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ケンタウロスと騎士道  作者: 相竹 空区
第2の乗り手、公爵令息ケイレブ

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20/22

第2の乗り手、公爵令息ケイレブ③


「ふん。熊に怯えて妹御を見捨てた臆病者が、ようやく初陣か? 戦場に熊が出ないといいな!」


 諍いのきっかけは、何某という騎士がこのようにケイレブを嘲った事だった。

 だがその騎士がケイレブを嘲るに至ったきっかけは、第二王子セシルの尊大な振る舞いだったので……結局のところ、争わなくてもよい2人が争っている形だ。

 咎めようにも咎められない相手、横に居るのは丁度よく突きやすい相手。

 そのようにして選ばれたケイレブは、この場唯一の被害者と言えるだろうか?

 だがケイレブは単なる被害者である事を良しとしない。

 血走った目をして、高らかに叫ぶ。


「決闘だ! その言葉、取り消してもらうぞ……!」


 騎士や兵士など野次馬に囲まれて、そんな言葉を口にすれば取り消す事などもう出来ない。

 これでもう、単なる被害者ではなく名誉の回復の為に戦う形。

 とはいえ決闘とはそう易々と行うものではなく、神聖であり、そして暴力なのだ。

 双方共に怪我をする可能性があり、これから戦争だというのにそんな事をしては本末転倒。

 野次馬の中から、冷静な騎士が諍いに割って入った。


「待たれよ、決闘とは穏やかではない。我らの敵は東に臨む帝国だ。ここで無闇に血を流せば、この地を預かる辺境伯閣下にご迷惑が掛かる」


「ふん、命拾いしたな。ここは貴族の遊ぶ品の良い学園とは違う。おままごとの決闘とは訳が違うのだよ」


 それは実に正しい言葉だ。

 集まった野次馬も、それには首肯する。

 決闘とはそれだけの重みがあるのだから。

 だが、それでは収まりがつかないのだ。

 ケイレブは胸中で煮えたぎるモノを言葉として吐き出して、鎮火させまいと火を煽る。


「それで、臆病と嘲った相手から逃げるって!? だったら帝国相手にもそうにしたらいいよなぁ! 誰かにお話しして庇って貰えば、それでお前は戦わずに済む……おっと、このような人を指す言葉があったよなぁ……臆病者、だったか」


「貴様ッ! 良いだろう! 相手をしてやる、剣を抜け!」


 騎士とは体面、名誉で生きているものだ。

 公衆の面前でこのように言われれば、名誉の為に戦わなければならないし頭に血も昇る。

 これはケイレブも同じ事ではあるのだが……その点で2人共、同じ程度の人間だった。


 だがしかし。

 騎士と貴族の子息では事、戦いにおいては程度の差は極めて大きい。

 そもそもケイレブはこれから初陣という若年で、決闘を吹っ掛けた相手は騎士なのだ。

 もはや止める事の出来ない決闘の流れの中で、野次馬を囲いとする円形闘技場が出来上がる。

 こうなればもう逃げ場は存在せず、否応無しに戦いが始まってしまう。

 鎧姿の男2人が向かい合い、バイザーを下げて剣を抜き放てば準備は完了。

 何某の騎士は、剣を構えながら戦い前の最後の言葉を発する。


「乞え。今ならまだ、無様に負けて無駄に名誉を傷付けずに済むぞ」


「……」

 

