術は並みの根の者よりも使えます」
根の者、要するに忍びだ。
彼女からいつもの舌ったらずの語尾が抜けている。やだなぁ、空気が重いな。
左手は柄から鍔を握るように置いたまま、眉を不思議な形に曲げている。
「やはり有無を言わさず、斬って捨てておくのが正解なのでしょうが」
カチャリ
髪飾りと揃いの黄金仕立ての鍔が鳴る。
しかし、即断即決を誇る謙信麾下らしくなく、そこでぶらりと手を下ろした。
口元に右の人差し指の腹を当て、考え込むような仕草。
「妙に情勢に精通していて、こちらの動向すら把握するわりには、後ろに気がつかないままぺらぺらと、間が抜けておそまつです。なんと言いますか掴みどころがなくて処理に困ります。何なのですかあなた方は何がしたいのか全く分かりかねます」
色のない瞳で、こちらを値踏みする龍の影。
戦国最強の上杉と云っても、なにも無敵な訳ではない。
龍は王者の生き物。正面から己を誇示する戦には圧倒的に力を発揮し、確かに三千世界に敵はいないほどだろう。
故に油断する事もあり、後ろ暗い戦い方や調略などは苦手だ。
特に、越後のあれは考えなしで動くタイプで、部下もその系統が揃っている。
こいつとはゲームで絡んだ事は無いが、影とは主の不足を補う為の臣の一人でもあるはずだ。
「考えるのは得意じゃないので、後ぐされなくサクッとやっちゃうのが楽なんですけど――――」
って、こいつも脳筋型か。量産型の越後侍のひとりでしかなかった。
にんげんだもの。考えようよ。
「――――先程の話から、姫様に悪意を持っている者ではなさそうです」
ふう、と肺からためいきを出す。
「それにあんなにも楽しそうで晴れやかな姫様は久しぶりですからねっ」
語尾が、もとの炭酸の抜けた後のコーラみたいに戻る。
「やはり定期的に好きに暴れさせてあげないとダメみたいなので」
犬の飼い方でも確認する様な言い草。
そんな物騒なガス抜きが必要な生き物飼いたくないのだが。
「あなたの見解通りです」
「?」
なにが?
「姫様は、国に戻れば、家族に刀を振るわねばならない、だから帰るのを渋っています」
「…言質を与えてよろしいのですか?」
勝手な推論を許すのと、確証を与えてくれるのはまた違うと思うが。
要はこれからの自国を二分する混乱に背後から付け込まれないように、信濃を今の剣呑な状態にしておきたいというのが虎千代のねらいで。
諏訪が落ちれば武田の影響力は衰える。強力な諸勢力が複数ある信濃がまだ安定期に入られては、今後の為に非常に困るわけだ。
よその喧嘩に乗っかったのも今の状況を引っ掻き回すのは寧ろ彼女の望む所だった。
そして、蓬のなぜこんなところにいるのかという疑問の答自らが動かねばならないほど、今はまだ信用できる配下がいないからである。
「姫様は最近は必要以上にお酒を飲んでは、落ち込むばかり。情緒も不安定」
こちらへの返答もおざなりに小動物はしゅんと述懐する。
ストレスから無茶振りの度が増しているのか。
そりゃ辛いわ。さっきも危うく首が刎ねられそうになってましたしな。
「だから、此度はこちらにとっても、良い機会には違いないです。避け得ない運命を受け入れ進むために縛り無く刀を振るう事ができるのは」
簡単に言うと、ストレス解消の場として最適と。
「だから、あなた方のよくわからない思惑にのってみましょう――――ですが、私の期待を裏切った場合は」
それが露見してからも仕留めて御覧入れましょうという、余裕の釘刺しなわけだ。
「はい、ご心配なく」
皆までいわせない。
それを確認した長実は、目を伏せ、余裕の笑みを浮かべると、白い外套とマフラーを大きく翻す。そして、退出していこうとし――――大太刀が入口に引っかかりこけた。
ビッタン!という建物の外まで響く様なデカイ音を立てて顔面を強打した後、その場でのたうちまわる。
「いたいですぅ、折角、出来る女風にきめましたのにぃ」
すごく涙目です。
あー、なんていうか、十年早い。
長実との密談の後、社近くの陣。調練を終えた者が思い思いにくつろいでいる。
