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Overlap

 戻って来る判断は間違いではなかったらしい。

 逃走はできておらず。貴志は迷子になった子供みたいな顔で、闘い続けている。

 野生の豹のような動きは鉛を全身にくくりつけられたかのように重くなっていた。

 

「流人(ルート)様!」


 荷物を色々抱えた嫁が爆走しながら、名前を呼ぶ。

 

 一瞬、ぽかんとした流人こと雛姫ちゃん十五歳。


「ぶっひゃっひゃ!」


 案の定、俺は指さされたうえ爆笑される。


「あ、肋(あばら)痛い。くくく、脇腹痛い―――ってあぶなっ」


 慌てて身をかがめた頭上を大太刀がかすめる。ポニーテールの束から、銀髪の何本かが、風に舞う。



「は、早く降ろして蓬さん」


 お姫様抱っこスタイルで、俺のライフはもうゼロよ。


「あ、はい」


 走っていたのは嫁なのに、なぜか俺の息切れと動悸が強心剤が必要なレベルで酷い。嫌な汗が止まらない。

 蓬さんにひどい辱めを受けました。俺の中の男の子が瀕死です。うん、まだ死んでないと信じたい。


「せいっーやっ!」


 貴志は、相手の大刀の一撃の横腹を鉄甲でひじ打ち、僅かに方向を変えさせた。

 それと同時にちょうど足元にあった、半分に切られたあの石を、右足の甲で左足の踵に乗っけて、蹴りあげる。俗に言うヒールリフト。

 自身の頭上を通過したそれは、大将首の後頭部に直撃する。

 予想しない所からの一撃に、体力は削れなかったが、さすがに巨人も膝をつく。


 その隙に、俺たちの元に駆けよってきた。十間(二十メートル)ほど、敵将との間に距離が空く。

 視線は切らず、相棒と状況を確認する。


「何するんだよ!笑ったせいで死ぬところだったぞ!」


 よほどおかしかったのか、まだ脇腹を押えている。


「ちっ、体力ゲージ、大分あるじゃねーか。頭でもぶつけて記憶を失えばよかったのに」


 貴志のそれは七割以上残っている。正直ほっとした。


「いや、ストレージに入っていた回復アイテム使い切ってしまったぞ」


 そこでわずかに表情をゆがめる。


「痛たた、肋、マジで痛い」


 いまだ右脇腹に手は添えられたまま。


「おまえ」


 怪我。ゲーム的に言うならば部位損傷ダメージ。ステータスにマイナス補正が入る。どうりで、ぱっと見動きが重くなっていたわけだ。


「にゃはは、一回事故ったぞ。メイン太刀止めたら、片手を柄から離して脇差で、ずどーんだよ。さばききれなかった」


 止めたんかい、あの採寸間違えた作りの化物刀。一歩間違えれば真っ二つまっしぐらってみれば分かるだろうに。

 そういえば、夏になると必ず扇風機の羽根に指を突っ込む奴だったな。どこへ出しても恥ずかしいアホがここに一人。


 あと、貴志が脇差と言っているものでさえメートルオーバーで、そもそも脇差という定義に入らない長さなんだがな。普通一尺(約30cm)から二尺のものを脇差というが、普通に三尺ぐらいある。


「逃げられそうか?」


「うーん、止めた方がいいぞ、見た目以上に突進が早い」


 未だに一騎打ちしている時点でなんとなく察しが付いていた。


「てゆーかさ、なんでもどってきたのさ」


 どうやら俺の幼なじみはご立腹らしい。

 これ、近頃のラノベのタイトルみたいだな。


「お前が一人で寂しいかなって」


「ば、馬っ鹿じゃないの」


 難の真似だろうか。ツンデレっぽい台詞だが、残念なくらい似合わない。


「文句は蓬さんまで」


 もう、往生際が悪いですよと、それまでだんまりだった嫁は一言。


「むー、どうして、君はそう無茶な方に賽を転がすんだ」


「いつもの事だろ」


「そうだけどさぁ、付き合わされるこっちとしてはたまったものじゃないんだぞ。戻ってきたからには勝算あるってことだよね?」


「ああ、一応な」


「だよね。さっきのだが、断るーってやつ、変だったし。ヨシならまず交渉からはいるだろ」

 

