譲れない想い
「ううっ、酷い目にあったよ」
涙目で、しみじみ呟く貴志。その様子を初夏の風にさらわれた木の葉が笑う。
時間は少し進み。残念ながら、貴志は紙一重の差で生き延びた。
「うちのおとうさんが、本当にごめんなさい」
顔中苦笑いの蓬さん。
「いいよ、いいよ。誤解が解けて何より。怪我はなかったし」
にへら、と笑う貴志。三歩あるいたら、辛いことや苦しい事の大概は忘れるしな。
しかし、あの竜巻のような山刀を初見で捌くとは、侮れないやつめ。
「ほら、おとうさんもルートさまに謝って」
「……ふん」
俺は知らんぞ、絶対に謝るかと、つーん、とした顔でそっぽを向く。
うわぁ、大人気ない、人ってホント嫌だなぁ。
ムッとしたらしい蓬さんは、限りなく平坦に近い声音で続ける。
「お父さん、わたしおこるよ」
「すまなかった」
間髪いれずに頭を深々と下げる熊パパ。
「折れるのはやっ!娘によわっ!」
思わずツッコんでしまったら、物凄い表情で睨みつけられた。
やばい、真の敵は俺だと思い出させてしまった。
そっぽを向いて口笛を吹く。
「そういえば、ルートさまってどういった字をお書きになるのでしょうか?」
ぽややん、と話しの方向を変える蓬。おそらく空気に気付いてないだろうがグッドジョブ。
プレーヤーネームの表記はカタカナや、英語などでも可能だが、漢字の設定が必須である。空欄にしておくと、システムが勝手に決めてくれる。
「えーと、ヨシ、ボクどういう字だっけ」
覚えておけよと思うが、こいつ脳の容量が1GBぐらいしかないからな。
「川の流れに、人という字」
流人。
「ああ、そうだったね」
解決、解決とばかりに口元に満面の笑み。
蓬父に胡散臭そうな目で見られているぞ。
「流人さま。とおっしゃるのですね」
「うん、そうだったみたい」
聞いているこっちがいたたまれないというか恥ずかしい受け答え。
いやー、兄弟とか何とか紹介した30分くらい前の出来事は無かった事にしてほしい。
くー
妙に気の抜ける音が辺りに響く。
「ヨシ、ボクお腹すいた」
くうん、と犬のように見てくる。何故俺に報告する。俺はお前の母親か。
「おまえ、本当にフリーダムだな」
「えへへ」
「褒めてない、照れるな」
「むぅ、恥ずかしがったんだよ。ボクだって年頃の女の子なんだから」
「そういう仮説があるのは知っている」
「もう、どうしてそういうやな言い方するんだよー」
そりゃ、デート邪魔されたからな。二人きりどころか、蓬父まで召喚しやがったし。
こちとら不機嫌にもなりますわ。
「あらら、もう、そんな時間ですね。わたし、支度しますね」
ほら、おとうさんも帰るのー。と言いながら、手を引っ張っていった。
あれ、あそこ俺のポジションだったのに。どうしてこうなった。遠ざかる背中というか俺の幸せ。
「ねえ、ヨシ。これからどうしよう」
恨みがましい俺の視線もものともせず。そう切り出した。
「蓬ちゃん、居る所じゃ、しにくい話もあるよね」
先程の、ほにゃほにゃ顔とは異なった真剣な顔。元々の彫刻めいたこいつの顔立ちがオーバーラップした今のアバターで言われると、真剣な空気が三割増しになる。
馬鹿であっても愚かでない貴志雛姫。
「まず、戦をしない」
「ほえー?なんで?」
心から、不思議そうに聞き返してくる。
「生き残ろうと思うなら、戦に参加しないのが一番だろ」
「ああ、そうか」
「デスゲームなのに、達成目標が曖昧なんだ。魔王がいるわけじゃない。しばらくは、どこかの安全な国で様子見」
昼間考えた、事を噛み砕いて、伝える。
「うわー、ヨシがいて良かったよ。いなかったら、きっとボク、天下統一に向けて、ガチで戦っていたね」
そう言って、手でかいたばかりの額の汗を拭う。
「とりあえず、生き残るためには大勢力に組みすることだ。今までのゲームと同じように桶狭間が終わるまでは小康状態だろう」
「攻め込まれる心配の少ない地方に行けば自然とPCも集まってくるはず」
「ということは、史実で天下統一した徳川とか?」
「あのなあ、だいたい今が1548年だから、まだ松平だし、現在は今川の傘下だ」
「そうなんだぁ、氏真サマのところか」
「お前の友達の今川氏真君はまだ十歳くらいだ」
駿河の今川氏十代目当主。桶狭間で信長に敗死した今川義元の嫡男。今川氏を実質的に滅亡に追い込んだ戦国武将。
「ええ、サッカーできないじゃん」
麻呂系の大名として有名な氏真の特技は蹴鞠と和歌。あとは一応剣術とかなんとか。大名としては死にスキルが多い。
