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軍神

 越後の龍であり、虎とも呼ばれる白の少女。


 彼女は名を呼ばれて少しは驚くかと思ったが、返答を返す代わりに、目を伏せて、右手をあげた。

 こちらに対しての動作ではない。傍らの似姿に向けてだった。


「よい、長実ながみ。これも余興じゃ。ましてこちらの喜ぶ品まで携える輩じゃしのう。礼を尽くされば話を聞くのが道理にて」


 小さく、向かいの少女は頷く。同時に鍔鳴り。鞘に銀色に輝く刀身を納める。

 おいおい、いつ抜刀してらしたのでしょうか、マジこえぇっ。

 ぶるぶると背中に氷の柱を突っ込まれたように勝手に体が震えた。


 全然動作が見えなかった、もう一人の方が視界から外れたのは、長尾さん所の御嬢さんの挙げた右手に視線が釣られたのは一瞬だったんだが。その時に抜いたのか、それ以前にもう抜き終わっていたのかの判別すらつかない。

 流石の越後えちご侍。半端ない。現代でも「正解は?」と言われるとボタン即押しだしな。


 それと、いつの間にか貴志が、俺の後ろの襟首をつまんでいる。

 一応、フォローは入っていてはくれたみたいだ。刀が振るわれたら、そのまま引きづり倒してでも助ける気だったんだろう。

 実際のところ、服の中に突っ込まれたのは氷ではなく、生ぬるい夏の外気だったわけだ。


 いやいや、しかしながら再認識した。げに恐ろしい方々ですこと。

 主の方も、聞くには聞くが面倒なことになるようだったら、切り抜ければよいだけと瞳の表面に書いてある。

 そして、それは比喩では無く、文字通り切り抜けるなのである。

 何が相手でも、どれだけいても、それができるという強者の余裕であり、そして絶対の事実だ。


 少女の顔をした怪物と向き合っている事を思い出し、改めて居住まいを直す。

 それだけに味方につけたら頼もしいってものだ、と自分に言い聞かせることもとりあえずやっておく。


「未だ諏訪におわします所を鑑みますに、戦を肴にされるおつもりだったのと愚考致しまして。さすれば、一番いい所に案内しようかと」

 

 余裕には余裕、いつも見ている素敵笑顔を参考にしながら、婉曲的に切り出す。


「ほぅ、詰まる所、私の手を借りたいと…そうさのう、ふむ、いい酒じゃが不足じゃな。生憎そこまで私も暇ではない」


 いつのまにやら、封を開けて、ぐいと腕一杯を飲み干していた。

 話を進める前に、手ずから空の杯に次を満たしてあげた。


「ええ、ただで善意に縋ろうとは思いません。手土産はもうひとつ…いえ、ふたつ程、御座います」


 言葉を区切った後、数拍、間が空く。虎千代は僅かに右眉を動かす。


「どうしたことか、其方そなた、もう空手の様じゃが?」


 待っていても次の土産が出てこないことを訝しく思い、俺に訊ねてくる。


「今は手元に御座いません」


「これは異なことを申す。残りは後払いということか」


 龍が嗤う。獲物を食い殺す牙をとぐように。

 まぁ、無茶な交渉ごとで、報酬をけちったとしたら、誠意には欠けるわな。侮辱されたと捉えられても仕方ない。


 くすくすと、その獰猛な笑いをいなした。

 初見だったら、ちびってたかもしれないが、散々この笑いに従い刀を振るってきたわけで。いくらかの耐性はとうに出来ている。


「とんでも御座ません。内情をお話しするまでもなく、私どもにもったいぶる余裕などありません。それをお受け取り頂くには時が必要なのです。数年後、いえ、世の趨勢如何には、もう少し早く貴女の手におさまるかとは思いますが今が時期では無いだけです。その分、そこな酒よりも、熟成されてもっと貴女を酔わせるものですよ」


