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公爵令嬢の愛馬〜剛腕ケンタウロス娘の騎士道物語〜  作者: 相竹 空区
第1の乗り手、女騎士コンスタンス

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第1の乗り手、女騎士コンスタンス①


 公爵領から辺境伯領までの道のりは長いものではあるが、道の過酷さはまるでない安定したもの。

 これから戦争だというのに、そこまでの道中で脱落者を出してしまっては元も子もない。

 戦場で、そして道中で消費する為に持参した食糧もあるので飢える心配もなかった。

 ……筈だったのだが。


「ローリー! 貴様まだ食べるつもりか!?」


 若い女の怒号が野営地に響く。

 亜麻色の髪を三つ編みにした女は、細い眉を吊り上げ怒気で顔を赤くしローリーへ詰め寄る。


「おはようございます、コンスタンス様! 自分はいつも、これくらい食べるのでありますよ」


「なんという事だ……待て、何を食べているのだ」


「麦です」


「生麦ではないか! 腹を壊すぞ!」


「自分は生まれてこの方、これを毎日食べているのでありますよ。ですが腹を壊した事など数える程度しかありません」


「む……そうかケンタウロスはそうなのか……いやしかし、生麦を食わせていいものか……ああそうか、今年はやけに飼料が多いと思ったら……」


 女……コンスタンスはブツブツと独りごちる。

 戦争にあたり、各領主はある種の税として兵を送るが、その兵が食べる食糧は持ち込む形になる。

 その食糧の量が、例年よりも多かった。

 収穫量に応じた多少の振れ幅とするには些か多めであった事を、コンスタンスは気付いていたのだが。

 その原因が目の前のケンタウロスであると知り、眉間に皺を寄せる。


「コンスタンス様は独り言が多いであひまふね」


「飯を食いながら喋るな。まったく親父殿は面倒を押し付けてくれる……」


「コンスタンス様は先生とは全然違って──」


「違って、なんだ」


 コンスタンスの吊り上がった眉尻が更に上がる。

 眉間の皺は深くなり、嵐の前触れのように怒気が引く。

 が、ローリーは麦を口に放り込んで呑気なもの。


「賑やかでありますね」


「舐めているのか? いや落ち着け……馬に怒る騎士が居るものか……ふぅ、何か袋を用意させる。それに麦を入れて道中で食え。出発する時間だ」


 女騎士コンスタンス。

 ローリーの師である老騎士ハンフリーの娘であり、彼女自身もレッドメイン公爵家に仕える身。

 今回も公爵家から送られた兵力として、辺境伯領までの道を進んでいた筈だったのだが。

 今年はその道中での、ローリーの面倒を任された。

 彼女自身がローリーに食事を用意したり、ブラシを掛けたりする訳ではない。

 ないのだが、ローリーは四六時中コンスタンスの側に居た。

 道を進んでいる時も、休憩を取る間も。

 

「コンスタンス様! あれはなんですか!?」


「あれ……? ああ、羊だ。毛を刈り様々なものに加工する」


「コンスタンス様! じゃああれはなんですか!?」


「あれ……どれだ」


「あ……消えちゃった。もー」


「ボクのせいなのか……?」


 ローリーは知り合いなど居ない環境で、信頼する人の娘であるコンスタンスに頼る事で不安を和らげたい。

 コンスタンスは生来の真面目さから、公爵から辺境伯への贈り物を守る為。そして父親から任された為。

 周囲も見慣れないケンタウロスに不気味さを感じ、近寄りたがらないので、余計にローリーはコンスタンスに張り付いて離れない。

 結果として、このように姉妹……あるいは飼い主とペットのように時間を過ごす事になっていた。


「この辺りから辺境伯領に入る。王国東端にあるこの地は、帝国からの侵攻を阻む盾だ。国土の大きさで王国を遥かに上回る帝国相手に、ダンヘニー辺境伯閣下は騎馬兵力を巧みに使った戦いで、幾度となく王国を守った戦上手」


「詳しいんですね」


「当然だ。ボクも幾度となくこの地で、王国を守る為に戦った。その全てで閣下は指揮を取られたのだ。主君を持つ者でもあっても、共に血を流して戦ってくださった閣下の事を慕う者は多い」


「へぇー。自分も辺境伯閣下と共に戦うのでありますか」


「さてな。ボクに任されたのはお前を送り届けるまで。その先の扱いは関知しない」


 辺境伯領を横切るように、東の端へ。

 王国と帝国の国境に近付くにつれ、同じ方角へ向かう武装した集団が増えてくる。

 王国各地から集まった兵士、騎士。そしてそれらを満足に機能させる為の各種物資。

 軍馬に駄馬にと馬も多いが、ローリーのようなケンタウロスは居ない。

 故に目立つ。悪目立ちと言って差し支えない、そんな注目の集め方をしていた。


「アレはレッドメインの……妙な品を集めては屋敷に引き篭もっていると聞いたが、公爵はケンタウロスの繁殖でも始めたのか?」


「あの変わり者の考えは分かりかねる。辺境伯閣下の盟友であるからには、アレも相応に価値あるモノではあるのだろうが……」

 

