求婚とかぼちゃ
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「はい、美人さんに戻りましたよ」
にこー。
蓬は、井戸水に浸した手拭で、容赦なく俺の顔を蹂躙した。自分でやるという意見は無言で却下された。
「あ、ありがとう…ござい…ました」
屈辱の自供をとられる。
蓬は、礼節と美味し物の探究には拘る。俺は彼女には小指の先程も軽蔑されたくないのである。
でも、俺の顔にはぶすー、と不機嫌です。とありありと書いてあるだろう。
そんな俺の様子を、おかしそうにくすくすと笑う。くそぅ、この天然Sっ娘め。
蓬の持ち物の竹筒に汲んだ井戸水を煽る。山野を走り回った体には何よりも美味い。疲れた細胞一個一個にまで染みていく感じがする。
「あなた、お名前は、桜さまとおっしゃいましたよね」
桜姫。ドラマから拝借したアバターネーム。もとのPCの『ヨシ』とは名乗れなかった。初めましてといわれるのが怖くて。
「はい」
後ろめたさを感じながら、肯定の返事をする。
「どちらから、いらしたんでしょうか?」
陽だまりみたいな、はんなりとした声は、俺の耳に心地よい。
「えーと」
確か、ステータス画面で『出自』は『清華家』となっていた。
そんなのは初めて見た。レアな出自だ。
たしか、摂関家の次に家格の高い公家である。
とすると。
「京の方から来ました」
意識せずどこぞの販売員ぽくなってしまった。身分からするとからして京人設定なのは間違いないだろう。
「まあ、遠いところから。そうしますと、やはりお逢いしたことはございませんね」
「……え、えと、その」
その言葉に心が、きりきりと軋む。
さっきの勇み足で自爆したのをどう戻すか未だに考えはまとまっていない。
「何かしら事情が、お在りなのは分かります。ただ、若い身空で一人旅とは、感心しません。こんな時代ですから、なにかあってからでは遅いですからね」
めっ!と眉を寄せ、窘める。
蓬も家族を戦で亡くしていた。
「……ごめんなさい」
彼女にとって嫌な事を思い出させたかもしれない。
「ご自分を大切になさってくださいね…京はまだ荒れてますでしょうか?」
現在はおそらく西暦1548年のはずだ。
ゲーム時代の『戦国Online』はリアルの一週間を、ゲーム内時間の一年として扱う。リアルタイムで四十二時間程過ぎるとひとつの季節が終わる計算だ。
一年は五十二週間なのでゲーム内時間で終了は西暦1600年。そう、天下分け目の関ヶ原の戦いの年である。
そこでゲームの色々なものが、あるものは持ち越し、あるものはリセットされて、四月一日から、新しいゲームが始まる。
OPは織田信長より前の、実質的な天下人三好長慶が、政権を握るところから。
この人はかなりの名君で、わずか数年で、西暦1467年から始まった応仁の乱から、終わらない戦で荒れ放題の京を徐々に安定させていった。
のちに京から退去するまでの間、殆ど一揆を起こさせなかったのは特筆すべき事だろう。
この時代の悪人の代名詞ともいえる松永久秀(罪状・東大寺焼き討ち・将軍暗殺・主君毒殺)を右腕として使いこなしていた程の御仁である。
ただ、権力を握る過程では、戦が起きてしまう。それこそ、千人単位で人が死ぬほどの。
「間もなく、大きい戦が起きるんだ」
「そうですか」
膝の上に置いてあったかぼちゃをきゅっと抱きしめる。
知りもしない、誰かの運命を思い、小さな胸を痛めたのだろう。
こんな彼女だから、俺は隣に居たいと願った。自分も良い人間らしく振舞えるんじゃないかと思って。
「そういえば、お話あるんですよね」
少し陰った笑顔を、俺に向ける。
そうだな。どう切り抜けるかとか、誤魔化そうとするんじゃなくて、少しでも誠実でいよう。
「頼みがあるんだ」
とても大切な事が。
「頼み……ですか、わたしにできることであれば喜んで」
初対面の人間に警戒心もせず、そんなこと言ってしまう。相変わらず、見ているこっちが心配になる性分だな。本当に。
「蓬にしかできない」
