1-2 姉は強襲者
「だってぇ、リウェンがあんまり帰りが遅いからさぁ…」
「姉さんは手が早すぎます」
バツが悪そうに言いよどむ姉と、厳しく諭す妹。
姉の名はリルドナというらしい。
――姉、なのか?と思わず聞き返したくなるくらい似ていない。
真っ黒な髪。
真っ黒な法衣だか、修道服だか、二重回しだか、よくわからない服。
真っ赤な燃えるような瞳。
乱暴なもの言い。
そしてキツイ表情の――あぁ、表情の所為で違って見えただけで顔は同じ造りだな。
……。
勝手に完結・納得した。
「…てて、
まぁ、妹想いの良いお姉さんだとは思うよ。」
――買い物に出かけたリウェンが帰ってこない――いくらなんでも遅すぎる。
捜しに行こう――見つけた! 倒れてる?! しかも不振な男が今まさに手を伸ばして…!
「という思考回路に至ったのは仕方ないことかな」
「エインさん…」
「うんうん、」
でしょ?でしょ?わかるでしょ?とか言いそうな、そんな顔をしている。
随分と忙しいお顔だな、全く。
「――だが、意識が飛ぶくらい殴るのはどうなんだよっ」
「ちゃーんと、手加減したわよ、アンタ冒険者なんでしょ?あれくらい避けなさい、この無能!」
「もうっ姉さん!」
・・・これぽっちも反省してないな。
避けろと言われても絶対あれは一発じゃなかっただろう。
「何発だ?」
「…へ?」
「何発殴ってくれたんだ?
そして俺は何発避けたら良かったんだ、教えてくれ」
リルドナは目を泳がせ、胸の前で左右の手の人差し指を付き合わせて、何か思案している。
「ろ、六発…かなぁ?」
「いえ、十六発です」
ピシャリとリウェンが真実の刃で切り捨てる。
「さらに、倒れたところに追い討ちの膝が一発です」
ひでぇ…よく生きてたな俺。
この姉の凶暴さは良く判った、そしてそれを冷静にカウントしていた妹も相当だな。
腑に落ちないが、これ以上「寄り道」をするわけには行かないので、リウェンのことは、この凶暴な姉に任せよう。
「まぁいい…これ以上言い合っても仕方ない」
「何よ」
口を尖らせて、こちらを睨んでいる。
「今度、俺に茶を淹れろ、それで手を打ってやる」
「はぁ?」
リウェンが口を押さえて笑い声を押し殺している。
「得意なんだろ?リウェンが美味いと褒めてたぞ」
「え?あー、うん、そそそそ、そうよっ」
照れているのか、すっかり顔が赤い。
褒められるのに慣れてないらしい。
「ま、まぁ、そこまで言うなら淹れてあげてもいいわよ~、うん」
「じゃあ、この件はこれでエンドゲームだ。
ほらほら、リウェンのことは任せたからな」
持ち上げるだけ、持ち上げておいて
不意に話を切ったので、また不機嫌を顔に顕す凶暴姉。
表情をコロコロと変える凶暴姉を見るのも面白いが、いつまでも構ってられない。
俺としては、終盤を迎えることなく、投了なんだけどな。
「はいはい、言われなくてもそうするわ。
アンタなんかネコ踏んで死んじゃえ!」
ベーーと舌を見せる、子供かコイツは…。
「ほら、行くわよ、リウェン。」
「あ、姉さん、ちょっと…引っ張らないで。」
ひょいと左手で――つまり片手一本で――リウェンの紙袋を抱え、右手でリウェンの手を引く。
…。
あいつ…本当に女か?
白と黒の背中を黙って見送る。
賑やかな声が次第に遠ざかり、静けさを呼び戻し始める。
昼下がりの街に溶け込む白い背中が、不意に立ち止まりこちらに向き直った。
ぺこり。
俺は手を振って応えた。
「やれやれ……」
――俺も行動を起こすべく、荷物を纏めた。
日も傾きかけている、道を行き交う人もまばらだ。
すっかり遅くなってしまったが、一旦この街の冒険者ギルドで依頼主の確認を取らなければ。
「あの…すまんが、」
「…?」
いつの間にか、カフェの店長らしき中年が、メモ書きを手渡してきて、こう述べた。
「一六〇セウムだ」
「…は?」
領収書にはしっかり「二人分」のお茶代が記されていた。