雛姫
両脚のスタンスを大きく広げ、仁王立ち。
その背中は、まるで、初代スーパーロボット鉄の城の最終回。もしくは魔砲少女の二期の一話。
「ヨシ怪我はない?」
「お陰さまで」
だから、そんな泣きそうな顔するな。
「二度と勝手に、ボコボコにされない。必ずボクを呼ぶ事と話したよね」
「悪い」
なんとも無茶なあれだが、むかしむかしあるところで半死半生のすえ病院に担ぎ込まれて、散々心配かけた身としては、これに関しては発言権を持たない。
以来、貴志は自己防衛という生き物の本能よりも優先される逆鱗を身にまとう事になる。この場合、逆鱗の使い方は間違ってるけどイメージ的にそんな感じ。
「ところでさヨシ。なんかそれグロくない」
極力見ないように、足元のショッキング映像を指さす。
「グロいな」
砕けた顎。そこに広がる血だまり。うえ、うえと呻きを上げているので息はあるみたいだが、お茶の間には間違ってもお見せできない状態になっている。
「こんなんだったっけ、このゲーム」
もはや、路傍の石のごとく落ち武者勢を無視して、完全に背後の俺に向き直ってしまっている貴志。
「いや」
少なくとも、血が出る様な効果はなかった。死体もエフェクトともに消失したが、先程の村人の躯は野ざらしになったままである。
かぼちゃがぶつけられた時も痛みがあったし、投げ飛ばされて、意識がブラックアウトした。全て、ゲームの時にはなかった事だ。
現実との境界が、爪の先で削る様に、じくじくと崩され始めていた。
「怖いか?」
傷つけられるのは、そして、人を傷つけるのは。
「んー、どうだろう、安心したかな」
さらりとした手触りの言葉。
考えてみれば、闘う事。蹴落とす事。勝ち上がる事。傷つけ傷つけられるなんて、こいつにとっては当たり前。
それこそ海外では年端のいかない少年の大会でも、一番うまい奴の骨を折りいくような舞台で戦ってきた。それも観客の親御さんたちは平然と見ているという恐ろしい環境だ。スポーツと教育が密接なこの国では悲鳴ものである。
「痛みや苦しみがない闘争なんて、卑怯者の繰り言なだけだから」
はじめて日の丸を背負った試合の後、殺されるかと思った、もういやだ怖い、助けてと一晩中泣いてた日もあった事。俺は知っている。
道行けば百人が振り返る長くて綺麗な足は、ニーソの下は消えないあざだらけ。
そうした世界を、当たり前に通ってきたこいつだから。俺なんかよりも、胆は間違いなく据わっている。
虎は酷薄に笑う。
「これで、心おきなく蹂躙できるぞ」
あーあ、すでに怒りゲージが振り切っているなー。感情屋のこいつが妙に落ち着いてると思ったら、とっくに振り切れて、もう何周か回ってしまった後、良く分からなくなってたようだ。
「それから、勝手にフラフラ居なくなったキミにはその後説教だから」
なんと怒りは、俺にまで飛び火していた。逆鱗に触れると被害が及ぶ範囲になぜか時折俺が入るのを何とかして欲しい。
相手より殺気が含まれていたのは気のせいだと嬉しいな。
「オラァ!無視してんじゃねえぞ」
死地であるはずの、暢気に背中を向けた紅い闖入者に、ようやく我に返った一人が突進してくる。
一味の中でも比較的体格の良い男。いかにも、斬り合いが好きそうな外見をしている。
「オオオオオオッ!!」
裂帛の豪声と共に槍と薙刀の中間みたいな俺の倍程はある長物を、地面ごと叩き斬る様に振るう。
女子供を一人殺すにしては余りにも大げさな一撃は、結果からいうと土埃を盛大に巻きあげただけでしかなかった。
「百光年遅すぎるぞ」
いつの間にか懐に入っている紅梅の人影。
長身と、長い手足を利用した大きなスライドで、三メートルは離れていた相手との間合いを一瞬に詰め切っていた。
すれ違いざまに。顎をかすめるように左の裏拳。
脳がふんだんにシェイクされた落ち武者は不自然な体勢では崩れおちる。
光年は距離の単位だからな。という古典的な間違いを訂正する間もない瞬殺。
「二人目」
平坦な口調。無慈悲な死神は何でもない様にカウントを始める。
ガツンと、拳を合わせ、次の獲物を探そうと瞳から細い光を放つ。
さて、そろそろ、ルートこと貴志雛姫のステータスの話をしておこう。
職業は蹴鞠師。
素早さと器用さに優れる反面、非常に打たれ弱いというか、むしろ戦闘に向かない。
俺の〈白拍子〉や〈猿樂師〉、〈歌舞伎者〉などと同じ芸能系後衛職である。
芸能職は基本的には〈陰陽師〉や〈山伏〉や〈宣教師〉などの術系の後衛職と比べると、びっくりするくらい火力がない。
そして、〈巫女〉や〈禰宜〉のように範囲回復が使えるわけでもない。
一人で状況を打開できない、チームプレイに比重の置かれた職業である。
