始まりの合図
久々の膝詰めでした。
私は反省しました。親しき仲にも礼儀ありです。女性の衣服を無理やりはぎ取るなど人の道に悖ります。あと、蓬さんがとても悲しみます。
以上の様な旨をちゃんと紙に認めました。毛筆でも綺麗な字で書けた事だけが誇らしい。
もう二度と思いつきでこんな事はしないと心に誓う。だって、足が痛いもの。
雷が走り抜けた後の様な両足をようやく伸ばし、悶絶する。こんなことまで再現しなくていいと思う。
正座作った奴どこの誰だよ。これ人の機能的に無理があるって。
「えっぐ、えっぐ」
そして、蓬さんの腰に抱きつき。膝に顔を埋めては恨みがましげに時折こっちを睨みつけてくる赤いでっかいの。
よしよし、と笑顔で蓬さんはなでなでする。
それは、俺のふとももだ。そんな狼藉働くなんて、絶対に許さない。
約序通り、今度は蓬さんがいない所で、無理強いせず懇切丁寧に同意を取って脱がして売る事を決めた。うん、これなら約定に抵触はしない。
「いきなりやるから怖かったんだからなー!ちゃんとTOP考えてしろよー」
なんだそれ。百獣の王が誇る、三つの酵素パワーの洗濯用洗剤か。おはようからおやすみまで見つめてくれるのだろうか。
そして、考えたらやっていいのだろうか。
なんとなくで適当にそれっぽい発言する癖直さないと、いつかとんでもないトラブル引き当てるぞ。
「へいへい、分かりました。それを言うならTPOな」
とりあえず、突っ込みどころが多すぎてそこだけは訂正しておいた。
「嘉人さま」
そんな俺のぞんざいさに、こめかみがぴくっと動いている。
「申し訳ございません、反省しています。以後ないように気をつけます」
未だ怒りレベル3までしか下がっていなかったので、全力で頭を下げた。
そんな従順な俺に、よろしいです。と、臨戦態勢を解く蓬様。
「ううっ、だいたい、防具無くなったら、みんな守れないぞ。ヨシも困るんだぞ」
「そうでもない。どのみち個人の武力ではやれる事に限界があるからな」
本当にやばい時は防具一個でどうにかなると思うのは危険である。
戦は規模が大きい。
局面的な圧倒は、場合によっては可能でも、たった一機のオーラバ○ラーで戦局は左右されないのである。
原作も、某SLGも無双できたのはナイショの話だけどな。
「短期的にはリスクがあるかもしれないが、自衛の手段も整える事を考えると、金はあった方が良い」
それまでは、最低限の身の回りを守る術で十分だ。どのみち、本当にやばい事になったら、個人の武力ではどうにもならない。
金は交渉のカードにもなるしな。
「だとしても、ヨシは時々短絡的すぎるぞ。どうせ、蓬ちゃんのためって、考えたところで思考停止したんだろうけど。誰かのためにて頭に付ければ、何をしても許されるって事は無いんだからな」
まったくもって至言である。馬鹿故に本当に大切な事は絶対に間違えない奴であるから。
「だから悪かったって」
さすがに、反省している。大切な人達からの非難の視線が二対もあるとさすがに心が痛む。
「現状の文なしは、あいつら呼ぶどうこうより、生存そのものがリスキーなんだよなぁ…」
こいつはリアルでも有り金全部残さないタイプなので、国元の家臣団に払う俸給以外は残っていないだろう。現在二文しかない方がどう考えても問題である。
なんとかしないと考えた所に一つの案が出てくる。
「そういえば、もう一個なかったか最多戦果のボーナス、『紅梅』と対になる『白梅』とかいうの。見た記憶がある。あれも同じようなものなら一千貫くらいするだろ」
純白に銀糸で梅を縫い取ったもの。『紅梅』が豪奢だとすると、こちらは絢爛と言うところか。日の出の映える新雪のように目に眩しかった気がする。
『紅梅』は攻撃スキルに補正が付くが、『白梅』は方術や呪術に補正が付くとかなんとか。
「もうないよ」
淡々と答えが返却される。
「は?」
「お風呂入っている時に蓬ちゃんに『白梅』でパンツ縫ってもらった」
そういえば先程、服は、もう一着しかないとか言ってた気がする。
「おおおおお、おのれは、なんという暴挙を」
ゲームに造詣の深くない奴って、時々信じられない行動に出るよな。
「だって、白はお前に似合わないってヨシが言ったんだぞ」
「はああっ?」
何その理由。俺の所為かよ。
「ほら、いつか、真っ白なサマードレスきたじゃんか」
「何その化石の様な、昔の話シリーズその2」
ちらほら記憶にあるような、ないような。なんか魚の小骨が飲み込めないような不快感。
「ぶー、ボクにとっては凄い重大事だったんだからな。思い返しただけでも涙が出てくる」
当時の悔しさを顔中いっぱいに表す。
「へいへい、悪うございました」
おそらく、いつもズボンばかりだったこいつが、いきなりスカートだから戸惑った事んだろうな。きっと。
「そんな態度すると、せっかく、ヨシの分もパンツ頼んだのにあげないかんなー」
「ステータス制限に引っ掛かって、履けないだろ常考。ああー、蓬さんグロッキーから立ち直ったばかりなのに、今度は完全にダウンしちまったぞ」
口から妙なエクトプラニズムだして、笑顔のまま紙のようにパタリと倒れていた。 余りに柔らかい動作だったから、膝にかじりついたままの貴志には伝わらなかったんだろう。
