閑話・昔の話
冬の童話祭に参加したので、本編すすめられず二週間。
流石にまずいとお蔵出しします。
はじめはふたりだった。
いつからか、少年はひとりになった。
少年と妹は一人分の生命力を無理に二つに割って生まれてきたのだろう。
この子は長く生きられない。成長できたとしても、他の子と同じように過ごせはしないだろう。少年は医者にそう言われたらしい。
だからだろうか。佳波の家の住人は元々の少ない情を、少年に分け与えるという事をしなかった。
古い芸の狭い世界に根を張る家の大切な後継ぎの女子と。予備にもならない男子。
どっちを尊ぶかは明らかだった。そして、どのような形でそれ表れるかが想像するのは簡単だ。
それでも、大人の思惑も家の未来も当の子供同士には関係がなく。
仲の良い兄妹だった。仲の良すぎる兄妹だった。
世界に、ひとつだけのかけがえのないもの。お互いを何よりも慈しんだ。
だからきっと、彼女を喪った時、少年も死んだのだろう。
ある日、少年は熱を出した。
それもまた彼の日常。生まれてこのかた、体は弱く。
その日も何度も経験した気だるげなまどろみの中にいた。少しだけ息苦しい時間に、じっと声をあげず、波が過ぎるまで耐える事。息を吐くよりも慣れていた事だった。
またかと気にもかけない家の者とは、対称的に妹はかいがいしく看病に当たった。
早く治りますようにと、ずっと手を握り祈ってくれた。
これ幸いと家族の義務を妹は押し付けられる。だが、この時ばかりは、少年は自分と妹を分け隔てようとする視線から逃れられることができた。
辛さを忘れ、温かさに身をゆだねるだけで、他の誰にも顧みられなくてもよかった。
頑張れた。
だが、ある日。
その時が訪れる。
少年と同じく妹も同じように熱を出したのだ。
体の節々が痛む、咳でのどが焼かれる。見舞いの小さな影が訪れない、白く消毒された部屋の中。時計の針がただうるさいだけで一向に針を進めようともしない。
ひとりでいると息苦しい真綿で首を絞められるような時間だった。
長く薄っぺらな夜が明けると。
薄い眠りの上で、大人が騒いでいた。
妹は連れ出されて、二度と彼女の部屋には戻ってこなかった。
風邪をこじらせて病院の白い部屋であっけなく死んだのだ。
ごめんなさい。
最後に聞いた言葉。
最期に聞かされた言葉。
死に顔を覚えている。
普段から透明な肌の妹は、眠っているのと区別がつかなくお伽噺にある天女みたいな姿だった。
きっと、薄汚れた地上を離れ、あるべき空に帰ったのだろう。少年は今もそう思っている。
死んだのがあっちの子供だったら良かったのに。
役に立たないどころか。祟るとは。
あれが無いとなるとこれからどうするんだ。
くだらない言葉が聞こえる。それから、一月もたたず。
妹の代わりが用意された。事故で両親を失ったという名を聞いたこともない程、遠縁の少女。
刑部雛姫気弱げな少女はそう名乗ったが、その名をいつまでも聞く事はなかった。
気づいたら、佳波雛姫になっていた。
妹の代理品。
妹の名前を奪い、妹の物を使い、妹の部屋に住み、妹がいる筈だった場所にいる。
よくも不幸面して、残酷な事が出来る。
初めて会った時から少女は少年の世界の敵だった。
かけがえのない半身だった妹の、なにもかもを奪おうとする敵でしかなかった。
すり寄ろうとしてくる振る舞いが、耐えられないほど気持ち悪かった。
それでも、反発するほどの気力さえ少年にはもうなかった。
妹の無い世界に未練はない。
少年にあるのは静かに死んでいこうという望みだけ。
そこにないものと少女を無視し続けた。
心は厳冬に包まれたまま、いくつか季節はめぐる。
そうして、決定的な事が起こる。
白いワンピース。
佳波の家は基本的には和装以外許されなった。
カビ臭い家の仕来たりに、異を唱える事は出来なかったが。
妹は本当はお姫様みたいなドレスに憧れていた事を知っていた。
公の場には洋装も必要だと、ねだって買った多分唯一の我儘。
