Another viewpoint・湖雪
やはり地図が必要です。どーすんべーよー。
人が増えると三人称で書かなかった事が悔やまれます。フル○タ的な一人称に近い三人称がベストだったなー、と益体ない事を呟いてみたり。
三人称ってどんな感じだったかなと、うっかり例として銀○伝を手に取ったら、全巻読んでしまったでござる。というのが間の空いた顛末です。ファイエル。
あと、自分の中の石田三成のイメージは軍務尚書。はい通じません。ごめんなさい。
小笠原湖雪は未だ悩んでいた。
村上・小笠原連合による対武田二正面作戦。
西信(長野県西部)より中央を小笠原が制し、北信(長野県北部)より東信(長野県東部)を村上が制す。
ただ、それだけなのに中央・諏訪郡への侵攻はまるで牛歩の様で遅々として進まない。
紛糾する軍議。国人・豪族の寄り合わせ軍勢の足並みは未だ揃わず。絶え間なく罵声や怒号が飛び交う。斬り合いに未だなっていない事が嘘の様でもある。
どんな少勢といえども誰もが意見を曲げない。己が力のみを頼りにする戦国の気風は、どこまでも折れる事を知らなかった。
武田の影響力を信州から駆逐しようと周辺の小勢力の国人を糾合させたものの、小笠原が盟主という訳ではなく有力な一勢力でしかない。
それでも無理にでも強権をもってすれば、任命者たる幕府の権威は斜陽といえども信濃守護・小笠原の意向を無視できるものではないはずだ。
ただ、その一つを湖雪は発せないでいた。
それが降伏勧告か、持久戦か、総攻撃か、湖雪自身が決めあぐねているからである。
どうしたものか。
保留とは緩やかな悪化であると歴史のどのページを捲っても記述がある。
こうしている間にも、状況は下り坂を穏やかに転げ落ちるだけなのはまだ年若い君主も分かっていた。
積年の思いを排し、対武田の同盟を組んだものの、村上の後塵を拝すばかり。
いまこの時期も先ごろ戦勝の余勢で自領に近き武田領小県郡を溶かすように切り取っていっている。
雷の如く打ちこまれた武田の楔を、まるで箒を持って床掃く様に事もなく。
知らず湖雪は薄くためいきを吐く。
誠、不甲斐無し。
内心、忸怩たる想いを吐き出せもせず抱える。
信濃四大将という言葉がある。
信濃を代表する四勢力。すなわち、諏訪・木曽・村上そして小笠原。
戦国の時代、その中興の祖を称えた呼び名である。
しかし、湖雪の父、小笠原長棟はすでに幽世の人であった。
だが、小笠原と同盟を組んで武田に当たる村上義清はその四大将の一人である。
信州一代の英雄。
智勇のバランスこそ悪いが、補って余りある剛勇の将。
常に軍の先頭に立ち兵卒の士気を最高レベルで維持する豪気さにくわえ、戦の機を読む事に関しては驚くほど繊細な洞察を有す。
斎藤道三と同時期に後にスタンダードになる長槍による槍衾を考案した戦術家としての側面もある。
歳の離れた湖雪の姉が嫁いだ義兄弟だが、父と並び謳われた将と湖雪の器量は比べるまでもない。
あの父が婿として認め、鎬を削る事もあった大人物であるからと、湖雪は現状の差を言い訳したくなる己を戒める。
鎌倉以来の源氏の名門が聞いて呆れる。
内にも外にも、そして己の心中さえも、その声は鳴りやまない。
湖雪は、いまひとつ君主としての信頼を欠いていた。
女だからか。若輩だからか。父に及ばないからか。情に薄いからか。そのいずれかか、いずれもか。
今の小笠原勢は軍を組織し動かす事もままならない。
あれほど扱いにくい諸豪族を統率し、分厚い岩の如く一糸乱れぬ家臣団を持つ村上に比すと、瞭然だ。 いまや、単独での手勢は千を動員するのもやっとだという現実である。
だからこそ、此度の戦は必勝としなければならない。勝てば自ずと流れを手繰り寄せられる。
