ある病院の朝
地方都市の朝は、都心より少し遅い。
駅前の通りが動き出す前に、山の稜線だけが先に明るくなる。
総合病院はそのはずれに建っていて、白い外壁が朝の光を淡く返していた。
正面玄関のガラスに、空の色が薄く映る。
人影はまだ少ない。救急車の音も、今は聞こえない。
少し擦れた白衣を着た無精ひげの男が、その病院の前を歩いていた。
歩幅は一定で、急ぐ様子もなく、
職員用の出入口を目指していた。
年齢は四十前後。
だが顔つきは、疲れとも若さとも言い切れない。
誰かと目が合っても、会釈以上のことはしない。
その男は、職種を名乗っても説明はしなかった。
しかも、職種の説明もほとんどしない。
治るかどうかの話は、いつも少し外側に置いた。
代わりに、残っているものを数えた。
動かない手の中に、まだ「役割」が残っていないか。
生活の中で、崩れていく時間の中に、
もう一度、その人の場所が作れないか。
できないことは、増えていく。
それでも、終わりにしてしまうには早いものがある。
その男は、それを口にして励ましたりはしない。
ただ、そこに立って、手順を変える。
視線を変える。
方法を変える。
廊下の突き当たりで、その男は進路を変えた。
リハビリテーション室のドアを開ける。
中にはまだ誰もいない。
並べられたマットと、壁際の平行棒。
静かに置かれた道具たち。
このあと、誰かが来る。
できなくなったと思っている生活を抱えて。
終わったと思っている生活を抱えて。
まだ、どう支えられるかも分からないまま。
その男は、いつもの場所に立つ。




