響くは悲しみの鐘の音
「もうお前帰れよ、とっとと駿河の国へランホームしろ」
とりあえず殺すつもりで貴志にガンを飛ばす。
「一昼夜、国を跨いで必死に走ってきた親友に対して、何それ!」
二話前の少年漫画的友情の確認など、なかった。
「転移装置使え」
『戦国online』では戦イベント期間以外は、その国の一番大きな町にプレーヤーにかぎり一瞬で移動できるシステムが常設されている。
敵対国以外にはどこにでも一瞬で移動できる。
仮想空間が、日本の実寸とほぼ同じに設定されているので当然の措置であるが、いける場所が六十六か所のうえ、動向を監視するのも容易で、戦略的にはいまいち使いにくい。
アイテムのストレージと合わせて、物資のピストン輸送くらいかな。一日に同じ経路仕えるのは回数制限もあるので限定的にはなるが。
それでも時間は黄金よりも尊いのである。
「アレさ無くなってたんだよ、デスゲームのための処置かな。使えませんって張り紙がしてあった。一応、試したけど駄目だったぞ」
「機能制限か、なんともアンフェアだな」
プレーヤー側の優位点である。ゲームへの理解という足場を崩された。これでは他のあらゆる手持ちの情報もどこまでが正しいか、手さぐりになる。
使えない『文』システムの代わりに、この後のプレーヤー間の連携構築のための情報網としての役割にかなり期待していただけに、少し肩を落とす。
どうも、主催者様は俺達プレーヤーにリアル戦国時代をやらせたいらしい。
「というか、なんで、ボク怒られたんだよ、意味分からないぞ」
今まさに、『うるうるしてる像』みたいな現代アートっぽくなっている蓬さんの方見てみろてめえ。いつまで気付かないつもりだ。
何でも無いですよ、わたしという演技が全くできてない大根さんと化してるじゃねえか。
蓬さんを刺激しないように、事実認識を馬鹿に伝えるには、えーと、そうだな。
「俺の姿良く見てみろ」
着物の襟合わせを引き寄せ。こそこそ話をする。
プレイキャラが違っているために、双子を含めた家臣団を保持していない状態と化しているのを理解してもらおう。
無言でじーっと見てくる。赤みがかった二つの眼が無機質に上から下までをスキャンしている。
「うーんと、可愛い巫女さんだね。外見は左園六花ちゃんぽいけど、目つきだけがヨシかな。雪の様な白い肌に涼やかな黒髪がとってもチャーミング。肩から腰のラインがいいよね。さわり心地を確かめるために思わず抱き寄せてみたくなるな」
光よりも早く二歩下がった。
ああ、これがドンビキという気持ちですね。わかります。
「今全身に鳥肌が立ったぞ、どうしてくれる。だれが視姦しろといった」
なんか、物欲しそうに足をもじもじさせている様子に、そこはかとない不安を覚える。
「いやー、つい、えっへへ」
ほんのり頬を赤く染めて、後頭部の銀髪を撫で上げている。
「なぜ、照れたし」
「うーんとね―――」
開きかけた口をダッシュして抑える。しゃべる機能を奪取した。
「ごめん俺が悪かった。今すぐ説明するのはやめろください、お願いします」
その言葉には多分の猛毒があるはずで。この世には多聞に及ばない方がよい事もあるのだ。
「むがむむがむー」
幼なじみ的以心伝心によると、なにすんだよーと文句らしきものを言っている。
その背中越しで、左手で描いた絵みたいな表情にさせた事に対して、俺がお前に申したい。
首を抱き込み、耳元でひそひそと伝える。
「だから、いま俺のキャラが異なるじゃないか、あいつら一門武将だからゲーム内にいないんだ」
「ああ、なるほど・ザ・世界」
一定以上の世代には分かりにくいリアクションをありがとう。トランプマンいまどうしているのかなぁ。
家臣団について、ざっと説明しておこう。
『石高システム』
このゲームでは領地、またはそれに準ずるものをもって、初めて家臣が持てる。家臣には継続的に決められた俸給を支払わなければならないのだ。
足りなければ不満を持つし、多すぎれば、君主の力が弱くなる。このバランスが大変。
貫高とか数字とかの細かい話はそのうちにするとして。
いま、理解しておきたいのは基本的には前のゲームからの家臣は持ち越せるという点である。
ただ、当然制限がある、使用できるのは、現状の石高以内である。
ゲームごとに各プレーヤーの出自に合わせた石高もしくは収入の初期値に戻るので強力な武将を獲得していてもとしても、権利はあっても、使えないという事態も多い。たとえ使ったとしても、いくつかの場合を除いて、すぐ離反されてしまうのである。だから、知行が増えるまで、権利を取っておいて出世したら、それを行使するのである。
