点綴する想い出と
「お前、俺が分かるのか」
設定は消去され、思い出も歴史もなくなる。積み上げられた楼閣は、砂と消える。それがゲームとしての仕様だから。しょうがない。
それが人と寸分たがわぬものであろうと、たとえ、心があろうとも、ゲームである以上、NPCは命令には抗えない。
でも、NPCの意思は成長する。
彼らが失ってしまう物を惜しんだら。思い出を残せないとなぜ言えるだろうか。
五ゲーム目はWINNERである天下人が出なかった。
織田信長包囲網が成功して、武田が躍進するかに見えたが、今川・北条連合軍に本拠地の甲斐を落とされた。京を抑えた武田。関東を制覇した北条が一進一退になって遂には決着がつかなかった。
そこで行われた最後のイベント戦、関ヶ原。ゲーム期限の最終決戦イベントは、すべて史実にのっとりそう冠されるが。実際にその場が決戦場になったのは初めてだった。
作為的かそうではないのかも分からぬまま、操られるように、その地に収束していった。
それに向かう時に、面と向かって別れを告げた。思えば初めてだったかもしれない。
これをもって全てが終わるから、また次の生でも一緒になろうと。蓬は忘れてしまうけど、俺は覚えてるから。また、初めからやり直そう。
わたしだって忘れません、なんでそんな酷い事いうんですか。という彼女の叫び声。
そこからは余り思い出したくない。俺の言葉に涙と鼻水の洪水になった蓬の顔を見て、ただ後悔をした。
こんな顔もう、二度とさせたくなかった。
ゲームの決まりごとゆえに、避け得ぬ別れがあるのは俺には分かっていた。
彼女らNPCとってそれはどういう意味を持つかは、どう受け止めるか。
そして、俺がどうするのが正しかったかは分からない。
だから、もう蓬が悲しまないように、とだけ誓った。
「わたし、なんで」
すう、と透明な雫が、彼女の頬を流れた。
「ど、どこか痛めたか」
転倒した時になにかあったのではと慌てて、彼女の土で汚れた、手を取る。
途端、こんどは大粒の涙をボロボロこぼし始めた。
「わああ、ご、ごめん。急に触ったりして」
前回のゲームの最後の戦の前に泣かさないと誓って、一週間もたたないのに、明らかに俺の所為で泣いていらっしゃる!
「ちがいまふ。嫌だっだわけではありまぜん」
ちょっと鼻声になっている。
そうして、懐紙を取りだすと目元を吹いてから、びーん、と鼻をかむ。なんか可愛い。
「手にふれたら、かってに、感情が高ぶってしまって。さっきはドキドキしましたけど、今は、胸がいたくて」
眼の端は赤くなったままで、その痛みを確かに伝える。
「わかった。もう触れたりしないから」
「い、いえ。逆なんです」
俺の指先を、大切そうに包む。
「ずっとこうしたかった。でも、なぜか、やってはいけない様な気がして――――少しずつ、思い出してきました」
ハラスメント・コードで規制されてたからな。夫婦生活4年目にして、少しの時間手を握るレベルしかやったことがない。それも数えるほどだ。
「桜さま。ひょっとして、わたしたち、一緒にすごしてたのでしょうか?」
「いや、その名前は違う、ヨシだ。『嘉人』のヨシ」
「ヨ…シ…さま?」
噛み締めるように呟いた。懐かしい響きがします、と彼女は呟く。
「さまはいらない」
「いやです。あ、これも凄い懐かしい。こんなやり取りした事あったんでしょうか?」
「したさ、呆れるくらい。俺のいた所は、そんな呼称しないって言っているのに、お前はどうにも頑固だから」
「わたしは、そう呼ぶのが好きだったんです。どうして、今まで忘れたのでしょう」
彼女は、信じられないくらい意思の強い人だから。記憶というシステムの、銘記や保存はうまくいっていただろう。
ただ、新生した彼女にはそれを再生はする必要がなかった。そこに現れた俺という鍵をえて、少しずつ蓋の閉まった箱から、思い出を取り出せるようになってきたのかもしれない。
人知や既存の規範を超える者を人は英雄と呼ぶ。彼女の強さは、きっとそう呼ぶに足りるものだったのだろう。
「なぜでしょう。みんなみんな、あんなにもかけがえの無いものだったのに」
潤んだ目で、なんども噛み締めるように、記憶の手すりを伝いはじめる蓬。彼女にとって大切だったものを、なんとか取り戻そうとしているのだろう。
システムは残酷だ。俺はあまりに痛ましくて、唇をかんだ。
「自分が信じられません。いままで何年も、焼酎と蜂蜜でつくった『味醂』の無い食卓で過ごしてなんて。豆味噌の味を知ったら、もう糠味噌になんて戻れません。白米は正義です」
古典的にずっこけた。
「って、大事なものは食べ物しかないんかい!」
食い意地はりすぎだよ蓬さん!