わざと、強い言い方をした。自分の決意が日和らないようにと、もう一つ。
「まあ、そうなんですか」
にこー。
悪癖ともいえるほど世話焼きな彼女は、頼られる事をとても喜ぶから。
井戸水で濡らした喉が、嘘みたいにカラカラに乾いていく。指先はどうにも落ち着かない。
深呼吸をしたつもりだが、どうにも息が吸い込めなくて諦めた。その代わりにいま肺にある、全てをぶちまける事にした。
「け、結婚して下さいっ!」
全力で頭を下げた。殆ど土下座外交である。
「それでしたら、わたしにもできますね―――――って、ええぇえええ!けけけけ結婚!ってあの結婚ですか」
珍しい。蓬が慌てている所なんて、いつ以来だろうか。パラメーターが混乱の内に言質を取るべし。
俺の魂のホラ貝が高らかに大音響をあげる。
ちなみにゲーム内では世界観保持のために横文字は流石に通じないが、当時に無い時代の下がる所の類義語はそこそこ通じる。
例えば、キスはダメだが、接吻だと通じる。時代的には口吸いが正解だ。しかし、拘られるとユーザーは流石にプレイしにくいからな。
だから、結婚という言葉もソレがどういう概念かも正しく伝わっているわけだ。
「俺の奥さんになってくださいっ!」
顔をあげて、喉よ裂けよ天にも届けとばかりに、全力で叫ぶ。
「わ、わたたしとですか。そもそも身分があったばかりで、あなたとわたしはじめて高そうでで、あわわわ」
完全に混乱している。夕陽なんか問題にならないくらいに、耳まで真っ赤になって、今にも湯気が出そうだ。
押しが横綱なみに強いのに、それでいて自分が守勢になると、途端に弱いんですこの娘。
ええい、ままよ。浪花節も真っ青の義理人情さんだから、一度首を振らせればあとは大丈夫。
「お、俺の事嫌いか」
蓬の手を強く握る。
勢いでやってしまったが、失敗だった。
お互いの緊張が天井知らずに倍々に伝染していく、握った手の中が痛いほどの熱を帯びていった。
「いえ、そんなことはありません!凄くお綺麗ですし、す、素敵な方だなって思いましゅ」
かみました。
そして、申し訳なさそうに、恥ずかしそうに。俺の眼を犬チックに見上げてくる。
その瞳を見た時、歯車が音を立てて軋んだ。取り返しのつかない事をしてしまった事にようやく気づいた。。
なんで俺、蓬にこんな顔させているんだろうか。
少しづつ、冷たく血が引く音がした。
彼女は言いにくそうに言った。
「で、でも、あなた。女性の方ですよね」
「……あ」
ネカマになってたんだった。そんな事も、蓬に言われるまで俺は忘れていたのだ。
蓬が困っている……他でもない俺が、困らせている。
なんだ、俺、全然冷静じゃ無いじゃん。少し前の得意げな回想を振り返る。
「……そう……だよな。変なこと言って、ごめん」
居たたまれなくて、逃げるように、その場から走り出した。
「ま、待って下さい―――」
背後の蓬の声が、どんどん小さくなっていく。なにやら、叫んでいるがもう届かない。
なんて、みじめなんだ。人を陥れようなんて思うから、こんな、こんな。
自分の欲望や都合だけが、先走って。蓬の事なんて、少しも考えてなかった。
身勝手な想いを押しつけてしまっただけ。
こんなんじゃ、あいつらと何が違う。
恥ずかしい。なんて恥ずかしい人間なんだ。
もう、蓬には二度と合わない。合わせる顔がない。
ごめん。ごめん、と誰かの声が口から零れた。
「こらーっ!、待ってって言ってるじゃないですか!」
俺はギョッとなって、思わず振り返る。
かぼちゃをかかえたまま、蓬が駆けてくる。愉快な主婦の親戚かお前は。
「なんで追ってくるんだよ!こないでくれ…くんな!」
「そんなこと言われてもわたしも、なんで追っているのか分からないんです!」
ステータス補正を失った俺はもやしっ子だから。農作業で鍛えている彼女の方が早い。
かぼちゃを置く事も失念している癖に生意気な。
「くそっ!」
毒づいて俺は畦道を外れ、夏草の波に紛れ込もうとする。
「え、えいっ!」
ところが、どこか間の抜けた掛け声のあと、妙な風切り音が俺の耳元で響いた。
ごいん!