 思わず口数が勝手に多くなったがビビってなどいない。


「ふむ、其方そなたの話が既にもったいぶっておるのは気のせいかのう」


 興味を引かれたのか、左の目だけを細める。依然その奥の光は先程の白刃より剣呑にきらめいていた。


「では、その美酒の銘柄を申し上げましょう。この諏訪に迫る、天下一の弓手ゆんで小笠原長時おがさわらながとき。そして、信濃一の剛勇・村上義清むらかみよしきよ。このふたりを貴女の麾下に差し上げましょう」


「…ほう」


 目の前の龍の口元が風を受けた柳の枝のようにしなる。


 おっし、食いついた。


「最強たる一軍を欲する貴女様ですから欲しくないはずがありません」

 

 ただ、強く。

 誰よりも強く。

 誰も届かない高みへと駆け上がる白い龍。

 俺の知る彼女の生き方。孤高の在り方。


其方そなた、ほんに私を知っておるの。だがどうにも道理にそぐわぬ。其方らは敵対勢力の者を我が物のように贈与する権を持ってるとでも?」


「これはこれは御冗談を、古今東西どのような権力者が持っていましょうか。この女の細腕にできるのは絵を書く事です。この信濃の有力者たちが、貴女を頼り頭をたれるしかない状況。その絵です」


「ふははっ。面白い事を申す。だがのう、その小笠原とやらは私の手を借りて今まさに殺したい相手だはないか、それを献上するとは矛盾もいいとこじゃな」


 思い返すだけで腹の底のマグマが煮えたぎるようだ。

 慌てて鉄製の蓋の裏に押し込める。


「追い返すだけで十分でございます――――」


 できれば目にもの見せたいが、目の前の勝因の力を借りる為には、ここで小笠原を殺すわけにはいけない。それに流石にあの世で、反省を強要はできないしな。


「――――でないと、虎千代様のご都合が悪くなりますでしょう」


「姫さま」


 長実ながみと呼ばれた武者は親指で鍔をはじく。

 涼やかな金属音が場の空気の温度を下げる。

 だから、なんですぐ刀を抜こうとするかな、この雪国の人達は。


「ふははっ、よいよい。よくも知っとる。其方、なんとも興味深い。まぁ、小笠原はこの際よい、賽の目次第ではあり得る事じゃ。だが、長尾の家を村上が頼ると。それはありえぬ。国境くにざかいを争ってきた不倶戴天ぞ。どうして、馬を並べるのじゃ」


 仕掛けに小揺るぎもしないか。この年でこの器だからこそ、乱世を揺籃の庭の如く遊ぶ倒すことが出来たのだろう。


「はい、そこが此度の申し出の肝で御座います。はじめに貢物はあとふたつと申し上げました、ふたりではございません。名高き味方はもののおまけで御座います」


 両の手をすっと、年若い戦姫に差し出す。


「貴女にを差しあげましょう」


 人を動かすのは、理を説き利を与え、その人の裡に届かねばいけない。

 ならば今は簡単だ、この戦の申し子が必要な物を提示するだけ。


「そんなもの貰うまでもなく両手に余るほどにおるぞ。私は鼻もちならぬ小娘というものじゃからな」


「ううっ、おわかりでしたら直しましょうよ、直しましょうよっ!」


 大切な事なので二度言いました。

 何があったかは知らんが、そんなお供の切実な叫びは案の定黙殺された。


「そんなわずらわしいだけの面倒事達の事ではありません。貴女が戦える・・・敵ですよ。小笠原や村上を追いたてる程の極上の敵を」


「村上・小笠原は他国にも名の響く一角ひとかどの勇者じゃ。特に村上は強い、あれは鬼や天魔てんまの類じゃ。我が越後と隣接しておるからにその苛烈な精強さは冬の寒さほどに身にしみておる」


