龍の娘
長いので分割しました。やばいです。次も再分割になる気配がします。
町は騒がしい。子供や女性の姿が殆ど見られない。戦独特の肌触りが近づいて来ている。
主戦場は町の北側だ。峠を越えて、更に川を渡った、僅かな平野に金に任せて急ピッチで防御を固めている。
ハレの所で顔通しもしているし、南の諏訪湖周りからしれっと戻ってくるのは比較的容易だった。
「あれ、嘉さま、大社に戻られるのではなかったでしょうか」
はて、と首をかしげる蓬。
「ああ、でもその前に大切な寄り道」
ただし、ひとつ面倒なこともあった。
「えーと、どちらまでですか?」
「多分どっかの酒場」
「?」
曖昧な俺の答えに、いっそうなんでしょうという感じになっている。
「えーと、ヨシ、まさかとは思うけど」
おそるおそる挙手をしている。こころなしか目線があっちこっちに泳いでいる。
どうやら今ごろ思い当ったらしい。というか、気付いてなかったのか。
お頭だけではなく危機察知能力にも問題あるのか、はたまた無意識に考えないようにしていたか。
とりあえず、これで面倒事がもう一つ発生したわけだ。
「いやだぁああ、ボクはいきたくないっ!数千人に一人で突っ込んだ方がまだマシじゃないかぁ!」
それはこうして、泣き叫ぶ貴志雛姫を引きずるようにしなければならなかったこと。
こういうときに両側掴んで引っ張る係の青赤はいない。
ヒソヒソヒソと横○版三国志の孔明よろしく耳打ちで、お使いに出した後である。
またかよー、と赤いのは泣きながらぱしりだした。正直ごめんと思う。思うだけだがな。
「いい加減覚悟決めろよ。いちおう再度、意志統一の為に多数決したじゃないか、民主主義万歳」
もともとそういうつもりの蓬さん。面白そうだからと君主を売り渡した臣下ふたり。四対一である。
厳密に言えば、多数決と民主主義は水と油もいいところだけどな。
少数意見を切り捨てるのは総意ではないのだ。
ヒナコちゃんはだって、だってと弱気になった時特有の甘えた口調になっている。
「いやだよっ、こわいよっ、あぶないよっ。あの時だって雪斎じいちゃんいたから、バターを斬り分ける様に孤立させて、後は打ち取るだけまで追い詰めたのに」
太源雪斎。今川の重鎮。政治、経済、文化、外交、軍事、主君の教育までこなすスーパーおじいちゃん。戦国屈指の軍師である。
ゲームでの弱点は寿命。いると手がつけられないが、いなくなると今川は普通の強豪になる。
守矢とのやり取りで『青いの』のブラフで俺が弟子入りしたことにされてしまっているが、縁があるのはむしろ貴志達の方だ。
「次々やられて、気付いたら誰もいなくなってて。残ったボクは首飛ばされたんだよ。視界がくるくる回って、目の前が暗く低くなっていく中、『此度の戦は実に楽しかったのじゃ』なんて嬉しげに言われたらトラウマになるよ」
貴志のいうその時とは、何度か会ったあの川中島の戦いでの一幕。
一夫の当事者は当然武田。武田はとことん有利な状況を作り出してから戦をする。若い時分に信玄は無理な力攻めによる大敗を二度も経験させられたからだ。
従って、いざ出征しても、目の前の出目が悪ければ、躊躇なく仕切り直す。その時もそうだったので同盟国の今川に調停を頼んだのだ。
相手と武田の戦力はほぼ互角。そこで今川の調停を拒否したら武力振るうからねという姿勢で黙らせるつもりだったのだ。
しかし、まさか、数万の軍を引き連れてくるとは、さすがの信玄も思わなかっただろう。
今川さんとこは派手なパフォーマンス好きだからな、兵糧代だけでも馬鹿にならないのに。
それだけに、今川の権威と力を周辺国どころか同盟国にまで示すデモンストレーションとしては凄まじいものがあった。
数万引きつれて和平の仲介に来ましたって、そりゃもう何も言えないだろ。相手とすれば断って、両軍相手にしたら間違いなく負けるからな。ただし。