寝る間も惜しみ、友達も作れず、あいつらの自尊心を満たす為だけに身を削って品評会で一番を取ったそのご褒美に。
それは少年にとって彼女の心そのものの象徴に思えた。
それを、この偽物が汚した。
似合うかな。少女はおそるおそる、手を伸ばす。
少年ははねのける様に手を強く振り払った。
目の奥が怒りで真っ赤になる。
少年が生まれて初めて得たその感情、名を殺意。
その感情の赴くまま、少女の全てを否定した。打ち消した。全ては言葉でぶつけられたが、それはまぎれもなく暴力だった。
その弱さを楯にする事の醜さを、あざとさを、傲慢を、己だけを哀れむその心を罵った。
何かから解放されたようだった。
そして、夕暮れ、少年が望むとおり少女は妹の部屋から姿を消した。
ごめんなさい。
ルーズリーフに書かれたその言葉。
それは妹の最後の言葉と同じだった。死のにおいがした。
震えるような文字が、消え入るように滲んでいた。
紙が不自然に歪んでいた。大粒の涙の痕だった。
少年の思考の歯車がどこかで嵌った。
自分でさえ軋んだのだ。
外から連れてこられた少女にとってもこの家は過ごしやすいものではない。
まして、望んでやってきたものではないのだ。
少女にもまた過酷な出来事があった。
多感な時期、絶望と言う黒クレヨンで全身を塗りつぶされるような事が。
世界に匹敵する者を失ったのは彼女も同じ。
身も心も襤褸布のようで。それでも最後の勇気で伸ばした手を、同い年の少年が踏みにじった。それだけ。
間違えた。
少女を罵った言葉は、きっとそのまま自分自身に叫びたかった言葉だったのだ。妹の死に向き合えず、自分を哀れむだけになってしまった己の心に向かって。
彼女は、雛姫は、もしかしたら、妹が自分の代わりにと使わしたのかもしれない。少年が一人では生きられない弱さを思って、計らずとも似たような境遇に陥ったふたりが消えてしまわないように。
それを少年は悪意の言葉で突き離してしまったのだ。
誰かのために頑張れる妹を眩しく思いながら、なんて、自分はこんなにも愚かなんだろう。
靴を履くことすら忘れ駆けだした。
痛む肺。崩れそうな手足。少年の体は元々無理がきくように作られていない。それでも懸命に、その姿を探した。そうして、走りつかれた頃。
白いワンピースが、海に浮かんでいるのをみつけた。
必死で泳いだ秋の海。たどり着いた体は冷たく、顔は蝋燭で固められたよう。
それでも、少女の心臓はまだ幽かに動いていた。
賢明に介抱し、人を呼び、そのまま病院に搬送された。かつて、妹がいた病院に。
半月後、今度は、部屋に戻ってきた。
あの日から枯れてた涙が、少年の目に再び溢れた。人間らしく泣けた。
この時から多分、ひとりとひとりは、またふたりになったんだろう。
これがはじめの一歩。
生きる事は、難しい事。少年も少女もひどく不器用だ。
生まれつき与えられるものを与えられなかった少年。与えられたものを理不尽なもので奪われた少女。
虚栄と敵意と差別と憎悪にまみれた家の中。寄り添い過ごす。
少年が歪まないように、少女が軋まないように。
ふたりで強くなろうとした。
いつだって優しくなかったくそったれの世界に、生きてやるぞと叫んでやるだけの強さを、居場所を。
結果。
野蛮な遊び――球蹴り――をする者は佳波の家にはいらない。
強くなれと選んだ手段がそのまま決定打になった。
自分達の意に従おうともしない玩具を苦々しく。前のとは違うとなじる。
ああ、なんて面白い。
血の繋がりというものを確かに感じる。あの時の自分を思い出して、少年は笑う。
こんなにも人は醜くなれる。今度は、背中で傍観するのではなく、一緒に戦おう。
悪意も蔑視も嘲笑もやり方は親たちに十分に習ったから。
だが、幼い少年に守るための力は足りるはずもなく。
再び少女は別の場所に養子に出される事になった。
遠い遠い聞いた事もない地名に住む親せきの家。
一族の中の鼻つまみ者と言われる老夫婦。
名字は「貴志」といった。
泣き虫の少女は、また泣いていた。