どうやら、怪我人は増えてないらしい。
「根の者より報告が入りました。決戦はどうやら明日早朝ですね。むこうももとより兵糧の用意はあまりなかったみたいで一気に決着をつける気かと」
諏訪大社・春宮周辺の地図を広げつつ。その西北の塩尻峠からの進軍ルートを細い指先でなぞる。
自分のセリフで激しい戦いや、戦火に飲まれる社を想像したのか、髪の毛が重たげに揺れている。
「あるいは犠牲を出さずに、多少の釣果をもって兵を引くか」
西諏訪衆の裏切りは取り付けたしな。それだけ、今後に向けて十分すぎる影響力になる。
まぁ、口に出したくなるような希望的観測だな。
「柵や土塁の用意はいかが成りましたか?」
なので、悲観的な俺は気にせず備えを問う。
「全ては間に合いそうにありません、調練を終えた兵をこのあと動員させます」
此処と此処と、カリンの立案の配置図の、防備の間にあわない個所を指し示す。
まぁ、当然、遠い場所からだな。予想より少し懐で迎え撃たなければいけないと言うところか。
防備が元々ないのはゲームの初期設定とはいえ、その危機感の無さは失笑ものだな。
「いえ、余計な疲労が溜まります。この後は休ませましょう。金で雇える範囲で人足を増やして出来る所までで大丈夫」
全国に分社のある社様は金だけは唸るほどありますからね。安全の大体は金で買える。
かかる金を減らしたければ、時間をかける。時間とコストは反比例するのだ。
この場合の問題はかけるだけの時間がないという事だな。
「ですが」
「間に合わなければそれはそれで問題ありません。私共の方でなんとかさせます、それより問題の橋は?」
春宮のすぐ脇を流れる砥川。二、三十メートル程の幅の浅い川ではあるが、梅雨の長雨で増水しており、徒歩での渡川はまず出来ない。
果たして、木曽で長雨で立ち往生したのを誰が覚えているのかと思うぐらい間が空いているのは気にしない。34部とかワロス。
「ええ、社付近の一つを除いて落とさせませした」
数に任せた飽和攻撃とかの対処は流石に無理だからな。只でさえ、オール初陣で個の実力差があるからな。
「ならば十全です」
あとは結果をご覧じろってなもんですよ。
「では、兵は」
「まだじゃ、大事なことが残っておるぞ」
そこで天幕に、虎千代が入ってくる。
まるで親の仇でも見つけたような真剣な眼差し。年若い怜悧な美貌が冴える。
濡れた紅い唇が、言の葉をなぞる。
「景気つけの宴じゃ!」
あー、上杉さん所では出陣前の恒例行事である。
オカン的やりくりでけちけちためた兵糧を一挙放出、度を越した大盤振る舞い大騒ぎ。
まぁ、戦から離れた連中の景気づけにはちょうどいいかもしれない。
さっき酒を振舞う約束をしたしな。
守矢娘の方に視線で許可を求めると、指揮の為の必要性があると判断したのか一つ頷く。
皆の者支度にかかれ!
長実に布で顔の汚れを拭われながら、そう号令をかける。
すっかり手綱を握られた騎馬武者達が慌てて準備にとりかかる。
少々の不安を残しつつ、夜が来る。
無言で背後からぐさりいかなかったのは越後は内政官が少ない設定なので、引き抜こうかと画策した長実さんなのでした。
あとどーでもいい話になるのですが、この作品は三層構造になってまして。
歴史の層、ゲームの層、物語の層のみっつです。
通常、多くのVRMMOものや異世界モノはゲームの層と物語の層の二つで構成されていますが、わりとその二つは折り合いが悪いです。
システムという絶対の規範が設定する中で、物語的にはそこを超える力を発揮させ無くてはおもろくならないという矛盾があります。
そこをいかに読み手に納得させる、差異を付けるかというのが『なろう』の主流であり作者の力の見せ所だと思うのですが、二つの層は仲が悪くなかなか大変だと思います。
何で三層にしてしまったんだろうなと途方に暮れつつ、歴史の層が一段落しました。
次回から、ゲームの層が前面に出てきます。
もしくは、出てきてない人達の番外編が突然入ったら、お察し下さい。