派手な衝撃と、鈍い音が、俺の脳を揺さぶる。
途端、天と地がまっさかさまにひっくり返り、強かに地面に打ち付けられる。
乾いた土埃が喉の奥に入り、思わずせき込む。
「いてぇ」
一瞬遅れて、後頭部をかなりの痛みと熱が襲う。
まさかとは思うが、あの女。持っていたかぼちゃを、投げやがったな。
くらくらと残響の残る頭を押さえ、這いずるように立ち上がる。
そして、走り出そうした瞬間、「ええぃ」となんだか柔らかい物が覆いかぶさってきて、また地面にプレスされた。
「ぐえぇ」
蛙の断末魔の様な声が、あろうことか自分の喉から漏れた。
「ふぅ、捕まえました……って、きゃあっ」
勢いはそれでも止まらず、その直後、前に行こうとした俺と、その場にとどめようとした蓬の、お互いの力が交錯し、今度は二人でその場にひっくり返った。
踏み荒らされた草の独特の青い匂いが鼻孔をくすぐった。
もし、蓬が敵対勢力なら、二回の攻撃判定とみなされて、俺多分死んでたぞ。
今度は仰向けにひっくり返っていた俺は、夕焼け越しにおりてきた夜の帳にむかって叫んだ。
「なんでお前は!昔から、手段を選ばないんだよ!」
多分、自分の愚かさを誤魔化したかったんだと思う。
蓬は崩れた袈裟固めみたいな形で、逃がすまいと俺にしがみつく。薄く青かかった眼が、いまは、怒りの炎で燃えていた。
「それはいつも、あなたが自分の都合が悪くなるとすぐ逃げるからじゃないですか!」
鼻を突き合わす距離で、蓬もそう怒鳴り返す。
「だからって、かぼちゃだぞ!下手したら死ぬぞ!……って、あれ?」
「だって、これしかなかったんだもん!……え?」
お互いに、眼を見合わせた。
今、ナンて言った?
出てきた戦国武将の説明っぽい個人的所感を書こうかと。この武将たちはフィクションです的な。
一回目は三好長慶。ちょうけい、は有職読み。
政略、軍略とも優れた将です。何よりも素晴らしいのがこの時代なのに彼を含めた四兄弟の仲がよい事。殺伐とした家ばっかりですからね。
京を抑える事が天下人の第一条件。それを信長の前に達成した人物。
それは、野望からではなく、自分の身を守る手段として勢力拡大を行ったタイプで、結果的に天下人になってしまったのが正しいかもしれません。
欠点は戦国大名としては非情になり切れなかった人です。
剣聖将軍義輝など、何度も敵対したもの許す甘さが結果として、三好の衰退を招きました。
信長も甘い人物でしたが、彼は輪をかけて甘い。
二人の弟たちを先に亡くしたことで、三好家は両輪を欠き、長慶も精神の均衡をかいて、最期には末の弟も殺してしまいます。
どんな人物も、最期まで自分らしくある事の何て難しい事。この人らしくない事したなぁ、と思ったら大体が戦国的死亡フラグです。
以上あくまで個人的見解でした。