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Another viewpoint ・湖雪(弐)

あけましておめでとうございます。


今年もゆるく進んでいくと思います。お付き合い頂ければ幸いです。


一気に書き上げて、ちょっと疲れたので推敲は後日。

 湖雪はひどく落胆した。


 たしかに背格好は似ていた。

 しかし、健康的な肉付きをした体も、溢れんばかり生命力で紅をさした頬も、彼女、諏訪姫には無い様だ。


 なによりも、目だけが決定的に違うのだ。

 凍土の万年雪の様な虹彩が冷たく揺らめいている。


 覚えがある。


 過酷な現実で心がマヒしてしまった者たちがよくする目だ。

 横暴な領主に搾取された逃民。戦で家族を失ったものに似ている。


 生に情熱を持たない。他人も自分にすら興味ない者たちだ。


 今も湖雪を不躾に観察している。

 塩で覆われた大地の様に、何も生まず、何も生かさぬ。乾ききった視線。

 今もこちらに慇懃に礼を述べているが。そこに礼儀以上の熱はない。

 命を救われた安堵はもちろん、山賊に襲われた恐怖さえ感じてないようだ。


 容貌は確かに麗しい、ゆえに冷たい人形。


 微笑みを絶やさず、慈しみや春風の様な優しさに溢れていた彼女とはまるで違う。


 諏訪の姫をよく知るが故に共通項がある分だけ、強烈な違和感を覚える。

 例えるなら不気味の谷に近い嫌悪感を湖雪は覚えた。


 身分というのは、大概衣服で判断できる。

 ただ目の前の一行はあまりにもちぐはぐであった。

 巫女の装束や簡易だが陰陽師の亜種。ここまではよい。


 侍らしいものは、それだけで一財産にもなりそうな絹の服を着崩している。

 見た事もない、奇天烈な服を纏った者もいる。

 全くわけが分からない。


 数瞬考えこんだが。


 ひとつだけ納得のできる答えに、やがてたどり着く。

 派手な服を着た、戦地の近くの若い女。


「商売女か」


 同じ女としての同情から、思わず声に出してしまった。


 話に聞いた事がある。自分の体を売る者。

 そういう商売は戦とは切っても切り離せない。

 武田の元、若い女がそういう商いに手を染めるしかないほど、諏訪は切迫してしまったのか。


 だがしかし、それにしては、品がよすぎる気がした。

 巫女を取り巻く者を見てみるが、そうなってしまった身の上の悲壮さどころか、大風にも耐える柳の様な意志の強さを感じる。


 ふと、気になった。一番後ろに一人だけ、使い古した着物。


 彼女は小間使いかなにかだろうか。くたびれた服に、土仕事で汚れた手、悪くはないが他の者に比べると、十人並みにもみえる容姿。

 じっとみる。怯えたように、巫女の娘の後ろに顔を伏せる。


「違うか、こんな容姿ではな」


 見るからに、そういう対象にするには若いを通り越して、幼く小さい娘。

 杞憂だった事に胸をなでおろす。


「早く、行け。此処はお前の様なものたちが居ていい場所では無い」


 諏訪はあの時から穏やかな生活をおくれる地ではない。

 武田の領土欲は、止まらない。次々と戦を起こすべく、諏訪の地は搾取されつづける。

 湖雪は火の粉がふりかかる前に去れと促しつつ。言えた義理ではないなと苦笑する。


 彼女にすれば善意だった。


 失策があるとすれば、フラットな声音とその笑いが見る者にどのような意味を持たれるかを、湖雪自身があまり意識してなかったことだ。


 長身の部類に入る湖雪よりも背の高い侍が、頭を抱え蹲っていた。

 苦瓜を種の一粒まで咀嚼しきった様な顔。やっちゃったー、と口の中で小さく叫んでいた。


 少々気になったが瑣末なことだった。背を向け元来た道を帰る。

 夜明け前に戻らねば、あやつや爺たちに騒がれると面倒だったから。


 この時、振り返るべきだった。

 できるなら、その弓矢で全てを平らげておくべきだった。


 駆け去る彼女を見送るのは。

 