「ちょっと、お前を過信しすぎていたんでね」


 ヒーロー補正で何とかしてしまうから。最大四パーティ、MAX二十四人で挑む前提のイベントボス戦もソロで大丈夫かな、と思ってしまった。実際、何回か過去にあったし。

 実際雑魚相手は無双。体力ゲージの上に名前の表示のない、ユニークでない武将(ボス)に苦戦するなんて想像だにしなかった。


 恥ずかしながら、こいつに甘えた判断をしてしまったわけで。


「あのねー、ボクはこれでもか弱い乙女なんだぞ」


「ああ、そういえば女だっけ、忘れていた」


 謝りたいが、それでも、こいつの前ではどうしても悪態しかつけない。


「ボクの冗談が、予想外の位置を否定された!」


 てめーの冗談センスが壊滅してんだよ。まぁ、怪我人のわりにノリは良いのは認める。


「貴志、あの刀もう一回止められるか」


「なんだよ人使い荒いな、こっちのゆーことはきかないくせに」


 ぶつくさと不満げ。


「その分、終わったら、いっぱい優しくしてやるから貸しとけ」


 蓬さんに優しく手を引いてあげて下さいとおねがいされたので。


「や、やさ…うー、コースは?」


「松」


「時間とかは?」


「二時間フルセット」


「わお、大盤振る舞い。うーん…わかった、覚悟決めるぞ。交渉成立だかんな」


 そう言うと、そのまま前衛不在のパーティの先頭へ駆け戻っていく。


 何だか意味深だが『注・色気がある事ではありません』と一応書いておこう。


 その間に、蓬にヒナキチが大太刀を止めた際の指示を出す。

 無茶を通そうと決めたからには、それなりの無理をやってもらわんと困る。


 銀の突風は、愚直なまでに真っ直ぐ突っ込んでいく。 

 それを迎え撃つのは、殆どピヨリから復帰していた奴の大上段からの、必殺の一撃。


 負傷した貴志はアジリティ全開の回避は頼みにはできないと判断したのか。

 先程でのステップワークをやめ、相手の一撃に合わせブレーキング。

 腰を落とし迎え撃とうとする。

 《甲冑組手》には〈捌(さば)き〉というものがある。

 合気道みたいに相手の攻撃のベクトルを利用するスキル。

 タイミングが難しく、刃物や飛び道具とも相性が良くないので普通は体術同士限定みたいなものだがで、〈剛体術〉アレンジのこいつは、自身の瞬間把握能力の高さも相まって、武器持ちの相手も難なく捌いていく。

 おそらくそれを使って相手の威力を利用し、反転させるつもりだ。

 柔よく剛を制す、日本人らしい対力自慢にはもってこいのスキルである。


「〈剛体術(ごうたいじゅつ)・飛燕一刀(ひえんいっとう)〉」


 足の軌道を天高く飛び上がる燕に見立てた、高速の蹴り。


 それは振りおろされる一撃を、真っ向から迎え撃った。


「え?」


 正面から向かってくる猛牛を捌かず、蹴り飛ばす選択をしやがった…だと。

 鍛えられた鉄の塊に対し紫色のエフェクトを纏った靴裏をぶつける。

 結果は両者ともノックバック。


 おいおい、力業ですかー。


 こいつらしいと言えばこいつらしい。

 傑出した身体能力のフットボーラーといえどもあくまでそれは日本国内の話。海の向こうのアメリカやドイツの選手と比べると、上背はともかく厚みが根本的に違うわけで。

 格闘技が体重別で分かれているように、接触のある競技での体重差というのはどうにもならない決定的なものなのだ。

 そうして、何度も何度も吹っ飛ばされて、地面に這いつくばって出した結論が、これですよ。

 