更に、ただ勝つのみにあらず、小笠原の武威を示した上の勝利こそ、此度の戦では肝要。
下手を打てば、ただの権益の再分配で、小武田を量産する事にもなりかねない。
望まざるものではあるが、信濃が武田という大石を波紋をもって受け入れたのだ。
その水に生きる者として、いままで在り方でいられるはずもなく。
ここが小笠原、ひいては信濃全てが旧来の体制から次に進むための分岐点であった。
して、ここまでが君主としての小笠原の考えとなる。
さて、問題はその考えは、個人としての湖雪との間には大きなクレパスが横たわっていることであった。
そもそもの根元は、小笠原の権力者との正当性の裏付けにある。
室町幕府の任ずる所の信濃守護。つまり旧来の制度の家門たる小笠原は、保守的な勢力である。変化を望まない、寧ろ時計の針を逆に廻すことを望まんとする。
詰まる所、多くの守護がそうであったように、もしくはそうなるように下剋上をされる標的側なのである。
次代が変革を欲しているならば、決して流れは止まらない。
それでもゆるやかな改変を最小限にとどめ、既得権益を維持していく事。それが小笠原の方向性であった。
それは、出発点を同じくしながら、進んでかなぐり捨て、戦国大名への至る過渡期にある武田とは元々相容れないのだ。
いや、それも少しずれている。
目一杯肯定的な表現をしても、確かに湖雪は武田を好んでいない。だがその好悪は、もっと個人的な命題へ帰り結ぶ事であるのだ。
彼女の迷いの生みの親はこれの前の段階。理想とする君主の判断と、現実の自分の望み。
ふたつの目指すところが重なるようで僅かに角度がズレてしまっていること。むしろ、それが近しいが故の小笠原湖雪長時の憂鬱なのかもしれない。
その乖離に迷い、悩み、答えを出せず。元来思索型ではない湖雪は、遂には耐えられず。
臣下の眼をくぐり抜け、こっそりと幕から抜けだしてしまった。
衣の上に、軽装の姫鎧を付け、大弓を携え、愛刀『千代鶴』を佩く。
朝の湿った空気の中、黒駒で駆だした。
白紙に筆で墨を滑らすように、野山を吹き抜ける一陣の風となる。
幼き時に何度も通った道。
馬に乗ればどこまでも生けると思っていた頃。何者にも負ける気がしなかったその時の心を取り戻そうとでもするためか。
蹄の音が、明けきらない野山に響く。
黒駒は木曽馬。
現代のサラブレッドなどに比べると、形は小さめだが分厚く太い。
湖雪のそれはよく戦に慣れたひときわ大きい荒馬で、それだけに扱いにくく、並みの武士では一町も走れないだろう。
それをことも無しに女性の身で操っていく。しかし、我武者羅なそれは、小笠原の奥義であるところの人馬一体とはかけ離れているようにみえた。
心技体のバランスの崩れを感じ、愛馬の足取りも見るからに重くなっている。
主の意を汲み取ってしまう忠義者。
もしかすると、これもまた人馬一体のひとつであるのだろうか。
しかうして、荒れた隘路なれど、揺れるは心のみ。
畢竟するに、湖雪の手綱を取る細腕はいささかの揺らぎもなかった。
小笠原の家は代々弓馬の名人を輩出する事、高名である。
おそらくその中でも屈指の腕前に違いない。
湖雪自身も『今与一』(いまよいち)とまで言われた不世出の弓才人の父・長棟にも武であれば決して劣らぬという自負を持っていた。
事実、後世に武勇に欠ける、臆病といった批評は一文も残っていない。
いかにも軽やかに、鐙を外し、馬より舞い降りる。
いつの間にか、彼女の目指した場所についたらしい。
上気した肌に絡みつく、伸びすぎた前髪をかき上げる。
どうにも落ち着かないとしてしまう癖の様なもの。
無口な湖雪の心情を見る者が見れば雄弁に伝えた。
紫陽花より華やかなすみれ色の髪の下から現れたのは不機嫌そうな灰褐色の瞳。
