誰彼時のエトランゼ
多分、お気づきの方もいると思いますが、五輪期間ですのでごめんなさい。
男女のサッカー中二日は見る方も大変ですねー。
そういえば、なでしこの三試合目。完璧な塩試合運びだと、拍手してたら。その後、スポーツマンシップがどうのこうのとアレな感じになっていてびっくりしました。いろんな考え方があるんだな―と。皆さま真面目ー。
ルールに違反しないなら何をやってもいいわけではない。どこかでしっぺがえしを喰らうみたいな内容はこの話でも書いた気はしますが、それはリスクを冒さない前提の話ですからね。相手も金魚じゃない以上フェアかなと思われます。
長くなりましたが、今回の話はそんなヨシのスタンスの話です。
白饅頭とかした蓬さんにちょっとさみしさを感じながら、納屋から藁束を持ちだし部屋の隅に寝床を作る。
目を閉ざす。そして自ら今日の邂逅に至った。
黄金の令嬢。まほろばの巫女。黄昏の妖精姫。
「其方には覚悟は在らん?」
世界の例外。ゲームに混入された一滴の異物。昼と夜と間にしか存在を許されざるもの。
それは名無しの妖精との初めての邂逅だった。
「は?」
大仰というか大時代的な物言いとアンティークの調度めいたその姿に俺は飲まれていた。
イタリア人を除いた男の本能である、美人という生き物には気後れしてしまうそれである。
それが桁のはずれたものだと、殆ど暴力に近い事いうのは初めて知った。
「其は世界と戦う覚悟。今を変革せんとする意志の力を持つ者か」
こちらの様子などお構いなく、麗しの少女は夜想曲の旋律を謡いあげる。
「我は英雄の資格を持つものとの取引を切望する」
セリフだけ聞いていると、道で出会ったとしたら、間違いなく全力で回れ右するアレ具合だが、ハロー効果的なナニカでまるで違和感なしに脳が受け取ってしまっていた。
「其方に覚悟あらんや」
抑揚は無い。どこまでもフラットな言葉を吟じながら、口元にそっとビスク・ドールは作り物めいた笑みを浮かべる。
「お前、ゲームマスターの一人か」
戦国にあるまじきドレスコードに則った姿。
大太刀を握り直す。剣先を後方に向け、蓬さんよろしく八艘に構える。
くすり。蓬とはまるで正反対の毒を含むそれをする。
「急くな、人の子」
小さき者の必死を微笑う。
「我、この世界の主に非ず」
優雅に、金の髪を払った。その瞳はどこか忌々しそうな色を湛えていた。
「我、まつろわぬもの、この世界の慮外の徒にして徒」
からかうように両手を挙げる。白旗の意思表示。
「檻の中で、迷える羊たる人の子らと争う意は持ち合わせず」
それを見て、一瞬迷い。足元に太刀を突き立てた。
警戒は崩さず。柄に両手を重ね、真っ直ぐ紫の瞳を見る。しかし、井戸の底の如く何も見えなやしない。
「我、このコドクの壺の観測と収集者。なれば、最弱の其方にも力劣らん」
孤独?……いや蠱毒か。壺の中の毒虫を互いに食い合わせ、最後に残った最も強い一匹を選ぶ、外法の術。実に戦国を表現するのに何とも適切な単語です事。
「それとも力弱きを嬲るのを所望か、人の子」
透明な瞳が、悪趣味に歪む。右手で己の体の線をなぞる、まるで挑発するように。
「そんな訳あるか」
苛立ちを視線に込める。
「それは重畳にして十全。そう言った輩があまりに多く辟易していた所故」
MMORPGは人の慾や、歪みを炙り出してしまう性質がある。人より良くなりたい。人より多く得たい。自身という日常から逃げたい。誰もが持つ倫理観から解き放たれたい。
現実では禁忌とされているものも、いくつも許容されている世界だから、自然と人としての殻の中身が剥き出しになってしまう。
瑕疵なき綺麗な中身を持つものは、取り繕った薄い外面を剥いだ後どれほどかいるか、胸に手を当てるまでもないだろう。
