一人の命
「お母さまが亡くなりました」
予想外の目覚めの直後、医師にそう告げられた私は呆然とする。
「あなたを助けるために」
言葉がすらすらと入ってくる。
頭が随分と明瞭になっている気がした。
『大丈夫。あなたは誰にも笑われていない』
母の言葉が蘇る。
毎日のように言われていた言葉が。
『生きていれば良い事もあるわ』
重みが変わった気がした。
しんと音が落ちるほどに。
『だから、生き抜いて』
打擲音。
遅れてくる痛み。
医師が私の頬を叩いたのだ。
「何故、自殺なんかしたんだ」
鏡に映る自分の首に残った青あざ。
これが否応なしに私が生き延びたことを伝えてくる。
――いや、甦らされたと言うべきだろうか。
「お母さまは君のために命を捧げたんだ」
うるさいな。
分かっているよ。
先日に見たニュースが脳裏に浮かぶ。
腹立たしいほどに鮮明に。
『命を臓器として利用する技術が確立されました』
ニュースキャスターが専門家に問いかける。
『つまり、どうなるんですか?』
専門家が屈託のない笑みを浮かべたままに答えた。
『要するに命を失った死人に代替の命を与えることが出来るということです』
『それでは死者が蘇るということですか?』
『形としてはそうなります。尤も、そのためには別の臓器……要するに他の人の命が必要ですがね』
記憶が途切れる。
医師の声のせいだ。
「自殺者を救いたいだなんて馬鹿なことを考えたものだ。だが、だからこそ君は生きないといけない。お母さまのために」
白で統一された院内の壁。
経年の汚れが目に映る。
薄汚れた茶色。
走る亀裂。
それらを隠すように飾られたポスター。
「聞いているのか? 君はお母さまの命を犠牲にして生き残ったんだぞ!?」
うるさい声。
寄り添わない存在。
かといって責めることも出来ない世界。
自分がどうしても逃げたかったものが追いかけてきた。
数少ない大切なものを犠牲にして。
あぁ。
技術の進歩は凄まじい。