ただ、システム上、家族である一門武将は無報酬で最初から仕える。実際だったら、パワハラもいいところであるがゲームなのでしょうがない。
リアル戦国の世では一族は最強の味方だが最大の敵でもあり、家族に殺された将も多い。
しかしながら『戦国online』では常に最大限の信頼を置ける者たちなのである。
「もう、会えないんです…楓にも嘉高にも」
膝上で震える拳は隠せない。見ているこっちまで、気持ちが群青にそまっていく。
しかし、貴志はあっけらかんと、こともなげにのたまった。
「いないなら、今から呼べばいいじゃないか」
パンがなければ、お菓子をうんたらと聞かされたフランス市民の心もちになったぞ、この野郎。
どうやってだ、クリアしてか、その後続ける事は出来るのか、それが出来たら苦労しねえよ。
「あのね、忘れてるかもしれないけど、ボクも元々のヨシの一門武将だぞ」
一門武将。一門衆。要は同じ一族の将である。
自分の子供だけではなく、プレーヤー間にも何種類か条件が整えば設定できる。
「それがどうした」
一番有名なのが『名跡システム』
手柄を立てた家臣に、絶えてしまった名門の名跡を継がせる。金髪の儒子がミューゼルから、ローエングラムになるあれである。
例えば、有名武将だと雷神・立花道雪こと戸次鑑連が立花氏の名跡を継いでいる。
北条氏なんかは更に凄い。かってに鎌倉幕府の執権であった北条を名乗る事で関東支配の正当性を天下に示したのである。名乗りがそのまま、戦略なのである。
戦国時代とは、血を残すのではなく、名を残すもの。
馬印も旗印も一騎打ちの「やあやあ、我こそは」の名乗りあげも、世界そのものに対する自分の価値の証明なのである。
名とはつまるところは家。乱世に家を残し全うする事こそ侍たちの絶対の使命である。
まぁ、生き残った後の江戸時代に幕府が直系男子の相続にこだわり、子供がいなくて無嗣改易でなくなった大名家も多い事んですけどね。
それでも譜代の功労者の家は無くなる事は家康も惜しんで、平岩氏なんかはわざわざオトシダネ探しまでしたしな。
それだけ、命が、簡単に失われる時代だからこそ、家を自分の生きた証として残す事に懸命になったかもしれない。
例え、戦に破れても、降っても、血ではなく家を残そうとする武家も多い。
そこを逆手にとって、自分の子供を周りの有力な豪族の家に入れて、支配下に組み入れようという方策を取った大名も数ある。それが主家を支える強力な力になった家は大抵強力な力を持つ。
それが、政略として成り立つのも、この時代の価値観が、血<家だからである。
血の繋がりを大切にする現代人には分かりにくい感覚である。
いずれにせよ、古いものは古ければ古いほど、それだけで付加価値が付くものだ。
戦も政治もへっぽこな君主でも、昔っからのお殿様というだけで、領民に慕われている家もあるほどである。
そのなかで、数に制限はあるが仕える家臣に名字を与える事も出来たり、他のプレーヤーを同じ名跡に組み込んだりできる。貴志とやったのもこれである。
では、肝心のメリットはというと。
数字的には、名声値が膨大な量あがったり、率いる軍勢に補正が付いたり、固有技能がついたり、とプレーヤーの羨望の的である。
大名家に所属しているものには、服の上着に家紋が入っているのだが。
通常、家臣になればオリジナルの自家のものか、または主家や上司の物を選べるのだが、小さい事この上ないそれを、なんと背中にでかでかと入れられる特典がある。
これは主家の一門武将か名跡持ちや万石持ちの有力家臣だけであり。『織田』とか『徳川』とかの家紋を背負っているプレーヤーみると、つい目が行く。
その優越感は一度味わってみたくなるほどだ。
できれば、現在地飛騨のお隣、信濃の国の真田氏の『六文銭』とかがいいな。
今の長野県上田市あたりを領地に持った、武田信玄の懐刀といわれた一族である。 一番有名なのは真田幸村かな、そんな人は講談にしかいないけど。
某夏戦争アニメ映画のモデルになった時は『結び雁金』の紋の方が採用されていたが、戦だと使われるこちらが、やっぱりしっくりくる。
『六文銭』それすなわち、三途の川の渡し賃である。
まあ、ファンの多い武田家が常に最後の方まで生き残る所為で、いつも真田家は独立できないので、夢は夢のままに終わったが。
もちろん、デスゲームの今はとてもじゃないが仕える気にはなれない。
なぜかといえば。
