蓬
ようやく登場人物増えました。
二話まで会話の掛け合いできなかったですから、そこはかとなく嬉しいです。
まあ、前半が長すぎて、分割しましたが……。
NPCの話をしよう。
実は『戦国Online』の運営はゲーム会社ではない。『人工知能研究所』という本当に頭を疑うようなセンスの企業が母体である。
ここは『魂の立証、人間の創造』というギャグの様な理念を経営のトップに掲げている。
当然、毎年、少なからず基督教団体から抗議があるらしい。
彼らは人間を作るといっても、生物学的なアプローチは一貫して全くしてはいないのだ。
全てデジタル面からの研究に限られる。そしてそれを、電子霊子学と嘯いているのだ。
人造の神にでもなるつもりなのだろうか。
なんともふざけた笑い話だが、冗談で終わらすにはあまりにケタ違いの金が動いている。
下手な小国の国家予算一年分を、一か月単位で浪費するらしい。
まず、彼らは企業であり利益を得るために商品がある。
人々に提供してきた物は、代表的な所でいくつかあげてみると、軌道エレベーター、安価なホログラムメモリ、海を利用した波力、潮流発電。
それらインフラからはじまり、もっと細かい日用品まで食い込んでいる。
噂では、いわゆる火星のテラ・フォーミングの計画も動いているとか。ウソくせえ。
更には、恒常的に利益を上乗せして得るため、日本の企業が母体だが、多国に籍を置き、世界中から金を産む才能をかき集めてるわけだ。
『世界一うさんくさい頭脳集団』。羨望と軽蔑をもってその二つ名で呼ばれている。
問題はここまで全ての話が手段であり。
それら企業努力で得たあらゆる金をおしみなく彼らは『理念』の実現に向ける事だ。
噂では、小国家の年間予算ほど、この『魂の研究』につぎ込んでいるらしい。
事実、海外の大学にそれ専門の学部をたてて、人材育成を行うほどの入れ込みようである。
この事業だけは、利益ありきで動くことが絶対条件の彼らの唯一の例外で、完全に採算を度外視している。
彼らのそんな情熱は、果たしてどこから来ているのだろう。
実はフリーメイソンだとか、あいつらの親玉はただのハインラインやクラークのファンだとか、実はゆるやかな世界征服をやっているんだよ。などという、ありとあらゆる憶測が囁かれている。
酷いものでは、彼らはOTAKUの夢である完璧なメイドロボをつくりたいんだよ。ああ、あのジャパニメーションで、なぜかよくでてくるやつねHAHAHA。という、アメリカ発祥のジョークもある。
元が日本の企業という事で、何をやっても凝り過ぎて、あらゆる分野に独特のガラパゴスを発生させるような民族だから、一概に否定できないんだよな、最後のも含めて。
日本人は外に向けて物を作るのではなく、極狭い内に向けて、こんなすげーものつくったんだぞと自慢しようとしたら、結果的に外の人達もすげーってなるのが江戸時代ぐらいからの伝統だしな。
案外、この地球規模企業の根本も、思い付きが収拾がつかなくなってしまっただけかもしれない。
そして、ようやく話を着地させるわけだが、この『人工知能研究所』の研究の一環としてこの『戦国Online』は運営されているのだ。最初の誓約書に、得たデータを関連企業に用いる場合があります。という正し書きも付いている。
『戦国Online』の最大の特徴は高柳システムである。開発者の名前をとって付けられた、自分で考え成長する人工知能を、全てのNPC毎に搭載している。
それが、売りでもある。
それを聞いて、ゲーム開始時に近くの村人にワクワクして話しかけたのだが、初めは、「ここは○○村です」としか返答がなくがっかりした。
ただ、何故か俺は懲りずに、その後も、同じ人に根気よく話掛け続けた。彼は相変わらず、年がら年中立っているだけのお仕事だったが、やがて、野菜や天気の話などするようになった。
いつしか、その案内係は俺の家の隣に家を建て、暮らし始めた。
そのため、俺のホームだったこの山奥の村は、案内人不在で、立札が立つまで何の名前かわからないというゲームとしてアレな事態に陥ってしまったのだが。
それからというものソロ狩りもあれなので、例の村人Aをよく狩りなどに誘っていたら、いつの間にか農民なのにちょっとした武将並みに強くなった。
どのくらいかというと、野盗が村を襲撃するイベントが起こっても、彼を中心に撃退してしまえる程である。結果としてPCに報酬や経験値の入らない悲しいイベントが量産される事になってしまった。