父譲りのそれは、『鷹の瞳』と呼ばれる小笠原氏固有の家徴である。
常人より夜目が利き。視野が広く遠く、瞬間的な状況の把握に役立つ。
小笠原が優れたる武人と評される由縁の一つである。
ただ、その見た目は飢えた猛禽の如く、見る者に強い圧迫感を与えずにはいられない。
そんな外見に加え、自分の意見を人に伝えるのは彼女の苦手している所で。
十考えても、口だすとどうも二、三の欠片にしかならず、人を怒らせる事に長じた。
家臣や領民との間に軋轢と断絶しか生み出さないのである。
父・長棟は妙な愛嬌持ちだった――――狐の嫁を貰ったなど嘯いたり飄々とした振る舞いを愛された――――が、ユーモアも解さない生真面目一辺倒な湖雪は誰彼にも怖れられた。
不器用者。数えるほどしかいない親しいものにもそう笑われる。
人と人の間を生きる事が、どうにも苦手なのだ。
誤解を与えるくらいならと幼い頃より湖雪は寡黙になっていった。
結果。
驍勇比類なし、而して、その性、傲慢にして不遜、情を持たず。
湖雪の同時代評である。
一度付いたレッテルは剥がせず。
人となりは巷間の噂にのまれ、名の如き白いベールに包まてしまう。もう本当の彼を知る者は片手にも足りない。
君主たるもの、好む好まざるに人と距離を取る事こそ必然。
ならば、己に備わりし、武で器を示せばいいと湖雪自身は考えている、それは現時点においては間違ってはいない答えであった。
いつの間にか起き上った太陽が無心で目指した地を浮かび上げる。
諏訪湖を見下ろす峠。そこの名は何と言ったか思い出せなかった。
眼下の一望は百銭の価値がある。
空の青よりも青い静謐を湛えた聖湖。
世に名高き諏訪大社。この湖こそその御神体そのものである。
朝方の緩やかな日差しを受けて輝くそれは、清廉たる碧い乙女といえる。
少なくとも湖雪はどうしてもそれを思わずにいられない。
諏訪頼重娘。彼女の面影が重なるからだ。
戦国の時代らしく、その女性の名前は現代に残っていない。
仮に諏訪姫としておこう。
この地を治める諏訪氏の姫巫女である。
諏訪氏は武の神・建御名方神の裔を自称するいわゆる神氏の家系だ。
神職がそのまま、戦国の大名になっている例は他に阿蘇氏などがあげられる。
ちなみに言うまでもなく一番高名な神氏は天照大神の今も続く帝家である。
従って、諏訪氏は武家である小笠原を含む他の三勢力とはいささか毛色が異なる宗教勢力だ。
この時代、神社や僧院が大名以上に巨大な力を持つ例もまた多い。
強力な神社仏閣を持つ勢力は、全国からの信者達の寄進による大きな収入を見込める。
その金の力も勿論馬鹿にならないが、それ以上に『信仰』と云うのは、集団を統率する上で、強力な団結を産む。
それは、掛け値なしの純粋な『武力』なのである。
かの信長も最大宗教勢力である所の一向衆と敵対した事で天下統一は十年遅れたとも言われる。
この一向衆には、『軍神』上杉謙信や、『神君』徳川家康も悩まされた。
例えば、家康が我が『大名物』(優れた茶器や宝物)と誇る三河武士。
ゲーム的に言うと忠誠100から微動だにしない代わりに、富士山よりも高いプライドを持つ扱いづらい頑固者の集団。
犬より忠実で、巨大な敵よりも死よりも、恥だけを怖れる。
行動原理が単純なようで面倒極まりない忠義者をダース単位で揃えましたでお馴染みの彼らが信仰心から主君に刀を向けたのだ。
宗教の持つ力の強制力の異常さが分かる。
しかし、千もの時を重ねれば、戦神の人神力も弱まるのか、諏訪姫の体は小さく病弱で今にも折れそうな小さな花でしかなかった。
争いに関わる力なぞ小指の先程もなかった。少なくとも湖雪の眼には、そう映った。
険しい山野に囲まれた狭い島国の限られた土地、限られた食べ物を争う。