 ケイレブは応えない。

 無言、微動だにせず、剣を構える。

 これが初陣も終えていない子供の振る舞いだろうかと、異様さを感じ取った者らが少し騒めく。


「甘やかされて育った貴族の坊ちゃんかと思ったが、中々どうして堂々たる振る舞い」


「怯えて震える事すら出来ないだけじゃないのか?」


「果たしてどちらか、それを明かすのが決闘だ」


 仲裁に入ったはずの騎士は成り行きで見届け人になってしまい、苦い顔をしながら両者を見やる。

 決闘というよりは殆ど喧嘩。

 秩序立った決闘の順序も随分飛ばしたものではあった。

 だが双方準備が整い、引き絞られた弓の如く闘志を滾らせているのを確認して、やむを得ないと高らかに宣言する。


「これは名誉を回復する為の決闘、そうだな?」


「そうだ! 騎士への侮辱、取り消してもらう!」


「レッドメイン家の男として、臆病者の誹りを受ける訳にはいかないんだよ」


「よし……では尋常に──!」


 勝負、と声が上がっても、双方微動だにしなかった。

 野次馬は聞き間違いだったかと、そう思うような静かな始まりの決闘。

 経験が浅く、そして怒りやすい気質のあるケイレブならば速攻を掛けると思われたのだが。

 そして何某の騎士も、そんな無謀な攻撃に出たケイレブの鼻っ柱をへし折るつもりだった。

 実際には双方動かず、睨み合いの形に。

 となればそう、有利な形で相手を動かしたい。

 ケイレブには確実に感情を揺れ動かしてしまう弱点があるのだから、何某の騎士はそこを突く。


「怖気付いて、動けないか? この決闘では全てが明らかになる……臆病者が、誰か」


 嘲りを口にしたのだ、その感情は間違いなくある。

 あるが、そもそも騎士として叙任されるに至る修練を重ねた存在だ。

 実力差に関しては誰しもがある、と考える戦いだ。

 だが、それでも。


「──ッ!」


 ケイレブが行った事は単純。

 最速で真っ直ぐに突っ込み、相手の剣を弾いた。

 相手の騎士には明確に侮りがあった、だが相応の実力差もある……と考えられていたのだ。

 にも関わらず、不思議な事にケイレブは見事に相手の防御を崩して見せた。

 そしてそのまま更に突っ込み、剣を手放し拳を兜目掛けて叩き込む。

 あとは押し倒し、完璧なマウントポジションから殴る、殴る。

 槌を金床に打ち付けるように殴って、殴って、殴って殴って殴って殴って殴って殴って……

 抵抗が無くなるまで殴り続けた。


「これでッ! 理解したろッ! ……おい、これで勝ち。そうだよな」


「あ、ああ……ケイレブ殿の勝ちだ……」


 歓声も何もない。

 ケイレブは間違いなく格上とされる相手を倒し、決闘に賭けた名誉の回復を果たした筈にも関わらず。

 本人も特に気にしない。

 ただそこには叩きのめされた騎士が居て、叩きのめしたケイレブが居る。これだけが重要だった。


 勝者であるケイレブは満足するでもなく、ただ怒りを収めたその程度。

 勝利それ自体に価値を見出さず、これはただ名誉の回復をしただけの事。

 殊更に勝利を掲げるでもなく、勝利の確認だけを口にして剣を納めた。


 周囲も同じだ。

 皆無言、誰もがなんと言えば良いのか分からなかった。

 まさか勝つとは思わなかったが、勝利を讃えるべきか。

 あまりにも暴力的な勝ち方に対し、異を唱えるべきか。

 何か口にした瞬間、動いた瞬間、この気の立った獣のような少年は自分に牙を剥くのではないかと。

 

 そんな膠着を動かしたのはこの人集りの外、慌ただしく駆けてきた女の声だった。


「貴様ら何をしている! 往来だぞ! 散れ!」


 人間を掻き分け、現れたコンスタンスは解散を促し……人が集まっていた原因を目の当たりにする。

 倒れた騎士、そしてケイレブ。

 コンスタンスは公爵家に仕える騎士だ、ケイレブがどんな人間かは大雑把にだが聞いていた。

 見れば瞬時に何が起きたか察して、大きなため息を吐く。


「嘘だろう……こんな短時間でもう問題を起こしたのか……」


 呆れ返るコンスタンスだが、ケイレブは全く気にせず知らん顔。

 ともかくこれ以上無用な騒ぎを起こす訳にもいかないと、人を散らすと……思いの外、残る人が少なかった。


「む、王子は何処に?」


 コンスタンスの疑問に、ケイレブはようやく口を開く。

 窮屈な兜を外し、憮然とした顔を露わにして。


「逃げたんだろ。大口叩いておいて、真っ先に逃げたんだよ」


「相手は王子ですよ。あまり人に聞かれないようにしてください。ケイレブ様、ともかく天幕にでも行って動かないで」


「問題を起こすからか?」


「ええ、普段は領内から出ないような者も着いて来ているんです。誰も貴方に逆らえないのですから、あまりいじめないでやってください」


「ふん、ただ名誉の為に戦っただけだ。今後も必要があればそうするし、別に迷惑を掛けたい訳じゃない」


 ケイレブはやはり拗ねたような態度で何処かへ歩き去ってしまうので、コンスタンスは慌てて指示を出す。


「おい、ケイレブ様を案内しろ。御付きの人間がやるべきだろうこんな事……!」


 従者に案内させてコンスタンスはようやく一息。

 完全に打ちのめされて、しばらく起き上がりそうにない騎士が運ばれてゆくの見送れば仕事は完了。

 先行きが不安になる始まりに、コンスタンスは思わず気が立ってしまっていたので、近付く蹄の音と頭の上から聞こえた声には思わず苛立ちを隠せなかった。


「去年、コンスタンス様もあんな感じで連れて行かれたのでありますよ」


「今度はなんだ!? ボクに喧嘩か!?」


 怒りと共に振り返えればそこには赤。

 赤毛の馬体に、控えめに手を振る赤毛の少女。

 