 頑張る。駄目だったら、もっと頑張る。


 剛よく剛を制す。


 こうなれば復帰は、軽量の貴志の方がわずかに早い。

 相手が構えを戻す前に、次の動作に移る。


「〈剛体術(ごうたいじゅつ)・疾風(しっぷう)―――」


 登録してあった〈連続(コンビネーション)〉システムの技を起動する。


「―――怒涛(どとう)〉!」


 右ロー。左ハイ。右ミドル。右足を下ろす際ステップインにして、左後ろ蹴り。

 一呼吸で流水のように流れるコンビネーション。

 二メートルを超える相手に上中下と打ち分けているのは一見すると高い技量とステータスを想像させるものではある。

 だが、こいつがシステムアシストの連続技に頼るのは、今は負傷の影響が色濃いからだろう。

 持ち前の思考の柔軟性と反射神経を自ら放棄して、確実性をえらんでいるわけで。


 ゲームだった時になかった痛みは、冷静な判断を鈍らせる。

 ギリギリの相手にはそれが致命傷になる事もある。

 そうした考えから、確実性のある方法を選んだのだろう。


「〈剛体術・疾風(しっぷう)―――」


 更に先ほどと同じモーションを起動する。


「―――迅雷(じんらい)〉!」


 最初の右は今度はステップイン。

 先ほどのコンボで離れた間合いを埋める。

 左右のフック。

 青いエフェクトの〈風〉と黄色の〈雷〉の二属性と+打撃の複合判定。

 何度攻撃を当て続けても、ジリジリと減ったか減らないかわからなかった体力のゲージが目に見えて減る。

 それでも、数ドットの違いだが。

 属性判定オンリーならまた違うだろうが、複合判定では多少はマシ程度の気休めでしかない。

 さらに、いつもみたいに必殺の急所狙いでもない。

 今の貴志の狙いはダメージではないからだ。

 本来は顔や、脇などに入れる連続技、これを右手首に放ったのだ。その一撃で太刀の切っ先が下がる。それを残した左右の拳で挟み込んだ。

 俺のリクエストどおり。


 相手のメイン武器を抑え込むことに成功した。


 それでも敵もさる者で、素早く、左手を柄からはずし、腰に下げたもう一本の刀を抜こうとする。

 先程、負傷させた時の再現を狙おうとする。

 無茶な抑えこみの硬直で貴志側に間違いなく殺し間が生じる。


「蓬っ!」


 そしてそれは先程打ち合わせた、タイミング。

 後ろに控えていた嫁が飛び出す。


「任せて下さいっ!」


 八艘(はっそう)に構えた物干しざおを猛烈に横薙ぎに振るう。

 遠心力全開で振るわれたそれは、平面的に半月の軌跡を描く間に、ギミックのロックが外れ、内蔵された鎖が間合いを広げる。


 そして、大太刀に残された、落ち武者大将の右手の親指に狙いたがわず直撃する。

 大雑把な打撃が通らないのなら、一点集中して、鍛えられない部分を狙うのみ。

 肉に覆われてない、鍛えようのない箇所。意識が反対側の手に集中する時。

 すなわち、相手が貴志に負わせた傷に、同じモーションでもう一撃を加えようと、刀の軌道が限定されるよう誘導させたわけだ。


 俺は嫁に針の穴を通すよりも、難易度の高い精度を要求した。出来ると信頼して。


 骨の砕ける不快な音が響く。

 たまらず、巨大太刀を取り落とすボスキャラ。


 さすが武芸百般ならず、家事百般。万夫不当の器用さでヘンテコ武装を使いこなす。


 それでも、相手もまた規格外。骨が砕けた事などなかったように怯まず、抜いた脇差をそのまま振う。


 貴志の負傷した右わき腹に向かい――――


「――――が、甘い」


 鋼が鋼を強く叩いた。

 フルスイングされた脇差が直撃したのは、取りこぼした自らの大太刀だった。


 薄い笑いが口の端から零れるのが自分でも分かった。


 その通行の一振りを止めたのは俺である。


 体ごとぶつけるように貴志と大太刀の間に割り込み、誰も握られてない柄に指をかけた。


 初めての見せ場、主演と脚本ともに俺。

 長かった。本当に長かった。

 怪訝な顔をする敵大将。

 片手とはいえ、相手は女の細腕。それも筆よりも重い物はもったことが無いが如き姫童。

 困惑はやがて誇りに火をつける。顔を形容しがたいほど激しい怒りでゆがめ、持てる力全てで押しこもうとする。

 それでも、重ねあわされた鋼は揺るがない。

 俺はほくそ笑む。


『この武器は装備できません』

 その間に俺だけに聞こえるシステムメッセージが響く。


 種明かしをしよう。往事ならともかく、最弱アバターのいま力比べなんてできる訳もない。

 というわけで先程のロックを逆手に利用しました。装備不可の武器を拾ってから、ロックがかかるまでに若干のラグがある事。ロックされたらピクリとも動かない事。


 この二点、つまり俺が触れているだけで、この大太刀は座標に固定されてしまっているわけなんです。


『この武器は装備できません』


 更に精一杯、馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「なんだ、見かけ倒しにも程がある」


 うわっ、性格悪いという幼なじみ式以心伝心があった。


 案の定挑発に乗ってきたこいつは、砕けた右手の掌も無理やり添えて、力任せに押し込もうとする。

 さて、あとは、アタッカーふたりで隙を生かせばOKだと――――油断した。


 今、俺の手にある物は、確かにここの座標に固定された。俺の手がかかっている限り、システムの壁により永続するわけだ。だが、刀であることをやめたわけではない。

 簡単に言いかえよう、大太刀は城門をもぶち抜く貴志キックを正面から何回も受けていた。

 そしていま、地面をバターのように切り裂いていた剛腕の一撃が止めだった。


 破滅の音が鳴る。


 冗談だろ。

 日本刀は侍の魂だ。よく曲がるし刃毀れするが、柳のようにしなやかで強靭だからこそ、決して叩き折れる類の武器ではない。


 それも柔らかい部位である峰ではなく、鍛えられた刃先の方より、鋸引きでもされたように切り裂かれていく。

 その時、ふと、持っている刀の柄に刻まれた紋章が目に入った。

 そこにあるのは黄金に輝く武田菱。

 再認した。やっぱり、武田に関わるとロクな事にはならない。

 

