白い闖入者
初めて、用意したプロットとちがう事をやってみたり。
おっさん、ジジイキャラもはよ書きたいなぁとかなんとか。
諏訪の上社の門前町。代々神社長をつとめる守矢の御膝元である。
RPGで言う所の城のある大きな町と言うところか。
諸々の指示があるという守矢頼真とは一度別れ、ふたりの家臣に先導されて社に足を進めている。
檜の産地が近いという事もあるが、庶民の家まで、金がかかっているのが分かる。
道には数えきれない轍の跡。
全国津々浦々の門徒からの収銭力はやはり並大抵ではない。
金の流れは人の流れでもあるということで、まさに信濃の要と言える。
家督を継いだ武田晴信が、この諏訪の地を喉から手が出るほど欲しがったのも分かる。
蓬には悪いが飛騨の山奥とは文明のステージが一つ二つ違うようにも見えた。
町の空気は、良い様にとらえると活気がある。だが、これは妙に浮ついた明るさだ。
戦に巻き込まれるという最悪の状況を想定しつつも、どこか眼をそむけようとする匂いがする。
守矢頼真の元に集まってきた情報を道中検分するに、信濃中央の反武田勢力である小笠原・有力豪族の仁科らは、会話の隅で聞いたよりも一歩進み、兵を集めてる段階をもう終えているようだ。
対して武田の本国である隣国甲斐(山梨県あたり)ではまるで動きはない。市場の兵糧の動きすらないみたいだ。
なぜ、ここまで神官の親玉が憔悴していたのがよく分かった。
上田原の痛恨の敗戦から立ち直れていないことに加え、この町を見ていると問題は諏訪側の姿勢にもあるように思われた。
カリンの捏造である期待というのは全くの空事というわけではない様に思える。
限られた手元の情報から、精度の高い真実のエッセンスを作り、香る程度に振りかけた事で成功したのだ。まさに嘘つきの面目躍如だろう。
諏訪は武田という強国に破れて五年以上、すっかりかつての牙を亡くしてしまった。
いざという時は、武田が何とかしてくれる。精神的に甘えがあるのだ。
これは諏訪姫というカードを切った事で生まれる反感の代替えに、与えた飴が必要以上に利きすぎたのだろう。
刃向かうどころか、抗う力さえも無くしたように見える。
そして、金と人を集める重い意味を持つ要地だけに、崩れる事で、寄りかかった母屋ごと倒しかねない危うさを感じた。
だから、この騒乱を機に、支柱としてあるべき姿を作ろうとする晴信の意思がみえる。
武田は国人の連邦国家だ。
実は彼らの力を削いで、大名に集権化する方策は信玄の代ではあまり進まなかった。
否、進めなかったといった方がよいか。
信玄は並みの者を数揃えるだけでは、群は強固にならない事を知っていた。
俺の最後に仕えた君主とは真逆の組織運用である。
諸勢力は強兵を維持し、将が独自の判断を行える不羇の民であらねばならないと考えたのだろう。
人は城、人は石垣、人は堀。この言葉は後世の創作だが、信玄の心中を確かに代弁していた。
星の数ほどの人材、それぞれが強烈な個を誇る事で初めて、風林火山の旗のもと強く堅牢な城や石垣に成り得るのだ。
後年、巨大な領地を治める原動力となるのは、各々が武田を支えるのは己という個々の気概である。それこそが最強と呼ばれる由縁であり。
そして、それら多種多様の扱いにくい、ともすれば暴発しかねない個性を器のみで纏め、従えるからこそ武田信玄なのだ。
しかし、戦国最強の一角たるには、いまの諏訪にはその光輝は欠片も見いだせなかった。
未だに、野望の徒たる高遠頼継や藤沢頼親を処断しないのも、信玄こと晴信がその面従腹背に器量を認めているからだろう。
誰ぞか諏訪を治め、そして武田たるのに足りるかを競わせる。
まるで、蠱毒の壺。
黄金の妖精の言の葉が頭蓋の内に蘇る。
今の信濃は、この戦国の日の本、更には、デスゲームの縮図にも思え、この状況を主導する思惑に対する不快さが意の奥にまとわりついた。
そこで、ふと気になる物が視界に入ってきた。
大通りの一角。飯所に軽い人だかりが出来ている。
何事かと自然と足を止めると他の皆もそれに倣った。
その中心は小さい卓を挟み向かい合わせに座る少女が二人。
揃いの白を基調とした外套を羽織っている。
驚く事にふたりは顔立ちも背丈もあまりによく似ていたのだ。
顎の高さに短く定規でそろえたような黒髪。揃いの龍を象った金の髪飾り。
新雪みたいな肌をマフラーで初夏の日差しから隠している。
その隙間から僅かにこぼれるその顔立ちは美貌と呼ばれるまで、あと幾年も必要ないであろう。
ひとりでも貴重な美少女枠がふたりいるわけで、人垣の理由も納得である。
袖口や足周りを見ても、高そうな光沢を放つ布がふんだんに使われていて、身分を遠目にも感じさせる。