誤解なく言おう。あらゆる禁忌に踏み入るのは、誰にとっても甘美だ。
例えば、高い所に登ったら、飛び降りたくなった事がない人間などいないはずである。
刃物を握った時。道で落ちている財布を見つけた時。ダイエット中にケーキ屋の前を通りかかった時。初霜が降りた時。何かしらの誘惑に駆られた事はないだろうか。
でも、それを踏みとどまる機構が存在する。自身の意志であったり、法や社会であったりブレーキングをかける。リスクが高いほどそれは顕著だ。
悪徳を礼讃する人も物も多いはずも無く。
いやさ、お年頃によってはそれがカッコイイとされる事もあるかもしれないが、それもひと頃だろう。
その由来する物は良心や善性というよりは、結局、他人からよく見られたくない人間など殆どいないことからであり。見られているという意識だ。
MMORPGはその縛りをどうしても緩くする。NPCの存在や生きている人間はキャラの向こうで掴みづらい故に、他人というもの視線や捉え方のレベルをどこか遠くする。
そして『戦国online』はこの時代の縮図である以上。人類の、いや生き物の禁忌の一つ同族殺しすら許容している。
もちろん、盗みも暴力も場合によっては罰則はあるがシステムで禁止はされてない。むしろ、戦闘、戦争で褒賞が出る以上、奨励すらされているのかもしれない。
この状況に陥っても、そういったゲームのシステム感覚から離れられない人間はいるはずだ。
むしろシステムの禁止コードの縛りが薄くなった事で加速している可能性だってある。
少なくとも、何篇も読んできたデスゲームの作品群ではそうならなかったことなどない。
だから、そういう輩には目の前の少女はさぞ美味しそうに見えるだろう。
そこまで考えて、ひどく気持ち悪くなった。
「人の子は、まこと度し難く興味深し」
妖精はそう述懐する。そんな人の業を尊いものと慈しむように。
「まぁ、それはそれとて。改めて突然なる訪問、忸怩として非礼を謝す」
謝すというわりには頭も下げず、コロコロと笑う。
さぞや俺の目は胡散臭そうな色をしているのであろう。
さっきからじろじろ見つめてるのは、西洋的な美人で目の保養をしようという意図ではなく。
目を凝らしても、相手の体力ゲージは見えなかったからである。
明らかにゲームへの闖入者。システムの慮外者。一つの分かりやすい仮説としては一種の産業スパイってところだろうか。
システム周りの制限が多すぎてイマイチ評判が悪く、剣と魔法の王道からも外れているので話題になりにくいが、伝え聞くところによるとこのゲームの自由性と情報量はあらゆる他の物のMMOを凌駕する。
全NPC自立型AIだとか、現実とくらべても違和感もないグラフィック。
万を超える軍勢同士がぶつかり合う事もある合戦が、何か所で同時に行われた事もある。
舞台は日本だが、交易をメインにプレーしているユーザーが遠く南蛮の国々に渡ったなんて話もあるほどだ。
明らかに一ゲームに必要とされる以上のオーバースペックの舞台が用意されている。
そこに気の遠くなるほどの金がかかっているのは明らかだ。
それだけ、運営側である『人工知能研究所』が入れ込んでいる何かを、吸い上げようと狙う有象無象はいるという話は実しやかに囁かれていた。
この妖精もおそらくその都市伝説のひとりなのかもしれない。
自分でもそんなこと言ってるしな。
ただ、全く潜もうとする気配が無いスパイというのは珍しい。
デスゲームという特殊な状況なのは分かるが雄弁に自己主張をするのはどうかと思う。
どこか知り合いのナンチャッテ忍者を彷彿とさせる。忍べよお前ら。
「つまる所、あんたも出られなくなって困っているから、力を持っている者と協力しようということか」
身も蓋もない要約をしてしまった。