戦国において、土地を維持し、それを一片でも食するからには女子であろうとも争う力が求められる。
そして、この世界では名のある武将の半数が姫武将だ。
湖雪は幼い頃より小笠原の一柱たれと己に課し、鋼の様に自身を律した。
文字通り血のにじむような努力を重ね、弓馬の道を修めた。
結果、父は兄を廃嫡し、湖雪を当主とした。
そんな自身も他人も同様に厳しく生きて、それを誇りとした彼女にとって、年下の少女の弱さはどう映ったか。
同じような立場に生まれながら政略の道具にしかなれないその身を哀れんだのか蔑んだのか。
いずれにせよ、後に数少ない理解者となる者を、下に見ていた事には相違はなかった。
それを幼い頃より賢明な諏訪姫が分からなかったはずなどなく、それを振り返るたび湖雪は穴掘って埋まりたくなる。
春の日差しのほほえみを想う。浅ましき者の友としてあってくれた事を感謝した。
最初で最後の友。
骨も肉も削るような、苛烈な修行に明け暮れた日のなかで、彼女と日々だけが穏やかだった。
しかし、暖かな交流は、俄かに終わりを告げた。
話を戻そう、諏訪は領主であると同時に、全国に信者を持つ諏訪大社の『大祝』(すっごい神主)の職を持つ。武士と神主の二重側面が勢力としての強度であった。
ただ、大概トップが二つあるとやはり揉めるもの。例にもれず、諏訪氏も領主である宗家惣領氏と、大祝が対立し主導権を巡る骨肉の争いを繰り返した。
そして、1500年代前半。四大将のひとり諏訪頼満が分家も含め身内の対抗勢力を悉く一掃し、最盛期を築いた。
しかし、1539年。頼満が死去。巨星落つ。そして、諏訪の氏族の命運もゆっくりとそれをなぞるように後を追う。
1541年。この美しい諏訪は信玄こと、武田晴信の最初の獲物となった。
先代・信虎を追放し家督を簒奪する。
先代同士が結んでいた諏訪との同盟を破棄。それまでの方針を一変させ、信濃侵攻を開始する。諏訪の同族である分家の高遠頼継を焚きつけ主家に反旗を翻させた。
家中の主柱となる一族筆頭の重臣が欠けた事で足元も定まらぬまま、わずか一月で英雄の去りし諏訪はすりつぶされた。
当主の頼満の嫡孫・頼重、ならびに大祝であるその弟頼高を晴信は捕縛。甲斐に連れ去った後自刃させた。
そして、諏訪を分割する一方、高遠ではない他の諏訪の同族に、大祝の跡目を継がせた。
諏訪の跡目を認める約束で武田についた筈なのに。その反故に逆上し兵を挙げた高遠頼継を事もなげに討ち果たした。
まるで、予定されたスケジュールを消化するがごとく整然と。
『甲斐の虎』の非凡なる君主としてのデビュー戦であった。
武田晴信は慾を甘やかすのが上手い。その者の望みを詳らかにし、目の前にちらつかせ、心理的陥穽にはめる。
その穴に腰までつかった事に気付いた時には、もう手遅れなのだ。
そうして、政略を持って、戦場に戦略的優位を作り孤立させた勢力を、大軍で各個撃破し戦力を温存する。
もしくは降伏させ、更に勢力を強化させる。
信玄の離間策は芸術と後世に言われる由縁である。
家督継承の前後で、父の死期も重なり、兵を動かせなかった事実は未だ彼女を苛む。
それでも強ければ生き、弱ければ死ぬそれが、戦国の習いだからと己を納得させねばならなかった。
だが、悲劇はそこで歩みを止めようとはしない。晴信は湖雪の知る道理を超えた振る舞いをした。
晴信は諏訪氏の同化政策のために、諏訪姫を娶ったのだ。
敗軍の将の娘を、己の道具として使い倒すつもりかと、憤怒と共に湖雪は理解した。
恥を知らぬ不埒者、それが武田晴信。戦国の世といえど弁えねばならぬ道理がある。
守らねばならぬ信義と誇りがあるはずなのに。
その時、燃え上った奥歯を砕く程の激しい瞋恚の炎は今も腹の底から消えない。