 数多の人々の流れが一箇所に……丘の上の野営地へと集まる。

 やはりその道中でローリーは落ち着かない視線を向けられるので、耳を頻繁動かして周囲を見回してはその度、コンスタンスに咎められた。


「落ち着け。他の馬を見てみろ、悠然と歩いているだろう。よく訓練された証だ。貴様は公爵から辺境伯への特別な贈り物なのだから、それらしく振る舞え」


「それらしくって、どんな感じでありますか?」


「視線は前。胸を張って顎を引き……そして麦をつまみ食いするのをやめろ! 鞭で叩かれたいのか!?」


「ひえぇ……」


 野営地には王国中から派兵された者達が陣を作り、広大なテントの森が出来上がっている。

 公爵領からやって来た一団も、その一角にテントを建てるべく脚を止めるがコンスタンスはそのまま野営地の中心へ。


「来い。辺境伯閣下にお前を引き渡す」


「それじゃあコンスタンス様とはお別れですか?」


「さてな。戦場で顔を合わせる事もあるやもしれん。辺境伯閣下にはお手を煩わせる事になって申し訳ないが、次に顔を合わせる時には多少の礼儀が身に付いているとよいが」


 野営地は中央部に近付く程、身分の高い者のテントが並ぶ。

 テントではあるものの、それを部屋と呼んでも過言ではない快適性を備えた広々としたもの。

 そんなテントの中でも1番大きなものが、野営地の中心にあるこの場所。

 大勢の人が出入りして、次々と物を運び入れては去ってゆく。

 慌ただしさと、そこに出入りする高貴な人々の中では、ローリーはやはり悪目立ちした。


「よし。ここで待っているんだ。貴様を指揮所に入れる訳にもいかないからな」


「お利口にしているであります!」


 ただぼんやりと待つ事しばらく。

 その間もローリーは訝しげな視線を向けられては、逆に視線を返してやると避けられる。

 そんな不毛な時間を過ごしていると、テントからコンスタンスが出て来た。

 横には品の良い口髭の男。穏やかな笑みと、紳士的な立ち振る舞い。

 だが華やかな服ではなく布鎧(ギャンべゾン)を身に付け帯剣している事が、彼が自分自身を騎士として定義している現れでもある。


「閣下、こちらがレッドメイン公爵からの贈り物。赤毛のケンタウロスでございます。名馬を数多抱えたレッドメインの中でも、最も速く力強く駆ける駿馬。戦い方に関しても基礎的な部分は我が父、アドレイが仕込んでおり──」