 信濃北部の善光寺平ぜんこうじだいらをめぐる、村上と長尾配下の豪族で虎千代を神輿とする高梨たかなし家との争い。その背後はすぐ長尾家の治める越後だ。

 治めると言っても現在進行形ではちっとも治まってないけどな。


 そう、ゲームのはじまりにおいて上杉謙信はいまだ越後の主では無い。


 白い少女は鼻で嗤う。それは、こちらの言葉というよりは他のものに対しての様だった。


「あの無駄に誇り高い村上が頭を垂れてでも、雪辱を晴らしたくなるほどの敗北を与える者がどこにおるのじゃ。それは我が天稟に並ぶ程の者、この天の下に存在などせぬよ」


 どこか空虚に笑う。覇気の欠けたらしくない表情。

 初めて目にするそれは、恐ろしい事に年頃の少女と見えなくもないものであった。


 孤高とは孤独の別名にしか過ぎない。


 戦の才とは、つまり、より上手に人を殺す術に長けるという事である。

 果たして、それがどう人として好まれるだろうか、側に近づきたがるものがいただろうか。

 言うまでもなく、否。

 怖れ、敬われ、避けられ、畏れられ、厭われ、誰にも理解されず、愛されず、死んだ後に神棚に飾られる。それこそ英雄という生き方である。


 最強たかみを目指し、500年後にも名を残した目の前の少女は何を求め乱世を駆けたのか。その事跡は、余りにも天衣無縫で評価に難い。敵を味方を求め続けた、その真意が奈辺にあったかを推し量る術は誰にも無い。

 天に駆けあがらんとする龍の志は、所詮、地を這うしかないヒトには分からない。

 それを知るとすれば、同等の業を持つおなじたかみへのぼる者だけだ。

 だから、俺の知るその名を告げよう。


武田晴信たけだはるのぶ


 龍に並ぶ虎の名を。上杉謙信と共にうたわれる者を。


 先程の表情を忘れたように、一瞬きょとんとしたあと堪え切れず大声で笑う。

 くらい物のない大きな笑い。


「はっはっはっ、いまの諏訪すわの主か。これは面白いことを申すのう。あんなケツの青い若造が何が出来るのじゃ」


 いや、若造ってお前の方が大分年下だから。


 姫さま、品がありません。さっきからいちいちうるさいのうと、とやり取りをしつつ龍の娘は思い出し笑いをする。


「いやー、久方ぶりにわろうたのじゃ。首を根こそぎ並べて晒して、佐久さく笠原かさはらを落とした時は面白いと思ったが。件の村上に躓いたではないが、相手よりも三割は多い兵を持って蹴散らされたのは私の気のせいか」


 くっくっと漏れ出る笑いを押し込めながら、村上より格下じゃないかと暗に言う。


「確かに今だお若く青い。ただ、あれは虎の子ですよ。猫と見間違えて良いものではありません。此度の敗北の泥を啜り、その爪を一層鋭くするでしょう。かつての貴女と同じように」


「それが源氏の同族の小笠原や、あの村上を蹴散らす程のものになると」


「ええ、そうすれば、今の憂いから解放された貴女と国境を挟んで争うでしょう」


 そう、戦国史に残る、大会戦。五度に渡る川中島で。


「矛盾しておるのう。其方の主に器あれば、ほっておいても、たどり着くじゃろう。わざわざ、私の手を借りたいはどういうことじゃ?必要ありはせんじゃろう」


 その言葉に、武田そのものはそうですと反論する。


「ええ、そうですね武田に関しては何も問題はありません。しかしながら、この諏訪は未だ武田そのものではないのですよ。でも、いづれその旗を仰ぐ頃、少しでも大きい顔をする為に加点しておきたいのです。この地の民は奪われることにはもう飽きました故に」


「ふむ、一応、理は整ったかのう。ただ、このまま頷くだけではつまらぬ。もし力を貸すとすれば、其方は何を担保にする。さすがに興味本位だけで力を貸すほど頭の中に花は咲いておらん」


