蘇芳とカリン
雑魚戦闘回。嘘じゃない。
「うがーっ、出たばっかなのに、2話丸々放置とかありえねぇー」
そこの『赤いの』危ない発言禁止な。
「メタ的な発言程々にするのです、蘇芳」
いや、お前もだ『青いの』。
問題児たちは、極めて正常運転すぐる。
ところで、内容はさておき口調は極めて呑気だが、実は戦闘中だったりする。
「どりゃ!」
今の掛け声は罰当番で前衛固定の貴志。
浴びせ蹴り風味の踵落としを、巨大なヒグマに見舞う。
そんなレベルの熊、本州にいねーよと突っ込みたくなるサイズを相手取り、鞠みたな動きで縦横無尽に翻弄している。
戦闘相手はこの熊を主力に、あとは野犬5、6匹のパーティ。
まさかの32部にして初の雑魚戦闘描写である。
えーと、各方面に格好がつかないんで大きな声では言えないが、未だに俺は獣系のクリーチャーがどうにも苦手だ。
文明で武装してない状況。ブラウン管や檻なんかを挟まないで彼らを見ているとじくじく腹の底が冷えてくる。これは先祖から受け継がれたDNAレベルかそれ以上の本能的なものじゃないかなと思う。貴志はよくもまあ、あんなのと近距離で戯れられているなと軽くソンケー。
「食物連鎖がどうなっているのかが気になるなぁ」
熊と犬の群れに対して、益体ない独り言を呟く。もちろん何ともありませんという虚勢のため。周りというよりは自分に対して。
「よっと」
野犬の群れは四方に散開しつつ、じりじりとこちらに包囲を狭めようとする。しかし、その足元に次々と小石が飛ぶ。
たかが小石と侮れない鋭い威力を感じさせるが敢えて当てないように狙いをつけていた。動きを止めるためだけ。そのたびに狭めた分の距離を再び取るしかない犬の群れ。なまじ、痛みを伴わない分、次はいけるのではと思考が硬直しているのが遠目に分かる。
己の主君が一対一の状況に集中できるように、絶妙な牽制を務めるのは赤頭こと蘇芳。
先程ちょっと宜しく無い方向で文句が出ていたので、ここに改めて紹介をしておこう。
紅い火薬庫。蘇芳。貴志家臣団・鉄砲大将。
職業・〈陰陽師〉(おんみょうじ)
後衛術職としてはスタンダードな人気職であるが、こいつは世にも珍しい方術系をほぼ上げていない陰陽師である。
属性は火。メイン武器は火縄銃。そのため本来メインスキルであるはずの陰陽術の用途は火縄に火種なしで点火することや黒色火薬の湿気を防ぎ保存をするため。あとは誘爆して、自身ごとこんがり焼ける事もぼちぼちあるので、火の耐性を上げるといった補助的な使い方になる。
極めて攻撃力偏重の方術使いならぬ砲術使いである。
河野家、大友家を渡り歩き、はては大陸で火砲の技術まで修めた、火薬全般の扱いに長けた爆発ジャンキー。
ちなみに、火縄銃の本格的な合戦登場は1548年。ちょうどこの年、九州は島津が先駆けである。
日本の中心地である畿内での使用はそれより1年後となる。更に東に位置する今現在の信濃路では、オーパーツもいいとこで非常に目立つ。
蘇芳のように前回のゲームからの武装の引き継ぎはあるにはあるだろうが、一般兵装つまり鉄砲の本領である集団戦術としての運用はまだ先も先だったりする。
ただでさえ誠に遺憾ながら女性ばかりの悪目立ちな一行なので、火薬関連の武装は使用にストップをかけた。
従って、八重歯のお調子者は旅が始まってから、戦闘時は暇なのでずっとぶーたれている。本人も理性では分かってるが感情が納得してないみたいだ。
彼女の人となりは、活火山に似ている。
明朗快活で沸点が低く。どこか気分屋、一瞬で燃え上がるが鎮火も早い。義に篤いがいきすぎて、厄介事を引き寄せる事もしばしば。派手好き、祭好きのバサラ者。
割と決まり事にうるさく、プライドが高い負けず嫌い。競争心と功名心が強い。
俺は『貴志んちの番犬』と心の中で呼んでいる。
まぁ、典型的な〈火〉属性の人格をしている。
