覉旅
説明回。
代表戦のため超スピード帰宅。緊張してきた。あれ、10番怪我かよ。うわああ。
珍しく校閲やりましたが、更新直前にタブ閉じちゃいましたとさ。どうにでもなーれ。
ざっくり現状を説明しておこう。
遠回りにはなるが安全性を優先するため南下して、今川領である駿河・遠江(静岡県辺り)と東海道を経由するつもりであったが、長雨・疫病でそれは適わず。
東の信濃(長野県辺り)を進むことになった。
余談だが、貴志はこの『とおとうみ』がどうしても発音できない。
正直あまりこのルートは通りたくなかった。
理由は単純。戦である。
この時期、各地では一国内の予選が殆どなので年表に残るような大勢力同士の大戦は少ない。この年、1548年はわずか三つばかりだ。
戦国屈指の智謀を誇る黒衣軍師・太原崇孚雪斎を総大将とした今川が織田を破った『第二次小豆坂の戦い』を除くと、厄介な事に残りの二つはこの信濃が舞台となる。
一つ目の『上田原の合戦』は以前に少し触れたが、武田が村上義清の前に敗れた戦で、冬の間にもう終わっているので問題ない。
問題が二つ目の『塩尻峠の戦い』だ。
正確な日付まではさすがに覚えてないが、夏の間に起こったはずである。戦の常道として、収穫前の農閑期を狙って行動を起こす事は多いので間違いないだろう。
そして、これもまた武田の戦である。
昔から、武田に関わるとロクな事にならないので。これにかち合わない為に急ぎ足の旅となっている。
貴志が家人を呼ぶときに同盟国である利を生かし今川側から武田の動向を調べてもらったが、軍の動きは全くなかった。
様々な勢力が諏訪に色気を出していると分かっていても、軽はずみに本拠地を動くと内外の反武田晴信の勢力に足元を掬われかねない。
父を追放し勝つ事で主権を維持してきた、信玄こと武田晴信にとって村上との戦いは痛恨の敗北だったのである。
信濃路を決断したのは、この情報ともう一つ、どうにも不明瞭だった時間の流れを把握できたことからである。
ゲームの時だと一日で一季節経過だったが、現在はどうやら等倍になっているのを確認できた。
それならば戦イベントが発生してもギリギリのタイミングで、大丈夫だろうと今回の旅のゴーサインが俺の中で出た。
村で無為に時を使ってたわけではなく、色々やっていたのだ。
嬉し恥ずかし新婚生活が決して楽しくて我を忘れてたわけじゃないんだからねっ。とツンデレ風に言ってみる。
村を出発し南下、東海道には向かわず大嶽山を迂回するように急ぎ飛騨を抜ける。
さしたるトラブルもなく旅は進んでいった。下呂という温泉地を通ったにもかかわらず、残念ながら、急ぎ足のためにのんびり温泉回など描写してる暇などない。
武田、絶対許さない。
信濃に入ってすぐの木曽谷。
ここは信濃四大将の一角、木曽の治める地。
美濃・信濃・飛騨の三国をつなぐ通商の要地であり、天然の要害の地だ。
数日の雨で足止めがあったものの、飛騨の三木氏と先代同士の諍いの後は友好関係を保っているので、蓬パパが持たせてくれた親書で問題なく通過。
世の中、金とコネである。というか、本当にあのパパ上は何者なのだろうか。
旅も半ばを過ぎ、無事、湖と神社で有名な諏訪の手前まで来た所だ。
本来なら、のんびり観光でもしたいところであるが、今はそうもいかない。
『上田原の合戦』のあと、武田の支配地域だった諏訪は郡代・板垣信方の戦死で現状空白地帯。連携して武田に当たった村上・小笠原をはじめとした信濃の諸豪族も、いざ利権を目の前にして、足並みが乱れがちになっているが、戦の火種はいつ燃え盛ってもおかしくないほど燻ぶっている状況だ。
それと、このルートを選んだ、理由がもう一つある。二話くらいに出てきたステータス画面の守護霊の項目を覚えているだろうか。
地縁や宿縁の加護でステータスなどに補正がかかるなどの恩恵が受けられるシステム。
俺の守護霊は天鈿女命。読みはアメノウズメ。
〈白拍子〉と親和性の高い踊りの神であると同時に、天照大神の岩戸隠れの逸話にあるこの信濃の国と縁が深い神である。
現代でも祭る神社が長野県北部の戸隠という地名に残る。
戸隠はそばと忍者が名産である。いや、並べるとすさまじいまでの違和感がありまくるな。
兎も角、信濃にいる間は微量だがパワーアップするというわけである。
出来れば戸隠でお参りと奉納を済ませて〈舞〉のスキルをいくつか習得しておきたいが、今は諏訪から北上する余裕はない。
全部武田が悪い。
そして、諏訪から、北東の佐久郡を抜ければ、上野、目的地である長野氏の本拠地『箕輪城』となる。
そういえば、肝心要の目的を語っていなかった気がする。