 報酬とは別の必要なもの。


 自分で言うとおり敵が多い、裏切りというか嵌められるのを警戒しての言葉だ。

 だが、そもそも言う必要ないし。こちらの申し出を受けなければいい。

 こちらの申し出を面白いとしたうえで、主導権を渡さない為の釘打ちだろう。

 こちらを試してるともいう。


「この首を」


 だから、即答した。何も持たなくても、引いてはならない戦いがあるから。


「ま、待って下さい。ちょっと待って下さい」


 背後、交渉に声を挟まなかったその人が割り込んできた。


ヨシさま。やり取りの内実がよく分かりませんが、この方の力が必要なんですよね」


「ああ、現場の指揮を取ってもらう」


 半分野戦の様なこの戦でこれ以上の適任者はいない。その辺りは時間作って後で講義しないとな。この前約束したし。


「でしたら、おふたりが側にいなければならず、自由な裁量が振るえなくなってしまいます。――――代わりに私の命を預けさせては頂けないものでしょうか」


 最後の一文は目の前の白い人に対してのもの。


「ほう、主の代わりにとは見事な忠義心じゃのう」


「いえ、私は従者ではありません。妻です」


「つつつ、妻っ!」


 交渉してる方ではなく、モブとなっている虎千代Bの方が何を想像したの家真っ赤になって、口元のマフラーを引き上げる。


「こ、これは、お、恐れ入ったわ。世の中色々な趣味があるのじゃろう」


 人間とは業の奥が深いのじゃと遠くをぼんやりと見ている。

 歳に似合わぬ貫録の虎千代Aの方もを動揺させてしまった。


「腰の物は見た所、大拵の業物。その刃の届くところに担保としてこの身をとどめ置き下さい」


 ふたりの腰の太刀の前に身を差し出すように前に出る。

 人質は武家の習いだが、そんな簡単に命をかける場面ではとか内心言いたい事は百程に一斉に出てくる。が、この場で言っても状況は悪くなるので全力で押さえつける。

 ちらりと横目で一瞥するが、倍の鋭さで視線を返された。


 向こうも怒っている。なんでだ。


 命を簡単に扱ったのは最初は俺の方だったのだから。

 そこで、復讐のスイッチが入ると周りが見えなくなること、結果、穴二つになって、今現在、蓬や貴志に迷惑をかけていることに思い当った。

 

