物語の初めに
実験作になります。MMO物はこれだけの作品群がありますので、共同幻想というかコードの共有が出来ているかなと思いまして。
書き手に回ってみようかと。
プロットは全体の半分ぐらいはつくりました。
主人公がネカマ設定なので必然的に百合物になりますのでご注意ください。
ネカマはじめました。
桜舞う春の事である。
俺の名前は佳波嘉人。
3月に15歳になったばかり。
劇的な事など何もなく、ちょっとした喜びや悲しみがスプーン一杯程の割合で垂らされた毎日を気だるげに過ごす高校生だ。
趣味はゲーム。だが、そう言いきるには少々心もとないものがある。
それは、いまも根強い需要の旧時代の平面的な諸々には全く触れた事がないからだ。
現在は西暦2032年。21世紀も3分の1は過ぎたというのに、我が家ときたら、昭和という時代を尊重でもしたいのか、電子機器に対し過度のアレルギーを持っていた。
それは、ひょっとすると憎んでいるといっても言い過ぎでないレベルでないかと思う。
そうした家庭の事情で、俺にとってゲームなんて物は、海の向こうの出来事よりも縁遠いものでしかなかった。
しかし、ある日どういう経緯か、家業で全感覚型VRゲームに携わる事があった。
仕事といっても簡単な技術や理念の指導と解説とモーション撮り、そして、実際のVR空間でのチェック程度であった。
古い家なので、人付き合いはこんがらがっていて、断る事は出来ない筋からの依頼であり、引き受けざる負えなかったらしい。
実際に誰がやるかで散々もめた挙句の果てに、一番若い俺にその仕事が押し付けられる運びとなったのだ。
その際に受け取るはずだった過剰ともいえる謝礼は、誰かがしれっと懐に納めたらしい。まぁ、そんな恥知らずは一族内ではいまさらである。
その時の俺には、そんなことはどうでも良かったのだ、仕事で使ったVR機器はそのまま手元に残ったからだ。
それから、同様の仕事がたびたび舞い込んでくるようになった。VR時代さまさまだ。
それを繰り返していくうちに俺個人の名前も少しばかり売れ、VR関係に限らず俺を指名した仕事が入ってくるようにまでなった。
流石に今度は金の流れを俺個人に入るようにして、僅かばかりの蓄えも作る事に成功した。
その後も俺は時折舞い込む仕事を葵の御紋として、これ幸いと自分の興味を満たすのに用いているというわけだ。
一概には言いあらわせない思いもある家業だが、この時ばかりは感謝した。
俺は好奇心旺盛な学生らしく、VRゲームという新しい世界にのめり込んでいった。
現実にあり得ない冒険や体験は、モノクロだった俺の日常を、鮮やかに彩ってくれた。
さすがに、昨年は受験の手前慎んでいたが、無事高校生活もスタートを切り。
一族の中で唯一といってもいい味方の遠縁の老夫婦の助力で、カビ臭い家からの脱出にも成功した。 もはや、生まれた時からまとわりついていた泥のような枷はなく、俺の自由には何の制限もない。
それでも、これから新生活よりも、これまで心の支えの一つだったVRゲームに使える時間が増えることが喜ばしかった。
さて、肝心要の俺のやっているVRゲームなんだが。勿論、花形ともいえるVRMMORPGである。
『戦国Online』という、いっそ清々しい程に何のひねりもないタイトルだ。
舞台は日本。時代のモチーフは説明いらないな。
サービスが始まってから細く長く、間もなく6年目に入るところである。
ちなみに俺は、2年目途中からのプレイヤーだ。
RPGといえば、言うまでもなく剣と魔法のファンタジーが主流で、『戦国Online』に限らず和風の世界観はハッキリ言えば人気がない。
それは、日本のゲーム史の過去現在未来において普遍の理だろう。
時代がVRになっても変わらず、下手すると和風なだけで地雷認定されてしまう。
ニンジャやカタナは大半の西洋風ゲームにでてくるのに納得いかないものがなくもない。
しかしそんな俺の思いとは無関係に、実際、この業界は王道的な西洋ファンタジーが背骨であり、変則的なスパイスとして五年ほど前から中華系のスペースオペラがブームとなっている。
これが現在VRMMO界隈の二本柱である。
中華スぺオペは俺も少しやったが、仙人や武侠が縦横無尽に暴れて実にカッコイイ。
だって、宇宙仙人って、響きが既にやばすぎるだろ。
兎も角、正統派や濃いタイトルに押され、そんなこんなで『戦国Online』はサービス開始から、しばらく影の薄い存在であった。
シェアは五千から一万人の間を行ったり来たり。安価な運営が出来るようになりつつある現在とはいえVRMMOとしては採算の取れるギリギリ。いつゆるやかな死を必然的に迎えてたかも分からなかった。