「普通ならな」
多分、武田を向こうに回していた方側は、今川の過剰演出にブチ切れやがった。ノリノリで好敵手との戦を楽しんでいた所に冷や水ぶっかけられたらな。
史実だとしぶしぶ矛を収めたが、その時は上等じゃないかと喧嘩を買ったのだ。
そうなった理由はおそらく。多分、その時はそんな気分だったから。
ただでさえ、二、三本頭のねじが足りないか、もしくは余っているのに。
頭に血が上ると更に一層、踏み越えるからな。
何クールも同じイベント戦をしていれば、そう言うルーチンになる事もあるのだろう。
「普通じゃないよ、あの子んところ。なんか龍が書いてある大きい旗が上がったぞと思ったら、全軍突っ込んできたんだよ!」
それは龍旗だな。
それが揚げられたら全員ヒャッハーのサインだ。
もし臆病風に吹かれて躊躇ったら、その後は永久に家中で村八分の冷飯ぐらい送りだ。
跳ばない奴はミラニスタ !ってなものですよ。
まだ、貴志がゲームを始める前には、俺はそのやけくそな指示に従い武田の赤備に突っ込む方をやらされた。
地味にグロくなったデスゲームでやったら白を基調としたこちらの軍装が、相手部隊と同じ色になっていたに違いない。さて、貴志の体験とどちらがマシかね。
「騎馬も歩兵も関係なしに、だいたい、荷駄隊や輜重隊まで突っ込んでくる意味が分からない」
「それは確かに意味が分からない」
分からなくて当然。多分、意味なんてないんだろう。
国ひとつがまるまる脳筋系だからしかたない。理が通じない世界もまたあるのだ。
それに、その長は武田信玄と対照的にひどく近視眼だ。
目の前の今にこそただ全力を尽くすのみ。
ひょっとしなくても二歩目を一瞬たりとも考えたことないのではというくらい、歴史に残した足跡は野放図だ。
「あとは、見崩れしてあっという間だったぞ」
『見崩れ』
戦で絶対起こしちゃいけない共崩れというものの一種。共崩れとは簡単に言うとパニックで軍が瓦解すること。
見崩れは味方が崩されるのを見て、兵卒が我先に逃げ出して軍が崩れる事だ。
「逆に言うとそれだけの力があるってことだろ。
なおさら、今の俺たちで勝算をはじき出すにはその武力は不可欠じゃないか」
多分、メンドイ事になるので、できれば蓬と引き合わせたくないんだが…勝つためだ。
「そんなの鬼退治に行く為、悪魔と契約する様なものだぞっ!」
的確な例えだな。毒を以て毒を制す。
「そういうなよ。俺達にとっては救世主さまだ」
なので、真鍮の壺ではなくてパンドラの箱に残ったものだろうと言い張ってみる。
「でもでも、きっと諏訪から居なくなってるよ。もうあの飯屋にいなかったし」
救世主だけにか…うん、何て言うか、ごめん。
「だから、その店で一番いい酒が置いてある所を聞いてきたじゃないか。あれは戦と酒に対する嗅覚は半端ない」
その身は戦と酒がある所に必ずありや。
いや、むしろ彼女の歩く所が戦と酒で舗装されると言ってもいいかもな。
「ほら、みつけた」
ひどく目立つ白の旅装。
真夏だと言うのに白い外套にマフラー。
それに負けない雪の肌。
烏の濡れ羽の様な深い黒を切りそろえた髪。
花開く前の美貌が色づく唇。
それがふたり。
少し前に見たままに、まだこの町で管を巻いていた。
暗い店内、のれんを分け入って声をかける。
「こんにちは、旅のお客人。こちらの酒はいかがですか」
「うむ、少し淡いが、味は文句ないのじゃ」
「そうですか。気に入って頂いて何よりです。でも、間もなくここは戦になりますよ。お逃げになられた方がよろしいのでは」
「そうじゃのう、店の者も家財担いで逃げてしまったから、ちと呑み足りないがどのみちこの一本で終いじゃ」
言われてみると、店内はがらんとしている。人の頭ほどもある壺を逆さにして振ってみるも、中からは何も落ちてはこなかった。物欲しそうに仰ぎながら覗いてみる。
