2-3 姉妹はウェイトレス
――羊飼いの憩亭
街の北部に宿を構え、出稼ぎの鉱山夫や冒険者にその寝床を提供している。
一階部分に大きな食堂があり、宿泊客以外の人間も多く出入りしている。
「この子たちの知り合いなら、全然構わないよ」
「ありがとうございます」
宿の女将に深く頭を下げ、お礼を述べた。
その日の宿の確保すら忘れていた俺を見かねて、リウェンが――でしたら、私たちが泊まっている御宿でよければ。
と、ここに案内してくれた。
途中、リルドナが宿の確保の失態にヤジを飛ばしていたが、もちろん聞かなかったことにしている。
「それじゃ、部屋はここの二階だから、悪いけど荷物は自分で運んでおくれ」
「それくらい気にしませんよ、では失礼します」
「ああ、夕食はまだかい?まだならウチで食べていっておくれよ」
夕食どころか、昼食すら食べてないことに思い出した――紅茶しか飲んでないな…。
思い出したら、律儀に腹が空腹を抗議している。
俺は、手早く荷物を部屋に押し込み、食事にありつこうと食堂の席に着いた。
宿泊客以外も来ているんだろう、広い食堂は多くの人で賑わっている。
「ご注文は、どうなさいます?」
銀髪の可愛らしいウェイトレスが声をかけてきた。
…。
あのー、なんでキミはそんな格好しているのかな?
見渡すと、リルドナも同じく給仕で走り回っているようだ。
「ここで働いているのか?」
「姉が、やってみたいというので、手伝っていたらこうなってました」
そこまで言って、彼女は俺に渡すつもりだった冷水を持ったままな事を思い出し、コップを差し出す。
「あ、すみません…どうぞ」
「ほい、ありがと――」
バシャ!
顔面が冷却される。
「あ、あ、すすすすす、すみません!」
オロオロとリウェンが謝りながら、俺の顔を拭こうとハンカチを取り出した。
――が、その刹那、テーブルに身体を引っ掛けた。
「にゅ…?!」
バランスを崩し、そのまま頭から床に倒れ
――させなかった。
「セ、セーフ…」
「うぅ…」
リウェンは顔を真っ赤にし、涙を浮かべうな垂れている。
「と、とりあえず、この『羊飼いのオススメ定食』をお願いするよ。」
「…」
こくん、と頷いて答える
がっくりと肩を落とし、とぼとぼと歩く後姿が厨房へと消えた。
――がんばれリウェン、俺はキミのことを応援してるぞっ。
「はーい、おまたせっ」
「お、サンキュ」
料理はリルドナが持ってきた。
器用にトレーも使わず、いくつもの食器を運んでいる。
「熱いから、気をつけてねぇ」
「なんで、お前は素手で持てるんだ…」
口を動かしながらも、料理を優雅に配膳していく。
「我慢すればいいだけよ、」
「トレー使えよ、我慢しなくてもいいじゃないか」
それを聞いて、素っ頓狂な声を上げた。
「そんなことしたら、料理が冷めちゃうじゃない」
おお、なんて優秀なウェイトレス。
それなら、冷めないうちに頂くのが礼儀だ、まずはスープから手を付ける。
じんわりと胃に染み渡る。
「美味い…!」
お世辞じゃなく、本当にそう思った。
「でしょ?」
俺の反応に満面の笑みを浮かべる。
「そのスープね、レシピはリウェンのオリジナルなのよぉ。」
「へぇー、そうなのか。すごいなー才能あるんじゃないか?」
リウェンを褒めているんだが、リルドナは自分のことのように嬉しそうだ。
「あの…ね?」
「なんだよ」
不意に歯切れの悪い口調になった。
「リウェンのことなんだけど…あんまり悪く思わないでね」
「なにがだよ?」
「や、あの子ちょっとドジだから、アンタにも迷惑かけちゃってるし…」
ひょい、とデザートのリンゴを一切れ摘み、そのままパクリ…それ俺のだぞ。
「悪気は、無いのよぉ?一生懸命が空回りしてるだけだからー」
「大丈夫だよ、気にすんな。それよりも厨房に戻ったらリウェンに『美味かった』と伝えてくれ」
「ありがと、」
さらに、もう一切れリンゴを口に放り込む。
「そうそう――お兄ちゃんがアンタのこと呼んでたから、
それ食べ終わったら部屋に行ってあげて、アンタの部屋の向かい側だから」
ひょい。
またリンゴ盗った!
「なんの用だろう…?」
「さぁ~ね、んじゃ、あたしは戻るわ~」
去り際にさらにリンゴを摘んでいく、結局全部食われてしまった。