「うん、分かったとも。キミ、名前は?」


 辺境伯がコンスタンスの説明を柔らかく遮って、それで聞いた事が名前。

 所在なさげに俯きがちなローリーの顔の下へと潜り込み、コンスタンスではなくローリーと眼を合わせての質問だった。


「自分は、ローリーと申します」


「ローリー君か、良い名前じゃないか。この地を治めるこの私、辺境伯が歓迎する。よろしく頼むよ」


「えっと、自分はどうしたらよいのでありましょうか」


「そうだね……流石の私もケンタウロスの兵は初めてだ。いやはや、奴は相変わらず変な事をする……」


「辺境伯閣下は、公爵閣下と仲が良いと聞きました」


「ああそうさ。初陣から、それ以前からの仲か。無数の戦場を共に駆け抜けたものさ。いつかあの【血塗れ】についての話をしてあげよう」


 辺境伯は子供のように楽しげに笑うと、口髭に触れながら少し悩む素振りを見せる。

 嵐のような、あるいは子供のように表情、やる事、考える事が変わる人だった。


「だがまずはキミをどのように扱うかだが……よし決めた──ルイス!」


 辺境伯が大声で指揮所の中へ呼び掛けると、中から茶髪を刈り上げた若い男が現れた。

 辺境伯と同様に、布鎧と帯剣で実戦的な見た目ではあるが、彼自身の若さからくる力強さが、同じ服装ながら辺境伯よりも荒々しい印象を強めていた。


「なんだ親父、それが例のケンタウロスか。デカいな」


「よし、ローリー。キミの事は息子に任せるとしよう」


「はぁ!? 待て親父、俺はケンタウロスの扱いなんて──」


「では私は忙しいのでね。失礼するよ!」


 荒々しい見た目ながら、辺境伯の息子であるルイスはものの見事に父から面倒を押し付けられた。

 眉尻を下げ、困った様子でローリーに向き合うと、その見上げる大きさに呆れてため息をひとつ。


「……ルイスだ」


「ローリーです。こちらはコンスタンス様」


「ボクの説明はいいんだよ。ルイスとは何度も会っている」


「なんだコンスタンス、もう随分と仲が良さそうだな」


「やめてくれ。我が親父殿に頼まれたせいで、面倒を掛けられていた。あとは任せる」


「そうか。じゃあローリー、お前はこの騎士コンスタンスの側に居ろ」


「なっ……」


 絶句するコンスタンスを他所に、重荷から解き放たれたルイスは晴れやか。

 軽く手を振り、背を向ける。


「お互いに気心知れた仲なんだろ? とりあえず任せた。俺は挨拶やら色々して全体の把握しなくちゃあならん。じゃあな!」


「待てルイス! 本当にボクに押し付ける気か!?」


 コンスタンスはヒラヒラと手を振り去って行ったルイスに唖然とし、ローリーと一緒に取り残された現状を噛み締め、苦い顔。

 端正な顔が苦虫や苦汁など、あらゆる苦さに歪んでローリーを睨む。


「また一緒ですねっ! コンスタンス様!」


「なんという事だ……あの親子はまったく、どうなっているのだ……」


「いやぁ、緊張しました。なんと言えばいいんでしょうか、辺境伯閣下は優しい雰囲気なのに肩がキュッとなってしまって。でもルイス様は気さくな方でした! あ、もちろんコンスタンス様が1番話しやすいのでありますよ……!」


 緊張から解き放たれて、ローリーの舌はよく回る。

 それが余計にコンスタンスの神経を逆撫でするのだ。

 眉間の皺は深くなり、憤懣を飲み込もうとなんとか耐えていると、口さがない話し声が聞こえて来た。


「あの女騎士、今年も居るのか。なにやら珍妙なのを連れているが」


「女だてらに騎士などとうそぶいておるのだ……珍妙さで言えばケンタウロスとそう違いはあるまいて」


「鉄拳卿の勇名も堕ちるな、あれでは」


 コンスタンスは拳を握り締め、手袋が異常な伸長に悲鳴を上げている。

 怒りに肩を振るわせて、顔に赤さが増してゆくが……深々と息を吸い、それを必死に飲み込んだ。

 そうして吸った分の息を吐き出し、表面上何もなかったように見せ掛けて。

 ただそれでも、拳は強く握り込んだまま。


「ローリー、貴様は何が出来る?」


「え? あー……先生からは槍の扱い方と突撃を教わったのであります! これが出来ればなんとかなる、と聞きました!」


「まあそうだろう。一列で歩調を乱さず突撃出来れば問題はないな、よし……」


「それで……自分は騎士になれるでありましょうか?」


「……は?」


 一度は飲み込んだモノが再び駆け上り、瞬間的な熱となってコンスタンスの頭を揺らす。


「騎士です! 自分は騎士になりたいのであります。そしていつか、主君の元へ馳せ参じたいと──」


「認めない」


 純粋な憧れを口にするローリーが、目の前のケンタウロスがどうしても許せなかったのだ。

 視界に残る鮮烈な赤すら憎たらしく、吐き出した言葉には震えすらあった。


「──ボクは認めないぞ、そんなの」


「認めないとはなんですか! 自分は騎士になりたいのであります!」


「ケンタウロスが騎士になれる訳がないだろう! 貴様は馬だ! 獣なんだよ! 騎士に相応しくない!」


「自分も馬鹿じゃないから分かるのでありますよ! コンスタンス様は騎士だけど、女の人が騎士になるのは珍しい事だって!」


「だからボクのように騎士になると!? ハッ! たかが馬が騎士になるか? 叙任されるのは貴様に乗る者さ! 勘違いも甚だしいな! 名馬だなんだと聞いていたが、こんなくだらない(たち)があるとはな! ボクが躾けてやる!」


 コンスタンスは鼻息荒く、金の三つ編みを揺らしてローリーへと大股で近寄る。

 そうして鞍も着けないローリーの背中へ乗ろうとするので、ローリーも身を翻して抵抗するが……四つ脚で旋回は無理があった。

 背中に手を掛けられれば、ローリーも必死になって前後に動く。


「なっ……! やめてください! 最初に乗せる人は決めているのであります!」


「くだらん! 乗り手を選ぶ駄馬なんて価値がないんだよ!」


「やめてって──」


 コンスタンスは騎士だ。

 当然ながら、馬の扱いも修めている。

 故に馬の危険性についても十分理解していた筈なのだが。

 ローリーという話が通じるものの、ケンタウロスという異種族である事。そして頭に血が上っていた事が、判断ミスを招いた。

 つまり、馬の背後に立ってはいけなかったのだ。


「──言っているのであります!」


「うわっ──!?」


 夏を前にした辺境伯領。

 東に敵を睨んだ野営地にて、戦を前に1人の騎士が吹き飛ばされた。

 それはもう軽快に、野営地に響く音を響かせて。


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