一度は、隣の国の軍隊をやつけてしまった時は、さすがに空いた口がふさがらなかった。山の中の戦場で本領である機動力を発揮できなかったとはいえ、戦国最強・武田騎馬軍団の一角だぜ。
案の定、彼はどこかの大名に出仕し、村にはもういない。
とまあ、経験を通して成長するのは、PCだけではないのである。
テンプレ推奨とは真逆の、駆け引きや読み合いが非常に重要。
ただ、彼みたいな戦闘農民は例外で(唯一ではない)、基本的に武士以外の身分は戦闘苦手だし、有名ユニーク武将でも大部隊の統率を取れる人材はわりと少ない。(その代わり得意とするNPCのは冗談のように強い)
したがって、天下統一を目指すPCは、彼らNPCを率いる立場に回る事が多いのだ。
彼らには、独自の人格がある。個性があり、長所があり、欠点があり。泣いたり、怒ったり、喜んだりする。生まれは俺たちと少々異なるが、彼らも紛れもなく生きているのだ。
そこに確かに魂と呼ばれる物の手触りらしいなにかがあった様に思う。
そして、5シーズン目ともなると、ありとあらゆるNPCが、初期ルーチンを捨て自分だけの人生を過ごしていた。俺もいつからか彼らをデータの塊とはとても思えなくなっていた。大切な友人や家族もいる。
だからこそ―――――
「よ、蓬」
―――――思わず、少女を呼びとめてしまったのだ。
彼女の村についた俺は、家に戻る彼女と偶然なのか必然なのか出逢ってしまった。
前回のゲームがおわり、まだ何日も離れていないはずなのに、会えた事が、泣きそうなくらい嬉しくて。
「はい?」
右曲がりの畦道。黄昏に映された少女は振り返る。
浅黄色の着物。年のころは俺より一つ、二つ下くらい。
健康的に日に焼けている。身長はいくらか俺より低い(超重要)。
肩口に切りそろえた綺麗な黝い髪の片側を、作り物の花飾りで留めている。何の花だったか……ああ、そうだ桔梗だ。
彼女の好きな花。よく二人で見に行ったっけ。摘んだら怒られた事まで思いだした。
少女時代の、一年ぶりに会う懐かしい彼女だった。
「あれれ?初めてお会いしますよね。どうして私の名前を御存じなのでしょうか?」
にこー。邪気の無い笑顔で俺に笑いかける。年よりさらに幼く見える笑顔。
胸には彼女の頭ほどの、かぼちゃをかかえている。畑仕事の終わりにしては時間が遅い。今日の夕飯だろうか。
もう少し大きくなった彼女が、赤ん坊を抱いていた姿と重なって、少し胸が痛む。
「え、あ、えーと」
うっかり名前を呼んでしまった。非常に困った。
宿をとってから身支度して家に伺おうと思っていたいたのに。
気が急いているのは痛いほど分かっていたが、しくじった。
どうやら、外の季節と違って、ゲーム内は初夏に差し掛かったところらしい。
山を全力で駆け抜けた俺は、かなり全身汗だくで、肌襦袢まで湿ってしまっていた。むれむれである。
しかも、肩でハアハア息している。
控え目に見ても、すごく怪しい人である。
俺なら半径20メートル以内にいたら迂回して避ける。
なのに彼女はゆっくりと近づいてくる。
俺はおたおたと、どう誤魔化そうか、思案だけが空まわる。
「まぁ、あなた、綺麗な顔なのに。こんなに汚してしまったらだめですよ」
そういえば、下草に足を取られて、呆れるほど、何度も転倒したっけ。
「ちょっと待って、その前に、話があるんだ」
こうなったら、やぶれかぶれ。
「だめです。頬の所なんか、すりむいているじゃないですか。後にしましょう、ね」
にこー。と有無を言わせない笑顔のごり押し。蓬の得意技。
うっ、と俺はおもわず一歩あとずさる。
「いや、こんなのどうでもいいから」
乱暴に顔をついた泥を拭う。
「めっ!」
指を俺の鼻先の前でピンと天にのばし突き付ける、これで議論は終わりのポーズ。
「はい」
パブロフの犬的に返事をする。
もはや、長年のあれこれで有無が云えないように、仕込まれてしまっている俺だった。
「すぐそこに、井戸がありますから、ついて来て下さい」
蓬は、俺の返事を待たず、強引に手を引いていく。
肉づきの少ない硬さがある、それでいて美しい働き者の手だ。
その、いつもの暖かさに俺は、幼子の様に下を向いて、身をゆだねた。
実は、ソフト面は無駄なほど考えてるんですが、ぶっちゃけるとフルダイブのハード面は考えてないんですよね。これだけ作品群があるので、共通理解に任せるスタンスで。記号化できるほどあるって本当にすごい事だと思います。