「姫さま、あれだけ飲んでおいてまだ呑み足りないんですかっ」
鏡映しの様な少女が呆れたようにため息をつく。
先日の続きの様に足元には酒壺や皿が数えきれないほど転がっていた。
「そうじゃ、あと一本くらいは忘れていったやも知れぬ。長実その辺りを探して参れ」
「えー、お代払う相手はいらっしゃらないのですからぁ、あっても飲んだらだめですよぅ」
「相変わらず、其方はお堅いのう。額を打ちつければこの壺くらいなら割れそうじゃ」
「まぁ、お二人は仲がよろしいのですね」
放っておくとオチの無い話が終わらないので割り込んでみる。
「うむ、そうじゃ、無二の友じゃ」
片割れは、ものすごいもの言いたげだけどな。
「でしたら、その大切なお友達を困らせては駄目ですよ」
こちらももの言いたげな視線を後ろに感じたが、多分気のせいだろう。
「宜しければ、私の方で御馳走しますよ。諏訪大社の最上の御神酒にて」
ストレージから、しめ縄の巻かれてた小ぶりの樽を取り出す。
「…ヨシ、いつのまに」
こそこそっと聞いてくる。お前の配下がこっそりくすねてきたんだよ。
そう答えつつ、さりげなく、ふたりが正面向かいで座ってる卓の脇に腰を下ろす。
「其方、諏訪の巫女か」
「ええ、そのようなものです。名乗っていませんでしたね、初めまして、桜と申します」
守矢頼真がそうなってたように、彼女もまた女体化武将、と言いたいこところだが、史実においても根強く女性説もある。
まぁ、なんというか有名人にはつきもののトンデモ奇説だ。
ただ、源義経=チンギス・ハーンとは違い、一笑に付すにはそれなりの傍証はあったりもする。
そもそも戦国史上、女性の大名や家長がいた例はそれなりに多い。
有名どころだと今川寿桂尼。立花誾千代。井伊直虎。
しかし、あくまでそれらは男子の後継ぎがいなかったり、幼かったりと止むに止まれぬ状況ゆえの緊急措置だ。
表舞台で長く権勢を振るった例は無い。家を残す、その一点の視点で取られたきわめて例外中の例外である。他に手段がないからそうしただけのこと。
だが、彼女が女だとするならそれは崩れる。
その国は継嗣である長子が家督を継いでいた。勿論、正室の息子である。
病弱ではあったが、それを隠居させてまで、女性当主を据える必要はない。
それでも、この末の子供は一番高い場所まで引っ張り出された。
それは唯、武の才があまりにも傑出していた。神懸かりな程の光輝であったのだ。
越後の梟雄・長尾為景が末娘。
軍神。毘沙門天の化身。越後の龍。義将。野戦不敗。
その伝説を彩る言葉は百葉も超える、武田信玄と並ぶ戦国時代を代表する英雄が一人。
「丁寧に。しかしゅうて、ただの巫女にしては目が剣呑じゃの。何用じゃ」
まだ幼さの残る声で老獪な口調を囀る。聞く者にもたらす不調和や違和感。
それが一筋縄ではいかない、じつに彼女らしいものだと感じる。
「貴女に声をかけるのは戦の話以外にありますでしょうか」
百年の乱世の申し子。戦の神を自称する者。
「長尾虎千代様」
彼女の幼名は虎千代。
上杉謙信こと長尾景虎。その人である。
ようやく、知名度あるのを、名前付きで出せました。
といって、信長・秀吉・家康の三英傑の他には謙信と信玄ぐらいが一般常識の範疇ですね。
一段落ちて、政宗と幸村で終わり。あとは石川五右衛門とかになってしまう。
禰寝さんと戸次さんと十河さんと頴娃さんと祁答院さん、初見で読みにくいのはどれかなみたいな話には間違ってもならない。
逆に信長公や謙信公くらいになると戦国時代という文脈共通のスター・システムみたいなものなので、色々な作品でもブレがなくキャラ的には完成してますから強いです。
これから、かなり好き放題引っ掻き回してくれるはずです。




