図書室のノート
放課後の図書室は、静かすぎて息苦しい。
窓の外からは運動部の掛け声が届くのに、ここだけ時間が止まったみたいだ。
私はいつものように、一番奥の棚に隠れるように座った。
家でも学校でも、声を出すことは滅多にない。出したところで、誰も聞いてはくれないからだ。
教室では、言葉を出すよりも早く笑われる。
「また黙ってるの?」
「自分の意見、ないの?」
…声を出す勇気を持つたびに、切り裂かれるような嘲笑が返ってくる。
ページをめくるふりをしながら、机の下で手を握りしめた。
今日はもう帰ろうか。そう思ったとき、目に入ったのは、隣の机に置かれた古びたノートだった。
表紙は茶色くすり切れていて、「寄贈図書記録」とかすれて読める。
何気なく開くと、最初の数ページは確かに貸出記録だった。けれど途中から、まるで別のノートに変わったかのように、誰かの文字が並んでいた。
――「私は、毎日消えてしまいたいと思っている」
――「親に何も選ばせてもらえない。呼吸さえ窮屈」
――「誰か、こんな気持ちわかる人いますか」
思わず息をのんだ。
それはまるで、私自身の心の中を写したような文字だった。
ページをめくると、その言葉に別の書き込みが重ねられている。
――「わかります。私もそうです」
――「生きてるだけで、すごいと思います」
震える手でペンを取り出す。
この図書室で、何度もノートを見たはずなのに、気づかなかった。
私は小さく、ひらがなで書いた。
「わたしも、同じです」
たったそれだけで、心臓が破裂しそうに鼓動した。
ページを閉じてカバンにペンをしまい、逃げるように図書室を出た。
翌日、同じ席に座り、恐る恐るノートを開く。
私の文字のすぐ下に、知らない誰かの文字が増えていた。
「書いてくれてありがとう。あなたはひとりじゃないよ」
視界がぼやけた。
こんなに短い言葉なのに、胸の奥の冷たい氷が少しずつ溶けていく。
私は誰にも受け入れられない存在だと思っていた。
けれど、ページの向こうで私を見つけてくれる人がいた。
その日から、私は図書室に通い続けた。
授業が終わると、誰にも気づかれないように奥の席へ向かう。
ノートには毎日のように新しい文字が増えていて、時には冗談や励ましも混ざっていた。
――「今日テストで赤点だった。泣きたい」
――「大丈夫。私もだよ」
――「帰り道の空がきれいだった」
――「同じ空を見てたかもしれないね」
匿名で、顔も知らない相手。
けれど、そこには確かに「つながり」があった。
ある雨の日、私はノートにこう書いた。
「わたしは、自分で何かを選んだことがない。でも、今日、ここに来ることを選びました」
ページを閉じて深呼吸する。
窓の外で、雨粒が校庭をたたく音がする。
重たい雲の隙間から、一筋の光が差し込んでいた。
私は知っている。
明日もきっと抑圧は続く。親も先生も、私に選ばせてはくれないだろう。
でも、それでもいい。
今日、私は自分の足で図書室に来た。
自分の手でノートに言葉を書いた。
その小さな選択が、確かに私のものだった。
そして、ページの向こうの誰かがきっと、その選択を受け止めてくれる。
私は静かに、けれど確かな声で心の中につぶやいた。
「私は、ここにいる」