転機が突然やってきたのは昨年の事、五シーズン目の事であった。
とある女性ボーカルアイドルグループの某が『戦国Online』のプレーヤーという事が分かり爆発的に、ユーザーが増えたのである。
そもそも、そのグループが人気になったのも、件の某という子が、国営局の、国民的時代物ドラマで、史実とは関係ないスポットヒロインで登場し、悲劇の姫君を演じきった事がきっかけだったらしい。
相変わらず、また脚本はダメだったらしいが、その姫君の儚くも麗しい演技だけは視聴者の涙を誘ったとかなんとか。幼なじみにその時の画像を見せてもらったが、確かに夢の様な美少女だった。
まあ、カビの生えた我が家にはテレビを見る習慣すらなく、聞き流していたが、つい、演技が上手い人間とか腹黒いとしか思えない。と口に出したせいで、大ファンである幼なじみはマジギレ。危うく、貴重な友達を無くすところであった。
実際、某さんの事をよく知らないのに、そんな事を言ってしまうなぞ、偏見は確かに良くなかった。いつか機会があったら本人にも謝りたい。
まぁ、そんな機会は永久にないと思うが。
とにかく、あの姫君に逢える。もしかしたら、それ以上もあるかも、という希望的観測に突き動かされた山師たちが押し寄せてきた訳である。
ところが、同名や役名のPCは山ほどいたらしいが、実際の本人の行方はとんとわからなかったらしい。
あらゆる種類の四方山話が巷間に流布したが、その中で一つ今後に関わる話がある。彼女がゲーム内の性別を偽ってるのではという話である。
しかしながら、その話は多くの噂話でも一笑にふされる類のものであった。この『戦国Online』に限っては性別を偽るメリットがあまりないからだ。
それは、詳しく話すと二つの要素が関係している。
一つは婚姻システム。
ゲーム内のPC、NPC問わず婚姻を結ぶ事が出来る。ありふれた要素だが、史実のあのイケメン武将と結婚できるという事で、歴女の多くが集まった。
噂では、初期の男女のユーザー比は1:9だったらしい。
どう考えても異常事態である。歴女すげえ。
もちろん、美人の姫君や、凛々しい女武将と結婚できるという事でコアな男性ユーザーもそれなりにいたが、やはり全体からすると少数でしかなかった。
まあ、和装の姫君より、エルフや猫耳妖精の方が胸高鳴るしな。
だがそこに、アイドルと結婚できるかもということで、釣られたクマーな男性たちが大量に押し寄せた事でユーザー比は五分五分になったらしい。
この『婚姻システム』は様々なステータス的特典もあり、なによりも美男美女と寄り添う優越感など味わえるために、よき伴侶を探す事が大きな楽しみの一つになっている。
その分、有名大名の姫とか競争率が半端ないが。
更に身分が上がれば、戦国時代なので重婚もできる。ハーレムはまこと男子一生の夢である。
逆に言うと、本来の自分と異なる性別でプレイしても特殊な趣味の人達以外はあまり楽しめないのだ。
ここまでが問題の一つ。
そして、もう一つはというと、骨格が調整できない事である。
顔や体型はいじれるが、より体感に近い動きをしてもらうとうメーカー側の方針のために、骨格は現実の体と一緒なのだ。
肉付きは変えられるが、本来、男性のアンダーバストは、女性のトップ程もあるわけで……あとはわかるな。
比率のおかしい、ごっつい姫君とか、間違いなくトラウマ予備軍である。
というわけで、件のアイドルも身長はごまかせない、彼女の149cm(幼なじみから聞いた)という小柄な体はそこそこ目立つのだ。
知りうる限りのそれくらいの背丈の女性プレーヤー達のIN時間と、現実の彼女のスケジュールを比べるという、大きいお友達たちのアウトギリギリかもしくはギリギリアウトな頑張りの結果、どうしてもみつからなかったらしい。
執念というか怨念というか、もうゲーム内にも何かしらの条例を施行した方がいいのではと思わずにはいられない。
一応、昨今国会でもVRゲーム内のあれこれは、たびたび話題に上るらしいが、相変わらず民主主義らしい牛歩で月にむけて歩いている。
それはひとまず置いておいて。だからこそ、彼女の行方はそこそこ大きな関心事になった。
騒ぎが嫌で引退しただの、実は他の和風ゲームだったの、現在も日夜建設性の無い議論が行われている。ついには冗談で懸賞金までかけられたらしい。まるで、ツチノコがメタル系にでもなったような扱いである。
その中で、引き算的な仮説として、実しやかに囁かれ始めたが、殆ど可能性はない『性別変更』という四方山話だ。
ここまでで四月に降る雪並みの珍事という事がご理解いただけたと思う。
じゃあ、なんで俺が、ネカマをはじめたかという話までまで戻るとしよう。