「キシの家の子になるんだろ。騎士はナイトだ。キシは強く気高くなければいけない」
少年は思いついたようにひどく適当な事を言う。その悪癖は今も変わらない。
「だから、俺はこれから雛ちゃんのことをキシと呼ぶ」
強くなれ。
もう泣くな。
少年の大切な傷つきやすく素直で小さな白詰草は頷いた。
「ヒナね。もう泣かない。強くなる」
たしかに強くなった。それでも、泣き虫は直らず。
いつのまにかでかく図太く猛々しく適当に育ってしまったのは別の話。
「それもやめろ。自分の事をヒナというのも。弱さは甘えだ」
その台詞は十年後に少女にブーメランで投げ返される。
ただ、この時は真っ赤になるまで目と鼻を擦り、頷いただけ。
強さを持たないもののつよがりこそ、世界と戦う為の唯一の武器だから。
「じゃあ…オレ」
聞いてる方はずっこけた。それはあんまりだろう。少女のセンスの無さが少々心配になる。
しかし、客観的にみるならば、間違いなく少年の一人称の影響だった。
「…極端だな。せめてボクくらいにしておけ」
また、適当な事を言う。
「うんわかったよ…だぞ。ボク、がん…ばるから」
もう、ひとりじゃないから。
「いつかまたな。約束だ」
指をどちらともなく差し出し、絡める。
数瞬後、指先の温かさが離れた。
それだけ。
背を向けて、互いの戦う場所に歩きだす強さがあった。
振り返る必要などない。
大丈夫。
離れていても、いつだってふたりだから。
話は終わり、ぐっすんと複数の鼻を啜る音がする。
「いいはなひなのです」
「泣けます。すごい泣けます」
「うがーっー」
「…まぁまぁ」
どちらかというと俺の恥ずかしい話じゃないかと、語り終えたぞと胸を張る少女を苦々しく思いながら少年は補足する。
「オチが無いぞ。貴志のじいさんばあさんが、性根のねじ曲がった奴らに一歩も引かないどころか一枚も二枚も上手のパワフル夫婦で。しかも、こいつの無茶な我儘全部かなえやがる過保護っぷりでな」
だから話のオチとしては、指きりの翌日、ド田舎から近所に引っ越してきやがった。
一族の鼻つまみ者は、実は目の上のたんこぶで古い世界と決別した上に、金と権力とコネと人格と老獪さをオール役満で揃えているような人たちだった。
奴らが絶対の誇りとしている血筋も一緒なら。そりゃ、煙たいわ。
欠点は、貴志雛姫に甘い。途轍もなく甘いこと。
そんくらい感謝してもし足りない俺達の味方。
おかげで、俺の独立も予定より十年は前倒しになった。
感謝するから、俺の顔を見るたびに孫はまだかと言うの止めろジジイ。
これは戦いの日々の合間。馬鹿の一幕。
少女は札を集めると慣れた手つきで、それを切る。
「ボクの話はこれで一段落。さぁ、遊戯再開だぞ。次はだれが生贄になる番かな――――」
少女の後ろの、青いの赤いの黄色いの、三馬鹿は揃って目を逸らす。だが、逃げだす算段はその傍らに艶やかな女性が目を光らせてるので無理だろう。
それを横目に見ながら、少年の後ろの派手な青年は、なんとか隣の無表情な女性にひと泡吹かせられないものかと思案する。
そして、傍らにはいつもの笑顔。大丈夫ですかと指先に少し触れる。大丈夫とつつき返す。
「ねー、あんたら、自主的に罰ゲーム提供してどうすんのよ」
呆れた様な声がふたりにむけられる、座の皆の視線が集まり、おもわず身を離す。
ばたばたと廊下に足音がなり、夜稽古を終えた年少組と、指導者組たちが戻ってくる。
騒がしい場は、やがて喧しい場にと変わっていく。
これは、まだ少し後の話。
さて、それまでに語られる事はまだたくさん残っている。
先日のリ○バスをみてから、これを手直してると。
どうしようもなく鍵っ子だなと再認します。
手元の資料メモには名前の横に、あざとい設定と書いてある雛姫の話と見せかけた嘉人の話。
一応、トリプルヒロインシステムなんで、ヒナキチ君何とかしないといけないのだが、プロット的に一章は蓬さんのターンなので、二章まで放置なんですよねー。
なぜか序章が長すぎたんだ。
話が進んでいないのがよく分かるそんな閑話でした。




