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図書室のノート

作者: 藤堂壽太
掲載日:2026/06/15

放課後の図書室は、静かすぎて息苦しい。

窓の外からは運動部の掛け声が届くのに、ここだけ時間が止まったみたいだ。

私はいつものように、一番奥の棚に隠れるように座った。

家でも学校でも、声を出すことは滅多にない。出したところで、誰も聞いてはくれないからだ。


教室では、言葉を出すよりも早く笑われる。

「また黙ってるの?」

「自分の意見、ないの?」

…声を出す勇気を持つたびに、切り裂かれるような嘲笑が返ってくる。


ページをめくるふりをしながら、机の下で手を握りしめた。

今日はもう帰ろうか。そう思ったとき、目に入ったのは、隣の机に置かれた古びたノートだった。

表紙は茶色くすり切れていて、「寄贈図書記録」とかすれて読める。


何気なく開くと、最初の数ページは確かに貸出記録だった。けれど途中から、まるで別のノートに変わったかのように、誰かの文字が並んでいた。


――「私は、毎日消えてしまいたいと思っている」

――「親に何も選ばせてもらえない。呼吸さえ窮屈」

――「誰か、こんな気持ちわかる人いますか」


思わず息をのんだ。

それはまるで、私自身の心の中を写したような文字だった。


ページをめくると、その言葉に別の書き込みが重ねられている。

――「わかります。私もそうです」

――「生きてるだけで、すごいと思います」


震える手でペンを取り出す。

この図書室で、何度もノートを見たはずなのに、気づかなかった。

私は小さく、ひらがなで書いた。


「わたしも、同じです」


たったそれだけで、心臓が破裂しそうに鼓動した。

ページを閉じてカバンにペンをしまい、逃げるように図書室を出た。


翌日、同じ席に座り、恐る恐るノートを開く。

私の文字のすぐ下に、知らない誰かの文字が増えていた。


「書いてくれてありがとう。あなたはひとりじゃないよ」


視界がぼやけた。

こんなに短い言葉なのに、胸の奥の冷たい氷が少しずつ溶けていく。

私は誰にも受け入れられない存在だと思っていた。

けれど、ページの向こうで私を見つけてくれる人がいた。


その日から、私は図書室に通い続けた。

授業が終わると、誰にも気づかれないように奥の席へ向かう。

ノートには毎日のように新しい文字が増えていて、時には冗談や励ましも混ざっていた。


――「今日テストで赤点だった。泣きたい」

――「大丈夫。私もだよ」

――「帰り道の空がきれいだった」

――「同じ空を見てたかもしれないね」


匿名で、顔も知らない相手。

けれど、そこには確かに「つながり」があった。


ある雨の日、私はノートにこう書いた。


「わたしは、自分で何かを選んだことがない。でも、今日、ここに来ることを選びました」


ページを閉じて深呼吸する。

窓の外で、雨粒が校庭をたたく音がする。

重たい雲の隙間から、一筋の光が差し込んでいた。


私は知っている。

明日もきっと抑圧は続く。親も先生も、私に選ばせてはくれないだろう。

でも、それでもいい。


今日、私は自分の足で図書室に来た。

自分の手でノートに言葉を書いた。


その小さな選択が、確かに私のものだった。


そして、ページの向こうの誰かがきっと、その選択を受け止めてくれる。


私は静かに、けれど確かな声で心の中につぶやいた。


「私は、ここにいる」


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