「…………そんなことはない」
絶えず浮かべていた薄い笑みがそこはかとなく引き攣った気がした。
明らかに雰囲気がむっとしている。
意地張っちゃった。肩肘張っちゃった。
どこか機械的な印象だったが、猫とか見栄的な物を装備しただけだったのか疑惑が発生した。
「あー、俺の勘違いかー」
棒読み。
「そうだ勘違いだ、人の子」
取り繕えた事に明らかにほっとしている妖精。
ひょっとしなくても対人スキルが低いのか。少し親近感がわいてしまった。卑怯な。
「で、最弱の俺になにをさせるつもりだ」
回りくどい事はせず、直球を投げてみた。
「いや、なにも。我は提言のみせん。此処は世界の紡ぎし思い出の中でも稀有な壺の一つ。狭い島国。百年の大乱。民の一人までも闘争の倫理をもつ鉄と血の刻なれば――――」
俺は知っている。ここが人の最も愚かな業を泥のようにぶちまけた地獄であること。だからこそ、その中にあって輝く気高さをもつ者たちに魅せられた。最低の時代だからこそ、それに打ち勝とうとした英雄、すなわち真の侍の在り方に。
「――――どうして、このままでいられようと、伝うるのみ」
当たり前のこと、だとは思う。
それでも、俺はデスゲームが始まっても惰眠をむさぼったままでいたかった。
だって、そうだろう。争いを起こさず。目の前にいる誰かを守ることこそが、誰にとっても正しさと云える。
その範疇を超える事は、ゲームである以上他人の領分を侵す事だ。他のゲームならともかく、MMOであるいじょう、それが命ある誰かとなるのは必然。
貴志ではないが、誰かのために、と付けたら何をやってもいいという鈍感さは俺には持てない。誰かのために、何かのためにと口に出す人間はいつだって平気で、他の人間を踏み台にする。それを恥とも思わない。そういうものに俺はなりたくなかった。
たとえこの身がその血で回ってたとしても。俺は嫌だった。
「…………」
だから、俺は押し黙るしか答える術はなかった。
「賽は投げられた。243名の命が最初の試練に倒れた。史実の太閤秀吉が如く、誰かがこの混沌の世を秩序に戻さねば、また繰り返せし事とならん」
笑みは消え、無表情に戻り十字を静かに切る。彼女なりに悼んではいるのだろうか。紫水晶の瞳はそれでも何の感情も語らない。
芝居がかった口を慎むと、正義無き世を憂う聖女にもみえる。
だから、俺は、心でためいきをつく。
アホかと。
英雄。勇者。正義の味方。
人を、コミュニティを、国を、世界を救おうとする者。
その在り方は広く万人の間で、正しく尊いものだろうとされている。
この日の本という国ではそんな物語が沢山作られた。
勧善懲悪。
弱者救済。
弱きを助け強きをくじく。呆れるくらい創作され、読まれ、礼讃され、消費されている。
俺も好きだ。
しかし、それは、他人の物語であるという前提があるからだ。
そこにはリスクがある事は誰もが知っている。
その救うという意志には己の命を、周りの人を、穏やかな日常を全て賭けざるえない必然がある事を知っている。
失敗したら、代償として全てを失う。
だから、眩しくも憧れるのだ。
そして、自分にその御腕が回ってきた時。だれが、その甘美な毒を飲むだろう。
周りの者を守るためには、その周りの守るべき者を含めた全てを巻き込むしかない背反。
それを是として、進む愚かさも高潔さも、少なくとも俺は持ち合わせちゃいやしない。
こいつがどうやって知ったか知らないが、その倒れた243名とやらを少しの時間悼むことしかできやしない。
「で、その提案に乗るとして俺には何のメリットがある」
まあ、それはそれで、口に出す必要もなく、貰える物は貰っとこう。
「世界を観測して得た知りうる限りのものを提供しよう」
しかし、いまさらだが回りくどいしゃべりかた何とかならんかな。