 内心、冷汗ダラダラしながら反省した。


「しかし、ようやく、其方の本当が見れたわ」


 にやにやと交渉相手は笑う。何のことだ。


「小笠原の話が出た時に薄っぺらい其方の笑いの下にどろりとした熱を瞬間的に見ただけじゃったからな、なかなかどうしてなのじゃ」


 うがー、墓穴の中にジャイアントストロングエントリーしてしまったよ本当に。

 内心や人間を言い当てる様な物言いしてたこっちに不気味さも感じてはいただろう所から、急にこっちが躓いて勝手に転がってきたんだから当然か。


「其方の伴侶の覚悟を持って相分かったのじゃ、元々、こちらに益のある話じゃし。我が名にかけて力を貸そうぞ」


 しかたない。もともと、こいつを嵌めるつもりはないし、奇貨ということにしますか。

 ため息をしつつ、立ち上がり感謝の一礼をする。


 あとで、またお説教タイムくらうなコレ、こんちくしょー。正座したくねー。


 ところが、そこで、待ったがかかる。


「だ、ダメです!国境を超えて御身自らが動かれるぐらいでしたらまだしも、単身で戦に出られるのはあぶのうございますっ」


 バンと机をたたき、語気を荒げる。


荒川伊豆守長実あらかわいずのかみながざね


 愛称の長実ながみではなく名前を正確に呼んだとき、空気がこれまで最も真剣身を帯びた。

 呼ばれた本人は跳ねる様に椅子から降りると、頭を垂れ、片膝をついて礼を取る。


「はっ」


其方そなたは何者じゃったかのう」


「姫さまの影です」


 軍神に瓜二つの少女。

 川中島で信玄しんげんと直に切り結んだのは、この影武者を務めた侍だったという伝承が残る。


「ならば、問おう。私が決めた・・・のじゃ。して、いつ其方が私の決定に異を唱える事を許したか」


 長実が押し黙る。


「進言も、提言も、諫言も、逆心も、私に刀を付ける事も、弑す事さえも許そう。だが、私の決定に異を唱える事だけは許した覚えはないぞ」


 一言が逆鱗に爪を立てたらしいが色々おかしい。


「私の心得違いじゃったかのう」


「いえ、虎千代様のおっしゃる通りに御座います」


「本当に忘れておったら、首が胴から離れてた所だぞ」


 カチリと鍔鳴り。


 白刃が、片膝をつく少女の白い首に当てられていた。誰も気づかなかった。

 見えないほどの早さでは無い、余りに自然だったのだ。殺すための道具を振るう事が。

 少女の言葉にウソはない。否と答えていたら、偽りなく本当に斬りとばしていただろう。


「はっ、肝に銘じます」


 そう答える少女の雪の様な肌は怖れからか、血の気を失い一層透明感を増した。


「宜しいのじゃ」


 気づいたら納刀を終えている。

 そして、数瞬前の凄みなんか忘れてしまったように朗らかに笑う。


「それでこそ、私の友じゃ」


 虎さんや。いい話風に締めようとしても、ギャラリー全員ドンビキなんですが。


 この戦キチ、勘気のポイントが全然わからない。


 上杉謙信の八割は名君、二割が暴君で出来ている。

 神仏に深く帰依し弱きものへの慈悲に溢れ義を尊ぶ、だが、一度発した激情はあらゆるものを薙ぎ払う荒ぶる修羅。その怪奇な二面性。

 狼の如き冷徹な判断力と、激情に左右される意志の天秤の傾きは決して常人には計りえないものである。


 割れた茶碗でも見る様な興味のかけらもない視線を、自分の似姿に向けていた。

 友と嬉しそうに呼んだ顔を、こんなにも冷たく見れるのかと息をのんだ、そこに。

 

 拳が落ちてきた。


「いたいのじゃ!」


 すこーんといい音がして、側頭部の黄金の龍の髪飾りが上下に跳ねる。


「なな、なにをするのじゃ」


 涙目。


「こら、お友達に危ない事しちゃだめじゃないですか」


 うおおおぉぉお!!影武者が逆鱗に触れたと思ったら、嫁が虎の尾を踏んだというか軍神様の頭を正面からドツイてるぅうう!!


「「    」」

 ↑俺と貴志の声にならない声。


 「」の文からこの時の俺の心情を二十文字以内に説明しなさいとかいう出題になった。


 とりあえず、身を呈して刀の盾くらいににはなれるようにタックルのスタンバイ。

 割れても末にあわんとぞ思ふ。

 だれぞの下の句が脳裏を走馬灯代わりに過ぎった。

 余り幸せな読み手でもないのが泣ける。


「其方には関係ないじゃろ。黙っておれ」


 最悪の事態は発生せず、つーんとあしらおうというだけに留まる。セーフ。

 だが、そこで止まらないのが俺の嫁。笑顔の上に怒りマークがある。


 右手の人差し指でピンと天を指差しながら、ずいと近づく。


「めっ!」


「な―――」


 童子でも叱るようなその仕草に、虎は声を荒立てようとするが。


 蓬さんは更に前進。


「めっ!」


 至近距離でニコニコと微笑みかける。蓬さん必殺の笑顔のごり押しだ。

 例えこっちに非がなくても、謝ってしまう凄技(関係者談)