ちょっと恥ずかしかったのか、口元をもじもじさせる。
「わ、わたしのせいじゃないですもん!あ、あなたが全部買ってきてくれたんですよ……ね?」
自分の記憶の再認にはまだ自信が持てないのか、不安げに疑問符をつけて言う。
そりゃー、買ってくるさ。だって。
「おいしいもの買ってこないと怒るじゃないか」
それはもう、烈火のごとく。武田最強の赤備に追いかけまわされた時なんか問題にならないくらいに恐ろしかった。
「あたりまえじゃないですか!一度飛び出したら何カ月も戻ってこない鉄砲玉に怒らない奥さんがいたら見てみたいですよ。それくらいも忘れられたら、わたしって、いったいなんだろうって存在すら悩んでしまいますよ」
毎日INしていたつもりだが、時間の流れが違う事はそう処理されていたのか。怨むぜ運営。
そういえば、デスゲームが始まったら、その処理はどうなっているのだろうか。
「ああもう、煮えたぎるような暗い気持ちも思い出せました」
蓬さんが暗黒面に落ちていく。デンデンデーン。デデデーン。デデーンと、あのBGMが流れた気がした。
「それは、忘れてていいぞ。永久に忘れよう」
いやー、女の子の恨み、妬みは恐ろしいんだぞ。ボクも、そりゃあ、酷い目にあったもんだ。なかでも、酷かったのが―――。とかなんとか、幼なじみのサッカー部の自慢だか不満だか判別の付かない話を思い出す。
「そりゃ、わたしも人並みくらいには美味しいものだって好きですよ」コホンと居住まいを正してから「それよりもですね、みんな無事帰ってきて、みんなで食事するのが一番好きだったんです」
更に続ける。
「もう、どこにも行きませんよね」
「…いや、それはできない。俺はもう一緒にいられない」
「ど、どうしてですか。かぼちゃをぶつけるような女だからですか!」
全身で取り乱す蓬。
「それは確かに、あんまり一緒にいたくなくなる要素だな。少なくとも、かぼちゃはしばらく食べたくない」
かぼちゃぶつける嫁とぶつけない嫁だったら、誰だって後者がいいに決まっている。
しゅんと小さくなる蓬。
「ご、ごめんなさい、つい勢いで。反省はしています」
だが、犯人はみんなそう言う。
「いや、凄く痛かったが、問題は、そんなことじゃない。俺が、女だから。蓬だって気持ち悪いだろ」
彼女の困った顔を思い出す。自分の立場で考えたら、おぞけがする。
「うー、そんなの考えた事ないんですから、わかるわけないじゃないですか!」
ばんと地面をたたく。
「大切なのそれじゃないです、あなたは私と一緒にいたいか、いたくないかだけです、こんな女ともう過ごしたくありませんか」
「一緒にいたいよ、当たり前だろ!」
どうにもならない、こんな状況で思い出したのは、家族でも、幼なじみでもなかった。目の前の、泣き虫の顔だった。かぼちゃぶつけられても、ぶつけられなくても一緒にいたい。
「でも」
それでも俺は。
「わたしの事、好きじゃないんですか」
「好きだけど……」
「だったら良しです!わたしも一緒にいたいんですから、今はそれでいいんです」
どこか、自分にも言い聞かせるように、そう断言した。
チャチャーチャーン ラララ~
『『称号・百合』を手に入れました』