旅の目標は『剣聖』その人である。
戦国時代にこの称号を持つ剣士はふたり。
『上泉秀綱』
『塚原卜伝』
現在に続く多くの流派の祖となった。いずれ劣らぬ大剣豪である。
異論は沢山あるし、荒れる話題だが育てた弟子の質も含めると『伊東一刀斎』と合わせ戦国の剣豪三傑になるだろうか。
『剣聖』もうそれだけで少年心のわくわくが止まらない。素敵ワードである。
彼らに挑み一対一の勝負に勝てば〈『剣聖』に打ち勝ちし者〉の称号が手に入る。俺の知る中で攻防に最も補正が付く称号になる。生存率が大幅ドンである。
モチのロン、相手が相手なだけにハードルの高さは半端ではないが。
あと、塚原卜伝は旅ガラスなので常に所在地不明でそれも問題なのだが、上泉伊勢の方は主家である長野氏が滅ぼされるまで、城持ち家臣なのでそちらに行けば面会できる。
しかも、彼が考案した袋竹刀を用いた練習試合なのでリスクがない上に何度でも挑戦可能なのでデスゲームな俺がこれを利用しない手はない。
更には、かつて俺の使っていた対人スキルである『新陰流』の取得クエストも出来るので、俺の個人戦力の底上げにはもってこいなのだ。
そういえば、元来、刀というのは侍の象徴だが、実戦における剣術の実践という括りでは、どうにも微妙な武器だという風評がある。
主な要因は二つ、レンジがあまりに狭い事。消耗による継戦性が無い事。
前者は、いくら優れた剣士といえども、やれ弓矢だとか長槍の前に役に立たないとかいわれている。
ここはゲームなので実際のところはまた少し違うかもしれないが、実際色々体験してみて出した結論は状況によるの一言。
行儀よく、遠くから撃ち合うばかりが戦ではなく、乱戦での斬り合いはどうしても偶発的に発生してしまう。
そうした時にひとり絶対的な手だれがいると軍は大崩れしない。戦は指揮よりも士気の方がわりと大切だからな。周りを奮い立たせる事が出来る個人の武勇はわりと貴重である。でないと士官の口になったりしない。
では、後者の要因はというと、刀は当然ながら消耗品だ。
量産品である数打ちの話であるが、五人も斬れば、その脂で切れ味が劣るとされている。
だが、ゲーム上ではあるが元々が斬れ過ぎて危ないレベルなので、体験した限りは割と問題ないかなとは思う。
さらにそれが一個の芸術品である真打ちになると、また違うだろう。
日本が誇るスーパーウェポンの底力は半端ではないと信じたくなる神話的ななにかが確かにある。
小学生の頃だったか、遠足だかで、国立博物館を見に行った時に、刀剣コーナーからどうしても出られなかった。
同じ班の女子にはちょっと男子はやくしなさいよー的な文句を言われたが仕方ないじゃん、男の子だもん。
名刀と呼ばれるそれは、ただの武器というだけでは決して在り得無い、万人を魅了して離さない魔性がその鋼身に秘められていた。
それはきっと、某マンガみたいに斬った数が三十人を超えると役に立たなくなっても、五十人を超えれば何かが宿ると信じさせてしまうなにかがあるはずである。
個人的な結論としては、現実でも武士として必要な技術だから尊ばれるし、名刺代わりに士官の口にもなる。有用性の無いものがここまで重要視されるはずはないと思う訳で。
ゲームでも刀が他の武器に劣ると言うプレーヤーは多いが、それに関しては全否定できる。
彼らは知らないだけ。一つのものを極めた修道者たちの理の凄まじさを。結局なんでも、使い手次第なんだよな。
こと、トップクラスの剣士に関しては天魔の類だ。
静かに嘆息する。
怪物と向かい合った日々を眺む。
老練の剣鬼の威風。刀の先まで張りつめた緊張。
夏の大気を理由とせず、じわりと、汗が滲む。
個人戦闘スキルを手に入れようなんて、最初の嫁取り以来となる。何事も初めの一歩はやはり、己の身一つからなんだなと、どこか懐かしい気持ちになった。
戦えないを戦わないに、進捗させるための一歩。かつて歩んだ道に似た場所を今もまた歩いている。
当時は、言った事は曲げたくないというどうしようもなくちっぽけな己のプライドを守るため。
いまは、そこで勝ちとったものを守るため…かな。
命が天秤の上にあろうがなかろうが、もしかしたら必死さは変わらないのかもなと。
そのことが、なんだか可笑しくて、頬が緩むのを感じた。
燃える太陽、青い山、夏の小径。分け入っていく。
ここしばらく仕事で長野出身の人と会うたびに、盆地ごとに仲が悪いって本当ですかと尋ねるウザい人になってました。
今回は場所によっては荒れそうな話題です。一応、架空のゲームというフィクションであり、これに限らず筆者の意見はわりと別です。