優しく前髪を撫でる小さな手。を幻視する。
元々、諏訪姫は、信虎の三女の禰々(ねね)が父頼重の室に入る代わりに質として武田に差し出されたものだ。
同盟が破たんした時点で、それは何の意味をもう持たないはずだった。
しかし、晴信は諏訪姫を解放しなかった。領民に敬愛されている彼女を人質にしたのだ。
情の面で重い鉄鎖をかけた。
決して褒められる方法ではない。しかし、好悪を抜きにすれば、あまりにも、有効的な策であった。
そして、諏訪姫は武田晴信の側室・諏訪御寮人となった。
父を殺して、その娘を室にするとは、犬畜生にも劣る所業。
あの優しい諏訪姫がどれだけ心を痛めたか、計り知る事など出来なかった。
彼女が何をしたというのだ。
武田と小笠原は同じ甲斐源氏の庶流である。だが、この時を持って、近しい同族は不倶戴天の敵となった。
小さな花を、足で踏み散らせた武田を許す事は出来ない。あの簒奪者を。
遠目にもわかるほど強く奥歯を強く噛んでいた。
湖雪は友人に諏訪を返したかった。
血で汚すことなく彼女の愛したままの美しい故郷の姿のまま。
諏訪の地が武田の版図よりなくなれば、支配の正当性を主張する必要もなくなる。
悪鬼の様なあの男から彼女を取り戻せる。
故郷に帰ってきた時傷ついた彼女が心やすらかでいられるように。今度はこの地と彼女を、全霊をかけて守るつもりだった。
だから、性に合わない話し合いを、何度も気が遠くなるほど繰り返した。
交渉は山を越え、湖雪が安堵した時だった。あとわずかだったのだ。
春先の御柱祭に、小笠原に従属した国人衆が乱入した。
祭に火を付け、荒らしたのだ。
慌てて、鎮静のための軍を出して、被害を最小限で押さえたものの、武田に制された後、初めての大祭。
御柱祭は諏訪の民にとってのアイデンティティ。
それを邪魔され中止に追い込まれた諏訪の民は、小笠原に対して頑なになってしまった。
それでも、話し合いによる解決を諦めたくなかった。小笠原が諏訪の民の血を流させたとしたら、彼女に合わす顔が無い。
しかし、もう時は無かった。季節は春を過ぎ夏が来る。米の収穫が終われば、武田は信濃に兵を出す。
そうなれば、次の機会は無いかもしれない。
出来るだけ少なく出血が済むように、決断をしなければならなかった。
その時、大きな声を聞いた。
常人なら視認出来ない距離。複数の人影が対峙しているのがみえる。・
瓢盗の類が、山間をいく旅人を襲っている。
大勢の無頼が、女性のみの一行を取り囲んでいた。
瞬間。
血が沸騰した。
敵地であるとか、自分の立場とか、頭より転げ落ちてしまった。
愛馬に乗ると、打ちだされた矢よりも早く、湖雪は走り出した。
たしかに、視た。
今はもう、夢にしか会えない人影。
烏の濡れ羽色の長い黒髪。純白と、鳥居の如き美しい紅袴のとりあわせ。
彼女の姿を視た。
後年、彼女は親しいものに述懐する。ここで、関わってはいけないものと運命を交差させてしまったと。
馬上にて、大弓を構える。乱れた心を集める様に、嘆息。
必中必殺。
小笠原家宝『一張弓』。三日月のように力強くしなり、文字通り、はじまりの嚆矢が放たれた。
世に言う『黒髪の傾城姫』その初演の幕があがろうとしていた。
助走回。当面のメインキャストは後一人で揃います。
人物紹介はやはりエピソードが必要かなと。その面で三人称は不向きかなとか。
機械的な描写になったので、後で足します。
あと諏訪姫のフィギュア作った奴挙手。おもむろに検索して、胃液吹きました。
高島城は百歩譲って良いとして、スク水ってなんでさ。どこで買えるのさ。
晴信君、まぁここまで書いて出さなかったら詐欺ですが、うちのは好かれる登場人物になるとは今のところ思えないデス。