何よりも、目を引くのは腰元に少女たちにはに不釣り合いな刀を差している事だ。
同じと言っても良いほどによく似た少女二人、その夢みたいな不可思議な光景に俺たちは目を奪われた。
本当に夢であったらどんなによかったか。心の底からそう思う。
一目その光景を見た時から、俺は脳の奥まで完全に硬直状態にあった。
夢は夢でもそれは正に悪夢である。
卓の上には空の丼ぶりが山のように積み上がっている。
ふたりの装いは格調高いが、反対にひどく行儀が悪い。
いや、ひとりの少女は丁寧な所作で茶をすすっているだけなので、もう一人の方が極端に荒れているわけだ。
顔を覆うように首に巻いたマフラーの間から、流し込むように焼き飯を放り込んでは、咀嚼もめんどくさいと飲み込んでいる。
「主人お代わりなのじゃ!」
闊達で力のあるそれでいて美しい声。人を引き付ける天性のものだ。
使われ方は大いに間違っている気もするが。
一瞬身を震わせる店の主。は、は、はいとの返事の元、店の奥へと消えていく。
「はぅ、まだお食べになるんですか。もうお帰りになりましょうよ」
「いーやーじゃ!あの男がいなくなるまでぜーたい帰らぬ!」
十二、三歳に見える鏡に映したように瓜二つな少女達。シャッフルしても見分けがつかないように見えたが、それは口を開けていない時だけだった。
言葉遣いや接する態度を含めたパーソナリティはかなり異なっていた。
「いったい何が気にいらないんですか?智勇揃った今より一国だって治められる程の優れた御仁ですよっ」
よく見るとふたりは瞳の形のみ差異がある。
こちらの、タレ目の少女は気弱げにそう告げると、反対のツリ目が表情を曇らせる。
「なんじゃ!其方まであやつの味方をするか!」
がるるる。喉の奥を獰猛に鳴らす。常人なら怯んでしまうほど、眼は剣呑な光を放つ。
老成した口調と相まって、年と似つかわしくない妙な威厳を感じさせる。
事実、取り囲んでいた人垣が気圧され一斉に、後退した。
しかし、向かいの少女は慣れたものらしく、前髪を弱々しく、引っ張っただけで視線をいなす。
「もぅ、私は関係ありません。姉上様からしましたら妹よりも未来の旦那さまの方を立てるのは当たり前じゃないですか」
「はぁ!何をたわけたことを!妹より貴重な物などこの世に存在せんわ!!」
極狭い範囲には同意を得られそうな主張である。
「…はぁ、また暴論を」
更に前髪をいじる。困った時にやる少女の癖の様なものであるらしい。
「御父上の喪で婚礼の時期は遅れましたが、幼い頃から、ずっと互いの事を思い続けていたなんて素敵じゃないですかっ」
「ふん、そもそも顔が良い男なんて性格が悪いに決まっておる!上手く隠してはおるが姉上の地位と体目当てな最低男なのじゃ!最後には他の女を囲いこんで捨てるに決まっておる!姉上はあやつに騙されておるんじゃ!」
「なんという恣意的で悪意に満ち満ちた偏見と決めつけでしょうか。いっそ清々しいくらいですっ」
「其方、その恣意的は誤用じゃぞ、気を付けるが善い」
「はぅ、急に素に戻らないでくださいっ」
目を><にしてブンブン右手を振り上げる。
「兎も角、絶対に認めぬのじゃ!」
両こぶしで卓をガンと叩く。妙にアクションの大きい人達である。
「また、今時の父親でもしないような直球な物言を。あと、素に戻らないで下さいと言いましたが、続けて下さいとは言っていませんっ」
「だって、私の姉上なのじゃぞ!気に入らぬ!気に入らぬ!気に入らぬ!」
女童のように手足をじたばたさせる。天性の愛嬌というのか、しょうがないなぁと許してしまうような微笑ましさがどこかこのツリ目にはある。
「いい加減にしませんと、その姉上様とおばば様にまたこっ酷く叱られますよ。この前なんて逆さに縛られて杉の木に吊るされたばかりじゃないですか」
その一言にツリ目がちな方がひるんだ。
「…うっ、でも嫌なものは嫌なのじゃ」
子供の頭ほどもある酒瓶を手繰り寄せると、空いた丼ぶりに並々と注ぐと一気に呷る。
器に残った液体は濁り酒。
良く見ると足元に七つ、八つと転がっている。そこに無造作に空になった瓶を投げ捨てる。
酔っぱらってクダをまいているように見えるが、素面である。というか、素面が常時酔っぱらっているようなものなのを俺はよく知っていた。
「だからって何時までもこうしてても仕方ないですよ。路銀も乏しくなってきましたし」
「なぜじゃ、兄上から山ほどくすねてきたではないか」
「そりゃ、お金というのは使えば無くなるんですよっ」
「はて、そんなに使ったかのう?」
ややタレ目の少女は、呆れたように丼ぶりに今しがた空いたものを重ねる。
「ええ、姫さまが使いました。その金銭感覚早めに何とかして下さいっ」
「あい、分かった」