愛妻家で人柄とか、顔立ちとか無駄にさわやかな良い奴なんだけどな。この時代や殺し合いにはこれっぽっちも向いていない。
「というか、お、おまえ、デスゲームになってもまだやるつもりか」
超次元蹴鞠なる流派を作って、普通にMMOでもサッカーをやっていたんだよなこいつ。
「当り前だよ、No football,No life.だぞ」
ただ、この鍛えた技術というものは案外侮れない。
今も昔も卓越した専門技術は、尊敬を勝ち取る。
こいつは自分の君主の今川氏真をはじめ、信長や秀吉などの有名武将はては帝・公家・将軍家にまで外交チャンネルを持っていた。蹴鞠すげー。
名声値が真面目にプレイしていた俺より高かったからな。
こいつが今川に仕えるようになった第5ゲームでは、今川とかwww麿乙wwwファンタジスタwwwとネタ的でプレイヤーやNPCに食い物にされまくった家が滅んでないから恐ろしい。
「前から聞こうと思っていたんだが、現実世界であれだけやっていて、なんで余暇でもやるんだよ」
放っておくと倒れるまで、練習する。馬鹿は馬鹿でも、サッカー馬鹿だ。
「だって、必殺シュートが打てるんだよ!」
なにをばかなことをと言わんばかりに、むはー、と鼻息荒く、拳を高らかに上げる。目が夢見る少年になっている。必殺技とか光学兵器が嫌いな子供はいないのだ。
必殺シュートwwwと言いたいところではあるが、シャレにならない威力なんだよね。
戦で、こいつとその家臣団が鉄の塊やら岩やらを次々敵軍に蹴り込んでいた時は、何の冗談かと思った。
火砲の発達してないこの国だと恐ろしい武器になる。まさか『石落とし』が良く勘違いされる字面の方で機能していたとか笑えない。
「まあ、いいや。それは置いておくとして、どこに向かうかだな……強い大名といえば誰が出てくる」
「織田信長じゃないかな?」
乱世の革命児。戦国の最初の覇者。第六天魔王。
「まあ、そうだな。だが、彼は道半ばで倒れるし、まだ親父の代で、尾張(愛知県あたり)すら統一できてないぞ」
「じゃあ、やっぱり徳川家康か豊臣秀吉」
「おいこら、秀吉の事なんていった」
「ん?豊臣秀吉」
「ちげーよ!豊臣秀吉だ!豊臣氏は氏なんだから「の」がはいる。源氏とか平氏とかと一緒。秀吉の名字は羽柴になってからはずっと羽柴」
呆れたように肩をすくめる貴志。
「どっちでもいいじゃん。歴オタ気持ち悪いぞ」
うわあ、ていう顔をされた。
「サカオタよりましだ。お前だって、赤いのも青いのもどっちも同じマンチェスターだし変わんないじゃんとか言われたら切れるだろ」
「テメエ、今スグ表デロヤ」
がるるるると目が赤い警戒色に輝く。
人には誰しも触れてはいけない逆鱗がある。こと趣味に関しては、余人には計り知れないものだ。
ちなみに蓬の逆鱗は食べ物関連ともうひとつ。まあ、そのうち分かるだろう。
「たとえばなし、たとえばなし、どうどう。そしてここはもう表だ」
「次言ったら、ぶっ飛ばすぞー」
自分の事は棚にあげ、全身で怒りを表す。
「へいへい」
適当に返事をしておいた。
「とりあえず、危険は避けしばらくは様子見だろ」
「うん、概ね賛成だけど、でもね。ヨシ、それだけじゃだめなんだ」
静かに雰囲気が一変した。木の葉のすれる音が先ほどより一層耳朶に響く。
幽霊みたいな足取りでこちらに近づいてくる。
「おい、どうした貴志」
眉を寄せ、幼なじみに問う。いつも変だが、それとは余りに様子が違う。
「ヨシ、いくよ」
それだけ、呟くと。ゆっくりと形の良い腰を落とした。
まるで、今から誰かを殴るような構えだなと思ったら、右ストレートが顔面に向かって飛んできた。
不気味な風切り音が、木霊した。
掛け値なしに根こそぎ顔面を抉るような威力。拳の手甲と合わさったら、今頃死体が一つ生まれてもおかしくないほどの威力。
俺は茫然として、鼻先数㎝の所で、ギリギリ止まった拳を見る。硬く、重く、意思の乗ったソレ。
「次は当てるから」
色の無い声でそうつぶやく。冷え切った音色。背筋がひどくざわめく。
「お、おい、お前」
カボチャが証明したように、ダメージ判定は無くても、痛みはある。その途方もなさを想像し、声が上ずった。
貴志は何も答えず、昏く無機質な眼差しを向けるだけだった。
豹みたいに鍛え上げられた肉体は、小刻みなリズムを刻み、次の必殺の一撃を繰り出そうとしている。
殺気という物が存在するなら、いまこいつの全身から放たれているものがそうだろう。
全身の皮膚がハリネズミになったみたいな感覚になっている。
長い長い付き合いから、その本気を悟り、袖口から白木の扇子をとりだした。