「えー、なんだ、その都合のいい能力は。そうだな例えば、元のアバターに戻る方法とかあるんか?」
卑屈な自嘲が漏れる。他に聞く事もあろうに、あんたなにもんだーとか。敵やら、現在の情勢やら、仲間の所在やら。
思わず口から出たのは、ガリガリ削られている男のプライドの取り戻し方だった。
腹の足しにもなりはしないのに。
「ある」
思わず神速で手を取った。
「教えてつかぁああさい!」
「りょ、了承した」
若干びっくりしていたが、全力で喰いついた俺に、得意げに鼻を鳴らす。
なんとなくコレのキャラがつかめてきた気がしなくもない。
「アバターの再設定をするアイテムが存在する、古遺物級に分類される。武蔵の国、扇谷上杉氏の家宝として伝えられている」
握った手を上下に大きく振る。
「ありがとう、本当にありがとう」
その後、全身全霊をかけた激しい一騎打ちの末、件の物を手に入れるが、とある事情で譲ることになり、枕を濡らす事になる事をまだこの時の俺は知らない。
「しかし、アドバンテージを自ら放棄せんとするとは、愚考にして愚行なり」
怪訝な顔になる妖精。
「アドバンテージ?」
「二重存在と我は呼ぶ。一つの身で二つの可能性を使うもの。同一IDに異なるPCのデータを持つものたちの総称」
「あ、それって」
この最弱PCで、メインのスキルである『新陰流』が使えた理由。要はセカンドキャラクター持ちってことか。そちらの方のスキルが何でか分からんが使えたと。
「然り。システムの理を乗り越えた力を感知して我もここに来た」
「そんなのごまんといるだろ」
チートキターとはならないだろう。
「是。それなりにはいる。ただ魂の出力が不足で発現すること能わず」
「魂の出力?」
胡散臭さが二割増しになった。
「其は彼の者らが求める意志の力」
なんのこっちゃ。はじまりのシステムメッセージの英雄の誕生とやらのことか。
「意志無き者、自身を超克することかなわず、いわんや世界をや」
宗教じみたたわごとを聞き流しながら考える。
男PCに戻っても、こっちの能力を引き出せ……って意味無いな
華が上手に生けられるようになります。すごい半端ない能力だ。低い方向のベクトルで。
このキャラを鍛える事で初めて意味を持つのか。
「無事アイテム手に入れたとしても、しばらくは女装生活だな……」
それも取らぬ狸の皮算用以外の無いものでもない。
まぁ、狸の皮算用ほど楽しい事もなかなか無い。
「で、それ安定して使うにはどうすりゃいいんだ」
成功回数が一度限りのシステム外能力とか、何の役にも立たんぞ。
「さぁ?」
中途半端に役にたたねぇ。それとも、わざとやってんのか。ここから先は有料ですみたいな陰険な商売だな、おい。
そんな、俺の思いなど気にしないように、優雅な動作で、手を伸ばす。
「こちらを半分も信じてない癖になにを言う」
「へぇ…」
わかるのか。会話はできないがそれ以外の所に諜報員たる何かがあるということか。
「価値を示めせ。先程の情報は先行投資。世界に挑む志あらば我も助力しよう」
挑まねぇよ。
英雄。それは空に浮かぶ月に手を伸ばす愚か者を煽る二つ名。
「貴重な情報をありがとう。ちなみに、それが俺をはめるための欺瞞でないと誰が」
「さぁ?」
またかよ。
興味なさげに、首をかしげる。数多いる取引相手の一人。
唯一無二の伝説の勇者様などと効率の悪いシステムではないわけで。数うちゃ当たる鉄砲玉の一つな訳か。
「さて、どうすんべ」
数瞬の思慮の間。
黄昏は終わり、妖精の影は煙のように無く。
そういえば、あの妖精、結局名乗らんかったなと、刀を鞘に納め、システム袋に投げ込んだ。
前回飛ばしたとこでした。こういう話をもう少し面白く書けたらまた違うかなーと思います。要、勇猛精進。