 獰猛な笑み。牙を持った者の笑いだ。

 白い歯の隙間から赤々しい舌を冴え冴えと覗かせる。

 獣ではない。もっと禍々しく、狡猾な捕食者。


 蛇。


 もとより爪はなく、牙も噛む力ごと捥がれてしまった美しい白蛇。


 個として特筆すべき能は無く。善良でも悪辣でもない人品。

 諦観を基本とした精神は、湖雪の感じたように回りの事に、あまり興味を示さない。

 内面だけで言えば、どこにでもいる様な、珍しくもない人間だった。


 唯一、人と大きく違うのは、執念。

 一度、大切なモノと決めたらそれを抱え込むこと。

 そして、そこに向けられた恩讐を忘れないこと。貸しも借りも、決して忘れないこと。

 経費も労力もリスクも度外視し清算するそんな蛇。


 その尾を踏んだ事をまだ彼女は知らなかった。



「湖雪」


 陣に駆け戻る途中そんな声が聞こえた。

 一瞬気を張るが、すぐに湖雪は相好を崩した。


「そなたか」


 足をおとし、馬首を寄せる。


 若武者。大弓を携えて、黒駒にあわせるような白馬に騎乗している。


「なんだ。驚かないのか」


 並行して歩くよりわずかに早いペースで馬を並べる。

 二十前後のまだ若い侍。絶世の美男子という訳ではないが、整った愛嬌のある容貌をしている。湖雪と対になるような色合いの鎧を、こちらは完全な形で装備をしていた。


「いつものことだからな」


 そう湖雪は鼻を鳴らす。


「つまらんなぁ」


 男は残念そうに掌を上に向けた。


「そなたの神出鬼没さも繰り返せば慣れもする。見ていたなら、なぜ、手伝わない」


「誰かさんが大雑把だから、周りの連絡役や警戒役を排除してたんだよ」


「むっ、そうか」


 口をへの字に曲げる。分かりにくいが彼女なりに反省しているのだろう。


「しかし難民ねぇ、やつらもプレイヤーだろうな」


「ぷれいやー?」


「ああ、まぁ気にするな。しかしな、お前も、もう少し言い方もあるだろう」


「?」


 なにがと、不思議そうな顔をする。


「お前は善意で言ったつもりだろうが、口にした言葉を振り返ってみろ」


「なんのことだ?」


「わからないか」


「うん」


 幼子みたいに頷く主を見て、若武者は吹き出す。


「聖者でも気を悪くする言い方だったってことだ」


「そうなのか、しゃべるのは苦手だ」


 どうやっても思った事が断片的にしか出てこない。


 人の心が分からない。幼き頃よりそう言われ続けた。

 慣れたつもりでも、人に嫌われるというのは少しばかり心に応えるものがある。


「分かっているなら、直す努力くらいはしろよ」


「いや、よい。ここに私を知っている士がいる。それでいい」 


 どうせ、二度と交わること無い者たちだ。怒りは息の長い燃料にもなる。たどり着いた地で壮健であればいい。


「そうだな、酷薄な君主さまが、実に可愛い性格なのは俺だけが知ってればいい。下手に知られると独占できなくなる」


 弓を引く様にカスタマイズされた指袋越しに湖雪の前髪を、左右にかきわける。


「…ばか」


 口をとがらせる。顔を見られまいと馬の首を返す。


 いい加減覚悟を決めるべきなのだ。

 此度の邂逅は、これからの縮図なのだろう。

 湖雪は怨嗟の声を浴びる事が恐ろしい。もしかすると彼女が望まないかもしれない。


 それでも、あの穏やかな日を取り戻したいという願いを止められないなら。

 

 固く、己の象徴ともいえる弓をにぎり直す。一振りの武であれ。


 一度、穢れを払い。諏訪の主に返そう。例え諏訪の民や、返すべき相手に恨まれてもいい。

 自分の能はそれだけなのだから。



 例え傷つけても取り戻したい時がある。ならば、無心で矢を放てばいい。

 湖雪はもう迷わなかった。

 何があろうとも自分を信じついて来てくれる者が共にいる事を思い出したから。



「目上の者をからかうな」


「はいはい」


 その者からは、おざなりな返事が返ってくるだけだったので、少しばかり不安にはなったが。


多分、次は切る位置の関係で、凄い短いのが一つ入ります。できればその次のと合わせて2個いっぺんにあげたいけどタイミング次第です。

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