〈火〉はゲームシステム的には攻撃力に高いボーナスが付き、他のステータスもバランス良く上がる。銃火器の扱いに長け、戦闘技能も伸びやすい。反面、術系は一部を除き上げにくく、鍛冶職を除く職人系の技能は不得手だ。
そのため戦闘メインにするプレーヤーには人気があり、肥後国(熊本あたり)の阿蘇大宮司が司る属性変更クエストはいつも大盛況である。
その〈火〉属性も今は雨後の焚き火みたいにどうにも燻ぶっている。
つまらなそうにそこらの礫を拾い、牽制の投擲を繰り返す。その陰に寄り添うように控えるの『しかたない子ですね』と困り顔をしている青い子。
碧い知能犯。カリン。貴志家臣団・弓大将および使番総統括。
その字は良く花梨と間違われるが、同じ植物でも漢字は難しい方の榠・(注・水準が足りなくて字が書き込めません)の方である。つまりバラ科とノバラ科のコンビ。棘があるような無い様なそんな感じのふたりである。
そして問題の職業はというと。
職業〈白拍子〉
はい、そうなんです。パーティの上限にまだ余りがあるのに、被りましたでござる。
上級職がほぼ未実装な代わりに、覚えきれないほど職種のある『戦国online』においてパーティ内でかぶるのは、こと後衛職においては珍しい。
レーゾンデートルを殊更、薄く感じる毎日です。
カリンは相方の子供じみた抗議に苦笑しつつ、手にした銀製の鈴が付いた大幤を厳かに振るう。神と自分を繋げ、どこか存在が虚ろになる。
独自の歩法を軽やかに踏むと、その場に極小さな異界を形成する。
「『演武・神鷹』」
青く淡い光がパーティ全員の足元を包む。
メイン効果はパーティの技・術力の回復速度を僅かに底上げするものだ。
これにより単体でも超燃費のいい貴志の行動力が二倍ほどになるので、あとはボーっとするのがその他大勢の役割だ。
VRMMOの戦闘は基本的に神経を使う、パーティ戦闘は余力を残して行うのが基本だ。
カリンはそれで自分の役目は終わったとばかりに、その場におもむろに布を敷き正座をする。
「よっこいしょです」
どこからか、次々と茶道具を取り出して、お茶を立て始めた。おいこら。
「お茶の時間になってしまいましたです」
人となりは柔軟性や果断な判断力を有する実に外交官向けの人材である。
〈水〉らしく繊細で慎重、計画的思考をする。そして、理屈屋で策謀好き。自分の立てた計画の実現のためにはわりと手段は選ばない所がある。しかし、頭は切れるが、情が深いので時折判断を誤る面もある。
こいつに限らず〈水〉は余人には知れない独自の基準で動いている事が多いので、上の者としては使いにくい。こいつの場合はご覧いただきました通り極限までマイペース。違う時空に生きている。
「蘇芳、火をくださいなです」
手取釜に先刻汲んだばかりの水を入れつつ、風炉(湯沸かし用の炉)を蘇芳に差し出す。
「あいよー」
懐からくしゃくしゃの御符を取り出し、風炉の中に火を投じる。こっちも慣れたものである。
主君に労働させて、お前ら臣下としてそれでいいのかといいたくなるが、赤い方が真面目に戦闘すると目立つとかいうレベルじゃないので是非も無し。なんて、信長公風に言ってみる。
それに――――
「終わったぞ!」
――――この規格外ですよ。
耐久力が無駄に高い熊を仕留める間には牽制を必要としたが、あとは順繰りに、犬を一匹ずつ仕留めること疾風のごとく。そしていつの間にやら終了。
だからこそ、牽制が必要無くなった後に、素早く主君を労う為の茶の支度なのである。
彼女なりには一本筋が通っている行為なんだろう。
一応、俺はというと戦況全体の変化の監視が主任務だが、旅だってからこっち、貴志の尻を目で追い掛ける単調な作業になっていたので、さすがに飽きてきて、ぼーっとしてしまっていた。
戦闘の推移が分からん。
『戦国online』の売りである緊張感のある戦闘が、もはや有名無実とかしている。
ここの所、ずっと蓬さんの後ろに隠れて、パンツマンダンスを踊る毎日だ。
『舞』に経験点は入れる、それだけのお仕事です。
あな、忙し。途方もなく忙し。