「おぉ……なんだ貴様か、ローリー。少し大きくなったか? 髪はどうしたんだそれは」


「成長したのでありますよ。髪を切ってくれた奥様もそう言っていました」


「辺境伯家で上手くやっているようで何よりだ。それに言った通りによく食べ、よく運動したから成長したのだろう。これ何より」


「でもコンスタンス卿は上手くいってないみたいでありますね」


 ローリーの率直な言葉に、コンスタンスは思わず頭を振って現状を嘆く。

 よくよく見れば、コンスタンスの顔には今日のこれだけでは表れないような、疲労の色が見えた。

 ずっと眉間に皺を寄せていたようで、眉間を揉みほぐすなどして。


「あぁ……本当に困った。ケイレブ様の事は話には聞いていたが、まさか到着早々に問題を起こすとはな……もう少しだけ慎んで頂けると嬉しいのだが。そして本来なら、止めるべき者が居る筈なのだがな」


「公爵家に居た時、ケイレブ様に沢山の従者の方が着いていたのを覚えているのであります。狩りの時、いつも大きな声でケイレブ様の弓の腕を褒めていて」


「他の場所でどうかは知らないが、今回はおべっか使いはそう多くない。身の回りの世話、食事……そして護衛。おおかた、第二王子の方に着いて行ったのだろう。アレは」


「アレ?」


 コンスタンスはアレ、に関して口にする事に強い不快感を覚えるようで、最初の言葉を発するだけでも苦虫を噛み潰したような顔をする。


「ロザベラという女だ。まともに武芸が出来る訳でもないのに何を思ってか騎士になり、能と呼べるものは媚を売る程度。利を得る為ならば他者を利用し蹴落とす事も厭わず、謀と色香で人心を惑わせる」


「物語の中の悪魔みたいですね……」


「悪魔とは人の心に巣食うものだ。であるからして、アレはどんな手段を使ってか──考えたくもないが、覚えがめでたい。今回のケイレブ様の護衛もそのようにして紛れ込んだのだろう」


「それは護衛の意味はあるのですか? 悪い奴からお守りする! って出来ないなら、なんで護衛をするのか分からないのでありますが」


「認めたくはないが──いや実際誰かに認められた方法でもないが、権力者に取り入る方法とは武功以外にもある。そのような方法を用いる者は、権力者に近付く機会を飢えた獣のように見逃さない」


 憤懣やる方なし、とコンスタンスはただでさえ疲弊した表情筋を動かして表情で憤りを露わにする。

 美徳に依らず、権力を手に入れる為に謀にばかり夢中になるのは騎士の本分ではない。

 特にコンスタンスはその辺りが潔癖なので、余計に怒りと不快感を抱いていた。


「そして今度は卑しくも第二王子とお近づきになろうと……まったく! 立身出世を志すのは構わんが、それでやる事が謀ばかりではな! やはり実直さこそ美徳であろう!」


 コンスタンスは胸を張り、己の行いに満足しているがローリーは反対に不満げだ。

 実直さを美德と呼ぶコンスタンスではあるが、それで損をしているようでは友人としては面白くない。


「でも……コンスタンス卿がやる必要ありますか? その、自分がやる必要のない事でお世話になっているので、変かもでありますが」


「これは人が持つ基本的な善性に基づく行動だ。ケイレブ様に何かあれば多くの者が悲しみ、そして累が及ぶ。無論、自らの責務を放棄する者さえ居なければ、ボクもわざわざ他人の仕事を肩代わりなどしないが」


「うーん……でも、それじゃコンスタンス卿ばっかりが損をしている気がするのであります」

 

 ローリーは納得せず。

 良い事をする、という点では納得しつつもコンスタンスこそが考えの中心。

 一方的に損ばかりをするような事を言っていたなら、もどかしくもなる。

 だが当の本人は気にしない。

 多少気にしていても、そうと悟らせない程度には美徳の実践が板についていた。


「気遣いは有り難く受け取っておこう。だがローリー、勤勉であれ。美徳とは常に実践してこそ意味がある。見栄の為だけに衆目の中で実践しても、外面ばかりで中身が伴わないからな」


「自分は難しい事が分からないので……取り敢えず、良い事を沢山します!」


「良い事、とはなんだ? 自らの行いを悪しき事と思う者もそう居まい。浅慮な行動が多くの者を悲しませ、多大な迷惑を掛ける事については話したばかりだが」


「い、意地悪……!」


 ローリーは梯子を外され唖然。

 とはいえこのような、多少の学びを与えるような事を言うからには、コンスタンスはローリーの事を多少認めているという証でもあるのだが。


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