一千貫、一千貫とうわごとを言っているので、そこはかとなく大丈夫っぽい。
絹に銀だって分からなかったのかな。天然さんだから仕方ない。
正座しながら、上半身だけ後ろに倒れるなんて、尾骨の骨格的に男子には出来ない姿勢だ。
「うわあああぁつ、よ、蓬ちゃんしっかり!」
事態を把握した貴志がばね仕掛けのように、動き出す。
お前がとどめ刺したんだろうが。
倹約家の蓬さんには、かなり上級レベルの拷問だったろうに。
「きゅう」
ごらんのとおり、可愛らしくのびてしまっているじゃないか。
この反応から、明らかなのは仕立て直しをしてしまった事。
ともすれば、そのままで残っていると思ったが、駄目でしたとさ。真面目な蓬さん、仕事が早すぎです。
「まあ、過ぎた事は是非も無し」
頭を描き再度、熟考に戻ろうと姿勢をただした時だった。
『警告;広域戦闘イベント発生』
システムウィンドウがオートで開き、赤色の警告メッセージが視界一杯に表示される。
カァン、カァンと火消しの鐘に似た不吉なアラーム音が響き渡る。
静かに血が深いところまで落ちていくのが分かる。よりにもよって、前線や治安の悪化した地域でなければ、一年に一度あるかないかの村落襲撃イベント。
このゲームに幸運値のステータスはない。運命は自らの力と知恵を持って切り開くものというのが、スタンスだからである。だからって、
無情に、無慈悲に、無機質に、無遠慮に、無分別に、無骨に、無頼に、始まりの鐘は響く。
ずっと後になって、今でも思い返す時がある。
この時、本当にデスゲームの開始を告げられたのだろうと。
俺と貴志は、お互いに顔を見あわせる。いつも飄々としこいつの顔にも、緊張や焦りがさすがに見え隠れしている。
メッセージは、イベントの概要を続ける。
『村の村長宅が落ち武者達に占領されました』
『10分後に戦闘が開始されます。プレーヤーの皆さまは準備を開始してください』
『達成条件;落ち武者達の無力化。敗北条件;プレーヤーの戦闘不能』
『なお、5分後に体力(HP)のロックが解除されます』
雑魚戦闘を一回も経験しないうえでのイベント戦がはじまる。
一般のRPGのように基本、城や町村は安全地帯だ。
しかし、大規模な合戦イベントや、こうした集団戦が発生した場合、事前にこうしたメッセージがPCに送られる。
デスゲームでも、その機能はあるのは間違いなく巨大な僥倖であろう。
「間隔が短い」
普通のゲームだったころは一時間以上前の告知がデフォであったのに。
状況判断と決断のスピードと精度が更に求められる。失敗は絶対に許されない。
体力のロックがはずれれば、敵対勢力以外の攻撃も通る様になる。蓬さんにかぼちゃで撲殺されうる可能性も出てくるわけだ。
「お前の家臣団は?」
「ごめん、国元。間に合わない」
奥歯を強くかみしめそう答える。
「そうか」
ありていにいえば、状況は最悪だった。
雑魚戦闘も一度も経験しないうえでの集団戦。
頼みの綱であった貴志の固有戦力である家臣団も一人もいないとなると、相手次第ではかなりまずい。
俺という荷物を抱えて切り抜けるのは、余りにも無謀だ。
しかも、相手は瓢盗の類ではない。軍と組織されていない逃亡者たちとはいえ、半農の雑兵ではなく職業軍人。一人一人のレベルは間違いなく高い。
こちとら現時点でステータス的には俺は誰よりも弱いのだ。
逆に、プラス要素はNPCではあるので、プレーヤーを相手にするよりは、心的負担が少しは薄い事。
広域戦であって、大規模戦ではないのが救い。近隣の町村に逃げ込めば、そこは戦闘領域ではないので大丈夫だ。
「貴志」
「うん分かっている。退路の確認と出来れば相手の戦力把握だろ」
さすが、付き合い長いだけあって、伝達が速い。宝石よりも貴重な時間の浪費を防げる。
「HPがロックされている間に戻るから」
「ああ、頼んだ」
言うや否や、破れた戸口から、風のように走り去った。
あとはダウンしている蓬さんは、強く頬を叩いても、うんともすんとも反応しないので、昨日、蓬父が大甕を取りだした床下の板を外し、申し訳ないが大切に仕舞っておいた。
まだ、焼き物の容器がいくつか残っていた。手に取り、ふーんと眺める。酒とか油とか無骨な字で書かれている。
あと、力の抜けた人間て、物理的にもすごい重くなるのね。と、細い割に健啖家な蓬さんが聞いたら夫婦喧嘩が合戦レベルにまでランクアップしそうな事を考える。
そして、アイテムストレージもほぼ空っぽなので、あとは何の準備のしようもない。
暫し、相方の帰りを座して待つ。
ふと、戸外(戸はないが)人の気配と遅れて足音。
「貴志!遅い」
後から思うと、テンパってたのだろう。
見える範囲に6、7人の成人男性が、物騒な獲物を携えて、戸口を囲むように半円を描き、この家を取り囲んでいた。
うわー、どいつもこいつも表情が剣呑ってレベルじゃねえ。
滝の様な汗が背中を濡らしていくのが分かった。
「完全に詰んだ」
嘆息一つ。
首元に鋭い穂先を突き付けられ、俺は、観念したように両手を上げた。
やっと、初戦闘。こぎつけるまでに17部。原稿用紙換算で150枚とか。5部くらいで入る予定だった自分の夏休みの計画的な甘さがにくくてならない。
辛抱強く読み続けてくれた方感謝です。