「おまえ空気よめ!あと、それ半分くらい悪口だからな!」
ちなみに称号の取得条件は確認できるが、女性キャラクター同士がお互いに恋愛的感情を伝える事とあった。絶対誰か、用例の勘違いか悪ノリで入れただろ。
『器用さが2あがりました。魅力が10あがりました』
称号はスキルと違って、セットしなくてもステータスに永続的に効力を発揮するので、なるべく色々な事を楽しむユーザーが、強者になる。
逆に言うと、永久にはがせないレッテルが張られたのである。あと、『器用さ』なんで上がった。
「ご、ごめんなさい」
俺の反応にびくっとしたチワワになってる蓬。
「ち、ちがう。蓬に言ったんじゃない」
糞システムに文句があっただけ。
なぜだろう、デスゲームに巻き込まれたより、こっちの方が今のところ腹が立つ。
「嘉さま」
不安そうに、俺の眼を伏し目がちに見る。
おれは、諸手を挙げた、白旗である。
「わかったから。さまはやめろ」
「いやです。あと、さっきのお願い聞きましたよね。私からもひとつお願いがあるんですが」
楽しそうに笑う。
「なんだ?」
「あなたのお願いがもう一度聞きたいなぁって」
わくわくと顔に書いている。プロポーズし直せと言いますか。ドSすぎる。なし崩し的に進めようとした俺をがっちり、ホールドしている。
俺が顔をしかめると、いっそう楽しそうにくすくす笑う。
それで、逆に覚悟が決まった。いつだって俺は彼女に敵わない。それでいい。
「俺と結婚して下さい」
通算六度目の、プロポーズ。
「はい、大事にしてくださいね」
代わりに、彼女に希う気持ちは叶うから。蓬が叶えてくれるから。
本当に幸せそうに言うから、ぐうと呻いた後、もう何も文句を言えなかった。
「それでは、わたしの家にいきましょう。おとうさんに許可貰わないと」
羽が生えたような声で軽快にそういう。
「ああ、いたね、そんな人」
忘れてた、いや、忘れていたかった。
小柄の蓬と比べると、遺伝子に異議ありと唱えたくなる巨漢の狩人。
元武士で、熊よりも熊。人間灰色熊。明らかに日本固有種よりも強いので俺はそう呼ぶ。
娘が欲しければ、拳で奪っていけと、時はまさに世紀末思考の野郎である。
何度死闘を繰り返した事だろう。思い出しただけで走馬灯がめくるめくゴゥアラウンドである。
初見はムリゲーだったので、その時は、かけ落ちをした程だからな。
男として負けた気がして、次のゲームには剣聖に弟子入りをして、半年かけて対人戦を極めてようやく勝った。あれほど嬉しかった事はゲーム内で後にも先にもない。
ただし、その後の戦で、俺TUEEEしようとしたら個人戦でそれが意味を為さない事に慄いたのは、別の話。
というわけで。
さあ、ボス戦闘です。
わかりにくい戦国ネタについて。
武田赤備の話。
普通の武者より三倍速いんです。以上、ではなく、武田のエース部隊ですね。徳川家康が漏らして逃げるレベルの部隊。当時、赤は塗料が高いのでまさに虎の子。武田が滅んだあとは、徳川の井伊家が遺臣を受けて、いまは某ひこ○ゃんの赤兜になごりがあります。
ちなみに騎馬軍団とか山国日本にねーよとかいう話ですが、創作はおもしろい方を優先します。