利点としては、これら芸能職は職業固有技能による全体補助系スキルが種類豊富な事と、スキルそのもの成長が早い事があげられる。
そして、技スキルと術スキルに両方適正があり、専門職程の威力はないが、場を選ばない安定した活躍が出来る。
いなくても困らないけど、いたら嬉しいというところだろうか。
貴志の技能は六枠。
飛鳥井流蹴鞠術。早駆。甲冑組手術。遁甲術。馬術。それと空き枠がひとつ。
空き枠は6ゲーム目に入った事による引き続き参加したプレーヤーへのボーナスである。俺にはそんなものねえよ、とかいう愚痴は隅に寄せておくとしよう。
注目点は御覧の通り、純粋な戦闘系スキルは、実は一種類しかない事だ。
〈甲冑組手術〉である。
〈組打ち〉と〈拳法〉の複合上位スキル。これでボコボコにされたのは記憶に新しい。
特徴は、手数が多く、動作は機敏で懐に入れば圧倒できるが、相手との距離が近くないと意味を持たない。要するに、零距離の取っ組み合いが得意だぞ、ということだ。
つまるところ、中距離レンジの長槍や、それよりもはるかに射程の長い弓鉄砲が乱舞する戦場だと、 無茶な話で、補助的な意味合いしかない。
貴志も他の枠で早駆や遁甲術をセットし、いかに対峙する敵に早く寄るかを、なによりも重視している。
体術系のスキルの愛好者は少ない。
しかも同じ近接武器である剣術などに比べると、技は地味で一撃必殺たりえる火力もない。
そして致命的なのが、タイマン限定的な運用しかできなく一体多の戦闘には、全くもって向かないのだ。
なぜ、そんな技能を愛用しているかというと、本人の資質が体を使う事に特化しているからだ。
アスリートとして、稀有な資質を彼女は持っていた。
日本人などのモンゴロイドの特徴は、技術と俊敏性に優れ、小柄で体力がある反面肉体的な強さには欠けるというものだ。
サッカーのみならず、他のスポーツ。ひいては、どの分野にも言えることだ。
だが、こいつは、その基本像とは大きく離れている。
確かに俊敏性は特筆すべきものを持っているが、この年で170cmを超える上背は日本人には中々ない。
そして、柔らかい筋肉と強靭な体幹のバランス感覚。出鱈目な筋力と体力に物を言わせたパワープレイは日本人離れしている。
反面、技術的な物は精々平均程度。
あと、微妙にアレなので戦術的な理解には大きく課題が残る。
いうなれば、黒人選手に近い。本能と才能だけで、戦術もスキルもパワーもねじ伏せる『浪速の黒豹』とよばれた、元カメルーン代表パトリック・エムボマのようだ。と雑誌に書かれた事もある。
でも、俺は実はそんなステージには彼女はいない事を知っている。
驚異的とまで言われる肉体の強さは、実はこいつにとっては全然これっぽっちも足りてないのだ。
真の才能は、わかりやすくいうと驚異的な集中力。自分の体をミリ単位かそれ以下で完全に支配出来る事である。
思った通りの事は、体が許す限り、なんでも出来ると彼女はあたりまえのように言う。
果たして、そんな、選手は、いや、人間は世界でもどれほどいるのだろうか。
そして、VRMMOで肉体の限界と決別できたとき、どれほどの化物が生まれるか想像して欲しい。お分かりだろうか。
それが、ルートこと貴志雛姫である。
明日、次話上げます。戦闘回に説明回を挟むという暴挙にでます。
BLTサンドにジャムを塗りたくるごとき、もはや暴挙というよりは愚挙だなぁと。
あとどうでもいい話をば。
個人の見解として、面白いものというのは未見と既見の二つの組み合わせとよく考えます。
後者の既見は王道ともいいかえられます。竜を倒したり、お姫様を救ったり、印籠を出したり。いわば、自分の知っているフィールドであり、語れるものであり、安心できるもの、故に共感できるものであるものは、楽しいという事。
未見は、知らないものを知るという知的好奇心の刺激ですね。
これが、ほど良く組み合わさったものは良作となります。
多くが共有している既見はディテールを書くと退屈ですしその必要性はいくらでも省略できます。自分も積極的にやってます。
反対に未見は出来るだけ書かなくてはならない、やり過ぎると退屈です。自分はこれが上手くないですね。
そいういうルールはどの作品にもあるもので。そこのバランスが素晴らしい作品は楽しい。自分はなんとも試行錯誤ですが。
何が言いたいかというと、サッカー関連は調べなくても細かく書けるんですよね。うん、自分が楽なだけで、そこに絶対の意味はないです。
だから、キャラクターの骨子を太くするだけの物なので薄眼で読み飛ばしても、大筋には関係ありませんよーということなのです。
まあ、細かい話になったらググルと面白いかも程度です。そこにもドラマはありますので。
今回だと、エムボマさんとか。どうでもいいですけどね。