史実だと西暦1582年の武田征伐後、ギリギリのタイミングで真田家は織田に臣従したが、速攻、明智光秀の速攻で『本能寺の変』が起こり、信長あぼーんで織田が空中分解。
新しく旧武田領の占領地に配置された織田の諸将は大混乱。
領民や国人はこれ幸いと反旗を翻し、それに対応すべき諸将も統制は取れず、戦国の悪鬼森長可は信長の小姓だった弟・蘭丸の領地に逃げる。
川尻秀隆は留まって戦死と行動もバラバラ。
二次大戦後のわが国で例えるとアメリカトップのルーズベルトとアイゼンハワーが、パットンだかブッラッドリーだかに暗殺されたら、マッカーサーならどうするかって状況。
そこにすかさず泣きっ面にパンチをくらわす、昨日までの友・ソ連……じゃなかった北条氏。
関東を任された織田四天王の滝川一益相手に日本史に残る綺麗な手のひら返しを炸裂させた。
一益は北条にフルボッコにされてグンマーこと上野から追い出されててしまった。更にはこれ以降、さっぱりうだつが上がらなくなってしまう。
そして、ここ飛騨の国のお隣の信濃は件の真田氏を除いて空白地帯になった。
よって、差なども時流に乗り織田から独立する。
だがしかし。
東の織田家は家中大混乱の渦中で、火中の栗を拾おうとする有力家臣諸々。
西が織田を破って勢いに乗る北条家。
南が空白地帯になった信濃を火事場泥棒しようと武田の旧臣を切り崩す徳川家。
北が武田の不倶戴天の上杉氏の中で、強力な大名に四方を囲まれて中途半端な独立。
選択肢一回ミスるだけで、DEADENDまっしぐらの、ムリゲーすぎます。
いうなれば、チェックメイトと王手両方掛けられている状態だ、これに比べると、デスゲームとか天国のように見えてきてしまう。
だが、しかしなぜか真田は明治まで大名家として存在しているのだから怖い。親子二代で徳川にあれだけの仕打ちをして、どうして生き残ったのか、今の状況の俺らに是非指南して欲しいものである。
話がこれでもかと大きくそれたが、一門衆の話に戻ろう。
メリットの話の次はデメリット。大きいのは生命線であるお互いの情報が筒抜けになること。なので、同じ家臣団でも一門衆設定はほぼ使われない。同ゲーム中での解除できないからだ。
俺も、一門衆参加限定のイベントがあってこいつと登録した、本人には死んでも言いたくないが、俺は自身よりも貴志を信頼している。
やはり、他はプレーヤー同士で組んいでるのは少数だった。それくらい、普通は気に欠ける必要のない事で。だから、その辺りのシステムもよく把握はしてなかった。
「一門武将の移譲はシステム上ID承認だったから、ゲーム内で出来たし、今のヨシでもできるよ」
それは寝耳に水だった。
「なん…だと」
「事情があってやめるって、プレーヤーから何人か引き取ったことがあってそれで知っているんだ。あの子たちも呼べるぞ」
その台詞を言いきるかどうかという所で、今日は萌黄色の着物を召した方が砲弾のように突っ込んできた。
「本当ですか!」
蓬さんが、がっしりと貴志の手を覆うように握る。
その喜び方に、ホールディングを宣言してプレーヤー同士を離したいが、喜びに水を差すわけにもいかずイライラするしかない。
あと、そこのデカくて赤いの不必要にデレデレするな、また×字拳入れるぞ。
そこで俺の視線に気づいたのか、にやりと笑う。
「あれー、ひょっとしてヨシ知らなかったんだ、ふふん」
ドヤ顔うぜえ。
こいつに物を教えられるほどムカつく事はこの世にないんじゃないだろうか。
あとで、ノリ弁当注文しようとして、メニュー表で『海苔』をウミノリってそのドヤ顔で読んだ事、蓬さんにちくってやる。
それとも『手持ちぶさた』を『手持ちぶたさん』と連呼していていた話がいいか、その時の話相手の可愛い女の子の何とも言えない顔の理由と一緒に、懇切丁寧に状況を解説してやるぞ。
「でも、そのためのアイテムないから、また買わないとだね」
「そうか」
でも、とりあえず、蓬が大輪の笑顔になったので、この度は見逃してやろう。気が済むまで『手持ちぶたさん』通すがいいさ。俺が許す。
「えーと確か、一つ、一万貫かな」
二つで二万か。たしか、一貫が千文くらいだったから。二千万文必要なわけだ。
いまの所持金は、慌てて財布を取り出す。
チャリンチャリン
……二文でした。ちょっと足りないかな。
長いので、今回は石高システム、オミットしました。変動制にするか固定制にするかこの二日迷った揚句、変動制でいきます。こちらは大変だけどそのほうが面白くなりそうなので。