全然分かってなさそうに、鷹揚に頷く。
「とりあえず当面は、其方の服を売る事で凌ぐとしよう。下布なんかが高く売れると教わったぞ」
ひっ、と喉の奥から声を出して首の奥まで真っ赤になるタレ目。
気にもせず、ツリ目の方は誰ぞ買うてみるかのと、周りの人垣に声をかける。何本か手があがる。それを見て周りもおそるおそる、手の数は増えていった。
少女たちは周りの人々を無視していたのではなく、人に囲まれる事に慣れているらしい。
今度はタレ目の方が、剣呑に周りをじろりとにらむと一斉に手がおろされた。
先程のツリ目に勝るとも劣らない鋭さだ。
そして、反応に満足すると目の前の似姿を詰める。羞恥の赤はすっかり眉の高さまで昇っていた。
「どどどど、どこのどなたが、姫さまにそんなこと吹き込んだのでしょうか」
頬をひきつらせながら、眉の根っこをぴくぴくさせる。
「新発田と本庄じゃ」
「まったく、あのアホ北衆さんたちはっ」
「これこれ、年長の者を悪く言うでない」
「今しがた全力である事ない事罵ってた人が、これでもかと御自分を棚に上げましたよぉ!」
「これ、声を荒げるでないぞ。乙女とあろう者がはしたないのじゃ」
「突っ込みが追いつきません!ううっ、なんでこんな人に付いて信濃くんだりまで来てしまったんでしょう…」
「それは、私には其方しか友達いないからじゃ!我儘で変わり者で面倒じゃからのう」
はっはっはと高笑い。
「自覚してるんなら、直そうとして下さい。そして、誇らしげに胸張らないで下さいっ」
「うむ、前向きに検討するとしよう」
「それ絶対に直す気ありませんよね…はぁ、御自分も背の君を作られたら如何ですか?」
もうすぐお年頃なんですし。
「ふむ、ついぞ考えた事もなかったのじゃ。私には男女の風情なぞ分からぬゆえ」
「でしたら、例えば、どのような方が宜しいですか?」
「うーん、特にないかのう。強いて言うなら。私より強い漢が善い」
「今し方、姫様が一生独り身なのがお決まりになられました。ああ、お可哀そうな姫様。ぼっちでさびしい老後をお過しになさると、わたし、愚考しますっ」
よよよ、と袖を濡らす。
「な、何故じゃ、どこか条件が悪いのか。じ、じゃあのう、私より強い…女?」
「何でそっちの条件を変えたんですかっ!」
「其方の遠まわしな告白かと思ったのじゃ」
「お願いですから普通の人間の発想をして下さいっ。頭の楔が何本か外れてるんじゃないですか?」
「いやぁ」
「何で照れたのですか?」
漫才はどこまでも続いていく。
「随分、やか…騒がしい方たちなのです」
「でも、お綺麗な方達ですね。お人形さんみたいです」
「なぁ、カリン。との固まってるー。いつもなら、あんな可愛い子いたら、とっくに声掛けてる」
いやそれ、越えかけてるのは人としての踏み越えてはいけない線だ、幼なじみよ。
無い物ねだりの憧憬には同化できないから、せめてもの交友をというあれだろうが我に返ると空しいだけだぞ。
そんな突っ込みが頭に流れたおかげで、貴志と一緒に固まっていた俺もそこでようやく、フリーズから再起動した。
ぎぎぎ、と首を横に動かすと。
「雛ちゃん」
呼称の時間軸がずれて混線した。
「なんだいヨシ君」
そんな呼ばれ方は初めてだったが混乱してるのはよく分かった。
「見間違いであって欲しいんだけど、あれ、何だと思う?」
「見間違いであって欲しいんだけど、ラス…ボス?」
シナリオのあるRPGではないのでそんなものは存在しないが、それに比肩するデタラメなNPCは何人もいるわけで。
目の前のエンジョイライフな方もその内の一人である。
「あれがいるってことは」
「うん、戦が近いって事じゃないかなとボクは思う」
戦の申し子。百年の大乱が産みし鬼子。
その意がある無しに関わらず、血と硝煙と鉄の匂いを嗅ぎつけるのは天性のものだ。
ナチュラルボーントラブルメーカー。
同系列の蘇芳・カリンが火薬庫だとすると、あれは水絆創膏や珪藻土と親和性が分かる前のニトログリセリンの一年分詰め合わせだろう。
「二、三日はゆっくりしてとんずらするつもりだったんだけどなぁ」
武田に関わるとロクな事にはならない。俺の経験則からの結果な訳だが、結果には当然原因があり、半分ほどは目の前のあれに責がある様に思われる。
「いますぐにでも逃げるのが一番じゃない?」
「ここでいなくなったら不審者もいいところなんで、ちょっとタイミング見計らないとだな」
武田側に不審がられて、近似のタイミングで追っ手でも差し向けられたらさすがに詰む。
「とりあえず、見なかった事にして前進」
「異議なしだぞ」
あれは台風みたいなものだ。巻き込まれる前に通過するに限る。
出来れば次も早く上げたいです。