 終に刀身が半ばより断たれる。

 大破した武器は、システムの処理は一律だ。性能が半分にさがり、特性およびステータス制限がなくなり全職業で装備可能(・・・・)になる。

 つまり、システムの支えを失ったわけで。

 均衡が崩れるのは瞬きをする暇すらなかった。

 あとは象と蟻の力比べだ。


 握った刀を離し避けるでもなく。俺は、迫ってくる刃を茫然と見ていることしかできなかった。


「ヨシ!」


 幼なじみが、立ち尽くす俺を、覆いかぶさるように押し倒す。


 地面にゴムまりの様に叩きつけられた。


 ひと塊りになって数度弾む。


「このやろ」

 

 地面を強引に四肢を広げ、掌と膝で抑え込み。強引にその勢いを殺す。


 怪我の功名とでも言うのだろうか、一日かそこらで転倒からリカバリーするがなんだか得意になってしまった。

 地面にぶつけた所の痛み以外に違和感はないのを瞬時に把握し、目の前の幼なじみを抱き起そうとする。


 どろりと、真っ赤な液体が、左手一杯に塗りたくられた。

 アレ、コレハイッタイナンダロウ。


「嘉(ヨシ)様、下がってください」


 蓬が庇うように敵将の前に躍り出て、注意を惹きつけようとする。

 

 それも、どこか遠い国の出来事の様で、ないをするのでもなくただ、ひたすら目の前の奴の肩を揺さぶる。


「雛ちゃん!雛ちゃんっ!」

 

 その必死の呼びかけに答えたように薄ら目を空ける。


「…う…あ…なんだか、その呼び方…懐かしいね」


 力なく笑おうとする。が、少しも上手くいかなくて咳きこみ。口の端から血を流す。

 体力バーの減少は一割ほどを残し止まった。スリップダメージもない。


 しかし、依然、血の気が引いたままだ。


「ごめん…ね…ボク、なんかすごい眠いや」


 それだけ言い残すと、ぐったりと倒れ込んでしまう。


「おい」


 肩をゆするが反応がない。冗談…だろ。

 胸に耳を当てると心臓は動いてるし僅かに呼吸もしている、がそれだけだった。


 ガキンッ!


 背後で出たからかな金属音が響いた。


「きゃっ!」


 戦線の崩壊を食い止めていた蓬さんも弾き飛ばされ、空手のままで俺の横に転がってくる。

 