 その良く分からない迫力にしゅんとなる荒ぶる一歩手前だった龍も大人しくなる。


「す、すまぬ」


「はい、謝る相手が違います。貴女方の関係は分かりません、でも気の置けない間柄だとしても、それに甘えるだけでは嫌われてしまいますよ。そうなったら後悔してもどうにもなりませんから」


「な、長実ながみ。そ、其方、私を嫌いになったのか」


 呼称が元に戻る。

 先程の涙目どころか、ぼろぼろ涙をこぼしている。激情は怒り以外にもいろいろなパターンがある。


「大丈夫ですよ、私は姫さまの味方です。姫さまが省みて己を糺す事が出来る事は知っております。あと、慣れてますし」


 うわー、慣れたくねぇ。

 かっとなってそれを忘れるのは何とかして欲しいですけどっ。と両手をグーして伝える。コミカルではあるが割と決死の思いでは無いかと。


「私は駄目じゃな。勘の虫が治るよう文を奉納したのじゃが」


 そういう手紙も現存してた気がする。

 私は怒りっぽいので今年は穏やかに過ごせるように神さま仏さまどうかお願いしますとかなんとか。ちょっと軍神様に萌えた。


 ちらりと蓬さんの方を見る。


「はい、よくできました。もうしちゃダメですよ」


 叩いた所をかいぐりかいぐりうにゅううにゅうしてる。


「あ、あい、わかった」


「わわわわ、姫さまが素直に言うこと聞いていますぅ!」


 手をばたつかせながら、長実が椅子から転げ落ちた。


 リアクション大きいキャラいると色々と捗るな。


「いったいどんな天変地異の前触れでしょうっ!」


「其方、時々失礼じゃな――――それより」


 こいこい、と手招きする。


「?」


「…どうしよう、なんだか姉上に似ておるのじゃ」


 ちらちらと蓬を見ながら。至近距離で顔を突き合わせて、密談するが声が大きい。越後(新潟あたり)出身だからだろうか。

 雪は音を吸収するからな。


 話に出た謙信の姉。

 仙洞院せんとういん。仙桃院。綾。綾御前とも。

 美しい桃の花の様に高潔な女性。

 謙信の数少ない理解者にして、アクセルしか実装されてない暴走車をブレーキングできるほぼ唯一の存在。

 この時代の家族を表す『洞』の字をもつ名の通りの愛と慈しみに溢れる方。

 

 長尾上杉は一族が少ない。そして寒い地方の血族だけにその情は深いのだ。


 似てると言うのは分かる。芯が鋼の様に強く、誰かの為に頑張れるそれは同系統だろうなと。


 俺も、あや様に初めてお会いした時そう思ったよ。


 だから会わせたくなかったんだよな。間違いなく気にいられると思ったし。

 そして、気に入られた人間は例外なく酷い目にあうのだ。

 ひっくり返った実例である所の虎千代Bを見ながら改めてそう思う。


「もし、騙されたなら、お手打ちするのではなく貰ってしまっては?言質は頂きましたし命を預けるとか何とか」


 おい、こら。どこの山賊だ。さっき同情した分返せ小娘二号。


「おお、さすが長実、良案じゃ。さすがにのほほんとしながらも腹が黒いのう」


「って、しまりましたぁ!完全にやる気にさせちゃいましたっ!」


 そして俺に絶対に負けられない戦いがここに発生した!


「よ、よし!この借りは戦場にて。改めて長尾虎千代じゃ、よしなに」


荒川長実あらかわながみですですぅ…うぅっ、おうちにかえりたい」


 その呟きは諏訪の山と湖に空しく吸い込まれるだけだった。


なみに姫武将化した荒川伊豆はこの年代だと別名なのですがあしからず。

例えば、立花宗茂の改名の変遷の正確性とか追い求めたらとか恐ろしい事になる。

誰も気にしない上に分かりにくいですのでカット。次の話でも盛っている設定でてきます。


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