結論から言うと、現実での出来事の復讐のためである。
晴れやかな入学式からのドタバタも落ち着いたある日のこと。
鷲見慶司というクラスメートがいる。
イケメンで背が高く。勉強もできて、バスケ部の一年生エースで中学の時は全国区の選手だったというマンガの主人公みたいなやつだ。いや、最近だと主人公の友達だろうか。
当然女子の人気も高いという、いい加減滅びればいいと多くの男子が思う種類の人類だ。
このバスケ野郎とは、最悪な事に俺の中学時代からの同級生なわけだが、なんか、事あるごとに突っかかっていくるのだ。おい、男女と。
そもそも、俺は昔から華奢で病弱で、運動も余り得意ではない。ご多分にもれず厄介事には巻き込まれやすい。
更には家の方針で、華道や茶道を修めているので所作がどことなく女らしい。男らしくないのは自分としても自覚しているので今更、何も感じない。
昔から、そういった手合いで馬鹿にされるのは慣れていたし。これまでも、そういった奴らは、極力相手にしないようにしてきた。
そしたら、大抵の奴はすぐに飽きるものだ。
だが、このバスケ野郎だけは、飽きもせずちょっかいをかけてくる。
そして、俺だけならまだしも、今回は俺の幼なじみまで巻き込んだ。
「こんな女男と付き合っていても、なにも良い事ないよ」
その後に続けられた言葉はどんなだったかハッキリ思い出せない。だが、俺をひどくなじるものだった事だけは確かだ。
ただ、そこで怒ったのは俺ではない。幼なじみだった。
白くなるほど握られ、震えた拳は忘れようにも忘れられない。
俺が全力タックルで組み敷かなかったら、確実に殴りかかっていただろう。
あいつは、俺なんかと違い、所属するサッカー部では将来を大きく嘱望されているのだ。
約束された未来を俺なんかのために棒に振らせるわけにはいかった。
体力差のある幼なじみを必死に抑えつける俺。それを馬鹿な事をと頭上であざ笑う声を確かに聞いた。
ふたりきりの夕暮れの帰り道、なんで止めたと俺を罵り、ボクは悔しいと泣いた幼なじみ。
昔からこうだ。俺の事で、俺が怒る暇も与えない。それでいて、憤りを俺にとことんぶつける本末転倒な奴。
どうしようもない幼なじみである、本当にどうしようもなく馬鹿で優しい奴。
だから、俺は胸に誓った、あいつを泣かせた分の3倍返しをしてやる。
自慢じゃないが、俺はびっくりするくらい友達がいないのだ。
野郎は最近、『戦国Online』を始めたらしく、クラスで自分の情報をペラペラしゃべっている。
どうせ、件のアイドル様に影響されたのだろう。だとしたら、効果的な復讐がある。
ずばり、美人局。
ほんのちょこっとだけ惜しくも全国平均に届かない身長。もやしも裸足で逃げ出す細い肢体。母譲りの女顔。
遺憾な事に、俺には、ネカマが出来てしまうのである。
素に帰った時の心理的ダメージは決して小さくは無いが、そんなの構わない。
暗い気持ちはマグマの様に煮えたぎっている。
俺は蛇よりも執念深いのだ。
バスケ野郎がいう男女の底力を味あわせてやる。女系家族で培われたトラウマのおすそ分けをたーんとしてやろうではないか。
お前の15年の人生のプライドを完膚なきまで砕いて。それこそ、ケツの毛までむしり取ってさしあげよう。
そうして、このゲームのみに特化した電脳スキルと、メインPCでため込んだ金をこれでもかと使いこみ。長い長い時間をかけて、それはそれは美しいキャラを作り上げた。
絹のような腰まで届く黒髪。貴石をはめ込んだ様な双眸。濡れた長い睫毛。端正な薄紅色の唇。雪化粧をした白磁の様な肌。すらりとした細く長い手足。優美な曲線を描く高い腰。美しいというよりも麗しい透明な存在感。
まるでお伽噺の夢幻の佳人。
一輪の百合の様な、どこか儚げな美少女。
モチーフはあのアイドルである。
作ってた俺ですら、思わず生唾を飲み込んだね。
俺の好みからすると、少し幼い感じだが、まあ、同世代の方がよいだろう。
さあ、レッツ美人局。
そうして、ゲーム開始6年目、第6シーズンが始まった。
そして―――――
―――――重厚なBGMと共に、明朗なバリトンは歌いあげる。
「蓄えた財宝。鍛え上げた家臣。育てたスキル。全能力を持って、生き残りたまえ。真の英雄の誕生を我らは心待ちにしている」
ネカマはじめました。
正確には、初期能力のネカマでデスゲームはじめました。
いやー、俺、オワタ。人を呪うなら穴二つというが、余りの深さに目眩がします。
どんな理由があろうとも人間悪い事は考えるものではないね。合掌。
読了おつかれさまでした。
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