 ソロでのボス戦闘。こちらの方に、向き直る。悪鬼の形相。


 鍛え上げたアバター。虫も殺せぬような姫君。


 剣聖のもとで修めた新陰流(しんかげりゅう)。スキルスロットには無く。


 初ゲーム時の女君主より拝領した刀。真ん中より叩き折れた武のかけら。


 頼みの幼なじみと嫁。俺の背中、俺が倒れたら、無残に殺される。


「なんだ、無敵じゃないか」


 余分の入らない。油断すらしようのない。まじりっけの何も無いどんづまり。

 体を張るべき時にも小賢しく立ち回り、どんな場合の判断も智に勝ちすぎるきらいが強いと言われ続けた俺も、最後はちっぽけな自身を張るしかないわけで。


 肩から手を離し、ゆっくりと地面に寝かす。刀を握る。あとは真っ直ぐ地に足を踏みしめた。


「新陰流(しんかげりゅう)上泉伊勢(かみいずみいせ)が門下、嘉人(ヨシト)参る」


 往事の構えをとる。名乗りを上げるのはいつ以来だろうか。

 右手には、一振りの武の骨頂。それは軍を統べる大将には必要無き技。男には必要しか無き技。


 半身になり、切っ先を相手の正中に、ゆっくり添える。

 慣れた構え。慣れぬ体躯。ただそれだけが、腕を痙攣させるように重く。


 半分に折れた鉄でも、今のこの身には余ること甚だしい。

 このざまを見られたら、教えた方もさぞ呆れかえるだろうと思う程無様な構えに違いない。心技体足りず、せめて胸は張ろうと背筋にだけは芯を入る。


 そんなちっぽけな羽虫を笑うように、大きく構えをとる。

 馬鹿の一つ覚え、上から下に、腕力を持って、重力に則り、天地を断つ、一撃を入れる。

 圧倒的なまでに定められた蹂躙の行程。


 だからこそ、攻撃の動作は全て見える。あいつが体を張り何度もタイミングを見せてくれた。


 気を乱し、先を取る。我が師伊勢守信綱(いせのかみのぶつな)の教え。

 魂を焦がして、その一瞬を待つ。永遠よりも短い一呼吸。


 持てる全てを一撃に乗せる。

 刀に吸い寄せられるように、踏み込みが加速した。生み出された力は、一筋の強靭な光になり、正しい鍵を回したように、俺の繰る、ひとひらの桜の人型に嵌った。


 蒼い雷が、大鎧の上から下へ一閃する。山は崩れた。


「あれ?」

 できた。相手が静から動に移る間隙。先の先をとる新陰流が奥義〈弧月(こげつ)〉

 剣聖が秘蹟の一刀はシステムのアシストに乗り。間違いなく成功判定がでた。


 相手の鎧を切り裂いた確かな手ごたえを、この手に残す。

 結果を確認しようと目を向ける。


 二度目の驚愕。

 そう、たしかに死に体だった。

 それでもそいつは立ち上がる。

 白目をむき、口から滝の様な血を流しても――――止まらない。

 離れきった間合いを、一歩一歩こちらに向かってくる。


 これがサムライ。

 誇りのみを支えに、乱世に住む修羅。


「タフですねー」

 あきらめがち、投げ出しがちな身としては、ただ尊敬するわ。

 こちとら、絞り終わったニシンで指一本動かす力だって残っていない。

 指の先端まで痙攣して、半ばより折れた刀が、空しく零れる。


 悪鬼はおぼつかない足取りで、俺のそばまで来る。

 こいつもこれが正真正銘最後の一撃だろう。

 最後まで、目は逸らさないでいようと、崩れ落ちる体を意地でせき止めた。


 ごめん。最期に向日葵のような笑顔を幻視する。

 泣かせないと、約束したのに。

 悲しむ…よな。申し訳なさと共に、それがすこし嬉しく誇らしくもある。


 太陽に向け、刀が再度突き上げられる。

 眩しく振り落とされる死をみつめた。


 刹那、怒号がすべてをひっくり返した。


「お前さんよ、人の家で何しくさりやがっているかぁ!」


 人間よりも一回り大きな大木が飛んできて、目の前の敵の顔面に突き刺さった。

 アメリカのカトゥーンにも中々見れない、あまりにもアレな事態に振り返る。

 背後から、口から、豪炎を吐かんばかりの親熊。瞳を真っ赤に染め上げて髭面の大男がやってくる。


 おい、来るの遅せんだよ。貴志にあると答えた勝算だった。


「…おとうさん」


 フラフラの蓬さんが人里に迷い込んだ熊にむかって呼びかける。

 立ち上がろうとするその肩に太い手が置かれる。怒りの炎に包まれた彼はそれだけやると娘熊には目もくれなかった。


「おいっ!小娘」


 意地を張りとおした、天下一ぶち殺したいであろう相手に野太い声をかける。


「は、はい」


「感謝するぞ」


「……はぇ?」


 ひょっとしてお礼を言われたのでしょうか。


 なんか、唐突な事態に、張りつめていた気持ちが切れたのか、視界が勝手に真っ白に染まる。


 まあ、あとはいいや。

 

 かけ落ち後、一年かかって、使える時間をつぎ込めるだけつぎ込み鍛え上げたキャラ。

 更にそこから全身全霊わき目もふらず、対グリズリー戦のみに全力を注いで、半年雨の日も風の日も挑み続け屠られ続け。

 前後不覚の半死半生で一勝を拾ったわけで、ポッと出のたかが人間風情が、例え万全でも勝てる道理もない。


 というわけで、はい、試合終了です。




 え、貴志?ああ、あいつは素で寝ていたらしい。


 そう言えば、一昼夜、静岡辺りから、岐阜まで野山を駆けてきたわけで、動きが重いのは考えてみれば最初からだった。

 戦闘中にあるまじき、あくびもしていたなそういえば。

 人騒がせにも程がある。


 頼むから二度と、紛らわしい事はしないときつく申しつけた…本当に二度と許さないからな。


戦闘終了。嘘みたいだろ、初戦闘なんだぜこれ。

なんと二か月かかりました。


知らぬ間に10万PV言っていたみたいで、感謝しきれません。

ありがとうございます。


さて、これで序もおわり、いよいよ本番に入ります。


そのまえに幕間のサービス回と戦後処理からですね。


文章修正しました。

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